第四十九話 終結
「怜以外、誰も俺を見ていないよな……。よし、『転移』」
レールガンのおかげで、全員の視線はシュワちゃんへと向いていた。そのため、俺は怜以外にはバレずに女王アリの頭上へと転移をした。
未だに使い魔の二人の攻撃をものともせずに、そして沙耶をずっとみている女王アリに向かって、今日一番の拳を振り下ろすことに成功した。
「死ねやおらぁぁぁぁぁぁ!!!」
女王アリの頭を叩きつけて、地面には大きな蜘蛛の巣を描いていた。
地面が少し、いやかなり悲惨な状態になってしまった。だが、強く攻撃をしなければダメージを与えることが出来ないのでこれは仕方がない。
もちろんこれで女王アリは死ぬことはなく。そして案の定というか、表皮は傷ついていなかった。
「うっそだろお前!?もうなんで傷つかないんだよ!」
そう言い、俺は再び怜の近くへと跳んで女王アリの攻撃を回避した。
「どうしようか?」
「あれで傷つかないのなら、核でも持ってこないと無理かなー?」
「私の攻撃も恐らく通じそうにありませんし、どうやって倒しましょうか……」
悪態をつきながら、俺たち三人は女王アリを見据えていた。沙耶への攻撃は、俺が攻撃を介したと同時に再開されてしまった。沙耶は結奈が守ってくれているから問題ないが、申し訳ないことをしたな。
はてさて、本当にどうしたらいいものなんだか……。
『魔力をぶつけてみるといいよ?』
『魔力をぶつける?』
唐突に、結奈から念話が来た。
守りの方は大丈夫なのかと心配になってしまったが、結奈のことだから全く問題ないのであろうな。
しかし、魔力をぶつけるってどういうことだ?
『そう。それならダメージを与えられると思う』
『……どうすんだ?』
言っていることが全然わからなかった。というか、それは魔法で攻撃するのと何か変わるのか?
多分だが、俺はそのことについて勉強をした覚えがないぞ?……あ、俺そもそも勉強をサボっていたな。そりゃあ知らないわけだな!
勉強って大事だね……。
『ただ魔力を乗せた攻撃をすればいい』
『……そう、か』
うん、全くわからん。
だが結奈にわからないことを知られてしまうと、あとでまた弄られてしまうので知っているふりをしよう。
……俺って結構いろんなところで知ったかぶりしてるな。
『絶対わかっていないよね?』
『そんなことないとも』
声色は変えなかったため、結奈にはわからなかったはずであろう。うん、そう信じよう。気にしたら負けである。
『まぁ、早めに倒してよね』
『わかってるよ』
俺が倒してくれると信じているのか、その言葉には迷いのようなものがなかった。なので、俺もそれにこたえられるように頑張ろうと思える。
『お腹すいてきたんだから』
『そんな理由!?』
しかし、そこはやはり結奈である。全くと言っていいほど緊張感がないな。
未桜に次ぐくらいにとてもマイペースであるため、俺だって少しは緊張感をもってやっているのに、気が抜けてしまう。
「さて……こんな感じか」
結奈に言われた通りかどうかはわからないが、理屈や理論などはわからくともなんとなく想像で行ってみた。まずは右手に魔力を集中させて、いつでも相手にぶつけることが出来るようにした。
結局行うことは先程と殆ど何も変化がない。本当に傷つけることが出来るのか甚だ疑問である。まぁ、今回はただ殴るだけではなく、魔力を相手にぶつけることを意識してやるんだがな。
「転移は周りの目があるから今は使えないし、走るか」
転移をするときは、周りの目が自身と転移先にない時だけしか使わない。なので、女王アリまでは今まで通り走って向かうことにした。
予想していたことだが、やはり一定の距離に近づくとこちらを攻撃してきた。もちろん躱すことなど造作もないが、一つだけ問題がある。
これから行うことなのだが、『魔力をぶつける』ってなんなんだろう?
「どう考えたところで魔力を込めて殴ることに変わりはないから、気にせず殴ってやろうか!」
気にしても、どうせやることは同じである。女王アリを殴ることはいつでもできるのだから、物は試しということで殴ってみるか。
「行くぞおらぁぁぁ!」
女王アリを目前にして、俺は風魔法も併用して片方の足まで跳んだ。慣性の力も加わって、威力はかなりのものだろう。
だからといって、ドーム自体に被害が及ぶような馬鹿な真似はもうしないぜ!
