第二十九話 いちご狩りとは
俺らは今、結奈を先頭にして空を飛んでいちご狩りを行う場所に向かっている。
いつもは誰にも見られないように雲の上まで飛んでいるのだが、どうせ見つかっても問題ないそうなので、今回はエリーもいるし町を見下ろせる高さで飛行している。
「空を飛ぶって気持ちがいいですね!」
「確かに、空を飛ぶのって普通は出来ないからねー」
エリーは普段の様子とは打って変わって、かなりはしゃいでいた。今まで経験しかことがなかったのだろうから、当たり前といえば当たり前だな。
だが、やはり高校生はこのくらいはしゃいだほうがいいだろう。いつもはこんなに感情を爆発させていることはないのだが、やはり空を飛ぶというのは楽しいのだろう。
俺の周りは大人びている奴らばかりだから、なんだかこういう光景を見ると、俺たちは高校生なんだなって思うよ。
「慣れるとそうでもないけど、初めての時は俺も楽しかったな」
俺の記憶では、使い魔たちと空の散歩をした時が初めてだったが、あの時は二人に見られていることも忘れて結構はしゃいでしまったな。
「空を飛ぶことが出来る人って、学校でも二割くらいしかいないからね~」
「そんなもんしかいないのか」
学生では意外と空を飛べる人は少ないようだ。そんなもんしか飛べないなんて今知ったよ。
前に説明したかもしれないが、空を飛ぶには風魔法を使って飛ぶのが基本だ。だが、それでもかなりの魔力を消費してしまうから使い勝手が悪いのだ。
俺らのような神の使徒や、沙耶のように膨大な魔力を持っていれば話は変わってくるが、普通はむやみに飛んだりはしないそうなのだ。
俺の場合は風魔法に重力魔法を使って普段は飛んでいるのだが、今回は風魔法だけで飛んでいる。
もしかして普通は重力魔法は使わないのかなと思って、前もって結奈に聞いておいたら、それは目立つからやめたほうがいいと言われた。
話によると、重力魔法を使う人は少ないがそれなりにいるというので今回も使って飛ぼうとしたのだが、魔法を同時に二つ発動するというのは高等テクニックなのだそうだ。だから人前で使わないほうがいいと言われた。
この間のテロ事件の時、『千里眼』に『生体感知』に『睡眠魔法』の三つを同時に使っていたから、これはバレるとかなり注目されることになるな。学校ではもういろんな意味で注目されているが……。
それはさておき、空を飛んでいて風もあるのになぜ普通に話せているかと疑問に思ったのだが、それは風魔法によって声を届かせているそうなのだ。
正直理屈も理論も全然わからないんだが、なぜかやることが出来ている。エリーは水魔法が使えないから俺が代わりにやっていますとも。
使い魔たちとは念話で話していたから何でもなかったが、ここではエリーも沙耶もいることだし、風魔法だけでどうにかしなければいけないのか、前もって結奈と怜に聞いておいた。
当然、風魔法で声を届かせる方法で行くしかないと言われた。
「森が見えてきたな……」
空の飛行を楽しんでいちご狩りへと向かっているのだが、なぜか結奈は森の方へと向かっていくのだ。いちごって森の方で栽培していたんだっけか?なんだか周りに民家とかの建物もないような鬱蒼とした森に向かっているのだが、そんな奥深くに行くのか?
「なぁ結奈、こんな森の奥にいちご狩りをしに向かうのか?」
行くところはこっちで本当にあっているか少し疑問に思ったので、結奈に近寄って聞いてみた。別に近づく必要もないのだが、自分が知らないということを周りに聞かれたくなかったので、出来るだけ聞かれないようにするため近づいた。
「そりゃあいちご狩りだし、周りに建物とかがあったらダメでしょ」
「そういうもんなのか……」
方向はこっちであっているようなのだが、いちごを森の奥で栽培するものなのかよくわからなかった。こっちの世界ではいちごは森の奥で育てるものなのかな?そんな話は聞いたことがないんだけどな……。
他のみんなは普通に楽しみにしているようだし、これが普通のことなんだろうな。全然前世と違いがないと言ってはいたのだが、やはり身近にも少しくらいは違いとか齟齬などが存在するんだろうな。
「みんなー、もう直ぐで着くよー」
結奈がもうそろそろだというので、みんな高度を少しずつ下げていった。進行方向の先に、東京ドームを少し小さくしたような半透明で大きな建物がいくつか見えてきた。
「……なぁ、あれか?」
「あれだよ」
俺はあれがいちご狩りを行う場所か聞いた。どう見ても東京ドームにしか見えなんだが、あの中で栽培しているのだろうか?
