第五十四話 演習開始日
「やばい、クソ眠い……」
起きてから、まだ十分と少ししか経っていない。
「でも、学校に行かなければ……」
目をこすりながら、重く感じる玄関のドアを開けた。
開けた途端に差し込んでくる朝日が、俺の瞳に攻撃をしてきた。
こんなつらい思いをするくらいなら、俺は普通だったらギリギリまで寝ているところだ。
空を飛んでいけばいいし、転移魔法だってあるし、それでも間に合わないなら潔く遅刻をしていけばいいのだ。
しかし今の俺には、そのつらく眠い中でも、この燦々と降り注ぐ朝日に当たってでも、この時間に家を出なければいけない理由が存在した。
「あ、おはようっ」
「おはよう、沙耶」
そう、沙耶が家の前で俺のことを待っていてくれていたのだ。
そのため、俺はゴールデンウィーク明け最初の日にも関わらず、寝坊することなく起床することが出来た。
「今日は寝坊しなかったね」
「まるで俺がいつも寝坊をしているみたいに言わないでくれる?いつもじゃないからね?」
とはいっても、今日は宮本さんがいてくれたおかけで起きることが出来たのだ。
演習が楽しみで昨日夜更かしをしてしまったため、朝は宮本さんに起こされるという結果になってしまった。
というか、大学生時代に夜更かしをすることは当たり前だったため、長期休暇になるとその時の習慣が戻ってきてしまう。
高校生になったからと言って、精神は大学生のままなのだ。早々生活リズムを整えることなんて難しいのだ。
「あぁ、どうして朝は眠いんだ……」
「前日にしっかりと睡眠をとっていなかったからでしょ?」
俺は朝方、ベッドに入っているとき宮本さんに二度、起きるように促されていた。
一回目は声をかけられただけ。
まどろみの中だったので、何を言われたか覚えていない。
「学生なら夜更かしは当たり前なはずだ……」
「演習前日に夜更かししているのは、多分翔夜以外いないと思う」
しかし二度目は『沙耶様が家の前で待っていますよ』と言われた。
こんなことを言われてしまっては、意識を覚醒させて跳ね起きないわけにはいかない。
そして必要最低限の準備を五分程度で終わらせたのだ。
普段なら十分以上かかる朝食の時間なんて、十秒もかからずに終わらせたぞ。
そのせいで宮本さんや結衣に呆れられてしまったが、致し方無いな。
これがホントの十秒チャージってな!
「ほら、行くよ?」
眠くて学校に行くことを躊躇っていると、沙耶に優しく手を引っ張られて渋々歩いて行く。
正直なところ、全く学校に行きたくない。寧ろ今すぐにベッドに入りたい。そして寝たい。
しかし、沙耶に手を握られて連れていかれるというのなら、全く嫌ではないな!
朝からとても幸せな気分になるよ……。
「いい……朝だな……」
先程まであった『寝たい』という感情はどこかへと消えていった。
そんな気持ちのまま、俺は沙耶と一緒に学校へと向かった。
流石にずっと手を繋いでいるということはなかったが、朝から女の子と、しかも自分の好きな子の手に触れることが出来るというだけで俺は今日という日を生きていける。
これが、童貞という生き物だ!
「なんだか、沙耶といると心が温まるな……」
「突然何言ってるの?」
「いや、ふと思ってな」
「もう……私もだよ……」
こんな前世では考えられなかった会話をするくらいには、俺は沙耶と仲が良かったのだ。
最後の方は何を言っているのか全然聞こえなかったが、嫌そうにしていないのでよかった。
そんなことを改めて確認して、俺は吐血しそうになりながらも何とか耐えて学校へと向かった。
そんな状態で、二人で話をしながら歩いていると時間が経つのが意外と早く、あっという間に学校についてしまった。
そしていつも通りに教室のドアを開けて、周りに多少注目されながらも自分の席に向かった。
ゴールデンウィークに入る前から思っていたけどさ、なんで俺ってみんなに注目されるんだろうか……。俺ってそんなに怖いかな?
「おはよ」
「みんな、おはよう」
自分の席に向かうと、お馴染みの三人がいたので適当に挨拶をしておいた。
しかし、沙耶はどうして朝からそんなに元気なんだ?俺は教室に着いた瞬間に眠気に襲われているというのに……。
「おっはー、お二人さん」
「おはよー」
「おはようございます」
三人も俺たちに気が付き、元気に挨拶を返してきた。
だからどうしてみんな朝から元気なんだよ。一人の例外を除いて……。
そしてその例外は、なんで俺の席に座っているんだよ。お前の席は隣だろうが。
「そこは俺の席だ、どけ」
そこは今から俺が眠るための場所なのだ。
しかし俺が声をかけると、まるで自分の席かのように突っ伏して動こうともしなかった。
隣にいるエリーを見習えよ!みんなと話したいがためか、机に腰かけることなく立っているんだぞ!?