「はっ!」
魔力の乗った拳は、女王アリの足をあらぬ方向へと捻じ曲げる結果を生み出した。
「おぉ、結構効いてんじゃん!というか、初めて有効打を与えられたな!」
少し体勢を崩した女王アリが、俺が地面に着地する時と同時に、攻撃を至近距離で仕掛けてきたので反対側の足まで跳んで避けた。
そして流れるようにもう一本の足にも、魔力の乗った攻撃を仕掛けた。
「オラ、もういっちょ!」
これも先程と同じように、足を曲がるはずのない方向へと捻じ曲げた。
これにはさすがの女王アリも、体勢を崩さずにはいられなかった。顔から地面へと向かっていき、顎が地面へと突き刺さった。
そのおかげで、今まで続いていた俺たちへの攻撃は中断されることとなった。
「じゃあ今度は風でも纏わせてみるかね!」
そこを俺はチャンスとばかりに、今度は足に風の魔力を乗せて跳び蹴りを食らわせた。
「はっはっは!真ん中からぽっきり折ってやったぜ!」
もう笑わずにはいられなかった。先程までどうやっても傷一つ付けることのできなかった女王アリに対して、これほど簡単にダメージを与えることが出来ているのだから。
いやしかし、これはすんごい爽快感があるな!同時に高揚感が沸き上がってきているのもあるのだろうが、かなりの余裕が出来てきていた。
今直ぐにでも倒せると思って、再び女王アリに近づいて行った。だが、その思いは早々に打ち消されることになった。
「おんどりゃぁぁ———うぉ!?」
なんと女王アリが、口から粘着質の物質……ではなく、『黒炎弾』を飛ばしてきたのだ。これにはさすがの俺も驚きを隠せない。
咄嗟に目の前に結界を張ったため食らうようなことはなかったが、これは燃え尽きるまで消えることのない炎なのだ。そのため神の使徒である俺でもくらったら流石にまずいだろう。
結界に当てておいてよかった……!
「黒炎弾まで出せるのか……。危ねぇな畜生!」
というか、昆虫が何で炎を出すことが出来るんだ?しかも消えることのない炎とか、いったい体のつくりはどうなっているんだ?
「仕方がない……バレるかもしれないけど、三大難題魔法や周知されていない魔法も多用していくか」
「えぇ……」
今まで様々な攻撃をしてきても、友好的なダメージを与えることが出来なかった。ならば、人前では使ってはいけないと思われる魔法を使っても仕方がないだろう。
だから怜よ、そんな複雑そうな顔をするんじゃない。わかってるよ、結奈からすんごい視線を感じるもん。見ていないけど絶対こっちをすんごい見ているもん。絶対にバレるんじゃないぞと言わんばかりに見ているのわかるもん!
だがしかし!これは仕方がないことなのだ!
「『転移』からのぉ……『ショック!』」
俺はそんな結奈の視線から逃れるかのように、女王アリの背へと跳んで電撃を浴びせた。
この電撃でもどうせ聞いていないというのはわかっていた。ただちょっとでも身動きが出来なくなったらいいなと思ってやったのだ。
ぶっちゃけ効果とか全然ないだろうけど、黒炎弾を撃たせないという思惑もなくはない!
「そして風魔法の『ボルテックス』だおらぁぁぁぁぁぁ!!!」
攻撃をした後に女王アリの目の前に着地をして、幾百ものの鎌鼬を飛ばした。これなら少しでも近づかずに傷をつけることが出来るだろう。
後方はどでかい穴が開いているので、多少無茶をしても大丈夫なのだよ!
「どんなもんだ!」
土煙で見えないが、流石に足の一本や二本くらい貰っただろう!
「……はっは、うっそだろお前」
「翔夜、現実を見て」
「見たくねぇ……」
後方へと下がって見ていたのだが、先程と何も変わらない現状に現実逃避しかけていた。
もうこれはあれだ、消滅魔法をぶっ放そう!
「翔夜、あまり強い魔法は使わないようにね?」
「……顔に出ていたか?」
「いや、翔夜ならしそうだなって思って」
「マジか……」
もうどうやって素早く倒せばいいかわからなくなったので、消滅魔法を発動しようとしていた。しかし、呆れ顔でいる怜に止められてしまった。
俺ってそんなにわかりやすい性格かな?
「いやいや、これより弱い魔法だと倒せねぇぞ!?」
怜に止められはしたが、消滅魔法以下の魔法であいつを倒せることって出来るのか?
黒炎弾でもぶつけてみるか?いやでも、あいつが暴れて火が燃え移ったら取り返しがつかなくなるしな……。
「あ、中身だけ消せばいいか!それで一気に倒そう!」
「いやいや、あれ変異体なんだよ?」
「……まぁ、恐らくそうだろうな?」
今までにないくらいの閃きが頭に出てきたので、それを実践しようとした。しかし、またしても怜に止められてしまった。
いったい何がダメなんだ?
