第三話 新たなる邂逅
やってきた女子の予想外な反応にかなり戸惑っている。なんなんだこの人は?俺の知り合い、だよな?それも反応からして結構親しい間柄だろうな。目頭に涙を浮かべて驚いてるし。
だが、それはないと思ってしまう。なぜなら俺は悲しいことに、今まで友達と言える女がいなかったからだ……!
顔が怖いからなのと、よく警察にお世話(職務質問)になっているところを目撃されたから、女性が俺の近くに寄らなくなってしまったのだ。でも男友達はいたから別にいいし。
進学先の大学が医療系と知って、人を殺すのか!?と言って全力で止めてきたようなやつだが、友達だ。たぶん……。
話が逸れてしまったが、そんな理由で俺の親しい間柄だとは思えなかった。それに加えて、よくよく見てみれば結構かわいいのだ。
黒髪でセミロングで小顔で、出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んで、服装はおとなしめだが、見た目は完全にモデルだよな~。
だからどうしても俺に近づくような女には見えないな。寧ろ俺のことを陰からヤクザとか言っているような人物に見えてきた。
というか、俺に近づくような女は今まで母親くらいしかいなかったものだよ。あれ、なんでだろう……心がどんよりしてきたよ……。
まぁそれはさておき。じゃあ、一体全体この子は誰なんだ?俺とどういう関係なんだ?あ、クラス委員長か!それなら考えられる。
プリントとかを渡しに来るついでに花束を買うことだって多分あるんだろう。俺は友達の家にプリントを渡しに行かせてもらえたことないからわからないけど……。
彼女がクラス委員長なのか、それとも他の人物なのか、一体誰なのかいろいろと考えた。すると、彼女は唐突に俺のことを抱きしめてきた。
「え?」
えっ!?なんだなんだ!?いったい何が起きている!?女の子に抱きしめられている!?いい匂いだなぁ~、じゃなくて!これはどういうことだってばよ!?困惑ってレベルじゃないぞ!?驚愕していますよー!心拍数がマラソンを走り切った時と同じくらいに激しく動いている!?やばいやばい、一旦落ち着こう!うん!
表情と態度は、平静をギリギリ保てたようだ。変にアタフタしなくてよかったのだが、まだ内心は驚愕しているよ。
女の子に抱きしめられるというのは、今まで生きてきた中で初めての経験だからな。俺、生まれ変わることが出来て本当によかった……。
だが、感動するのは後にして、この抱きしめられている状況はどうしたらいいのだろう?ここでの対処法とかあるなら今すぐに知りたいよ!
「すっごく、心配したんだよ……。みんなが止めているにも関わらずに、勝手に戦いに行って、勝手にやっつけて、勝手に意識不明になって……。もう、翔夜は戻ってこないんじゃないかって、不安で不安で仕方なかったんだから……。だから、もう勝手にいなくならないでよね……!」
「あ、えっと、ごめん……」
俺の胸に顔をうずめたまま、少々涙声になりながらも必死に伝えてきた。雰囲気に流されて咄嗟に謝ってしまった。
こんな状態では、抱きしめられていることを喜ぶよりも先に罪悪感が上回ってしまうよ。俺は全く記憶にないとはいえ、記憶が戻る以前の俺がこの子を泣かしてしまったのだから、ばつが悪い。
いや、元を正せばあのクソ女神が悪いんじゃないか?……そう考えると余計に腹が立ってくるな!
だけど、イライラしていても仕方がないし、切り替えていこうか。
「あ、あの~、どちら様でしょうか?」
流石にずっと抱きしめられているというこの状態はいろいろとまずいと判断したので、現状を知ってもらうことと共に、この子が誰なのかを聞くことにした。
流石にこの子は俺からしたら初めて会ったようなものなので、そんな子にずっと抱きしめられていると、ちょっと、私の息子が戦闘態勢に入ってしまうので、早く離れてもらいたい。涙流している子に見られると、とても気まずい雰囲気になってしまうからな……!
