第三十三話 憤怒
前世でも今の世界でも、自分のことをコケにされたら大なり小なり怒る人物はいるだろう。というか、逆に全く怒らない人の方が稀だろう。
そしてそれが自分より下に見ていた奴、つまり魔物にやられたらより怒りを露にするはずだろう。現に俺は今までにないくらい怒りを露にしているわけなのだから。
あーいや、でもあのクソ女神がしたことよりは怒っていないわ……。
あのクソ女神は、俺の見た目をこのヤクザ顔から変えなかったばかりか、誤ってとはいえ神の槍を落として俺を記憶喪失にしやがったんだからな!怒る理由でこれ以上のことはないだろう!
だが、俺は一応曲がりなりにも神の使徒としてこの世界にやってきているのだ。だから、俺が本気で戦うか殺すことが出来る存在は、同じ神の使徒かあのクソ女神しかいない。
だからあのクソ女神を除いたら今までにないくらいと表現しても何ら問題はないだろう。
話が逸れてしまったが、つまり俺が言いたいことは、どうにかして本気を出さないようにあのいちごの本体に意趣返しをしたいということだ。
相手が魔物だからそんなことは無理だということは百も承知なのだが、それでもそう思ってしまうのは仕方がないと思う。人間だもの。……人間だもの!
とはいっても、いったいどうすればいいかなどは全然思い浮かばないのだ。
「ふんっ!」
それでもムカついたのは変わらないので、さっきから俺たちに攻撃を繰り出している蔓をすべて切り落とした。また生えてくるというのがわかっていても、これが意趣返しにならないとしても、俺はこの内なる怒りを鎮めるためにはやっておいたほうがいいのだ。
「くそったれ……!」
案の定というか、俺が風魔法で切断した蔓はすぐに再生を始めてもう先程となんら変わらない状態に戻ってしまった。
それどころか、あの本体はまた子いちごを生成していた。蔓を切ったときに一緒に切っておけばよかったと後悔するな。
だが、所詮子いちごは噛みついてくるという攻撃しかしてこないので、俺たちにとっては脅威にはなることはないだろう。
「まぁ、子いちごは後方に任せればいいか」
生成して早々に沙耶とエリーが子いちごに向かって攻撃をしているので、俺たちに被害という面では何ら問題はない。寧ろ過剰になってしまうのではないかというくらいなので、そういうことは心配しなくてもいいだろう。
「そんなことよりも、この蔓をどうにかしたいな」
先程よりも蔓での攻撃が増してきているので、躱すのが少しだけ大変になってきている。といっても、やはり蔓は蔓でしかないので、神の使徒に敵うわけもないからそれほど大変というわけではない。
しいて言えば、砂ぼこりが舞って服がより一層汚れてしまうということくらいだろうか。
「『凍れっ』」
もう鬱陶しくなってきたので、子いちごを生成している根っこと近くにいた子いちご諸共、攻撃をしてきている蔓を凍らせた。
間違っても本体は凍らせないように気を付けている。一応あの天辺にあるいちごは食べるって言っているし、凍らせてしまってはダメだろうと思ったからだ。
「おいおい、お前の蔓と根っこはトカゲの尻尾なのかよ……」
こいつは、俺が凍らせた蔓と根っこを自ら切り落としやがったのだ。しかも切り落としたそばから生えてきていて元通りになってしまっている。
予想はしていなかったわけではないのだが、それでも自ら切り落とすという行動が早かったのでそう口にしてしまった。
「おいおい、それで何するつもりだ?」
いちごは先程自分で切り落とした、俺が凍らせた蔓を新しく生えてきた蔓で器用に持ったのだ。まぁなんとなく予想は出来るのだが、それでも聞かずにはいられなかった。
「うおっと、危ねぇぇぇぇぇ!」
本体は蔓を器用に操り、俺に向かって氷を思い切り投げつけてきた。
俺は今までよりも危機感を持っていたので回避することは出来たが、それでもびっくりしたことに変わりはないのでびっくりしてしまった。なぜならば……。
