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第四十四話 真打ち登場


 敵の残りがあと僅かとなったためか、それとも使い魔たちも近くで戦ってくれているためか、沙耶やエリーの心にも余裕が出来てきているのが窺える。


 先程の羽蟻がいないと言うだけで、みんなの表情にも険しさがなくなっていた。


「いやしかし、羽蟻がいないっていうのは楽でいいな」


「まぁ上を気にしなくていいからねー」


 今までは羽蟻がいたため、地上だけではなく空中にも気を配らなければいけなかった。全方位から攻撃を繰り出してくるのだから、それはもう神経をすり減らしていた。


 ……神の使徒以外の人間と付け加えたほうがいいかな?


「でも、気を抜くのはよくないよ?」


「そうですね。まだ敵はいるのですから、倒すまで気を抜かずに頑張りましょう」


 余裕が出てきたためか、沙耶とエリーの二人も俺たちの会話に参加してきた。


「いやでも、あとはもうシルバーアントだけだろ?」


 二人は忠告してくれたが、俺はどうしても緊張感が持てずにいた。残りがあとシルバーアントだけだと思っているからだろうか。若しくは俺自身が神の使徒だからだろうか。はたまた俺が魔物ともう戦っていたからか。


 まぁどんな理由にせよ、負けるとは思っていないし傷つくとも思っていない。


 しいて心配事を挙げるとすれば、沙耶やエリーのような『人間』が傷ついてしまうことと、俺が開けてしまったあの穴の修理費を請求されてしまうことくらいだろうか?


 ……俺が支払うなんてことにならないよな?羽蟻のせいにできるよな?


 前者はどうにでもなる。俺以外にも二人神の使徒がいるのだから、万が一も起きないだろう。


 しかし、しかしだ!後者は神の使徒である俺にはどうにもできない……!何か聞かれたら知らぬ存ぜぬで貫き通そうかな?


「もしかしたら『プラムベール』がまだいるかもしれないよ?」


「……プラムベール?」


 俺がやらかしてしまったことに対して思い悩んでいると、聞きなれない言葉が聞こえてきた。


 怜は当たり前のように言っているが、俺は何のことか全然わからなかった。恐らく何かの名前なのだろうが、いったい何なのだろうか?


「あの羽蟻の正式名称だよ」


「へぇ……」


 俺が疑問に思っていると、近くにいた結奈が教えてくれた。


 あれってそんな名前だったんだな。倒してしまってから知っても遅い気はするが、一応覚えておこう。


「それに、他の魔物もいる可能性もあるしね」


「いやいや、もうこれ以上新しい敵はごめんだよ」


 うんざりした様子で、俺は手に持っていた()を肩に担いだ。


 今日だけでも魔物に対してかなりの驚きがあったのだ。正直もうお腹いっぱいである。


「あの、翔夜……その手に持っているのは何?」


「あぁこれか。さっきそこに落ちていたから拾って武器にしているんだ」


 どう聞いていいか困った様子の沙耶に、俺の持っているものについて疑問を持たれてしまった。


 先程から俺は、近くに落ちていたシルバーアントの顎を武器にしていた。素手で殴ることにも飽きていた時、丁度落ちていたので使っているのだ。


 しかし、それが一体何だと言うのだろうか?


「……なんでみんなそんな人を憐れむような目で見ているんだ?」


 堅くて丈夫だし、何より替えがそこら中に落ちているということで使っているのだが、何かおかしいのだろうか?


