第四話 人生は甘くなかった
俺の両親と東雲さんは、あの後別室にて俺がどれくらい記憶を失っていたのかを聞いたそうだ。みんな悲しみはしたが、生きていてくれたことが何よりもうれしいとのことで、思い出はこれから作っていこうといわれた。
なんて素晴らしい家族に巡り合えたのだろうか。女神様、ありがとうございます……。でも、会ったら必ず殴ります。
俺はあの後すぐに退院し、自分の家に帰ってきた。なぜすぐに帰れたのかというと、俺の体に外傷がなかったことと、日々の生活に戻ることで何かの拍子に記憶が戻るかもしれないから、ということらしい。
そういえば、俺の両親の名前をまだ聞いてなかったので、両親と東雲さんの四人で帰っている途中に聞いた。俺の父親の名前は纐纈健一といい、母親の名前は纐纈香織と言うらしい。ついでに二人の年齢を聞こうとしたのだが、母さんから物凄い圧が来たので、聞くことを断念した。
そして俺は四人家族ということを聞いた。ふっふっふ、前世では一人っ子だったが、こっちではなんと、あの夢にまで見た妹がいるそうなんだ!はっはっは、素晴らしいではないか!
だが残念ながら、まだ妹には会っていない。妹は俺の一つ下で、今は中学校で勉強中だそうだ。そりゃあ早退でもしない限りは会えないだろう。
ちなみに両親は、魔法師として働いているらしいのだが、今日は俺が目覚めたということで、仕事は部下にすべて丸投げしてきてくれたらしい。俺のために仕事を後回しにしてきてくれてありがとう。そして部下の人、ごめんなさい。頑張ってください。
今言った魔法師と言うのは、魔法を使う人というわけではなく、魔法を使ってモンスターと戦う人のことを指すそうだ。結構危険な仕事なのでは?と思うかもしれないが、それは部署によって異なるそうだ。
そして俺の両親がいる部署は、他よりも比較的安全なところなのだそう。少し安心した。前世でいうところの、警察と自衛隊を足したようなものだろうか。
魔法師になるためには、国の定める試験に合格して免許を貰うことになる。そのためには、高校か大学、もしくはその両方で魔法師になるために学ばなくてはいけない。そのために俺と東雲さんは、魔法学校に入学することになったそうだ。
それも、ただの魔法学校ではなくて、国で一番の難関校に入学すると聞いた。正直耳を疑ったよ。そんな、前世でいう、開成高校や灘高校みたいなところに入学するなんて。だが、俺と東雲さんは推薦入試で入ったらしく、勉強は多少出来なくても問題ないそうだ。
その代わり、魔法が他よりも秀でていなければいけないそうだが。
そして魔法師という職業は、給料も高く、福利厚生がしっかりしていて結構人気があり、目指す人も多いと聞く。だが、やはり魔法師の根本はモンスターと戦うことにあるので、危険はつきものだ。殉職してしまう人も、他の職業に比べたらかなり多い。
それでも魔法師が人気の職業なのは、免許を持つことが出来れば、例えどんなに魔法が弱くても就職には困らないということと、国が家政婦を支給してくれるということだ。
なんで家政婦?と思っただろう。俺も聞いたときにそう思った。
それは、魔法師が任務で様々な場所に点々とすることが多く、家のことにまで手が回らないことがあるからだそうだ。
そんなことでなんで家政婦を国が支給するんだ?と思うかもしれないが、この制度を行う前に、ある有名な女性魔法師が、各地を転々としていてなかなか家に帰れなかった時があったそうだ。その時に家事は旦那がしなければいけなかったのだが、その旦那が全く出来なかった。
