第二十八話 苦悩を経て歓喜に至る
あれから俺たちは敵に対してどう動くかなどの作戦を練った。
練ったのだが、みんなの話を聞いていると、どうにも俺が前に使い魔たちと一緒に狩った魔物よりも数段弱いそうなのだ。だから、俺たちが牽制のつもりで攻撃してもそれで終わってしまうことがわかったので、正直作戦の何を練っていいかわからなかった。
俺が内緒で魔物を狩っているということはこの場では沙耶しか知らない。だからこのことは黙っておくことにして話を進めることにした。
ここには神の使徒が三人もいるので、例え世界が敵になっても勝てる自信しかない。だから高校の演習で行く魔物狩りなんて大して危険でも何でもない。
まぁそれを抜きにしても、俺たちのグループはみんな優秀なので魔物に後れを取るわけないだろうがな。
そんなこんなで作戦会議が早々に終わったので、帰るには早いから適当にお話をしてからそれぞれが帰っていった。
ちなみに、早く帰ってくると言っていた両親はいつも通りの時間に帰ってきた。あんなに楽しみにしていたのに、なぜ早く帰ってこなかったのか夕食の時に理由を聞くと、ただ単純に部下が帰してくれなかったのだそうだ。
しかも少し怒っていたと言って、なんかご機嫌斜めだった。そりゃあ本人たちは否定しているが、俺の友達を見たいがために会社を休もうとしているのだ。そんなことで会社を早退されたらたまったものではないだろう。
そして家族たちからは俺が誰を狙っているんだとか、そういう色恋沙汰な話を聞かれた。なんでだろう、演習の話のほうが重要ではないのか?普通はそっちの方が気になるもんなんじゃないだろうか?
その質問に対して俺は適当にはぐらかした。いやね、中身が大学生だといっても確かに高校生を好きになったりはすると思うよ。グループのみんなとか普通にかわいいし。
でもな、それを両親に知られると、どうせからかってくるのは目に見えているから絶対言わない!なんかムカつくしな!
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作戦会議から一週間ほどが過ぎ、俺にとって四度目の高校生としてのゴールデンウィークがやってきました。こんな日が来るとは、前世の俺は思いもよらなかっただろうな。
前世の頃は、旅行に行ったり友達と遊んだりしていたが、今は何の予定もない。なんでかって?友達がほとんどいないからだよ……。
それでも、演習のグループとかと一緒に行けばいいんじゃないかって思うじゃん?だけど、残念ながら俺はそれが出来ないでいるんだよ……。
先程何も予定がないと言ったが少し修正しよう。何も予定ないのではなく、予定が入れられないんだ。
なぜなのかというと、俺が通っているのは国一番の魔法学校なわけで、長期の休みに遊ばせておくほど緩くはないんだよ。
だから、今俺の目の前には学校側から配布された宿題のプリントが複数枚ある。さて、この宿題のプリントは五枚しかないのだが、俺は初日に自分で解くという選択肢を捨てて、他の人に助けを求めました。
はい、みんなが想像している通り、演習のグループに助けを求めました……。
なので今、俺たち五人は俺の部屋で勉強中です。なんでこう集まるときって俺の部屋なんだろうな。ファミレスとか図書館でもいいんじゃないの?
「はぁ……」
本当は沙耶に答えを聞こうとしたのだが、それでは俺のためにならないと言って問題を一緒に考えてくれると言ってくれた。
嬉しいんだが、答えを教えてもらって思う存分遊びたかったんだよ……!でも一緒に勉強してくれてありがとう!
そして、それを聞いていた演習のグループの奴らが、じゃあみんなでやろうかといって今の状態になっている。
怜と結奈はいつも土曜日に勉強会をしているから何も疑問に思わなかったけど、次席であるエリーも俺たちとやるんだな。まぁ、友達だし本人がいいなら別にいいんだけどね。
「翔夜、また間違っているよ」
「あー、どこだ?」
結奈は先程俺が解いたプリントを片手にポテチを食べながら採点してくれていた。こいつはもう終わっているらしいので、俺の採点とみんなのわからないところを教えたりしていた。
普段は授業中は寝ていたりしているくせに、勉強を含めて大体のことは出来るんだよな。羨ましいな畜生!嫉妬しちまうよ!