「こんなか弱い女の子にそんなこと言っちゃうんだ~?」
「か弱い女の子?」
「……ん?」
「何でもないです申し訳ありませんでした」
何か地雷を踏んでしまった気がするので、いち早く謝っておいた。
その行為が功を奏したのか、仕方がないなと言いながら自分の席に座った。
なんで俺がわがままを言ったようなことを言っているんだ?お前が最初から自分の席に座っていれば何も問題はなかったことなんだからな?
「しっかし……」
自分の席に着くと、俺は辺りを見渡した。
入った時から思っていたのだが、クラスのほとんどが落ち着きがないように見えたのだ。
「なんだろう、みんなそわそわしているな?」
「……まさかとは思うけど、演習があることを忘れてる?」
「流石に覚えているよ……」
ため息を吐き出しつつ、俺は怜の発言を否定した。
怜が訝しげに見つめてきたが、俺だって昨日言われたことを忘れたりはしない。
だってそれが原因で俺は寝れなかったわけだしな。
「でも、たかが魔物狩りだし、そこまで気持ちが高揚するものでもないんじゃないかなって」
「翔夜基準で考えちゃだめだよ。普通は魔物狩りを体験することなんて、授業以外でしたことがある人の方が稀なんだから」
魔法の実技はたまにだが行われていた。
俺たちのグループ以外はみんな杖を使って行っていたが、それでも魔法をみんな普通に使えていた。
それを見ている限り、シルバーアントのような魔物でも倒せそうだと思ってしまう。
「いちご狩りにみんな行けばいいのに」
俺たちのように、授業以外で魔物を狩れば戦闘技術が身につくだろうに。
なぜそのようなことを行わないんだろうか?
「いちご狩りに行く人は、大抵が自分の力に自信がある人だけですよ?」
「……なるほど」
「ですから、普通は学校以外では魔物を狩ることなんてしないんです」
「……そうなのか」
彼らがどうしれ魔物狩りを独自で行わないのか疑問に思っていると、怜の隣に立っているエリーがわかりやすく説明してくれた。
確かにいちご狩りで戦ったアイツは、かなりの数を生成して本体自身も攻撃力も威力が強かった。
神の使徒である俺は全く傷を負わなかったし、後に来たシルバーアントや女王アリのせいで忘れてしまっていたが、確かに普通の生徒にどうかなるものでもないだろう。
いや、魔物を前にして気丈に振る舞うことや攻撃をすることだってできるだろう。
しかし、攻撃を食らわずにあのいちごを倒すというのは少々難しいだろうな。
「皆さんおはようございます」
俺がエリーに説明を受けて、このクラスの魔物と戦う技術はどれくらいなのかと考えていると、元気のよいおっぱ……担任の先生が教室に入ってきた。
そのため、エリーは名残惜しそうな顔をして自分の席に戻っていった。
そしてその声に反応して、クラスのみんなが、主に男子が元気よく挨拶をした。
というか、本当にどうしてみんなして朝から元気なんだよ。
俺だけなのか?俺だけが元気ないのか?
「今日は待ちに待った魔物狩りですね!」
俺だけが無気力なのかと思って周りを見てみると、俺の左隣に不機嫌な人物がいた。
「今日も今日とで元気だこと……」
いや、あれは先生の体のとある一部を見ているな。
感情だったり気分だったりと、結奈はそういった内面のことを口にしているのではなく、恐らく外面のことを言っているのではないのだろうか……。
結奈よ、お前は大きい人は全員敵なのか?
「皆さん、初めての演習ですけど、気負わず自分の出せる全力を出して頑張ってください!」
「全力を出したらここら一帯が更地になっちゃうね」
「こっちを見るなこっちを」
普通はここは結奈が俺をからかって言ってくると思っていた。
しかし今は憎しみの目を先生に向けているので、俺のことなど眼中にない。
そのため怜が俺のことをからかってきた。
ニコニコしながら後ろを振り返るんじゃないよ!
