第二十七話 乙女の秘密
「いらっしゃいませ、沙耶様、剱持様、織戸様」
先程と同じように宮本さんが奥からやってきて、三人に深々と挨拶をした。といっても、この光景は毎週見ているから、もう見慣れてしまったな。
「宮本さんこんにちはっ」
「毎週お邪魔してすみません」
「一週間ぶりでーす」
いつものことながら、宮本さんの姿勢が全然ぶれていないのは感心するよ。少しくらい気楽にしていてもいいと思うのだが、やはり家政婦というものはそうもいかないものなのだろうか?
「それじゃあ、いつも通り俺の部屋に行くか」
「翔夜様、私はこれから買い物に行ってまいります。なので、飲み物などはキッチンに用意していきますので、後で取りに来ていただいたらと思います」
部屋に向かおうとしている俺を、宮本さんは引き留めた。どうやら買い物に行くようなのだが、出かける前に飲み物をキッチンに用意しておいてくれるようだ。
別に用意くらいは俺でもできるのだが、それでもしっかりと用意してくれるのは、とても律儀だなって思うよ。
「わざわざありがとうございます」
「いえ、家政婦ですので、これくらいは当然です」
こんなに気が利く人ってなかなかいないって思うよ。よくこんな出来た人を雇うことが出来たよねぇ。俺は運がよかったって思うよ!
四人仲良く部屋に向かうと、エリーがお茶を飲んで待っていた。待たせてしまって悪かったな。
「皆さんご一緒だったのですね」
「いや、僕らは翔夜の家の前でバッタリ会ったんだ」
エリーは俺たちに気づき、声をかけてきたので俺らは適当にそれぞれ座った。
おい結奈、ちゃんと座る場所あるのに俺のベッドに座るんじゃないよ。ホント遠慮というものがないよな。
「そうだったのですか」
結奈はそう言っていたが、俺は怜と結奈が上空に転移して来ていて、出てくるタイミングを見計らっていたのを知っているからな?
「私が予定より早く着いてしまったせいでご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いいよいいよ、そんなこと気にしなくて」
頭を下げて謝ってきたのだが、沙耶はそんなことを気にした様子もなく笑顔である。もちろん俺らの中でそんなことを気にしている奴はいない。
「これから背中を預けて戦う仲なんだからさ」
「……ありがとうございます!」
怜の言った通り、演習では俺らはお互いの背中を守って戦うんだよな。でも、俺らの中で人間を逸脱した三人は守らなくても大丈夫だろうがな!
「翔夜」
「……なんだ?」
結奈がいつにもなく真面目な声色で俺を呼んだ。そんなこれから危険が迫ってくるような感じで呼んで、いったいどんな用があるんだ?
俺は少し身構えて結奈が次にいう言葉を待った。
「お菓子」
「そんな真面目そうに言うんじゃねぇよ!いったい何があるのかと身構えちゃったじゃないか!」
どうやらただ単にお菓子が食べたかっただけのようだった。身構えちゃったのが今更恥ずかしくなってきちゃったよ!
いつも勉強会をしているときは俺らはお菓子を食べないのだが、今日は勉強会ではなく作戦会議だがらなのか、エリーがいるからなのかはわからないが、結奈はお菓子を欲したんだろうな……。
俺は下へ向かうと、宮本さんが飲み物とお菓子の類をしっかりと用意していてくれた。お菓子まで用意しているとは、なんて出来る家政婦さんなんでしょうか……!
その家政婦さんは今は買い物に行っている頃だろうから、今は家にいない。
そして、先程俺に伝えてから、宮本さんが出ていく音が一切聞こえなかった。いつものことなのだが、なんで物音が一切聞こえないんだ?
……考えても分からないし、後で聞いてみよう。
「お待たせ」
俺は飲食物を持ってくると、四人は携帯を出して連絡先を交換していた。よかったなエリー、これで連絡できる友達が増えたな。
「じゃあ全員集まったことだし、作戦会議をしようか」
結奈が俺の持ってきたお菓子を早速食べて、本来集まった目的である演習の作戦会議を始めようと声をかけた。
「作戦会議っていっても、魔物のことを知らなければどうすることも出来ないんじゃないか?」
俺はこの作戦会議が始まるまで気になっていたことなのだが、根本的に敵を知らないと何も対策をすることなんてできないだろう。さてさて、どうしたものかね?
