第四十一話 一掃
「いったい何をやるんだ?」
結奈の周りの魔力が段々と高まっていき、そして結奈の頭上に集まりだした。俺と怜は魔力というものを認識できるため、それがどれだけ膨大で強力なものか理解できる。
この間結奈と俺が使った『消滅魔法』よりも、使っている魔力量は数段多い。それがやがて魔法へと変換されていった。
「『炎槍』」
右手を上へと挙げて、結奈は魔法名を口にした。すると結奈の頭上に集まっていた魔力が、無数の炎の槍へと変換された。
「貫け」
そう結奈が呟いて、挙げていた右手を前へと放った。それと同時に『炎槍』と呼ばれる炎の槍は、シルバーアント目がけて目にも止まらぬ速さで飛んでいった。
「おぉ、すごいねー」
「ファイヤーランスっていうやつか?」
炎槍はこのドーム内にいる全てのシルバーアントの魔核に刺さり、その生命活動を止めた。
俺と怜は神の使徒であるため、さほど驚いた様子はない。どうせ自分たちも出来るだろうからな。だが、他のみんなはそうはいかなかった。
「あんなに膨大な魔力を帯びた『炎槍』は初めて見ました……」
「流石は学年主席だねー。私も頑張らなくちゃ!」
エリーは目を見開いて驚愕していた。シルバーアントが視界に入っていないような状態だったが、それほどまでに驚くことのようだった。
逆に沙耶は驚愕というよりも、自分も頑張らなければと意気込んでいた。この状況で笑顔なのはあなただけですよ?俺や怜だって笑うところまではいっていないからな。
やっぱり昔から俺が近くにいたせいなのか、驚くということはなかった。どちらかというと『翔夜もこれくらいは出来るだろう』と思っているのだろう。
多分出来るだろうけど、なんでそこまで信用してくれるのやら?……まぁ嬉しいからいいんだけどさ!
「な、なんじゃあこりゃあ!?」
「あんな数の『炎槍』が……」
「どれだけの魔力量なんだ!?」
「あの女の子、本当に人間か!?」
結奈が魔法を撃つまでシルバーアントを狩ることに躍起になっていた係員たちが、みんな行動を止めて結奈の放った『炎槍』に釘付けになっていた。
それはそうだろうな。自分たちが狩っていたシルバーアントを含めて貫いたのだから。それも一度に複数の炎槍を生み出して一気に片を付けてしまったのだ。急にそんなことをされたら誰だって驚きもするだろう。
とはいっても、まだまだ外からやってきているので戦いはまだ終わっていないがな。
「……あれはおかしいのか?」
だが、それでも係員たちは驚きすぎている気がした。俺だって怜だって、神の使徒でない沙耶も出来そうな気がするが、そんなに驚くようなことなのだろうか?
「普通は炎槍を複数出すなんてことはしないよ。というか、それ自体が高等テクニックとされているから、出来る人は相当魔力のコントロールに長けているってことになるね」
「ふむ、なるほど……」
ということは、おんなじ魔法でも複数使ったら目立ってしまうものもあるんだな。マジでこれからは気を付けなければいけないな。
常識とか全然わかりはしなかったが、それよりも……。
「炎なのに貫けるんだ」
「そこは突っ込まないようにしよう?」
俺は炎がシルバーアントを貫いたことが不思議で仕方がない。炎って燃えているだけで質量とかってなかったよな?あれっていったいどういう原理なんだ?
そんなことを気にしていたのだが、怜には深く気にしないように言われてしまった。もうそういうものだと認識したほうがいいのだろうか……。
「それにしても、どうしてそんなに多くの炎槍を出せたの?」
「練習したから」
「いや、練習したからっていうことで説明できるものでもないんだけど……」
沙耶は不思議そうに炎槍について聞いた。だが、神の使徒だからと答えるはずもなく、無難に練習したからと答えた。
確かに主席ではあるが、それでも沙耶には疑念の目を向けられてしまっていた。
「まぁこれで、心置きなく馬鹿にできるね」
「馬鹿にしないようにしような?」
少々話を変えて沙耶の疑問を忘れさせようと、係員たちを見てそう言った。だけど、馬鹿にするのは止そうな?変に絡まれてしまったら面倒だからね?
「それにしても、結構片付いたよね」
「これなら僕らの出番はないよね-」
「それでもちゃんと最後までやろうな?」
「わかってるよ。まぁでも、適当に狩っていれば直ぐに片が付きそうだけどね」
「あの炎槍でほとんど倒してしまいましたからね」
もう俺たちは気を緩めてしまって、全員集まって話し込んでしまった。先程俺と結奈は気を引き締める様に言われたが、このシルバーアントの残骸を見てしまっては、誰だって戦うことを中断してしまうだろう。
まぁ、まだドームの外からやってきているんだがな……。
「なぁ、お前ら……さっきは迷惑なんて思って悪かったな」
「そうだな。子供だからって下に見たのはダメだったな」
「あぁ、あんなに完成度の高い炎槍をこれでもかというほどに撃ちだしたんだもんな。そりゃあ俺たちなんて足元にも及ばないな」
話し合っている俺たちの元へと、係員たちはやってきて口々に謝りだした。とても及び腰になって、本当に申し訳なさそうにしてた。
あんたらなんでそんなに弱弱しくしてんだよ。さっきまですんごい気迫で戦っていたじゃん、さっきまでの威勢はどうしたんだ……。もう少し頑張れよ……。
「……まぁ、わかればいいんですよ」
結奈も言い過ぎたと自覚があったのか、係員たちの謝罪を受け入れた。そういう素直なところは美点だと思う。
先程まで馬鹿にしていたから今更な気がしなくもないが、まぁいいか。
「あの、私はそんな短時間であんなことは出来ませんからね?」
「私はそもそも火の魔法を使うことが出来ないので、そんなことが短時間で出来るのは結奈さんか翔夜さんくらいかと思います」
「あぁ確かに。翔夜なら出来そうだよねー」
「ん、なんで俺も?」
確かに俺は結奈が先程撃った炎槍という魔法を同じように撃つことが出来るだろう。だけど、エリーはともかく沙耶もがんばればできるんじゃないか?
