第四十六話 危機回避
「もういい、さっさと女王アリを倒すぞ!」
俺を含めて、ここにいる全員を鼓舞するつもりで目的を今一度明らかにした。
俺と結奈は全くと言っていいほど緊張をしてないのだが、主に二人が緊張しているだろう。それに、油断しているとまた無様に攻撃を食らいかねないしな。
「係員の人たちにも手伝ってもらったほうがよかったかもしれないね……」
「勝手に決めてゴメンねぇ!?」
「ホントだよ、全く」
「結奈、お前も俺と同罪だからな!?」
魔物と戦っているときに余計なことを気にしていても仕方がないので、俺も切り替えていこうとしたのだが、怜がボソッと言ったことに罪悪感が芽生えてしまった。
確かに、危険なことに巻き込みたくないというのと、俺たちの足手纏いになってしまうのではないかということを危惧して、安全圏まで避難してもらっている。
しかし、こうも異常事態が起こってしまっているのでは、大人の手助けが必要だったかもしれない。
囮とか……。
「えっ……」
考え事をしている中、女王アリは突如行動を起こした。急に顎を開いたと思った瞬間に、その元の蟻には決してないであろう牙を開いて、そこから何か物体をこちらへと飛ばしてきた。
その物体が飛んでいく先には沙耶がいた。
「沙耶ぁぁぁ!」
思いがけない奇襲に、俺は殆ど反射的に行動を起こしていた。沙耶に抱き着くような形で飛びつき、その場から転がるように離脱した。
もっと他にいい方法があったかもしれないが、そんなことを考える時間はなかった。寧ろ助けられただけで御の字である。
「危ねぇな!」
全員気が逸れていたせいもあるのだろう。もしかしたら逸れているだけでなく緩んでいたのかもしれない。そのため女王アリが突然攻撃してきたことに反応できたのは俺だけだった。
いや、数瞬遅れて結奈も反応していた。だがそれでも、俺の方が沙耶に近かったこともあってか、いの一番に沙耶を助けることができた。
恐らく自分に攻撃を仕掛けてきていたら、結奈や怜も直ぐに反応で来ていたのだろう。しかし実際にこの場で直ぐに反応できたのは俺だけだった。
ではなぜ俺は反応することができたのか。
それは女王アリが攻撃した対象が、沙耶だったためだ。それ以上の理由は一切ない!
「あの野郎……何飛ばしてきやがったんだ?」
女王アリが攻撃してきた場所を見ると、そこには半透明な粘着質の物質があった。
非情にもあの女王アリは、沙耶に向かって粘着質の物質を放ったのだ。これは普通の攻撃をするよりも、過剰に反応してしまうだろう。
「ちょ、翔夜大丈夫!?」
「いや、俺は全然大丈夫だ!沙耶こそケガはないか!?」
「あ、うん。翔夜が咄嗟にかばってくれたから……」
沙耶は頬を赤らめていたが、俺は沙耶を助けられたことで安堵していたため、そのことを俺は全く気にしなかった。なので今は沙耶ではなく、女王アリしか視界に入っていなかった。
「あのー、僕も一緒に助けてほしかったんだけどー」
「攻撃をくらっていないんだから大丈夫だろ」
着弾点近くから、沙耶を助けようと一歩遅れた結奈が抗議してきた。しかし、近づいたのは自分であり、攻撃を食らってもいないので助けようとは思わないだろう。
そして尚且つ、反射的に動いたのだから結奈のことなど眼中になかった。
「僕も女の子なんだけどなー」
「それがどうした?」
それを理解しているのかどうかわからなかったが、助けてもらえなかったことが不満だったらしく、不貞腐れたような様子で俺に抗議をしていた。
「土で汚れちゃったなー」
「……そうか」
結奈がどういう意図でそのようなことを言っているかわからず、一言そのように言うしか俺には思いつかなかった。
いったいどういうつもりでそのようなことを言っているんだ?