「えっ?」
顔を上げ、先ほどとは違った驚きをしている。それはそうだろうな。今まで意識不明の重体だった俺が意識を取り戻したのに、『どちら様でしょうか』なんて言われたら、そりゃあ驚くだろう。
先程ごめんと言った後に言うのもなんだかおかしい気はするが、仕方がないだろう……。
「な、何を言ってるの……?冗談はやめてよ……」
抱き着くのをやめ、少し困惑した状態で後退る。まるで俺に記憶がないことを信じたくないような、いや実際そうなのだろうが。
だが、残念ながら冗談でもなんでもなく、本当に記憶がないのだ。お互いに本当に遺憾なのだが、あのクソ女神のせいでこんなことになってしまって……。俺のせいではないけど、本当に申し訳なく思うよ。
しかし、俺も記憶がないことはかなり悲しく思っているんだ。こんなにかわいい子を覚えていないなんて……!あのクソ女神、許すまじ!
「冗談じゃないよ。記憶がないから、本当に君が誰だかわからないんだ。ホントにごめん」
頭を下げながら謝った。何度も言うが、別に俺が悪いというわけじゃないんだが、本当に申し訳なく思ってるから一応頭は下げておく。悪いのはあのクソ女神なんだからなマジで!
「そんな……。ねぇ、私だよ?幼馴染の東雲沙耶だよ?ホントに覚えてないの?」
手を胸に添えて、必死に俺に向かって訴えかけてきた。というか、幼馴染!?おいおいおい、こんなにかわいい幼馴染がいたのかよ!
おい、転生させられる前の俺よ、この世界は素晴らしいかもしれないぞ!?俺と幼いころから親しくしてくれる女の子がいるぞ!
まぁ、だからと言ってあのクソ女神を許すことはないんだけどな!
「……ごめん」
表情と心が真逆だから、顔に出さないように謝るのが精一杯だ。もう女の子が自分を心配してくれている状況に感動してしまって、顔がだらしなくにやけてしまいそうだよ。心配されるというのは、こんなにも心が満たされるものなんだな!
だが、この幼馴染である東雲沙耶さんが心配しているのに、こんな喜んでいるのは不謹慎すぎるな。猛省しなければ!
そして誰か来てくれ!この状況はとても気まずい!東雲さんガチで泣きそうだよ!こういう状況になったどうしたらいいかわからないよ!経験がないもんでな!もうホントにこれはやばいです!誰でもいいから、この状況を打破してくれ!
「「翔夜っ!!」」
そう苦悩していると、突然俺の病室の扉が開かれ、若い男女の二人組がやってきた。よかった、誰だかわからんが来てくれてありがとう!
俺の名前を呼びながら勢いよく入ってきた二人をよく観察してみると、大体二十歳くらいの見た目をしている。普通に考えたら幼馴染か俺の兄弟かと思うのだが。
いや、兄弟はないな。この人たちと俺は全くと言っていいほど似ていない。だってこの人たち、すんごいモデル体型だし、しかも男はカッコいいし、女は美人だし。
なんなんだこの世の中は!クソ女神よ、この世は不条理なり……!
俺が、この空気を変えてくれたことに感謝しながらこの世を呪ってると、こちらに詰め寄ってきた。
「翔夜、ほんとに翔夜!?大丈夫!?何ともない!?」
「翔夜、父さんと母さんな、めっちゃ心配したんだぞ!?もう勝手に戦いに行くんじゃない!」
ま、まさかの両親だったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
えぇ嘘だろ!?若すぎるだろう!だってこの見た目なら大学生って言っても普通に通じるぞ!?いや、まだそこはいい。年齢よりかなり若いという人なら転生される前にも大学とかで見たことはある。そう別段不思議なことでもないはずだ。そう、若いだけならよかった。問題は、この二人が俺の両親だということだ。
なんで両親が美男美女であるにもかかわらず、俺はこんなヤクザ顔なんだ?おい、俺は両親の見た目を受け継いでないぞ?