本当は沙耶に教えてもらいたかったのだが、本人も終わっていないことだし邪魔をしてはいけないから、暇な結奈に教えてもらっている状態だな。
「この『魔物の発生原因』についての問題だよ」
「んなもん知るわけがない」
俺のわきに来て肩に寄り添うような形で間違えた問題を見せてきた。提出用だから赤ペンで書き込みとかはしていなく、間違っているところを鉛筆で印をつけてくれている。
「うわっ、なんか結構間違えたな」
プリントを見てみると、鉛筆でいろいろと書き込みがされていた。結構出来ていたんじゃないかと思っていたのだが、どうやら勘違いだったようだ。
それと結奈さん?教えてくれるのはありがたいんだけど、そのポテチを触った手を俺のズボンで拭かないでくれるかな?さっきからやられているせいでね、俺のズボンが左の太ももだけ塩まみれになってるんだよ?もうそろそろこの汚れを払ってお前を殴ってやろうかと思っているぞ?
「むぅ……」
あと、これはどうでもいいことなのだが、なんだかさっきから沙耶からの視線が気になるんだよ。
なんでそんなに見てくるの?俺が間違ったことがそんなにダメだったの?これからちゃんと勉強するよう善処する気持ちを作るために頑張るから許して……!
「あの、それって基礎の問題だったような……」
「ぐっ……。そ、それはだな、俺が記憶喪失になってしまったから仕方がないんだ……!」
俺の間違えた問題が基礎の問題と聞いて、俺は自身が記憶喪失だということを理由に言い訳にした。
しっかり勉強したとはいえ、まだ俺が知らないことだってあるわけだからな。結奈に記憶魔法を教えてもらったが、まだ俺が知らない知識があるんだ。教えてもらった後に俺が全然勉強していないわけじゃないからな!?
「え、記憶喪失なのですか!?」
エリーは俺が記憶喪失だということに驚いているようだ。なんで今さらと思ったのだが、そういえば俺が記憶喪失だということを知っているのは、学校ではこの場でエリーを抜いた三人だけだったな。これはちゃんと説明しとかないとな。
「あー、そうだな。まぁ、今回のように勉強とかそういう知識がないということ以外、今のところ特に不便に思うこともないから、そんなに大きな問題でもないんだけどな」
「そ、そうですか……」
本当はもっと気にすることとかがあるのだが、こんなことでエリーを不安にさせてはいけないからな。何でもないかのように言っておこうと思う。まぁ実際のところ今まではそれほど困る状況もなかったから、あながち間違っていないのだろうけどな。
「果たして、あのエリート高校でやっていけるのだろうかねー」
「出来るだけ頑張ってみるよ……」
結奈に茶化されてしまったが、正直やっていけるかは疑問だったから力なくやっていくと宣言した。
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それからはいろいろ間違いながらも、なんとか午前中の内に終わらせることが出来た。一日かからずに終わらせることが出来るって、これは結構すごいことなんじゃないか!?
俺はそう思っていたのだが、なんと他の人たちは昨日のうちに半分以上終わらせていたんだと。結奈に至ってはもう終わらせていたっていうし、俺の周りの人間は優秀な人たちだな。……あれ、俺がただ出来ないだけなのか?いや、気のせいだな!
結奈は俺が終わるまでずっと見てくれるのは嬉しかったんだが、俺は魔法を使って記憶しているとはいえ、一々からかってくるからちゃんと集中できないんだよ。俺にわかりやすく教えてくれたことには感謝するけどさ!
今は宮本さんが作ってくれた昼食にみんなで舌鼓を打っていた。何度食べてもこれはおいしいと思える料理だな。エリーは初めて食べたから衝撃的だっただろうな。俺だって初めて食べたときは、そりゃあもう驚いたよ。こんなにおいしいものが存在しているのかってな!
食事は宮本さんも一緒にどうですかと誘ったのだが、家の事情で一旦家に帰っていくそうなのだ。少々残念に思ったのだが、いろいろ事情があるならば仕方がないということで、俺らは五人で食べている。
俺らだけでも十分に話に花を咲かせられるから、宮本さんがいなくても大丈夫なんだが、やっぱり大勢で食べたいと思ってしまうな。
今日やった勉強会は、本当は午後までかかるものだと思っていたから、今日が暇になってしまった。これからの予定はどうしようかと思っていた矢先に、結奈からこんな提案をされた。
「どうせこれから暇だろうし、みんなさえよければいちご狩りにでも行かない?」
「え、いちご狩り?」
いちご狩りとはまた意外なものをチョイスしたな。ここは普通どこかに遊びに行こうと思うんじゃないか?