帰ってきたとき、家はゴミ屋敷のように散らかっており、足の踏み場がなかった。その女性魔法師は家事が全く出来ていない旦那に対して、不満が爆発して離婚してしまったそうだ。結構有名だっただけに、この離婚騒動は波紋を呼んだ。
そして、他の魔法師たちもこの出来事をきっかけに国に訴えだした。訴えを起こしたのは、幼い子供や体の不自由な老人などがいる家庭が主だった。
その時の首相が結構小心者だったらしく、魔法師がストライキや暴動などを起こされてしまっては困るということで、実績があり、尚且つ家政婦を必要としている家庭にのみ、国が支給することになったそうだ。
なんというか、聞いたときは呆れてしまったよ。だが、その訴えを起こした人の中に、国の中枢にいる人もいたらしく、裏から手を回したという噂もあるので、何とも言えなくなる。
東雲さんが補足してくれたのだが、なんと俺の家にも家政婦がいるというのだ。ということは、俺の親は何かしらの功績を残したということになる。見た目ではわからなかいが、結構エリートなんだな。帰ってきたときに見なかったので、たぶん買い出しに行っているんだろうと母さんが言っていた。
この世界の魔法というのは人それぞれで、火や水といったみんなが使っているものから、影や時間を操るといった使っている者が殆どいないものまで、さまざまな種類がある。
普通はそんなにさまざまな魔法は使うことは出来ないそうなのだが、東雲さんは四元素である火、水、土、風は勿論のこと、光や闇などもいろいろと使えるそうだ。だから推薦を貰えたんだな、納得。そして俺は、大体なんでも使えるそうだ。いや、チートかよ。神の使徒、マジパネェっす。
帰ってくる途中に気がついたのだが、魔法はどうやって使うのかなんとなく分かるのだ。説明しづらいのだが、体に廻っている魔力を魔法に変換すると聞いたので、軽くやってみようかと思ったのだ。
すると、それを行う方法、行使する魔法、その魔法の効果範囲と威力、その他諸々が頭で理解出来るのだ。なので、魔法は練習しなくても使う分には何ら問題はないだろう。
そして今、俺は家に帰ってきて自分の部屋にて、東雲さんに勉強を教えてもらっている。なぜ勉強しているかというと、それは、来月に魔法高校に入学するからだ。
え、入学することが決まっているなら、今勉強する必要なんてないんじゃないかって?ふっ、俺は十五年間の記憶がないんだぜ?この国の常識やら法律やらも知らないんだから、学校で習うもの以外もある程度勉強しなきゃいけないだろうって、ついさっき言われたんだよ。
今の時間が三時くらいなので、終わるのは四時間後くらいかな?夕食の時間帯が七時くらいと先程母さんが言っていたから、それまで勉強だ。
勉強は出来るのかって?医療系大学に通っていたんだから、生物は結構出来るぜ?あとは、元々数学は得意だったから大丈夫。それ以外はまぁ、中学生レベルだし問題はないだろう。さぁ、何でも来いや!
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日が沈み切って夕飯を食べる時間になった頃、俺は勉強を切り上げることにした。
さて、中学生の勉強はどれくらい進んだかって?……あまり捗りませんでした。難しかったよ。いやホントに……。よく考えてみれば、前世でいう開成や灘と同じレベルなんだもんな。多少出来なくてもいいといっていたが、俺はその最低ラインにも届きそうにないよ。
いやさ、普通に五教科は何とかなるんだよ。必死に頑張ればだけど……。それ以外の基礎魔法学とかが覚えられないんだよ!魔力制御における細胞分裂との関連性は?とか、知るわけないやん!あれだな、体育実技は全然出来るのに保健体育は出来ないってやつだな!