中身だけなら絶対バレなくない?変異体だからってなんなんだ?
「絶対研究施設に送られて解剖とかされるから、そんな目立つことは出来ないよ」
「くそ、面倒だな……」
なるほどな、確かに研究施設に送られたら、なんで中身だけなくなっているんだってなるわな。
これじゃあかなり目立ってしまうだろう。今だって結奈からの視線が痛いのにな……。
「斬!」
「……マジかよ」
「一刀両断ってすごいね」
俺が如何にして被害を最小限にして済むか方法を考えていると、先程まで女王アリから距離を取っていた鈴が、俺に注意が向いている女王アリの首を切り落とした。それはもう素晴らしいほどに綺麗に斬られていた。
しかし、なんだろうこの気持ちは。どうやって倒そうか考えていたのに、こういとも簡単に倒されると、主としての自信をなくすというか何というか……。
いや別に鈴が悪いわけでもないんだけど、主としての威厳がなくなるというか……。
あ、元々威厳なんてものはなかったな!
「あー、わたしがとどめさしかったのにー」
「早い者勝ちです」
「むー……」
あ、自分が倒せなくてむすっとしている未桜かわいい……。こういう場面じゃなかったら写真撮りたいな。
「主様が先程していらした魔力を乗せて攻撃することを真似てみましたが、うまくいってよかったです」
「すぐ真似るなんてすごいな……って、あれ?」
神の使徒でもないのに、真似て実践に活かせるとかすごいな……。流石は俺の自慢の使い魔だな!後で絶対に頭を撫でよう!
そんなことを考えてたのだが、何やら頭部を切り落とされた女王アリの様子がおかしい。
「動いているのか?」
「いや、あれは……」
不審に思って眺めていると、死んだはずの女王アリが動き始めたのだ。しかも時間が経つにつれて、首と胴体がくっつき始めてきた。
「再生、してる……」
「いやいや、おかしいだろ!」
なんと、本来ならば再生するはずのない女王アリが再生し始めていたのだ。俺たちは呆気にとられてしまっているうちに、瞬く間に傷を覆う前の状態になってしまった。
いや、もう動画を逆再生をしているかのように、数瞬の内に首と胴がくっついて行っていったので、何か対策を講じようとしても無理だろう。
現に鈴も未桜も、ましてや怜や結奈も行動に移していないわけだしな、俺が動けるわけがない。
「もう一度斬りましょう」
「こんどはわたしがやるー」
「いや、ここは俺に任せてくれないか?」
二人が先程よりもやる気を出してくれたところ申し訳ないのだが、ここは俺にやらせてもらうように頼んだ。
ちょっと試したいこととかあるし。
「……承知いたしました」
「んー……わかった」
二人とも、自分が倒したいと思っていたのだろう。しかし、渋々ながらも俺に女王アリを譲ってくれた。
二人ともごめんね。再生するはずのない魔物が再生しているなんてイレギュラーは、今すぐにでも排除したほうがいいと思ったんだよ。
ここぞとばかりに威力のバカ高い魔法を使ってみたいとか、ストレス解消とか、全然そんなことは思っていないからな?
だから未桜、そんな不貞腐れたような顔をしないでくれ……!後でお願いでも聞いてあげるからさ!
「何か策でもあるの?」
「まぁ、一応」
俺が何をしようとしているのか気になったのか、それとも俺が何をしでかそうとしているのか気になったのか、俺に近寄って尋ねてきた。
……策を聞いているはずなのに、なんで不安そうな顔をしているんだ?
「本当はな、出てきたときから倒すことなんて造作もなかったんだよ」
「そうだね」
ぶっちゃけ消滅魔法で一発だしな。
「でもよ、あれだけ硬くて再生能力も持っているっていうのはちょっとチートじゃんか?」
「僕たちが言えたことじゃないけど、まぁそうだね」
ブーメランなことを言っている自覚はあるが、あえて気にしないでいこう。
「だから、目には目を歯には歯をってな」
「つまり、チートにはチートをってこと?」
「そゆこと」
怜が察しているように、俺は今から馬鹿デカい魔法を使います。止めても無駄です、俺は本気だからな!
「……一応言っておくけど、珍しい魔法は使わないでね?」
「…………うん、めずらしくないからだいじょうぶ」
「何その無駄に長い間は。そしてどこ見てんの」
怜から向けられる視線に耐え切れず、明後日の方を向いてしまった。これから行うことを聞いたら絶対反対されそうだから、俺はあえてそう答えた。
ぶっちゃけ俺たち神の使徒からしたら珍しくないし、嘘は言ってないぞ!