「本当はそうなんですけど、私は先輩から聞いたから大丈夫ですよ!」
「おぉ、それは助かるねー。こういう時こそ上級生とのパイプ作りって大事だよねー」
エリーが先輩と知り合っていたそうなので、敵の情報はわかるそうだ。
たぶん先生はこういうことも含めて、俺たちを評価をしているんだと思う。情報収集というものは大事だからな。
そう考えると、俺にとっては結構難易度の高いことだな。エリーがいてくれてホントによかったよ。
「なんで先輩と知り合いになったんだ?」
そしてなぜエリーが先輩と知り合っているのか気になった。俺らの高校には部活などがあるが、この高校では部活をしている人は少ないんだ。
この高校には、自主的に部活をしようとする人が少ないというのもあるんだけど、部活をやっている時間があるなら魔法の練習をしていたほうがいいということらしい。
ちなみに俺は部活はやっていません。だってみんなに怯えられるんだもん、部活にならないんだよ……。それに沙耶と一緒に変える時間の方が有意義だからさ!
「私、風紀委員に入ったので、そこからですね」
「風紀委員って、存在したのか……」
確かに委員会の説明もあったような、なかったような気がしなくもないな……。だが、そこで知り合ったということよりも、俺は風紀委員が実在したことに驚いている。
アニメとかでよく出てくるけど、俺がいた高校ではなかったし、現実で見たことなかったからな。
「いや、委員会について先生から教えられていたじゃん……」
「俺がまともに話を聞くわけないだろう?」
確かに言われてみれば、先生からの説明があったのかもしれない。だが、俺が先生の話を聞いているわけないじゃん。沙耶から聞けばいいかなって思っているから、俺は大抵寝ているよ。
「開き直るんじゃないよ……」
「まぁそんなことはどうでもいい。それで、魔物はどんなのが出るんだ?」
もう過ぎてしまったことなので、開き直ってエリーに聞いた。
「えっとですね、大体は獣系の魔物が殆どだと言っていました」
「獣系か……」
魔物には大きく分けて二種類ある。一つは先程も言っていた獣系のような生物系で、もう一つは以前鈴が戦ったゴーレムのような非生物系だ。この他にも精霊など、実態を持たないやつも存在するがここでは省こう。
世間ではどう生物系と非生物系をどう区別するか、いろいろ論争されているそうだ。だが、ぶっちゃけ俺は生物系だろうが非生物系だろうが、魔物なら核を持っているんだし全部一緒だろうと思っているよ。
それでもやはり、違いというものは出てくる。
「臭い気になるね」
「そういう問題なのかな?」
怜は疑問に思っているが、結奈が危惧しているように一番顕著に出てくるのは臭いだろうな。非生物系なら臭いは気にならないんだが、生物系は少々気になってしまう。ほら、血とか流すし。
「だって僕たちは全員魔法に関しては優秀だし、大丈夫だと思うんだけど」
確かに戦力で言えば、俺らは星を壊滅させるほどの力を持っている。だから、気にすることといえばそのくらいしかないんだよ。
「あ、あの、そのことで話があります!」
「どうしたの、改まって?」
エリーがこわばった表情で俺らに言ってきた。何か大事なこととかやってしまったこととかあるのだろうか?いや、やってしまったということはないか。
「あ、あの、実は私……えっと、あの……」
どうやら何か言いにくいことのようだ。俺たちは急かさずに次の言葉を待った。
「……基本的な魔法をほとんど使うことが出来ないんですっ!」
「……うーんと、それってどういうことだ?」
改まって言われたのだが、俺は言っている意味をしっかりと理解することが出来なかった。俺だけ分からないのかとかと思ったのだが、どうやら他の奴らも分かっていない様子だな。
「私は、皆さんが使っている、火や風といった様々な魔法が使えないんです……」
「……えっと、入学試験には実技も含まれていたけど、どうやって突破したの?」
入学試験では筆記試験だけでなく、実技試験も含まれているそうなのだ。なので、勉強だけ出来ても、この高校に入学することが出来ない。
だからか、沙耶はそれが疑問に思ったように困惑した表情で聞いた。
「これです」
そういってエリーは持ってきていたバッグから、銀色に輝くリボルバーを二丁出した。
え、これって銃刀法違反になるんじゃ……。
「確か、『魔銃』だよね」
「はい、この銃で実技試験は受かりました」
魔銃というものは、模擬戦でクラスのみんなが使っていた杖のようなもので、己の中にある魔力を打ち出す道具なんだそうだ。俺も詳しく知っているわけではないのだが、この銃は魔法具なので銃刀法には引っかからないんだと。
沙耶は何でもないかのようにこれが魔銃だと言ったのだが、よく一目で本物の銃じゃないってわかったな。これどっからどう見てもリボルバーだぞ?