 悲しくなってくるからその目をやめてほしいんだけどな……。


「いや、あの……その顎重いし、それを武器にするぐらいなら魔法を使ったほうがいいんじゃないかなって……」


「魔法師を目指している人とは思えない行動をするんだもんね、そりゃあいろいろ思うところもあるって」


「そういうもんなのか……」


 俺の中での魔法師のイメージは、よく異世界物の創作物で見かける『冒険者』のようなものなのだ。そのため、魔法だけでなく肉体や武器を使って敵と戦うものだと思っていた。


 しかしこの世界での魔法師は、本当に魔法のみで戦うものなのだろう。今まで俺は体格のいい魔法師やその学生を見たことがない。寧ろみんな弱そうだった。


 ……係員たちは魔法師じゃないだろうから、例外だね。


「これ使わないほうがいいかな?」


 気に入っていたのだが、悪目立ちはしたくなかったので、手放したほうがいいのか考えた。


「それってね、見た目に反して結構汚いしね。排泄物並みに」


「ふんっ!」


 俺が自分で開けてしまった穴に向かって全力投球をした。物凄い勢いで飛んでいったので、もう目視で確認することができない。


 こちらに来て、俺は今までで一番の力で物を投げた。そのため、地面に大きなくぼみを作ってしまい、さらにソニックブームが少々起きてしまった。


 だがしかし、そんなことは全く気にしない。ほかに気にすることがあるためだ。


「そういうのはもっと早く言ってくれないかなぁ!?というか、怜は絶対気づいていたじゃん!言ってよ!」


 結奈と怜に向かって、というかここにいるみんなに向かって叫んだ。どうして憐れむような表情を向けるだけで何も言ってくれないのだろうか。言ってしまうことで俺が傷ついてしまうとか思ったの?言わないということが優しさなの?そう思っているの?


 俺はずっとカブトムシの角を掴んでいるような気持でいたのに、気づかぬうちに汚物を掴んでいたなんて……。


 というか、とどのつまり俺の手は今、かなり汚れているのか?


 そう思った瞬間に、俺は急いで水魔法を発動して手を洗い始めた。石鹸はないけど、何もしないよりはましだよな?というか、今まで俺は素手で殴ったりしていたのに、もう殴らないほうがいいよな……。


「なぁ、さっきから聞こえるこの音はなんだ?」


 手を洗いながら、俺は先程から聞こえている大きなものを引きずるような音がなんなのか気になっていた。そのため近くにいた沙耶に、この音の正体に心当たりがあるか聞いてみることにした。


「ん~、まぁ、あれだよね?」


「あれだよね~」


「あれだね……」


「あれですね……」


「あれってなんだよ……」


 心当たりがあるようだが、本人たちは自らが予想している正体が当たってほしくないように思える。ここにいる俺を除いた全員が複雑そうな顔をしており、気落ちしているのが目に見えてわかる。


 いや、結奈は表情が全然変わらないから、もしかしたら予想が当たってもいいと思っているかもしれないけど……。


 というか、ホントにあれってなんだよ……。正式名称でもいいから教えてくれないかな?


 そう思っていると、その音がとても大きくなってきていた。その音を出している正体が来ている方角へと目をやると、そこはもう見慣れた俺が開けてしまった穴が存在していた。


 その穴から見える外から、とても巨大なシルバーアントが来ているのが見えた。


「あー……なぁ、あれって……」


「あぁ、やっぱり……」


「来ちゃったね……」


「いると思ってた」


「予想的中してしまいましたね……」


 俺と結奈以外の面子は落胆していた。沙耶とエリーに至っては、もう戦いたくないと思っているのか、落胆と共に疲れが滲み出ていた。


 そりゃそうだ。俺ほどではないにしろ、二人は攻撃を躱すためにこのドーム内を縦横無尽に駆けていたのだから。


 魔法で戦っていても、敵は全方向から攻撃を仕掛けてきていたので、動かないわけにはいかなかった。


 しかも二人にとっては初めての魔物との戦いである。表情には出していなかったのだろうが、それでも緊張だったりしていたのだろう。


 これは二人のためにも、もうそろそろ終わらせたほうが良さそうだな。


「あー、入ってきたね」


 二人のことを心配していると怜が、現実を受け入れたくないと思っているのか、それとも面倒ごとを避けたいと思っているのか、先程よりも表情を歪めて穴を見ていた。


「翔夜が大きな穴をあけたせいでー」


「それは関係ないだろ!俺が穴を大きくしなくてもあいつは絶対入ってきていたって!」


「まぁそうだろうね」


「こ、こいつ……!」


 俺の責任ではないということをわかっているのに、結奈は俺のことをからかってきた。


 いや、俺に全くの非がないということはないのだが、それでも俺がいなくてもあいつは羽蟻を使って入ってきていただろう。


 しかし、からかった当の本人はどうしてか神妙な面持ちでいるように見えた。表情は全然変わらないし、俺の気のせいかもしれないけど、あの馬鹿デカいシルバーアントを見る目がいつもと違うように見えた。