「はぁ……後で何か言われるよ?」
「これはもう仕方がないだろ。それに、ちゃんとみんなに被害が出ないように配慮するから」
これは本当だ。態々沙耶を危険にさらすようなことをやるはずないだろう。
あと、結奈から後で何か言われるだろうが、仕方がないということで許してくれるかな?たぶん許してくれるだろう。だって確実に女王アリを倒せるし、早急に倒すことできるし。
あー、いや、多分……今から行うことを聞いたら全力で止めに来そうだな。止めるばかりじゃなくて俺をぶん殴ってきそうだな……。
……スライディング土下座すれば許してくれるかな?
「まぁ、任せるけど……僕は何をすればいい?」
「そうだな。大丈夫だとは思うが、一応みんなの安全を図ってくれ」
「わかった」
「鈴、未桜」
「はい、なんでしょうか?」
「なにー?」
怜には沙耶たちを守るように頼んだ後、俺は鈴と未桜を近くへと呼んだ。
「問題ないとは思うが、一応怜の後ろに隠れていてくれ」
「承知いたしました」
「わかったー」
これからとある魔法を放つので、その巻き添えにならないように二人を怜のもとに預けることにした。預けるといっても、怜が張った結界の後ろに行くだけなんだがな。
何なら怜を壁にしても大丈夫だから、しっかりと自分の身を守ってくれ。
「さて、幕切りと行きますかね!」
「あるじー」
「ん、なんだ?」
俺が気合を入れなおしていこうとしていたのだが、未桜が俺の裾を引っ張ってきた。表情は相も変わらずほとんど変わらないので意図がわからない。
いったいどうしたのだろうか?
「わたしがたべてもいいんだよ?」
「やめなさい、ばっちいでしょ」
この子はいったい何を考えているんだか……。
「さてと。転移……は出来そうにないから、普通に飛ぶか」
未桜を送り出した俺は、転移をして女王アリの元へと跳ぼうとした。しかし、みんなからの視線を一身に受けているので、転移するのではなく普通に風魔法を付加して女王アリの目の前までジャンプした。
今、立ち幅跳び世界記録を更新したな……。
「まずは動きを止めることが最優先かな」
俺へと黒炎弾を放ってくるが、結界を張って防いでいるので当たりはしない。
そして、俺は右手を前に掲げて魔法を唱えた。
「『プレス』」
上から何かに抑えつけられるかのように女王アリは、自身の身体を地面へと密着させていた。
いや、実際に上から重力をかけているので間違ってはいないのだが。正確にいうのであれば、地球の引力を馬鹿強くしただけだがな。
「これでしばらく動けないだろう」
右手を下げても魔法は継続されているので、女王アリは自由に動くことは出来ていない。いや、全くと言っていいほど動けていなかった。
口を開くことも出来ていなかったので、黒炎弾や粘着質の物質を放つことは不可能だろう。
「こういう大きな魔法は初めて使うが、うまく行ってくれよ……」
今まで威力を間違えてしまったことは多々あったが、自分から高威力な魔法を放つのは初めてである。
なので、正直これから行うことは未知である。いや、なんとなくはどういう結果を生み出すかはわかるけどさ、油断して問題が起こっても嫌だから一応これから集中していこう。
「消滅魔法と重力魔法を混合させてぇ……」
両手を前方へと突き出して、目の前にかなりの量の魔力が収束させていく。
今まで魔法の同時発動はしたことは合ったが、混合させることなど初めてである。そのため予想に反することが起こりうるかもしれない。
もしかしたら俺のせいで被害が拡大してしまうかもしれないし、そのせいで請求金額がかなりのものになってしまう可能性もあった。
しかし、ここはもうなにも気にしないで行く!後のことはその時の俺に託す!
「よし、これならもう再生することは不可能だろうよ」
そう言っている俺の目の前には、一目で危険だと思われるほどにどす黒い物体が浮いていた。
「食らいな……」
その収束された魔力を、躊躇いなく女王アリの方へと解放した。
「『カタストロフィ!』」
消滅魔法と重力魔法を混合された魔力は、解放されたと同時に女王アリを飲み込んでいった。
何の抵抗もさせずに、周りにあるものを巻き込んで、それでも威力を落とさずに女王アリの後方へと向かっていった。
そして、その魔法が終わったときには……俺の視界にきれいな空が映っていた。
「……ふぅ」
俺は大きなことをやり遂げたように、遠くを見つめていた。
「「「「「「何やってんのぉぉぉぉぉ!?!?」」」」」」
次いで、後ろから係員たちの叫び声が聞こえてきた。




