第三十二話 魔物だって賢いのだ
人間という生き物は、好奇心の塊ではないかと俺は思っている。事件が近くで起きれば野次馬ができ、立ち入り禁止の場所に勝手に入ったりする人物もいることだろう。
そして大抵は周りの人間から怒られたり、はたまた奇異の目で見られたりすることもあることだろうな。
それで今俺は、ここに転がっている子いちごはもしかしたら食べられるんじゃないかと、湧き出る好奇心に駆られている。
「子いちごは、うまいのかな……?」
本体のいちごが食べられるというのだから、この子いちごも食えると思ったのだ。
見た目は完全に熟す前のいちごだが、それでももしかしたらおいしいんじゃないかと考えてしまったのだ。
「『消滅』」
だから俺は、周りからやってくる子いちごの魔核を一気に消滅魔法で消し、自分が食べやすいように風魔法で一口サイズにカットした。
一応補足だが、ちゃんと誰もこちらを見ていない状態で消滅魔法を使ったからな?
「色は赤くないけど、いちごだし大丈夫だよな?」
少々躊躇いながらも、一口サイズに切った熟していない新鮮ないちごを口に含んでみた。
「ゔっ……!!」
え、ちょ、なにこれマズッ!!
片手で口を押さえて膝をついてしまった。口に含んだ瞬間に全体に広がる苦みに悶えてしまったよ。これは途轍もないほど不味い!
「ぺっぺっ!!こりゃひどい味だな!?」
口に含んでしまった分は吐き出したのだが、どうしてもまだ苦みが残っている。なので水魔法を使って口をゆすいだ。
俺は今までこれ以上のマズいものを食べたことがないぞ!?いったいこれは何で出来ているんだ!?
「本体のいちごは本当においしいのか疑問に思ってきたぞ……」
多分本体のいちごを食べた先駆者たちは、この子いちごも一緒に食べて俺と同じ苦しみを味わったんだろうな……。
先程までおいしそうに見えていた本体のいちごが、マズそうに見えてきたよ。
「というか、なんでさっきからこいつらは減らないんだ?」
俺は先程から殴ったり蹴ったりして子いちごの数を減らしているのだが、なぜか先程から数が一向に減っていないのだ。
いや、むしろ増えているんじゃないのかって思い始めてきた。周りに子いちごの死体が増えてきたから、消滅魔法で消し飛ばしたほうがいいかもしれないな。
……いや、流石にそれはバレるか。
「んー……」
後方にいる神の使徒たちはやってくる子いちごしか倒していないので、一気に数を減らすということはないだろう。
沙耶とエリーは子いちごの魔核をしっかり破壊して、周りにいる子いちごの数を減らしていっている。だが、それでもなかなか数が減らないでいた。
これはあの本体が何かをしているって思ったほうが良さそうだな。
「だけどなー、この攻撃を躱しながらっていうのはちょっと面倒だな」
俺は子いちごからの攻撃だけではなく、本体からの攻撃も躱しているのだ。時々その蔓を切ったりはしているが、すぐに再生するので焼け石に水のような状態だ。
「おい、マジかよ……」
本体のいちごを上から下まで観察していると、根のあたりが膨らんでいるのが見えた。そしてそこから子いちごが続々と出てくるのがわかった。
さっきはあんな散弾銃のように飛ばしてきたのに、なんで普通に生成しているんだよ。しかも数が多いせいか、カマキリの卵がかえるところを見ているような気分だ。
……いちごって、植物だよな?俺の認識が少々不安になってきたよ。
「流石にあれは消したほうがいいよなー」
演習の前に沙耶とエリーの為に魔物と戦う練習としてやっているが、それでももう十分だろ。いや絶対十分なはずだ!
というわけで、あれはすぐにでも切り飛ばしてやろう!
「はっ!」
俺はもう子いちごを生み出さないために、風魔法を腕に纏って子いちご諸共切り飛ばせるよう軽く腕を横なぎに振るった。
結構威力を絞って放ったが、それでもあの本体の子いちごを生み出しているところを切り飛ばすくらいの威力はある。
「うぉ!マジかよ!」
その子いちごを生み出しているところにしっかり狙って飛ばしたのだが、なんと周りの子いちごが壁を作ってその部分にまで届かなかったのだ。
「あんま本気でやると、あの根っこを通り越して壁に当たっちまうからなー」
軽くやらないとまた壁に穴をあけかねないからな。弁償とかになったら親に迷惑をかけかねないし、それに俺の印象がまた落ちかねない!