「翔夜の両親に『翔夜に汚された』って言っちゃおうかなー?」
「一緒に助けられなくてごめんねぇ!だからマジで両親には言わないでね!?」
はい、なんでそう言っているのか俺にはわかっていました。寧ろはぐらかそうとさえ思っていました。
それを察してか、結奈は俺が困るようなことを言ってきた。いや、困るというレベルではない。
そんなことを俺の両親に聞かれてしまえば、恐らく想像を絶するようなことが待っているだろう。いや、両親というよりは、母さん限定なのだが……。
以前両親と『将来』についていろいろ話し合ったことがある。
その時に俺の将来の伴侶の話になったのだ。そこで俺は話をそらすため、『父さんがもし他の女性と不倫したらどうする?』と聞いてしまった。
母さんはとてもいい笑顔で『斬る』と、一言。
『いったい何を!?』と、そこにいた全員が思ったことだろう。
これにはその場にいた全員が背筋を凍らせた。というか父さんに至っては、今にも泣き出しそうな表情でこちらを見ていた。
こんな可哀想な父さんは見ていられなくなり、話を変えた身ではあったが仕方なく元の話に戻した。
「……言わないでね?」
そのような経緯があるので、俺は女性関係には慎重にならなければならないのだ。
女性を汚してしまったなんて知られてしまったら、そんな事実があろうとなかろうと母さんに斬られてしまうかもしれない。
普段は大人しいが、感情的になると周りが見えなくなるところがあるからなぁ……。
「誠意、足りなくない?」
「ごめんなさい!本当に言わないでください!」
俺が誠心誠意謝るよう、遠回しに伝えてきていた。どうしてか、結奈は俺が一緒に助けなかったことが気に食わなかったようだ。
「……仕方がない。許してあげよう」
「納得いかねぇ……!」
確かに俺が助けなかったのは少々申し訳なかった気もしなくもない。
だがしかし、俺は反射的に行動を起こしたのだ。そんな周りを見ている暇などないのに、同時に近くにいた結奈を助けろと言うのはちょっと無茶なのではないだろうか?
そのため、すんごい不服であり解せない。
「というか、アイツよくも沙耶を狙いやがったな……?」
「そうだよね、なんで翔夜じゃなくて沙耶を狙ったんだ」
「……ツッコまないからな?」
しかし、気に入らないことがあったとしても、直後に結奈に馬鹿にされようとも、女王アリがどうして沙耶を狙って攻撃してきたのか考えずにはいられなかった。
ここにいるメンバーで真っ先に狙われるとしたら、それは相手にとって脅威である存在ではないだろうかと思う。脅威になるのなら、そいつを真っ先に倒すのが常套手段だろう。
だがしかし、脅威になると言うのなら神の使徒である俺たち三人を真っ先に狙うはずであろう。それなのになぜ沙耶を真っ先に狙ったのだ?
やっぱり可愛いから真っ先に狙われたのだろうか……?
「うわっと……危ねぇな畜生!」
少々くだらないことを含めて、沙耶が狙われたことを考えて女王アリを観察していると、再び同じ攻撃を仕掛けてきた。
そのためずっと抱き着いた状態だったが、今度はちゃんと運びやすいよう後方へと飛びながらお姫様抱っこに持ち方を変えた。
先程は沙耶への負荷など全然考えずに転がったが、今回は予測できたためしっかりと沙耶に負荷がかからないようにした。
「おいおい、どんだけ放ってくるんだよ!」
「あっ……」
後方へ飛んだ直後から女王アリは、連続してこちらを狙って攻撃を繰り出してきた。そのため俺は愚痴を漏らしながらも、周りに迷惑が掛からないようあらゆる場所へと縦横無尽に走りながら攻撃を回避した。
回避することは造作もないことだが、沙耶に負担になってしまっているのではないかと気が気でなかった。
振り落とされないようにしているためか、俺の首へと手を回してピッタリくっついている。
「……おぅ」
短い時間ではあったが、先程の緊迫したような時間があったのだ。そこから脱することが出来たためか、その、妄りがましいことを考えてしまっても仕方がないと思う。
攻撃を躱しながらではあるが、めっちゃいい匂いがする!というか、さっき女の子に抱き着いていたんだよな!?しかも今は抱き着かれているんだ!?今までそんな体験をされたことがなかったから、顔がニヤニヤしちゃうよ!こんな時なんだし、ちゃんと我慢しないと……!
……一応言っておくが、結奈に後ろから首を絞められた時のはノーカンだからな?