もっと近づいてみると、先程見えていたドームの周りにも大小さまざまなドーム状の建物が存在しているのが見えてきた。
「……あれは全部ビニールハウスか?」
「ビニールハウスだよ」
いちごはビニールハウスで栽培しているはずなので確認のため聞いた。するとやはりあの大小さまざまな東京ドームのような建物はビニールハウスのようだ。確かに半透明になっているが、それでもあれはどうやって支えているんだろうか?
「……俺たちっていちご狩りに行くんだよな?」
「そうだよ」
俺は何かがおかしいと感じ始めたので、もう一度結奈に聞くことにした。正直みんなは楽しみにしているようなのだが、俺は不安で仕方がないよ。
「……デカくないか?」
「そりゃあこの辺で一番人気の場所だし」
人気の場所は全部デカいというわけじゃないからな?俺はこの不安を拭うために聞いたのだが、なんでさも当然だというような表情で返してくるんだ?俺の常識とはかけ離れているんだよ。
「……そういうもんなのか?」
「そういうもんだよ」
誰か俺と同じような疑問を持つ奴はいないのか!?そう思って周りを見渡しても、みんなは一切疑問に思っていないようだ。
「……そうか」
疑問に思っているのは俺だけのようなので、俺はこれから行うであろういちご狩りは、これが普通であると認識することにした。
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「よし。じゃあついたことだし、早速いちご狩りをしに行こうか」
家から二十分もかからずに着き、地上に降りると目の前には大きく聳え立つ半透明のドームが存在を激しく主張していた。
「その前にお金払わないと」
「あ……」
怜がドームに向かっている俺を引き留めて、受け付けらしき場所に向かっていると結奈がやってしまったという表情をしながらこちらを見ている。お前、まさか……!
「……やっぱりお金必要だった?」
「いや、流石に払わないとダメでしょ」
「結奈さん、お金忘れたんですか?」
「……うん」
なぜこいつはお金を払わずにいちご狩りが出来ると思ったんだろうか?こいつって勉強は出来るけどどこか抜けているような気がする。
「翔夜!後で返すから、お金貸してください!」
俺の前まで来て声を大にしてお願いしてきた。なんでこいつはいの一番に俺の方に来て借りようとしたんだよ。みんなで出し合うとかそういう発想がなかったのか?
まぁ、この間使い魔たちと狩った魔物を親に渡したから、それがお小遣いになって帰ってきてお金は十分にあるけどさ。
「お前は……はぁ、いいよ。みんな一緒じゃないと楽しくないし、今回だけだからな」
思い返してみれば、みんな何かしらの荷物を持ってきているのに、こいつだけは何も持ってきていなかったな。俺は全部インベントリに入れているのかと俺は思っていたが、ただ何も持ってきてなかったようだ。
因みに俺も小さいが一応バッグを持ってきているぞ。流石にみんなの前で珍しいとされているインベントリを使うことが出来ない。なので、それは不便だからアイテムボックスのように使うためのバッグを持ってきたんだ。
「やったー。翔夜の強面ー」
「それ絶対侮辱しているよな!?」
お金を折角貸してあげるというのに、こいつは俺のことを馬鹿にしてきやがった。そこは俺のことを褒める場面だろうが!
「褒めてる褒めてる」
「まったく……」
こいつは本当に俺のことを褒めているのだろうか?俺にとっては強面っていうのは褒め言葉にならないからな?俺は強面で困ったことしかないんだからな?
「じゃあ、行こうか」
俺たちはお金の問題は解決したので、受付のような場所に向かった。あー、上の方に薄れた文字で『受付』って書いてあった。もう少しわかりやすくしたらどうだろうか?
「なぁ、転移して取って来ればよかったんじゃないか?」
後ろの方にいる結奈のそばまで行って、誰にも聞こえないように聞いた。転移すればすぐに取ってくることが出来るのに、なぜしないのか気になったからな。
「流石にみんなに見られちゃうから、ここはお願いします」
「あいよ……」
確かにここにはあまり遮るところがないから、転移したらすぐにバレてしまうだろうな。
あれ、ここってトイレなくね?え、うそ……。流石に見えないだけでどこかにはあるよな?……あるよな!?
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「君たちだけかい?」
「はい、そうです」
受付に行くと、そこには筋肉ムキムキのタンクトップ姿のグラサンをかけたおっさんがいた。
すげぇ、どんなに鍛えたらあんなタンクトップがはち切れそうなほどに筋肉を隆起させることが出来るんだ?いちご農家っていうよりはボディビルダーといったほうがしっくりくる。
しかも声がめっちゃダンディだし、俳優にでもなったらどうだろうか?未来からやって来た機械兵士なんて役をやれるんじゃないんですかね?