「さて、とりあえずいろんな方法で攻撃してみるか」
そう思って真っ先に思い浮かんだのが火で燃やすというものだったのだが、この子いちごはガスを含んでいるので使うことが出来ない。この分じゃあ雷系統の魔法も使うことはやめたほうがいいだろうな。
なので俺は風魔法中心の攻撃を行うことにした。
「火を使えないっていうのは不便なもんだなっ」
俺はまた腕に風魔法を纏って横なぎに振るった。俺が腕に風魔法を纏ったあたりで、また子いちごが集まりだした。
「二度も同じことをするつもりはないぜ?」
どうせまた子いちごの壁に阻まれて目的の根っこに届かないだろうから、俺は子いちごの壁を崩すように子いちごの周りに小さな竜巻を発生させた。
調整を間違えると俺の放った『鎌鼬』が竜巻によって阻まれてしまうが、そこは神の使徒の力でどうにかなった。
今さらなのだが、俺の使っている魔法は『鎌鼬』っていう名前があったのを思い出した。思い出したからなんだというわけじゃないが、自分の使っている魔法くらいはしっかりと認識しておかないとな。
「うっし!」
俺の狙い通りに子いちごの壁を崩すことに成功した。そして俺の放った鎌鼬が吸い込まれるようにその奥に向かっていった。
崩したと言っても数が多いので、子いちごには少し当たってしまった。だがそれでも膨らんだ根っこを切るのには何ら問題ない。
「……なっ!?」
え、ちょっとなんで!?根っこに当たるようにしたはずなのに、壁に先程の穴とは比べ物にならないような大きな穴が開いちゃったんだけど!それはもう結構バッサリ切っちゃったし、マジでどうしよう!?
子いちごを退けて放ったはずの鎌鼬が、なんと根っこに当たることなくビニールハウスの壁へと当たってしまったのだ。
「なんで当たんなかったんだ……?」
竜巻を起こしたせいで砂ぼこりが舞っているのでよく見えなかったが、段々と晴れてきてその原因がわかった。
なんとその膨らんでいた根っこが別の場所へと移動していたのだ。だから俺の攻撃がドームの壁へと当たってしまったわけだな。
……いやいや、根っこも自由に動くなんて思いもよらないだろう!
「くそったれ……!」
後ろを振り向かなくても分かる。俺の背中にひしひしと呆れのような視線が突き刺さっている。
なんでこういうことになるのかね?俺はただ元を断とうとしただけなのに、ドームを横一文字に断ってしまった……。
「いや、そもそもあの根っこが避けるのが悪いんだ!」
責任転嫁とか無責任とかそういう言葉が頭をよぎるが、そんなもの知ったことではない!
ここでアタフタしたところで何かが変わるわけじゃあないんだ。だったらもういっそのこと、最初にあけた穴を含めて全部あの魔物のせいにしてしまえばいい!
後でみんなに口裏を合わしてもらうように交渉しなければ……!
「ぅおっと、危ない危ない。ちゃんと切り替えなければな」
少し気が緩んでしまって、本体からの攻撃を貰いそうになってしまった。一応今だって俺は本体の攻撃を躱しながら、且つ子いちごを倒しながら考えているんだ。
いつまでも穴をあけてしまったことを考えていても仕方がないから、切り替えていかないとな。
……切り替えきれるかなー?
「さて、あの根っこをどうにかして切り飛ばさないとな!」
こいつは子いちごを盾にしたり別の場所に移動させたりと、俺の攻撃を食らわないようにしている。恐らくだが、あの根っこだけは再生しないのではないだろうか?
正直なところ、それが本当だったとしても今この場で俺に出来る手段は限られてくるので、いろいろ試してみるしかないだろう。
「じゃあ今度は、水平にではなく垂直でならどうだ!」
そういって俺は、あの根っこの真上のあたりへ風魔法で移動し、そこから鎌鼬を連続で発生させた。これならドームを切ることもなく、そして尚且つちょっと移動しただけじゃあ躱すことも出来ないだろう。
一応蔓とか子いちごを盾にしてくる可能性も視野に入れて、少し力を込めて放った。まぁ地面が少し切り刻まれてしまうことになってしまうが、それは土魔法で後から治せるので問題ない。
「はっはっは、これで終わりだ!」
先程開けてしまった大きな穴を引きずっていたので、発言がまるで悪者のようになっていしまった。
そう発言したときに思ったのだが、それと同時に確実に切り刻むことが出来ると確信をした。
本体は斬撃が来る前に、蔓で守ろうと根っこの全体を覆ってしまった。なので根っこの姿を視界に入れることが出来なくなってしまった。だが、それでも俺の放った斬撃はその蔓諸共切り刻むことだろう。
激しい音を立てて、俺の放った斬撃は周りの子いちごたちを巻き込んで地面ごと根っこを切り刻んでいった。
「ここで『やったか!?』ていうセリフは言わないほうがいいよな……」
俺はここでやっていないフラグを立てないほうがいいと思いつつも、言ってみたい衝動に駆られてしまった。
砂ぼこりがまた立ってしまっているから目視で確認することはまだ出来ないが、あの攻撃は回避できないだろう。
一応本体のいちごには傷を加えないようにしっかり調整しているから、まだ本体は倒せいてはいない。だから蔓の攻撃はまだ続いている。
後ろの方ではどうなっているかと確認してみると、子いちごの残党を四人が狩っているところだった。ちょくちょく沙耶とエリーは本体にも攻撃を加えているから、俺は少し楽を出来ている。
「うわっ!くそっ、目に砂が……!」
蔓の攻撃が来ているにも関わらずに後ろを向いたのが悪かったな。急に蔓が攻撃対象を俺ではなく、地面に向けて攻撃をしたせいで叩きつけられた地面の砂が舞って視界を奪われてしまった。
しっかり見ることが出来なくなって目を擦っていると、それと同時に激しい音が耳に入ってきた。
「翔夜!」
「翔夜さん!」
後ろの方から沙耶とエリーの悲鳴にも似た声が聞こえてきた。確かに音が大きかったから、また俺の近くで蔓が攻撃してきたのだろうか?
