第四十八話 あいるびーばっく
「くっそ、ホント硬いな。全力で殴りたくなってくる……」
どれだけぶん殴っても、女王アリの表皮に傷つけることが出来ないでいた。その事実に段々と不満が溜まってきており、もう周りの目や被害などを気にしないで攻撃をしたくなってきている。
本当に一度くらい全力で殴ってみたいものだよ……。
「りんー、あれかたすぎるよー」
「確かに硬いですね。これでは刃の方が先にダメになってしまいかねません」
「あの二人でも手こずるとか、いったいどんだけ硬いんだよ……」
使い魔の二人も俺と共に戦っているのだが、やはりというべきか攻撃が通じていない。未桜が何度も風魔法で切り刻もうと、鈴が何度も刀で切り刻もうと、傷一つつくことはなかった。
一応、二人とも本気を出して戦っていないということはわかっている。主である俺のために最善を尽くして戦うのが鈴と未桜なのだが、ここでは本気を出さないで貰っている。
理由は単純明快。ただ被害が拡大してしまうからである。特に未桜の攻撃が……。
「さて、どうしたもんかね?」
そう言いつつ俺は、女王アリの足をぶん殴って体勢を崩させた。
殴っても傷つきはしないが、相手を後退させたり攻撃を自分に向けさせたりしているから、別に無意味ではないのだろう。しかし、傷をつけられていないなら焼け石に水かもしれない。
無理だと思うが、俺は女王アリが体勢を直しているうちに、突破口を考えながら女王アリを観察する。
そして俺は、とある部位に目がいった。
「……いや、一か所だけ硬くない場所があるじゃないか!」
俺の視線の先には、粘着質の物質を飛ばしていた口があった。
そう、表面がダメならば体内に攻撃してみればいいのではないのかと思ったのだ。俺たちのような例外を除いて、どんな屈強な奴でも中身だけは強化できないだろうからな。
ならば、あそこを狙って攻撃をするしかないじゃん!
「今度こそ致命傷を与えてやる!」
そう息巻いて、俺は魔力を右手に集中させた。
「『紫電槍!』」
怜が使っていた『紫電』を参考に、炎槍のように槍の形に象った。
紫電槍がしっかり形成されると、俺は丁度体勢を整えた女王アリに向かって紫色がかかった雷を、炎槍を放った時と同じように放った。炎槍との違いは、速さだろうか。
瞬きをするよりも速く、女王アリの口に向かっていった。これでようやく攻撃という攻撃を与えられたと思い、内心ガッツポーズをしていた。
しかし、またしても俺の予想は裏切られることとなった。
「……あー、うん。あのさ、鈴さん」
「はい、なんでしょうか?」
俺は改めて、この女王アリの非常識さというか、異常性を理解させられた。
「あれって、蟻なんだよね?」
「はい、蟻ですね」
俺の目の前には、先程と何ら変わらない状態の女王アリがいた。
「蟻ってさ、口元は硬いものとか何もないよね?」
「そうですね」
近くにいた鈴に確認をするほど、俺は目の前の現実を受け入れたくはなかったのだろう。
「……あれって、なに?」
「牙……というよりは歯、ですね」
女王アリの口に歯があるという事実を……。
「……ははっ……マジかよ」
俺が指をさしている先には、先程まではなかった歯が存在していた。
俺は放った攻撃は、その先程まで何もなかった口へと攻撃を仕掛けていた。しかし俺の紫電槍は、唐突に生えてきた……人間のような歯によって防がれてしまった。
「……だぁぁぁぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉ!!!生えてくるんじゃねぇよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
とても理不尽であろう。唯一の突破口だと思って攻撃を仕掛けたのに、俺の攻撃はまたしても通用しなかったのだから。
「というか、口元だけ人間のそれだから気持ち悪いわっ!!!あと歯並びいいなおい!!!」
今まで溜まっていた鬱憤が、胸の内から一気に噴き出してきた。元々攻撃が通らないことからフラストレーションがかなり溜まっていたのだ。それが突破口が防がれてしまったのだ。
それはもう、誰がどう見ても激しい憤りを感じていた。
「あるじ、ちょっとおちついて」
「本気でぶん殴って歯を全部折ってやろうかこの野郎!?あぁ、早々に口だけ老人にしてやろうか!というか気持ち悪いから早く仕舞えや!笑っているように見えて余計腹立たしいんだよ!」
未桜が流石に俺を見るに見兼ねたのか、落ち着くように俺の元に来て服の裾を引っ張っていた。
だがしかし、そんなことで俺の怒りが収まるはずもなく。心中からの言葉を吐き出していた。
「おちついてー、あるじー」
「主様、冷静を掻いてはいけません。それではよい判断をすることが困難になってしまいかねません」
「……そうだな。悪い、流石に冷静を掻くのはダメだよな。これからは気を付ける」
鈴も俺を見兼ねたのか、それともただ心配だったのか、俺に対して少々声を大にして進言してきた。そのため俺は先程まで失っていた冷静さを取り戻した。
よくよく考えたら、ただ攻撃が一回通らなかっただけなんだよな。そんなことで怒り狂ってしまうなんて情けない。鈴のおかげで早々に冷静さを取り戻してよかったよ。
「もう離してくれていいぞ、未桜」
「そう?」
そう言うと未桜は、鈴が来た時から抱き着いていた手を離してくれた。
決して、未桜が腰に手を回して前方から抱き着いてきたから意識を戻したわけじゃないからな?そのせいでちょっと位置的にアウトになってしまう前に引きはがそうとしていろいろと意識してしまったわけじゃないからな?身長差のせいで丁度あれとあれが接触してしまいかねないとか、そんなことを思っていたりしないからな?