もう頭がパンパンだよ。目の前に置かれている教科書の数々に嫌気がさす。まだ入学するまで時間はあるとはいえ、出来る気が全くしないでござる。
「じゃあもういい時間だし、続きは明日にしようか」
「はぁ、やっと勉強が終わった……。東雲さん、今日は俺のためにずっと勉強を教えてくれてありがとう」
今さらだが、十五歳の男女が密室で長時間一緒にいるというのは、教育上よろしくないことなのでは?俺も最初は野獣になってしまうかと思いはしたが、懇切丁寧に教えてくれる東雲さんにそんなことは出来なかった。
それに、新しいことを覚えるので一杯一杯だったから、そんなことはすぐに忘れてしまったよ。
「もう、東雲さんなんて他人行儀な呼び方じゃなくて、沙耶でいいよ。前も翔夜はそう呼んでいたんだから」
「う~ん、なんか慣れないけどわかったよ、沙耶さん」
俺が勉強中もずっと東雲さんと呼んでいたので、下の名前で呼んでくれと言われてしまった。勉強中は集中を切らさないように、あえて指摘しなかったのだろう。なんて健気なのだろうか。それでも、俺からしたら他人も同然なので、一応さん付けで呼んだ。
「……さ、や!」
「わ、わかった。沙耶」
少々ふくれっ面になりながら、声は大きくはないが力強く言われた。さん付けはやめろと言外に伝えられたのだと思い、仕方がなくさん付けはやめた。
だが、一生懸命怒っている姿というのは可愛いな。顔がにやけそうで、それを堪えようとして、少々ぎこちなく答えてしまった。今までで俺の知っている女の顔は、ほとんどが怯えている顔だったからな。ははっ!……ぐすん。
「よろしい。じゃあ下に行こうか。今日は家に誰もいないから、おばさんから今日は家で一緒に食べようって言われてて、楽しみなんだっ」
俺の部屋は二階にあり、食事する場所は一階にあるので、下りるために階段へ向かおうとする。
話していて分かったのだが、沙耶は表情がコロコロ変わるのに声が小さいから、おとなしい印象を受ける子だな。それでも、体で喜びを表現したり、先程のようにしっかりと俺に自分の意思を伝えてくるので、おとなしいというよりかは、どちらかというと天真爛漫な子だな。その証拠に、これから食事を楽しみにしているし。
「おう、そうだな。……あぁ、ちょっと待って!聞きたいことがあったんだ」
「ん?どうしたの?」
これから下に行こうとしていた沙耶を慌てて呼び止め、俺は今まで気になっていたことを今聞こうとする。他の人に聞かれるとなんだか恥ずかしいし、聞くならいましかない。
「病院にいるころから気になっていたんだけど、なんで俺と普通に話しているんだ?」
「え、なんでって、幼馴染だからだよ?」
「いや、そうじゃなくて。俺ってさ、顔が異様に怖いじゃん?だからさ、なんで怖がらずに俺と会話出来ているのかなって」
気になっていたことというのは、顔が怖いというのに普通に接している理由についてだ。不思議そうな顔をされてしまったが、理由を聞いて納得といった表情をした。
「あぁ、そういうこと。んとね、それは子供の頃から翔夜が私を守ってくれていたからだよ」
「守っていたのか」
俺は昔から困っている人を見かけたら、助けるお節介人だったからそう不思議には思わなかった。前世では助けようとして悲鳴をあげられたこともあったが……。
「うん……。私はね、小さい頃から引っ込み思案で、よく周りの子たちからいじめられていたの。それを翔夜は毎回守ってくれて、私がいじめられないように出来る限り一緒にいてくれたんだ」
おぉ、昔の俺よ、女の子とずっと一緒にいるなんてよく出来たな。今の俺では考えられないことだ。
「周りの人たちは翔夜のことをヤクザとか用心棒とかいろいろ言っていたけど、私からしたら正義のヒーローだったよ。私以外にも困っている人がいたら、迷わず助けていたし。悲鳴を上げられることもあったけどね……」
こっちの世界でも悲鳴をあげられていたのかっ!くそぅ!でも正義のヒーローと言ってくれてありがとう!
「だから、私はずっと守ってもらうんじゃなくて、翔夜みたいに強くなって、困っている人がいたら助けられるようになりたいって思ったの。まぁまだ全然翔夜みたいに強くなれていないけどね……」
強くなろうとする意志がしっかりと伝わった。でもな、俺を目標とするのはやめたほうがいいぞ?神の使徒だし。それに中学生だった俺ならいざ知らず、性格が多少歪んでしまった今では、参考にすらならんぞ。まぁ、しっかりと意志を固めている奴にそんな無粋なことは言わないが。
「そんなことがあったのか……。だから、俺のことを怖がるどころか一緒にいてくれたのか。納得した」
気になっていたことがわかってスッキリした。だが、まさかそんな理由だったとは。驚いたよ。昔の俺よ、グッジョブ!
「うん。じゃ、早くご飯食べに行こうっ」
「おう、わかったよ。だから腕は引っ張らないでくれ」
早く食事にしたいのか、沙耶が腕を引っ張って催促してくる。正直嬉しいのだが、なんだか気恥ずかしいのでやめてもらいたい。
これからこちらの世界へ来て、初めての食事である。期待に胸を膨らませながら、一階に下りて行っ
た。