こちらに来る前は、俺は父親がヤクザ顔だったから、自分の顔を受け入れてきたが、これはないだろう?もう、泣きそう…。
「どうしたの翔夜、涙目になってるわよ?はっ、まさか、私たちに会えてそんなに嬉しかったの?もぅ、まだまだ子供なんだから~」
「そうかそうか、翔夜は俺たちに会えてそんなに嬉しかったのか~、はっはっは!」
両親ともすごい笑顔で話していますが、それは違います。勘違いです。両親の見た目を受け継いでないという、理不尽な現実に打ちひしがれているんです。ただそれだけなんです……。
「……あ、おじさん、おばさん、こんにちは」
先程までフリーズしていた東雲さんがやっと回復して、俺の両親がいることに気づき、挨拶をした。
「あら~沙耶ちゃんじゃない。翔夜のお見舞いに来てくれたの~?ありがとうね~」
「毎日欠かさずに、うちの息子の見舞いに来てくれているなんて、翔夜、お前は幸せもんだな!こんなに献身的に尽くしてくれる人がいるなんてな!」
両親は軽い調子で、東雲さんにお礼を言った。互いにとても仲が良いことがうかがえるな。
なんだか、父親がとてもおじさんくさい。顔がカッコいいんだからさ、もう少し言葉を選んだらどうだろうか。
「し、幸せ者だなんて……。幼馴染ですから当たり前ですよっ!あっ、そ、それよりも、翔夜、記憶喪失なんだそうです……!」
嬉しそうに頬を多少染めて、まんざらでもないような反応を示した後、神妙な顔つきで、俺の記憶がないことを伝えた。
なんだろう、俺にこんな反応を示してくれるなんて。まさか、俺のことを本当に……!?ないな。こういう勘違いをして、告白して玉砕した友達を知ってる。これは、そういう返しを今までされたことがあまりなかったんだろうな。うん、そういうことにしておこう。
「え……。それは、本当なの?」
「何かの間違いなんじゃないか?」
二人とも、先ほどとは打って変わって静かになった。それほどまでに俺が記憶喪失だということを信じられないのだろう。申し訳ないです、あのクソ女神のせいでね。
「間違いはないと思います。だって———」
「———失礼します、纐纈さん。ご両親とも、勝手にいなくならないでくださいよ」
東雲さんが説明しようとしていると、丁度、篠原先生が俺の病室へとやってきた。なんか先生、少々息が荒くないですか?
「先生!翔夜が記憶喪失ってどういうことですか!?」
おぉ、さっきとは違った母さんの剣幕に、先生以外は圧倒されてしまっている。さっきのおちゃらけた態度とは全く違っていて驚きだ。
「それを先程説明しようとしたのに、あなた方は翔夜さんが起きていると知るや否や、走っていってしまったのではないですか」
「うっ、すみません」
詰め寄られて気圧されていたがここは医師としての意地なのか、やれやれといった感じに篠原先生は母さんを諫めた。
母さんは先程とは打って変わって、目に見えて申し訳なさそうにしている。そんなに感情の落差が激しいと疲れないのだろうか?
「まぁまぁ。先生、翔夜の現在の状況について、俺たちに教えていただけますね」
「はい、それはもちろん。では、別室にて詳しくお教えいたしますので、お友達の方もこちらへどうぞ」
父さんは理知的に篠原先生に俺のことを聞いてきた。おちゃらけていないと、結構様になっているな。普段からそういう風にしていればいいのに。
「またあとでね、翔夜」
「ちょっと待っていてくれな」
「少し、話を聞いてくるね」
そういい、両親と東雲さんは出て行ってしまった。先程まで騒がしかったからか、今がとても静寂に包まれている様な、寂しい感情に浸ってしまうな。
さっきの人たちとこれからうまくやっていけるだろうか?短い時間だったが、いい人そうだったし、楽しくやっていけるだろう。それに、幼馴染の東雲さん、可愛かったし仲良くしていきたいな。
約十五年間の記憶をなくしてしまったとはいえ、本当に少ししか話していないが、これだけいい人たちに囲まれているんだ。だから、第二の人生は楽しくやっていけそうな気がするぞ!