音の大きさで言えば先程の蔓よりは大きかったから、より強い攻撃を仕掛けてきたのだろう。
それにしても、なんでずっと視界がふさがれているんだ?
しかもなんだか体制が強制的に変えられたような気がするな……。
「あー……」
いやね、まぁ、うん。今この現状についてはわかっているんだよ。だって自分の顔の間近に地面があるんだもん。
これは、本体の蔓の攻撃によって俺が地面に叩きつけられたんだよ。
食らった直後から予想はしていたんだよ。だけどさ、こんな無様なことになっているなんて受け止めたくなくて、現実逃避をしたくなったんだよ。
先程沙耶とエリーが俺の名前を呼んだのは、俺を心配してのことだったようだな。だけど、神の使徒だからちょっとやそっとじゃ傷つかないから安心してくれ。
だから結奈と怜は声をかけて来なかったのだろう。
生体感知魔法は全然使っていなかったのでわからなかったと言い訳したいが、生体感知魔法は大体の位置しかわからないので気を張っていないと蔓の一本一本までわからないのだ。
だから生体感知魔法を使っていようがいまいが、この攻撃はかわせなかったんだ。
だから俺は仕方がなくといった感じで、叩きつけられたという現実をちゃんと受け止めてゆっくりと立ち上がった。
俺の体は全然傷の一つもなくノーダメージなのだが、服が汚れてしまった。なので周りを気にしながら汚れをほろった。
「おいおい、俺はよくさっきの攻撃で無傷だったな……」
周りを見てみると、俺を中心にクレーターが出来ていた。近くに子いちごの死体があったから、周りを気にせずに本体は攻撃を仕掛けたのだろうな。
神の使徒の肉体ではなかったら恐らく死んでいただろう。だからそこだけはあのクソ女神に感謝しなければいないな。
本当に癪ではあるがな!
「さてさて、あの根っこは切り刻めているかな?」
攻撃される前にやったように、俺はしっかり思考を切り替えた。先程の鎌鼬の連続攻撃を食らって生きているとは思わないが、それでも確認しないと安心は出来ないだろう。
なので俺は斬撃を繰り出した方向に目を向けた。少々砂ぼこりが舞っているが、神の使徒の視力をもってすればどうということはない。
しっかりと視界に収めることが出来た。
「……は?」
いやいや、なんで視界に収めることが出来たんだよ!普通そこには何もあってはいけないはずだろうが!
砂ぼこりが晴れて視界がクリアになっていくと、隠されていたその姿が露になり、全体をしっかりと拝むことが出来た。
どうか勘違いであってほしいという思いもなかったわけではない。
だが、なんとそこには先程と変わらない大きさの、子いちごを生み出していたあの根っこが存在していた。
根っこの周囲の地面を見るに、俺の鎌鼬の連撃を食らわなかったのではなく、どうやらあの本体にある根っこは再生することが出来るようだな。
先程根っこをかばっていたのは、俺に攻撃するためにワザとやっていたのだろうか?
「ふっふっふ、いい度胸じゃないか……!」
魔物のくせに、俺をよくも騙しやがったな……!
ただ俺が勘違いしただけかもしれないが、それでも俺が騙されたことに変わりはない。
俺の周囲に風が巻き起こっているが、これは俺が意図的にやっていることではなく、怒りのせいで勝手に魔力が漏れ出てしまっているだけだ。
「塵一つ残さずに消し飛ばしてやる!」
俺は拳を強く握り、そう宣言した。