「俺がお前の蔓を凍らせたものなんだぞ!?そんじょそこらの鉄より硬いんだから投げんじゃねぇよ!」
そうなのだ、この神の使徒である俺が凍らせたものなのだから、普通に硬いのだ。だって今投げた凍らせた蔓が土を抉ってくるって、普通に考えて強度がおかしいでしょ。何やってくれてんだよ、俺……。
「次やるときは自分から砕いておいたほうがいいな」
そういって俺は、近くにあった凍ったままの蔓を持ち上げ、ドームの天井に当たらないくらいにジャンプした。
「お返しだ!」
俺は子いちごを生成している根っこに向かって凍らせている蔓を結構力強く投げた。また横からやってドームに穴を開けちゃったらたまったもんじゃないからな。
「まったく、いったいどんな攻撃なら効くんだ?」
地面にしっかり着地して、これからどういった攻撃が効くのかを考えた。どうしても植物系の魔物ならば燃やしてしまった方が手っ取り早いのだが、そうはいかないのが面倒なところである。
「こういう時にもっと勉強しておけばよかったって思うんだよなー」
テストの時にもっと勉強しておけばよかったと思う原理と一緒で、時すでに遅し。なんで俺はこういうことについてもっと勉強していなかったのだろうか……。
はい、普通に勉強をやりたくなかったというのと、魔物と相対しても平気だということを実際に戦って分かったからです。
「あ、俺の後ろには優秀な人たちがいるじゃん!」
ふと、この戦いが演習の予行演習みたいなものだということを思い出した。なら、後ろで戦っているのはみんな優秀な人たちじゃないかということだ。
そういうことなら早速聞きに行ってみようか!だけど、沙耶とエリーには俺が転移を使えるって知らないから、バレないようにいくか。
丁度蔓を鞭のように使って攻撃してきたので、その攻撃を利用して後ろまで飛んでいこう。別に食らったところで痛くも痒くもないから大丈夫だろう。
いや、やっぱそんな恥ずかしいところを見られたくないから、攻撃の瞬間に結奈か怜のどちらかのところに転移しよう。うん、そうしよう。……どちらにしろ吹っ飛ばされて見えることに変わりない気もするが、まぁこの際別にいいだろう。
「なぁ、聞きたいことがあるんだけど」
俺は攻撃された瞬間に怜の後ろに転移した。なんで後ろかというと、その位置が丁度沙耶とエリーに見えないからだ。
どちらに聞くか直前まで迷ったが、普通に考えたら結奈より怜の方に転移するよな。だって結奈に聞きに行ったら絶対馬鹿にされると思ったし、それに女子は固まっていたから転移したらバレそうだったからな。
「うぉ、いきなり近くに転移して来ないでよ……」
「わるいわるい」
急に後ろに転移してきてしまったために驚かせてしまったようだ。確かに近くに誰もいないと思っていて、突然後ろから話しかけられたら誰だって驚くな。
こういう時は生体感知魔法を使っていても、転移してくるからどちらにしろ急だから反応できないんだろうな。
「それで、聞きたいことって?」
平静を取り戻しつつ近くにいる子いちごを風魔法で切断したあとに訪ねてきた。よく考えたらここも子いちごがいたんだったな。
「あいつの弱点とかってわかる?」
俺も自信に攻撃を繰り出してきている子いちごを凍らせて動きを封じた。どうせまた本体のもとに戻るのだから、本格的に倒さなくてもいいだろう。
「えっ、知らないで今まで戦ってたの!?」
「いちごって言う魔物を知らなかった奴に何言っているんだよ……」
驚いた様子で聞いてきたので、俺は呆れたように言った。だって、普通いちご狩りって聞いていちごって言う魔物を狩るなんて予想しないじゃん。
こっちの常識ではそうなのかもしれないけどさ、俺は記憶がないんだからその辺を事前に何で教えてくれなかったかね?
「あー、そうだったね……」
おい、なんでお前が呆れているんだよ。呆れているのは俺だぞ?事前に教えてくれていれば聞かなくて済んだのに。
だからさ、情報を共有するのは大事だと思うんだよ。これが終わったらみんなに言っておかないとな!