 まぁ、多分気のせいだろうけどな。


 苛立ちと違和感が心中にある状態で結奈を気にしていると、自分たちの敵を倒し切ったのか、係員たちはこちらへと合流して来ていた。


「おいおい、親玉のお出ましじゃねぇか……」


「女王アリとか、何の冗談だよ……」


「お前、アイツを相手にできるか?」


「無茶いうなよ、女王アリだぜ……?」


 来て早々にあの馬鹿デカいシルバーアント、もとい女王アリを目視で確認して驚愕していた。


 そりゃあそういう反応をするのが普通なんだろうな。俺たち三人は神の使徒だし、沙耶とエリーも学業実技共に成績優秀者だし、あまり驚愕することはなかった。


「あ、係員の皆さん。アイツは俺たちが相手するんで、他をお願いしてもらってもいいですか?」


 俺は係員たちに向かって軽い調子で言った。


 係員たちが傷ついてしまってはいけないし、それに沙耶とエリーが疲れ気味なので短期決戦で蹴りをつけたいと思っているからな。


 ぶっちゃけ係員たちの心配は二の次である。


「おいおい、流石に学生でそれは無茶だろ」


「いえいえ、僕たちは強いので問題ありません」


「しかしなぁ……」


 俺たちが学生であるということからか、どうしてもそこは譲ってはくれなかった。というよりは、大人である自分たちが子供たちに任せていいのか葛藤しているように見えた。


 渋っていないで早く俺たちに任せてほしいというのが本心だが、流石にこれは仕方がないということが理解できてしまう。そのため、どうにかして説得しなければいけないな。


「いざとなったら逃げますから、任せてくれませんか?」


 俺たちは女王アリに玉砕覚悟で挑むわけではないのだ。寧ろ手短に戦いを終わらせるために俺たちだけで戦うのである。


 わかってくれないだろうか……?


「……そうだな、じゃあ女王アリは学生たちに任せようか」


「……さっきの戦いぶりを見れば大丈夫な気がしてきたしな」


「……それじゃあ、女王アリは任せたぞ!」


「……気をつけてな!」


 各々そう言い残すと、新たにやってきたシルバーアントのところへと向かっていった。


「あ、はい。そちらもお気をつけて」


 係員たちはまるで人が変わったかのように、気味の悪い笑みを浮かべて承諾してくれた。


 いや、別に何も変なところなどない普通の笑みを浮かべて、俺たちに気持ちよく任せてくれている。だが、どうしてかその笑みを気味が悪いと思ってしまっている。


 俺たちに危ないことを任せまいと渋っていたのが一転、急に俺たちに笑顔で任せてくれているのだ。これを気味が悪いと思わなくても、流石に違和感は感じるだろう。


「……な~んか、変な感じ」


「まぁ、女王アリを任せてもらえたんだし、別にいいだろ。確かに違和感が半端なくあるが、それでも今は戦いに集中しようぜ?」


「……それもそうだね」


 結奈も俺と同じことを感じたのか、少々顔を顰めて係員たちを見つめていた。


 しかし、今はそんなことを気にしていても意味はない。せっかく俺たちに任せてもらえたのだから、今はその事実に喜ぶべきだろう。


 とはいっても、俺も結奈も素直に喜ぶことは出来ないでいるのだがな。


「あのー、あの女王アリ……なんだか私が知っているより随分と大きい気がするのですが……」


「それは私も思った。普通はあれの二回りくらい小さかった気がするんだよね」


 二人の会話が耳に入ってきて、俺たちの意識は係員たちから女王アリへと向いた。


「突然変異などをした可能性がありますね」


「まぁ、魔物ならあり得るよねー」


「原因はいったい何なんでしょうか?」


「う~ん、無難にその環境の魔力量の変化とか?」


「まぁまぁ二人とも、考えたって正しい答えが出るとは限らないんだし、考えるのは敵を殲滅してからにしよう」


 周りにシルバーアントがいない状況だった為か、二人はあの女王アリがなぜデカいかという考察をしていた。


 しかし俺たちはまだ戦いの中にいるのだ。そのため二人には申し訳ないが、今は戦うことに集中して貰うことにした。


 まぁ、俺が言えたことじゃないんだけどな!


「翔夜がなんかまともなことを言ってる……」


「俺はいつもまともなことを言っているつもりなんだが?」


 いつだって俺はまともなことを言っているつもりでいたんだが、結奈にとってはそんなに驚くようなことなのだろうか?それとも喧嘩を売っていると考えていいのだろうか?



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