「私も皆さんと同じときにワクワクしていました。ですが、演習とはいっても魔物狩りです。教師がいるとはいえ、気を抜かずに行ってください」
「翔夜は気を抜いたほうがいいよね」
「だからこっちをいちいち見るな!」
最近俺の扱いに慣れてきたのか、結奈みたいに俺のことを弄ってくるようになった。
仲が良くなったと言えば聞こえはいいが、俺としてはそれは言外に馬鹿だと言われているようでムカつくんだよ。
でも、沙耶に言われたら俺、許しちゃう。
「では、時間も押していますし、移動しましょうか」
自身の腕時計を見て、生徒に移動するように促した。
だけど、俺はどこに移動するが知らないんだけど?
なんで他の人はキビキビ動いているんだよ。知らないの俺だけ?
「なんだが、胸が躍りますね!」
胸の前でガッツポーズをして、とても笑顔で生徒を見ていた。
しかし、その動作のせいで、先生のとある部位がより強調されることとなってしまい、生徒からの視線を一身に集めてしまっていた。主に男子だが。
ん、俺か?俺は隣にいる沙耶に軽蔑の目を向けられてしまったら死にたくなるので、己の強い意志によってガン見するようなことはなかったよ。
「チッ……」
「えっ……?」
左隣から舌打ちが聞こえてきたような気がしたので、驚いて結奈を見てみると、先程と何も変わらない無表情で先生を見つめていた。
今聞こえた舌打ちのようなものは気のせいだったのだろうか……?
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「えー、皆さんが静かになるまで五分かかりました」
「「くたばれ」」
「ちょ、二人とも……」
一学年全員がグラウンドに集合して、まるで校長のような人物が呆れた様子で、俺の大嫌いなテンプレな台詞を言った。
その発言に俺と結奈は、声を潜めることなく暴言を吐いた。
集合している俺たちは各々グループごとに分かれて並んでいるのだが、開始早々にそんな発言をされてしまっては
というか、最初から指定された時間には全員集まっていたんだよ。
なのにあのハゲは黙って静かになるのをずっと待っていやがった。
高校生なんだから、演習で浮かれるのは当たり前だろう。大人を相手にしているわけじゃないんだから、少し興奮しているのは仕方がないだろうが。
それくらい理解しとけアンポンタン。
というか、お前らも話をしていただろうが、棚上げするんじゃねぇよ!
「———以上だ。今回の演習を、君たちの糧とするように」
そんな校長らしき人物には俺たちの発言が聞こえなかったのか、つらつらと無駄に長い話をしていたのだが、ようやく終わった。
ほとんど聞いていなく眠りそうになっていたが、なんとか終わるまで眠るということはなかった。
「さて、私がこの演習の総責任者である阿久津だ。」
校長らしき人と入れ替わるようにして、筋肉ムキムキのマッチョがやってきた。
「ごっついおっさんだな」
「この前のシュワちゃんとは違った筋肉だるまだね」
「まるでゴリラだな」
俺と結奈はお互いに前後にいるので、声を潜めて話していた。
とてもムキムキで、まるでゴリラを連想させるような体格をしていた。
別に体格を馬鹿にしているのではなく、また斧を持って戦うのではないかと思ってしまっているだけなのだ。
ここは魔法の技術を学ぶ学校なのに、筋トレをしそうだなって思ってしまった。
「そこ、私語は慎むように!」
「はーい」
「すみませーん」
先程俺と結奈が暴言を吐いたときは聞こえていなかったのに、距離が近づいたせいか聞こえてしまっていたようだ。
なので適当に謝罪をしておいた。
「さて、今日が初めてであるため、演習開始前にグループで作戦を考える時間を与える!」
謝罪を受け入れたのか、俺たちではなく全体を見るように視線を移動させていた。
声を張っているので、マイクが少々音割れしてしまっているが、生徒全員に先生の発言が伝わっただろう。
俺は逆に耳が良すぎて伝わっていないがな!
「そして今から二十分後には出発できるようにしておけ、以上!」
「……たったそれだけ?」
だが、一応はなんとなく言っていることは理解出来たので、これからどのようなことをするかはわかった。
それでも、説明が少なすぎるのではないか?
「事前に説明されているから、不要だと思ったんじゃない?」
「説明されていたんだ……」
生徒全員がグループであちこちに固まって話し始めたので、俺も気兼ねなく普通の声量で話すことにした。
そして俺の発言に答えてくれた怜は、またもや呆れた様子で俺を見ていた。
だからそんな目で俺を見るんじゃないよ。お前の中での俺っていったいどんな状態になっているんだよ。
多分概ね当たっているんだろうけどな!
「しかし、いつ説明されたのだろうか……」