「俺にはよくわからないんだが、じゃあ魔法は何も使えないのか?」
魔法を使えないからこの銃を使っていることはわかったのだが、本当に魔法を使うことが出来ないのだろうか?
魔法というものは、この世界で生きている人間ならば誰しもが使うことのできるものなのだ。確かにその魔法の効果や威力といったものは人それぞれだが、転移魔法などの例外を除いて、使えないということはないだろう。
ましてや、基礎的な魔法だ。子供でも火を熾したりという、ちょっとした魔法でも使うことが出来るというのに、そういうことってあるのだろうか?
「いいえ、私は水魔法だけは使えます。逆に言えば水魔法しか使えません」
「ん?それはなんでなんだ?」
どうやら水魔法だけは使えるようだ。なのだが、なぜ水魔法なのだろうか?確かに苦手な種類の魔法はあるだろうが、それでも水しか使えないというのも些か疑問が生じる。
「それは、その……」
「こら、翔夜。あんまり女の子の秘密を暴こうをするもんじゃないよ」
「あ、悪い……」
答えたくないのか、エリーが言葉に使っているところを沙耶が間に入って俺を制してくれた。確かに言いたくないことを聞き出そうとするのはいけないな。
「だからモテないんだよ~」
「ぐっ……ま、まぁそうだな。人には話したくないことの十個や二十個あるもんな」
結奈にからかわれてしまったが、確かにこのことに関しては俺は異論は出来ないだろう。知らなかったとはいえ、話したくないことを聞いてしまったのだから。……あれ、モテないのは関係なくないか?
「そんなにはないような……」
おい怜よ、そこにツッコむんじゃないぞ?誰だってそれだけの秘密を抱え込んでいるんだよ。……俺だけかもしれないけどさ。
「あ、あの、こんな大事なこと黙っていてごめんなさい!」
頭をかなり下げて謝るので、俺たちは少々困惑してしまった。なぜなら、俺たちはそのことを謝るほどのものとは考えていなかったからだ。
「いや、別に謝ることでもないと思うよ?」
「成績でいったら次席なわけだし、別に弱くはないだろうしね」
沙耶と怜はどうにか頭を上げてもらうように諭した。彼女は決して弱いわけでも役立たずということもないだろう。まぁどちらにしても、俺らはそんなことは気にするほど器は小さくない。
「気にすんなって言っても気にするだろうけど、俺らはそんなことで対応を変えたりとかしないから」
「だねー。そんなことをする奴がいたら僕が殴ってるよ」
「そんなことしたら、相手はただじゃあ済まないだろうな」
神の使徒に殴られたらそいつはただじゃあ済まないだろうな。下手したら原形が残らない可能性も……。
「……ありがとうございます!」
今度は目頭に涙を浮かべて感謝の言葉を述べた。それほどまでに受け入れててくれたことが嬉しかったのだろうか?
神の使徒は元々魔法が使えない世界からやってきているから、そんなことを気にするような奴はいないだろうし、沙耶は根っから優しい子だから気にするということは杞憂なのだ。
「そんじゃまぁ、予定通り演習に向けての作戦会議でもしますかね」
そう締め括って、俺たちは本来の目的である作戦会議を始めた。