それにしても、俺らだけで何か心配なこととかあるのだろうか?なにか少し困った表情をしているので、たぶん俺たち学生だけできたから不安なことでもあるのだろう。
「僕たちは魔法学校に通っているので、なんら問題はありません」
「んー……なら、大丈夫かな。はいこれ」
怜が俺たちが魔法学校に通っていると伝えると、安心したように『一番』と書かれたプラスチック製の札を渡してきた。
しかし、いったい魔法学校に通っていることの何が安心材料だったのだろうか?
「この部屋にいるから、あの一番大きいところの中に行ってきていいよー。もし何かあったら、大声で助けを呼んでねー」
「え、助け?」
何か不安になるような言葉が聞こえたんだけど?なに、これって助けが必要になることってあるの?ただのいちご狩りだよね?魔物でも這い寄ってくるのか?
「わかりましたー」
そんなことを気にした様子もなく、結奈は受け取った札を手にして一番大きなドームへと沙耶とエリーと共に向かっていった。よく見てみると、入り口に一番と書かれているのだが、これも薄れてしまってよく見えなくなっている。
しかも近づいて行ってわかったのだが、所々傷ついていたりしていた。もう少しきれいに保つこととか出来なかったのだろうか?
「あ、そういえばお金は?」
「後で払うから大丈夫だよ」
ふと、お金を払っていないことを思い出して、近くにいた怜に聞いたのだが、どうやらここは後払いのようだった。
それにしても、来た時から思っていたが建物の一つずつに一人か二人ほど、先程の受付の人ほどではないにしろ、鍛え上げられた肉体を持った人が入り口に立っていた。
係員なのだろうが、どうしてそんなにも鍛え上げられているのだろうか?やはり職業を間違えたのじゃないだろうか?
その立っている人に札を見せて、ドームの中へと入っていく。入り際にお気をつけてとか言われたのだが、本当に何かあるのか?なんでいちご狩りに来たのに気を付けなければいけないのだろうか……。
そして、なぜか荷物を預ける場所があったので、俺たちは持ってきていた荷物を預かってもらった。俺らは全部の荷物を預ける中、エリーは魔銃を抜いてそれ以外を預けた。なんで魔銃は預けないんだ?いちご狩りには不必要だと思うんだけど?
さて、時間は全然あるので思いっきり食べてやろうじゃないか!そう意気込んで入っていったのだが、辺りを見渡してみてもいちごの姿は見当たらなかった。
「……なぁ、俺の勘違いだったらいいんだけどさ」
「なに?」
近くにいた怜に、ここに来て俺の不安の種というか疑問というか、何かおかしいと思ったのでそれを解消するために聞くことにした。
「いちご狩りって、いちごを食べるんだよな?」
「まぁ、最終的にはそうだね」
俺たちはここで一番に大きなドームの中に入ったわけなのだが、その中央のあたりに大きな植物が見えるのだ。それは俺以外の他のみんなも見ているのだが、どう見ても蔓みたいなのが蠢いているんだ……。
「ならさ、なんであんなバケモンがいるところに向かっているんだ?」
そうなのだ、なぜかみんなその魔物なのかよくわからない化け物に向かって歩いているのだ。近づくにつれて、そいつに口や目のようなものがあるのが視認できるようになってきた。
「いちご狩りだもん」
なんでこれがさも当然かのように答えるかな?俺もみんなについて行って化け物に向かっているけどさ、俺たちはいちご狩りに来たんだよ?魔物狩りに来たわけじゃなんだよ?
あれ、もしかして……。
「……いちご狩りって、いちごって言う化け物を狩るってことなのか」
「そうだよ」
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「いや聞いてねぇよ!いちご狩りって家族とかで楽しくいちごを食べまくるものじゃないのか!?」
俺たちが今目にしているのは明らかに植物系の魔物だった。家族でいちごを楽しく食べている姿はどこにも見当たらない。
「え、いちご狩りって狩る方がメインなのでは?」
「え?」
「え?」
……どうやらお互いに何か勘違いがあるようだ。それがわからずに俺たちはお互いに聞き返してしまった。
「こっちの世界ではいちご狩りはハンティングっていう認識なんだよ」
「マジか……」
前世でのいちご狩りはいちごの食べ放題なのだが、こちらの世界では『いちご』という名前の魔物を狩ることをいちご狩りというらしい。なんだか随分と物騒な言葉へと変化したものだな。
だから先程エリーは魔銃を預けなかったんだな。これは戦闘になるだろうから、エリーにとって魔銃は必要不可欠だもんな。