それよりも、エリーはなんで俺は出来るって判断したんだろうか?
「先程使った氷結の魔法を見て判断しました。表情や行動を見るに、特に苦だとも思っていなさそうだったので、恐らくもっと強力で広範囲に魔法を展開できるんじゃないかと……」
とても冷静に、先程あまり何も考えないで使った俺の氷結魔法について考察した。見られていないと思っていたが、意外と見られていたんだな。
「……そ、そんなことないよ~?」
「その表情はいったいどういった感情なの?」
俺は今、とても複雑な心境だった。
いやだって、褒められているんだからそりゃあ喜ぶじゃん?でも、この力のことを、神の使徒であることがばれてしまう恐れだってあるんだから、そりゃあ喜んでいいのかわからないって。
自分だって変な表情をしているってわかっているんだから、怜もそこは無視してくれよ。じゃないと、結奈がまた笑ってくるだろうが!
「まぁでも、みんなだってこいつらを一掃しようと思えば出来るよな!?」
話しを直ぐにでも変えようと、少々強めにみんな一掃できるかと問うた。
学生とは言っても、ここにいるのは実技成績優秀者だけだからな。子いちごやシルバーアントくらいなら、恐らく一掃できるはずだ。
「私は時間さえあれば出来るかな?」
「あの、私も一応頑張ればできなくはないと思います」
「僕も———」
「———うん、みんな出来るな!」
予想通り、ここにいる五人は全員一掃できるそうだ。
そりゃあ、沙耶は俺たち神の使徒を除けば学年で一番に魔力を持っているし、エリーは次席の実力を持っている。実力に不安な要素は一切ないな!
……一掃できることって普通なのかな?
「ねぇ、今なんで僕の答えを聞こうとしなかったの?」
「いやだってどうせ出来るだろうし、聞かなくてもいいかなと」
俺たちは神の使徒なんだから、思い浮かべるだけで使うことが出来る。なら一々聞く必要はないかなって思ったなんだけど、いけなかったかな?
「出来るけど、それでも人が言おうとしていたんだから聞いてよ……」
「……あー、なんか、ごめん」
少々仏頂面で俺のことを睨んできた。怖いと言うより、正直申し訳なくなった。確かにわかりきったことでも、人の話は最後まで聞かないといけないな。
だからさ、小声で『だからモテないんだよ……』とかいうのやめてくれない?小声で言ってもこっちは全然聞こえるんだからね?もしかしてワザとなの?ワザとなのか!?
「あーあ、翔夜女の子泣かしたー」
「泣かしてねぇよ……」
「僕は男の子だよ!?そして泣いてもいないからね!?」
とうとう結奈までもが怜を弄り始めたから……。表情を見るに、いいおもちゃを見つけたような、いい笑顔をしていた。
俺が言うのもなんだかおかしい気はするが、ご愁傷様です……。
「とうとう怜も犠牲者に……」
「犠牲者ってなんだ!?俺がいつ被害者を出したよ!?」
怜のことを憐れんでいたのだが、唐突に俺が悪者にされてしまった。いったい俺がいつ犠牲者を生み出したっていうんだ!?
確かに顔を見られて泣かれてしまったことはしばしばあったが、この世界に来てからはまだ誰も泣かせていないぞ!?
怯えさせてしまったことは何回かあったかもしれないけどさ……。
「僕とか」
「ごめんねぇ!?」
そういえばこいつに対してかなり失礼なことをしてしまっていたな。確かに犠牲者と言えなくもないが、結奈は犠牲者でいいのか……?
いや待て。それ以前にいつまでこの話を持ってくるんだよ!もうこの話はやめにしてくれないかな!?マジで!
「そうかそうか、みんなそんなに強かったのか……」
「これなら確かに俺たちがいたら邪魔になっちまうかもな」
「何弱気なこと言っているんだよ!子供に戦わせていいのか!?俺たち大人が、女子供に後れを取るわけにはいかないだろう!」
「……そうだな、俺たちが戦わなくてどうするんだよ!」
「残っている奴はもう少ないんだ。一匹でも多く狩って、こいつらに侮られないようにしないとな!」
「よっしゃあ、最後だが気合い入れて行くぞお前ら!」
「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
俺たちが話していると、そのすぐそばで係員たちだけで話が盛り上がってしまっていた。気が付いたときには、残っているシルバーアントを狩りに行ってしまっていた。
だがな、鈴と未桜も狩っているからシルバーアントの数はかなり減っているぞ?だから再び気合いを入れ直したところ悪いんだが、もう係員たちが戦う必要は全然ないんだよ……。
「……うん、なんか、暑苦しい人たちだね」
「まぁ、やる気を出してくれたみたいだし、いいんじゃない?」
沙耶と結奈は係員たちのことを呆れた目で見ていた。やる気を出してもらっても、俺たちだけでもどうとでもなるから、正直なところ大人しくしていてほしい。
まぁ、矜持とか責務とかいろいろあるから仕方がないんだけどさ……。
「だけど、ケガとかされたら嫌だから一応俺たちも戦いに行くか」
俺も沙耶や結奈と同じ意見だったが、それでも少々不憫に感じてしまったため、一応係員たちをフォローした。
複雑な心境ながらも、俺たちはまだ外からやってきているシルバーアントを狩りに向かった。




