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第三十八話 強者の余裕


 前世では、象やキリンといった人間よりも大きな動物はたくさんいた。


 陸上の生物以外でも、くじらやサメも人間より大きく、初めて見たときはそれはもう驚いた。あんまり記憶に残っていないけど……。


 高校生や大学生になっても、今まで知らなかった大きな生き物を間近で見ると、とても驚きを覚える。


 まぁ、一度見れば慣れるから、大きい生き物を二度見て驚くことはそうそうないだろうけど……。


 それでも、最初は大体誰でも大きな生き物を見たら驚くだろう。


「間近で見ると、マジででけぇな……」


 シルバーアントを倒すために向かっているのだが、近づくにつれて段々とその全容が見えてきた。


「車かな?」


「それくらいはありそうだね」


 俺と怜が先行して走っているが、俺がそのようなことを言ってしまうくらいに、シルバーアントは大きかった。


 遠目からでも大きいのはわかっていたが、それでもシルバーアントはとても大きかった。


 大体大きさは普通自動車くらいかな?前世でも俺は普通に運転していたし、今世でも家にあるし、大きさは間違いないだろうね。


 ……いや、普通に同等の大きさのものを考えたけど、ちゃんと考えてみるとマジでおかしいんじゃないのか?魔物とはいっても、ベースは蟻だろ?


 なんで蟻なのに車と同じ大きさをしているんだよ!この世界は本当に大丈夫な世界なのか!?


 いやでも、あれは少々異常だと言っていたし、もしかしたら本来はもっと小さいのかもしれないな!うん、絶対そうだ!


「あのシルバーアントって、あれが普通の大きさなのか?」


「そんなわけないじゃん。普通はあれの半分くらいだよ」


「それでも十分デカいな!」


 隣を走っている怜に聞いたのだが、返ってきたのはあまり期待していない答えだった。


 普通のシルバーアントでも半分くらいの大きさがあるのかよ!なんでこの世界の魔物って大きい奴が多いんだろうか?


 いつぞやのゴキブリだってそうだったし……。ちょっとあのクソ女神に聞きに行きたい気分だよ。


 ……聞きに行ったら絶対殴っているけどな!


「ホントにどうしてあんなに大きいんだろう……」


「そんなこと考えていても仕方がないだろ。さっさと倒していちご食おうぜ」


「……まぁ、それもそうだね」


 腑に落ちないといった様子ではあったが、それでも怜は思考を切り替えてシルバーアントを見据えた。


 自分で言っておいてなんだが、本来の目的はいちごを食べることなんだよな。なんで魔物と戦っているんだろう……?


 ……いかんいかん、俺もこれから戦うんだから、余計なことは考えないようにしなければ。


「さて、まずは一撃!」


 そういって俺は、目の前までやってきていたシルバーアントのあごの部分を軽く殴った。


 一応オーバーキルになってしまわないように、子いちごを倒した時と同じ力加減で殴ったよ。


「おぉ、これは硬いな~」


 だが、シルバーアントのあごはひび割れるどころか、傷一つついていなかった。


「おっと」


 お返しとばかりに、シルバーアントはあごで俺を挟もうと攻撃をしかけてきた。だが、そんな遅い攻撃に当たるほど俺は優しくない。


 そして、カウンターに風魔法の『鎌鼬』をお見舞いしてやった。もちろん手加減をして放ったからな?


「表皮は何で出来ているんだ?」


 殴った感覚は、鋼鉄を殴ったような感じだった。だが、もちろんそんなことを今までしたことがないので、ホントに感覚でしか言っていないけど……。


 それでも、殴って傷つかなかったのは初めてだから、これは少々力を籠めないといけないな。


「一応言っておくけど、シルバーアントを素手で殴るの自体おかしいんだからね?」


「身体強化をすれば大丈夫だぞ?」


 まぁ実際はなんにも強化をしていない、素の状態で殴っているんだがな。


 だが、沙耶は俺が神の使徒だということを知らないので、身体強化魔法を使っていると嘘をついている。罪悪感を感じるが仕方がないよな?


 あと今更だが、鋼鉄ほどの硬さを持つ生き物に素手で殴りにかかるって、頭おかしいよな?


 ……あ、俺か!


「それでも問題ないのは一部の馬鹿だけだよ」


「おい、俺を馬鹿にしているようだが、その理論で行くとお前と怜も馬鹿だからな?」


「なんか急に被弾したんだけど!?」


 俺たち三人は神の使徒であるので、殴ったとしても何ら身体的問題は発生しない。


 なので、結奈が言っていることが真実だった場合、俺たち三人は馬鹿ということになるんだよ!


 あと、別に怜のことを馬鹿にしているつもりはないから気にしないでね?


「私は殴ろうとは思わないもん。だから馬鹿じゃない」


「僕も殴らないからね?」


 二人は俺に対して弁解をしてきた。だが、それは弁解にはなっていないぞ?言うなれば自己満足でしかないから、意味をなしていない。


 それと、素手で殴るのを見て馬鹿だと思うのはやめようね?ここの係員の人たちは斧をもって戦いに行ったんだから、あまり俺と大差ないぞ。


「もう、邪魔」


 そういって結奈は、攻撃を仕掛けていた近くのシルバーアントを裏拳で殴った。


 いやいや、力加減間違っていない?あのシルバーアント、壁まで吹っ飛んでいったよ?


 近づいてきていたのは知っていたが、俺はあえて無視していた。結奈がどういう反応をするのか気になったのでな!