「何してんの」
「攻撃を躱していたの。結界サンキュ」
攻撃を躱していた俺の元へやってきて、俺と沙耶の前に結界を張ってくれた。ぶっちゃけ俺の頭の中にはもう躱すということしか思い浮かんでいなかった。
そういえば結界魔法を使えたなと、今更ながら思う。というか、土魔法で壁を作ればよかったかもしれない。
「あれ……というか、もしかしなくても沙耶に限定して狙ってんのか?」
「その可能性しかないよね」
「なんでだよ……」
「そんなこと、魔物じゃないんだしわかるわけないよ」
とても今更な気がしているが、本当になんで沙耶しか狙わないんだ?最初は適当に選んで、という可能性も一応あったが、ずっと沙耶を狙って攻撃をしてくるのはいったいなぜなんだ……。
「あ、あの翔夜……」
「ん、なんだ?」
ずっとお姫様抱っこで抱えている沙耶から、嬉しいような恥ずかしいような表情をしながら話しかけられた。
いったいどうしたというのだろうか?
「その、そろそろ降ろしてほしいんだけど……」
「あぁ、すまん!」
俺は焦りながらも急いで沙耶を降ろした。沙耶は少々名残惜しそうな顔をしているような気がしたが、流石に気のせいであろう。
そういえば、俺ってずっと沙耶を、女の子を抱えていたんだよな!?俺、少ししか堪能していなかったんだけど、もうこれ俺は幸せ者だよな!というか俺がすごく幸せだったからもうそれでいいや!
「翔夜のスケベー」
「仕方がなかったことだろう!」
顔に出てしまったのだろうか、それともただいつも通りに馬鹿にしてきたのだろうか。
どちらにしても、結奈はこの戦いが終わった後は絶対何かしらで仕返ししてやる!
「……結奈」
「なぁに?」
しかし、そのようなことはここではいったん置いておく。
そんなくだらないことよりも今ここで一番重要なことは、沙耶があの女王アリに狙われているということだ。
俺はいつにもまして真剣な顔つきになり、結奈に頼み込んだ。
「……沙耶を頼む」
「……しょうがないな~」
言葉足らずだったかもしれないが、それでも結奈は俺が言いたいことを理解したようだった。
この戦いはもう、いちごを守る戦いから沙耶を守る戦いに変わった。ならば、その沙耶をこの場で一番安全な場所に置いておくに限る。
そう、神の使徒であり、魔法の扱いに一番長けている、学年主席の結奈の近くが一番安全だ。
「翔夜……」
先程の慌てた様子から一転、不安そうな顔をしている沙耶がこちらを見ていた。もちろん俺だって単身であいつに臨むつもりなど毛頭ないが、それでも自分が守られている状態で俺が戦いに行くことが気が気でないのだろう。
だがしかし、ここでカッコつけなければ男が廃る!
「全部俺に任せろって!」
「いや、そうじゃなくて……」
「え、それじゃあなんだ?」
どうやら不安だったのではなかったらしい。
確かに、戦いにおいて沙耶は全幅の信頼を寄せている。なぜかは知らないけど、俺が負けるとは全然思っていない。というか、俺の身近な人間はなぜか俺は何があっても絶対に大丈夫って思っているんだよなぁ。
しかし、それでは一体なぜそんな困惑した表情をしているんだ?
「……チャック、開いてる」
「え……?」
……あ、マジでホントに開いてたんだけど。
いや待って、かなりカッコつけたのに結構恥ずかしい状態だったんだけど!え、いつから開いてたの!?もしかして始めからかな!?
そう思って俺はチャックをあげようとした。しかし……。
「あれ……」
なんと、チャックは壊れていた。
恐らくいちごの本体に叩きつけられた時にでも壊れてしまったのだろう。それがどこかでちょっとした拍子に壊れてしまって、今の現状を作り出しているのだな。
「……『復元』」
そう唱えると、チャックが壊される以前の状態に戻り、すんなりと社会の窓を閉めることが出来た。
難題三大魔法である時空間魔法を、こんなくだらないことに使ってしまって世の中の研究者に申し訳ないと思う……。
だがしかし、今の俺には重大なことだったんだ……!だから結奈、そんな可哀想な奴を見る目で見るんじゃねぇ!
「全部俺に任せて待っていてくれ!」
「あ、さっきのなかったことにした」