「あの、それって私たちだけでしょうか?」
「そりゃあもちろん」
エリーが俺たちだけで行くことに不安そうな表情を浮かべている。そりゃあエリーは今まで友達がいなかったって言うし、不安に思うんだろうな。
「それって大丈夫なんでしょうか?」
「私たちなら大丈夫でしょ」
結奈の言っている通り俺たちの近くにいれば、例えどんなことが起ころうとも危険なことなんてないから安心してくれ。と言いたいのだが、神の使徒ということは秘密にしてあるから言えないな。
この世界ではいちご狩りは大人がいなければいけないものなのだろうか?ちょっとした認識の違いがありそうだから、聞いておくことにしよう。
「いちご狩りって大人がいなきゃダメなのか?」
「そういうわけじゃないんだけど、大人がいたほうが安全ってだけだから」
「なるほどな」
確かにいちご狩りに子供だけで行くなんて聞いたことないな。前世だって家族としか行ったことなかったし。だけど、いちご狩りだし危険に見舞われることもないだろう。
それにあっちにも業者の人とかいるだろうし、まぁ俺たちだけでも問題はないだろうな。
「それで、確かに今はいちごの旬ではあるけど、この辺で採れるところってあったっけ?」
別に俺が地理に詳しいわけではなく、ニュースなどでいちご狩りの話が上がるのだが、近くでやっている話を聞かなかったから疑問に思ったのだ。
「んー、この辺ではないんだけど、まぁそれほど遠いわけじゃないし、僕たちなら空を飛んで行けばいいからさ」
あー、そういえば俺たち空を自由に飛べたんだったな。最近は未桜の背中に乗ったりしているから、自分が飛べるということをすっかり忘れていたよ。
「あの、織戸さん。私、空を飛ぶことが出来ないのですが……」
エリーが不安そうに、そして申し訳なさそうにおずおずと言ってきた。そういえば水魔法しか使えないんだったよな。まぁどうせ結奈が連れていってくれるだろう。
「そこは大丈夫。翔夜が何とかしてくれるから」
「そこは俺頼みなのかいっ!」
なんでそういうことは全部俺に任せようとするのかな?いやね、苦労でもなんでもないから別に嫌じゃないんだよ。でもさ、話を上げた本人が人任せってどうなのかなって思うんだ。
おい、目を逸らすんじゃない。こっちを見ろ。
「あ、あの、纐纈さん。いいのですか?」
申し訳なさそうにしているのは先程と変わらないのだが、その眼には空を飛べることへの喜びに満ち溢れていた。初めて空を飛ぶんだもんな、そりゃあ楽しみだろうな。
「いいよいいよ、一人も百人も変わらないから」
「それは結構変わるような……」
俺の力をもってすれば高校にいた全員を空に飛ばすことだって造作もない。だから怜よ、そんな呆れた目で俺を見てくるんじゃない。お前だって同じことが出来るんだからな?
「あと、前々から言おうとしてたんだけど……」
エリーの方を向き、改まったように言おうとする。これは怜にも結奈にも言っていることなので、エリーにも言っておかなければいけないことなのだ。
「な、なんでしょうか」
そんなに怯えなくても、取って食ったりしないから安心しなさい。そんなに今の俺の顔怖いかな?……あー、改まったように言おうとしたのが間違いだったか。
「俺のことは翔夜って呼んでくれ」
こんなことで改まったようにいったのかと思うだろうが、俺は親しい人物に名字呼びされるのが少々苦手なのだ。だからこれは絶対に本人が否定しても俺は押し通す。
「よ、よろしいのですか?」
「よろしいもなにも、俺は親しい人から名字で呼ばれるのがあまり好きじゃないんでね」
なんか拍子抜けしたような表情で聞いてくるので、別に下の名前で呼ぶことに拒否はないんだろうな。あと改まったように聞いてゴメンね。
「し、親しい……」
なんだろう、急に頬が緩んできているぞ?あーそうか、今まで友達がいなかったんだもんな、そりゃあ下の呼び名で呼んだことがなかったから嬉しかったのか。
「それにエリーが名字で呼んでいるのに、俺だけが下の名前で呼んでいるのはなんか不自然だしな」
「あ、じゃあ僕も結奈って呼んで。翔夜だけずるいし」
「別にずるくはないだろう……」
俺に便乗してきた結奈が俺に嫉妬してきた。まぁそれでも、ちゃんと流れを作ってくれたようだし、これで全員下の名前で呼ぶ仲になるだろうな。
「それじゃあ私も沙耶って呼んで!」
「僕も怜って下の名前で呼んでくれないかな」
「みなさん……ありがとうございます!」
感極まったように喜んでくれたようだ。本人には言えないが、下の名前で呼びあうってそんなにも嬉しいことなのだろうか?友達がいないっていうのはつらかったんだろうな……。
前世だって俺は別に友達がいなかったわけじゃないし、今だってここにいるだけで十分だと思っているから、エリーの気持ちがわかるわけじゃないんだけど。それでも本人が喜んでいるようだし、まぁいいか。
「じゃあ、これを食い終わった後にでも行きますかね」
そして俺らは残っている宮本さんが作ってくれた料理を食べて、いちご狩りに出かける準備をした。