 いやまぁ、そのせいで力加減を間違って殴ってしまったのだろうが……。


「……まぁ、こういう時は仕方ないよね?」


 俺も怜も何とも言えないような表情をしていた。最初に殴っていたのは俺だから、こういう時は何も言えない。


 だから怜に言ってほしかったのだが、怜は怜でどう反応していいか困った様子だった。


 ……まぁ、誰が言い返しても面倒なことになりそうだし、仕方がないということにしておこう。


「君ら、お話をするとは余裕だな!」


 俺たちが普通に話しているのが余裕だと思ったのか、先程のシュワちゃんが俺たちのもとへと下がってきて話しかけてきた。


「……すっげぇな」


「うん、あの大きさであの硬さの相手を一刀両断だもんね」


 こちらへと近づいてくる途中に、シルバーアントを持っている斧で一刀両断していた。


 流石は筋肉ムキムキのマッチョマンだな!


「いやいや、君らなんて鎧袖一触じゃないか!最近の学生は強いんだな~」


「いえ、あの三人が少々特殊なだけです」


 補足のように、近くにいた沙耶が呆れたように言った。


「あの、東雲さん。僕もこの二人と同じ扱いにしないでね?」


「ちょっと沙耶、僕も翔夜と一緒にされるのは心外なんだけど?」


「なぁ、みんなの中での俺っていったいどういう印象なんだ?」


 沙耶の言葉に、怜と結奈が反論したのだが、ちょっと待ってほしい。なんでそこで俺が非難されなきゃいけないんだ?


 俺だってこいつらと一緒の扱いをされるのは……別によかったわ。だってこの二人学力で言えば結構頭いいしな!


「おっと、危ない危ない」


 危ないと言いつつも、結奈は次から次へとやってくるシルバーアントの攻撃を危なげなく躱していた。


 因みに俺と怜も普通に躱している。時には殴ったり魔法を使ったりして吹っ飛ばしたりもしている。


「ちゃんと戦ってくださいよー!」


 少し後ろのあたりから、魔銃でシルバーアントに攻撃をしながらエリーが注意をしてきた。


 俺と怜はもう安全圏まで避難しているので、言われているのは結奈のことだろうな。


 ざまぁみろー!


「ごめんごめん、ちゃんとやるよー」


「やーい、怒られてやんのー」


 少々仕返しの意味も込めて結奈をからかってやった。


「翔夜さんもちゃんとやってくださいね?」


「やーい、怒られてやんのー」


「ぐぬぬ……!」


 なのに、言ってやったつもりだったが、俺も注意されてしまって逆に結奈に同じことを言われてしまった。


 こういうことになるなら言わなければよかった……!


「そこまで余裕があるならこの戦いは大丈夫そうだな!」


「いやいや、この状況を見て良くそんなことが言えますね!?」


 シュワちゃんは部下を安心させるために言ったのか、俺たちを見ながらそういう感想を述べた。


 だが、部下は安心するどころか、寧ろシュワちゃんの認識を疑っているようだった。まぁ、今の光景も見たら普通は心配をするだろうな。


 俺だって不安になるもん、その反応が普通だな。


「よく見てみろよ。あの学生たち、普通じゃねぇよ」


「……確かに普通じゃないですね」


「いや否定しないんかいっ」


 いやそこは否定してくれよ!なんでそこだけ納得しちゃっているんだよ!否定するなら最後まで否定してくれ!


 というか、いったい何で判断したんだ!?何を見て普通じゃないなって言ったんだ!?


「仕方がないと思いますよ?普通は学生が相手にするような相手ではないのですから」


「そうそう、そんなことできるのは翔夜たちだけだからね?」


 そういっている沙耶は、言った直後に近くへとやってきたシルバーアントの首を風魔法で切り落としていた。


 ……おい、沙耶も普通に倒せるじゃん!俺たちにしかできないとか言っていたのに!まぁ出来るって思っていたけどさ、そういうのを棚に上げるって言うんだよ?


「主様、そろそろ私たちも参加したいと思います」


「わたしもー」


 俺の後ろへとやってきていた鈴と未桜が、戦いたそうにうずうずしながら俺に許可を求めてきた。


 別に勝手に戦って本気で怒ったりしないから、別に許可を求めなくてもいいんだけどなー。


 あと、いつの間に近くにやってきていたんだよ。全く気が付かなかったぞ……。流石俺の使い魔だな、誇らしいよ!


「おう、ケガするなよ?」


「はい!」


「うん」


 鈴はいつも通りに大太刀を異空間より取り出して、未桜は両腕に風を纏わせてシルバーアントの元へと走っていった。


 全く、嬉しそうに戦いに行くんじゃないよ。これでも一応二人を心配しているんだからね?


 それでも、二人の笑顔が見れてうれしいって思っている自分もいるんだけどな!


「さてと、職員の人たちはどうかな?」


 使い魔も送り出したし、忘れかけていた職員に目を向けた。戦っているのをこの目で見ていないので、無事かどうかを確かめた。


「でりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「おんどりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「こんちくしょおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 職員の人たちに目を向けてみると、すごい気迫で斧を思い切り振るっていた。


 しかも、俺が最初に殴ったときは傷一つ付けられなかったシルバーアントの表皮を、瞬く間にバラバラにしていった。


 体と同じくらいに大きいのに、なんであんなに軽々しく振るうことが出来ているんだ?


 身体強化魔法を使っているんだろうけど、それでもあんなに軽々しく振るえるのだろうか……。


「あー、なんか意外と大丈夫そうだな……」


 なんか、シルバーアントの表皮より係員の人たちが持っている斧に興味がわいてきたよ。あれ絶対ただの鉄じゃないだろう……。




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