「うーんと、植物系の魔物ってみんな共通していることがあるんだ」
「移動しないことか?」
魔物に共通していることと言ったら、全員が心臓部分に魔核があるということなのだが、植物系の魔物というと移動しないということくらいしかわからないな。
未桜と鈴と一緒に戦ったときにも植物系の魔物を倒したが、移動している奴はいなかったし、やはりそれくらいしか思いつかないな。
「まぁ確かに原則としてはそうだね」
「原則はってことは、また例外があるのかよ……」
俺はもう例外という言葉を聞き飽きてきたよ。なんでこう物事には例外って存在するんだろうな。
まぁ確かに、俺は見たことないけど前世でも歩く植物っていうのがいるっていうし、魔物が変なのが多いって勉強して知っているから、別におかしなことではないのか?
「魔物だし、仕方ないよ」
怜はもうこの世界に順応しているようだった。十五年もこの世界で暮らしていればこれが普通って認識になるのだろうか?……なんだかそういう認識になっていいものか疑問に思うな。
「えっと、移動しないこと以外に共通していることは、魔力は地面から吸収していることなんだ」
へぇー、そうなんだー。植物系の魔物って地面から魔力を吸収するのかー。知らなかったなー。
……はい、嘘です。このことについて以前勉強していました。そのことを今聞いて思い出しました。沙耶に教えてもらったことでした。
だけど、俺が今思い出したことなんて、そんなことを怜が知るわけもないので俺は顔に出さないようにして知らないふりを続けることにした。俺が記憶喪失だということを知っているから不思議には思わないはずだからな。
「えっと、魔力って水なのか?」
「植物系の魔物にとってはそうなんじゃない?」
植物系の魔物っていうのだから、やはりベースは植物なのだろうな。だから先程までさんざん蔓を切り落としていたというのに、すぐに再生されていたんだな。あの再生力に納得したわ。
「それで、対策というか攻略としては、土を腐らせればいいのか?」
「ダメダメ!そんなことしちゃったらいちごもダメになっちゃうよ!」
土から魔力を吸っているのだとすれば、その元を断ってしまえばいいと考えたのだが、どうやらあの天辺にあるいちごまでダメにしてしまうそうなので断念した。
「お、おう、そうか」
腐敗魔法とか使ったことないから、この際にどうなるかこの目で見てみたかったから残念だな。
というか、なんで詰め寄ってきてまで言ってくるんだよ。そんなに強く言わなくてもやるなと言われたことはやらないって。これで問題が起こったら俺はまた警察のお世話になってしまうからな。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
土を腐らせてしまう以外にどうすればいいか俺には皆目見当もつかなかったので、教えてもらうことにした。
「それはね、土は腐らせないで、あの本体を地面から引き離せばいいんだ」
「……えっと、具体的にどうすればいいんだ?」
本体を土から引き離せばいいと言っているが、どうすればいいかさっぱりわからない。あれか、魔核があるであろう部分を風魔法で切り取って空へと吹っ飛ばすのだろうか?だけど、魔核の位置がわからないとそんなことできないし、いったいどんな方法を行うんだ?
「つまり、引っこ抜けばいいの」
おぅ、マジかよ……。
「……あれを?」
「あれを」
俺は、先程俺のことをつぶしたと思い込んでいる本体を視界に収めながら言った。正直あれはデカすぎやしないかね?あんなものを本当に引っこ抜くことが出来るのか?
というか、本来あるべき俺の姿がないから探しているな。これは意趣返しが出来たのではないだろうか。思わぬところで出来るものなのだな!
「でもさ、あの子いちごを生み出している根っこだけでも先にどうにかできないかな?」
それでも、あれだけはどうにかしたいと思い聞いてみることにした。
「引っこ抜いたら最終的に生み出さなくなるよ?」
「それでも、先にどうにかしたいんだ」
どちらかというと、先程の意趣返しという意味合いが強いが、怜に説明するのも面倒なので黙っておいた。
「あれは何度でも再生してくるから出来ないと思うよ?」
「マジかー」
まぁ、なんとなく予想はしていたから別にいいけど……。
「……まぁ、やるだけやってみるか」
ぶっちゃけ大木を素手で引っこ抜くというのはどうかと思うが、それが弱点だというのだから仕方がない。
俺は出来るかわからないというちょっとした不安を抱えて、俺を探しているであろう本体の近くへと再び転移した。