「いやしかし、本当に、何かが起きる前でよかった……!」
何とは言わないが、危なかったな……。
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「———待たせたな!!!」
雑念を払うために一心不乱に女王アリをぶん殴っていると、唐突に聞き覚えのある声が入り口の方から聞こえてきた。
いや、雑念を払うためではなく戦いに集中するためだな!
「シュワちゃん!」
「いったいどこに行っていたんですか!?」
「そのまま帰ってこないのかと思いましたよ!」
先程まで端っこの方で大人しくしていた係員たちが、やってきたシュワちゃんに苦言を言っていた。
しかし、表情を見るに歓喜しているように見える。やはり自分達の知っている強者が来ると、安心感が半端ではないのだろう。
「いやよ、敵が多いからちょっと武器を取りに行ってたんだ」
そう言い、彼は得意顔になって埃まみれの布に包まれているものを取り出した。
「それが、武器ですか?」
現れたのは、とても無骨な、それでいてどこか男子が喜びそうな機械的な大型の狙撃銃のようなものだった。
違いと言えば、俺の知っている狙撃銃よりも長く太いことだろう。そしてなにより、銃身のところにレールがあり、それが上下に二又になっていることだ。
「おぉ……」
これはあれだ。ゲームやアニメで多くの作品に出てきている、男心をくすぐる例の物だ。
「おう!『電磁投射砲・不知火型』だ!」
そう言って、自身の身長よりも大きなレールガンを肩に担いだ。
やべぇ、何あれめっちゃカッコいいんだけど!レールガンとか初めて見たんだけど、あれ俺に作れないかな……?
「って、おいおい……女王アリまでお出ましかよ。マジでこれを持ってきてよかったぜ!」
不適な笑みを浮かべて、彼はレールガンを使う相手を見据えていた。
「よっしゃ、シュワちゃんがいてくれるだけでも心強いのに、まさかレールガンまで持ってきてくれるなんて……。これは勝ったな!」
「そうだな、あれならこの女王アリに対しても有効だ!」
「あぁ、あれがあればもうなんにも怖くない!」
「さぁ、シュワちゃんのレールガンを存分に食らいやがれ!」
係員たちは先程までの絶望的な表情から一転、各々が喜色満面であった。
とても落差が激しいが、それほどシュワちゃんが持ってきたレールガンがかなりのものなのだろう。
でも、そんなにもスゴいものなのだろうか?
「なぁなぁ、レールガンってそんなにすごいのか?」
「僕もよくは知らないんだけど、係員さんたちの反応を見るに、結構すごいんじゃないかな」
アニメやゲーム以外で、自分の知識の中にはレールガンと言うものがなかった。
俺はいつものように怜の元まで行って聞くことにしたのだが、当てが外れてしまったな。まぁ、恐らく桁違いにはすごいんだろうが、いったいどれほどの威力があるのか……。
「くらえやぁぁぁぁぁぁ!!!」
レールガンを構え直していたシュワちゃんが女王アリに照準を定め、引き金を引いた。 レールに電撃がほとばしり、次の瞬間には装填されていた弾が発射された。
先程俺が放った紫電槍よりも、今まで俺が見たものの中で一番速度が出ていた。そしてそれは、常人には目で追うことは不可能だろう。女王アリも目で追えているはずもないだろうし、これは必ず当たるだろうな。
そしてそれが当たれば、さしもの女王アリとて無事では済まないだろう。
「え、ちょ……は?」
しかし、弾は女王アリに当たることはなかった。女王アリの後方にある、まだ壁があったところに飛んでいき、俺が最初に開けたものよりも大きな穴を開けてしまっていた。
「おいおい、マジかよ!?」
「いや流石に硬すぎない!?」
「普通はあそこまで強固じゃなかったような気がするんだけど……」
「いったいどれほどの硬さがあるのでしょうか……」
それを目の当たりにしていた俺たちは、驚きを隠せなかった。誰だって、まさかあれほどの攻撃を弾かれるとは思わないだろう。
だけど、そう考えるとどうやったら有効な攻撃を与えることが出来るんだ?
「お、おいおい……流石にこれじゃあ……」
後ろの方でレールガンを撃ったシュワちゃんが、膝をついて嘆いていた。
それはそうだろう。必ず倒すことが出来ると信じて撃ったはずが、まさか女王アリの硬い表皮に阻まれてしまったのだから。
「これじゃあ……俺の、妻に内緒で買った武器のお披露目がおじゃんじゃねぇか!」
「そういう理由!?」
効かなくて落ち込んでいたのではなく、ただ武器のお披露目に相応しくないことが起きたから落ち込んでいた。
いやいやそんなことで敵を前にして落ち込むんじゃねぇよ!というか奥さんに内緒で買っていたのかよ!それ絶対高い奴じゃん!後で怒られるぞ!?
「くそったれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「翔夜みたいだね」
「おいこら、俺はあそこまで不純な理由で怒りを露にしねぇよ」
地面に膝をつき、これでもかというほど嘆き叫んでいた。仕舞にはレールガンをぶん投げて泣いていた。それほどまでに悲しかったのだろうが、折角買ったのだから大事にしろよ……。
いやちょっと待て、俺だってそこまで変な動機で落ち込んだりはしないぞ?しいて言えば怒ったりするくらいだからな?
だから怜よ、そんな人を憐れむような目を向けるんじゃない。悲しくなってくるだろうが……。




