第二十三話 再来する恐怖
「こんどはわたしのばんだねー」
「そうだな。じゃあ探しに行くか」
そういって俺と未桜は立ち上がって辺りを見渡した。見渡しても魔物の姿がないのだが、さて、どこにいるのやら。
表情からは判断しにくいが、どうやら未桜もやる気に満ちているようだった。なんか、可愛いな……。
「いえ、その必要はないです」
「なんでだ?」
俺と未桜が、魔物を探そうと思って歩き出そうとしたのだが、どうやらその必要はないと鈴が俺を制止させてきた。
「ここは魔物の数が多いので、出歩かなくてもすぐに会うことが出来るんですよ」
「ほー。……えっ、おいおい、そんなに多かったら人里に下りて来ちまわないか?」
そのことを聞いて、まず俺が危惧したことは人的被害が出ないのかということだ。魔法師でもない者があんなのと戦うことは到底不可能だろう。
「いえ、ご心配なく。人里よりもここのほうが魔力量は多いので、問題はありません」
「あー、そういえば魔物とかは魔力量の多い場所を好むんだったな」
魔物という生き物は、食事という行為はほとんどしない。いや、食事はする。その食べ物となるものが魔力なのだ。
だから、魔物は魔力の多い地域に住み着く傾向にあるのだ。なので、何もなければほとんど自ら移動するなんてことはない。未桜や鈴のように例外を除けば、だがな。
「あるじあるじ、なんかいっぱいきた」
「ん、なんだ?」
そう未桜が俺の後ろを指さして呼び掛けてきたので、何が来たのかと思って後ろを振り向いた。
すると視線の先には、それは多くの、台所とかで見るあの黒光りしている奴らがいた。
全長が俺の身長を超すものから通常サイズまで様々な奴らがやってきていた。飛びながら来ている奴もいるな。
「なぁ鈴、あれって……」
「はい、ゴキブリですね」
「だよな……」
「逃げるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「おぁー」
俺は結構焦っていたので、奴へ攻撃せずに向かってくる方向とは正反対の方向へ走り出した。
ついでに近くにいた未桜を横に抱えて、鈴と共に地面に大きなクレーターが出来ないくらいに全力で地面を蹴った。
「主様、あんな敵にどうして逃げるのですか?」
「いやいや、なんであの大群を見て平然としていられるんだ!?」
大小さまざまなゴキブリが迫りくるんだぞ!?あんなもんを見て平然としていられる胆力が欲しいもんだよ!
ぶっちゃけ燃やしちまえばそれで終わりなのだが、残念なことにここは原生林が広がっている。だからむやみに火を使うことが出来ないのだ。くそったれ!
「所詮ゴキブリですし、そこまで怯える必要はないかと」
「そう思うのは一部の奴らだけだ!一般的に考えたらああいう奴らに遭遇したら逃げるもんなの!マジであいつらどうしよう!?」
なんでそんなに軽いノリで話しているんだ!?もう少し焦ったりしないのか!?
「そんなに嫌でしたら、私が斬って参りましょうか?」
「やめろぉぉぉ!あいつらの体液が飛び散るだろうが!」
あんなのを切ってもしもかかったらどうするんだ!?いや、それ以前に気持ち悪くて吐き気を催してしまうよ!
「私は気にしないのですが?」
「俺が気にするの!」
自分にかかってしまうのもお構いなしなのか!?もう少し自分を大事にしなさい!
「じゃあ、あるじのほのーでもやすのはー?」
「ここ原生林なんだよ!?あれを跡形もなく燃やそうとしたら焼野原になっちゃうよ!」
あいつらを一瞬にして消し飛ばしてしまうには、模擬戦でやったあれくらいないとだめだ。
だが、あれくらいの魔法を使ってしまうとここら一帯が消し飛んでしまうだろうな……。
「あーもー、なんで三日間のうちに二度も奴らを見なきゃいけないんだよ!くそっ!」
模擬戦でも大きなゴキブリを見たし、それに学校が占拠されるし、最近俺は全然ついてないな……。
「そうだ、わたしがたべてこようか?もともとわたしがあいてするつもりだったし」
「いけませんそんなこと!あんなばっちいものを食べてはだめだからね!?」
未桜は竜だからか、あんなものを食べようとしていた。汚い以前に俺が認めません!
「そうですよ、おなか壊してしまっても知りせんからね?」
「いや、そういう問題ではないような気がするんだが……」
確かに人間と竜では消化器官は違っているだろう。だが、そういう問題ではないだろうと思うんだ。
あの多種多様なゴキブリを食べようとしているのだぞ!?十人に聞いたら十人が悲鳴を上げそうなことなんだぞ!?やっぱり価値観とかそういうのが少しずれているんだろうかね!?
「うーん、それはいやだなー」
未桜もおなかを壊すのは嫌らしく、少ししかめっ面になっていた。思い直してくれてよかったよ!
というか、わきに抱えて運んだのはちょっと間違いだったかな?おんぶかお姫様抱っこにするべきだったなと、ちょっと後悔。後で降ろすからちょっと待っていてね?
「なにか、何か方法はないのか!?」
焦っているせいか、頭には燃やすという選択肢しか思い浮かばなかった。だがそんなことをすれば山火事になってしまうことは目に見えている。
あーもう、あいつを跡形もなく消し飛ばしてしまう魔法は何かないか!?……消す?
「そうだ、俺には消滅魔法があるじゃないか!」
結奈が使っていたのを思い出して、俺は頭にすぐに思い浮かべて使い方を学んだ。今すぐにでも俺は消滅魔法を使うことが出来るぜ!
なんで今まで思いつかなかったんだ!あれなら火災の心配はないし、それに奴らを跡形もなく消し飛ばすことが出来る!
「消滅魔法というものは何でしょうか?」
「あぁ、そういえばまだ誰にも使えることを言っていなかったな」
鈴は消滅魔法がどういうものなのかを聞いてきた。恐らく名前から判断をすることが出来るだろうから予想はしているが、聞いたことがなかった魔法だから一応聞いたようだった。
「急いでいるから多少は省くが、その名の通りこの世界から消滅させる魔法なんだ」
「なるほど。その魔法ならば火事を起こさずに、ゴキブリを跡形もなく消し飛ばせますね」
「そういうことだ!」
ホントに手短な説明になってしまったが、元々鈴は予想をしていただろうからすぐに理解をしてくれた。
いやはや、こんな土壇場でこんな最適な魔法を思いつくなんて、俺は頭が冴えているようだな!
「うまくゴキブリだけを消せるよう祈っています」
「がんばれー」
二人が俺を応援してくれているが、鈴の言葉で大事なことを思い出した。
そうだ、しっかりとコントロールしないと周りの木々たち諸共消し飛ばしてしまうんだった。流石に木々ごと消し飛ばすのはマズいだろう……。
だが、これ以外にこの場面にふさわしい対処法が思い浮かばないから今はこれしかない!
「おぉ、やってやろうじゃねぇか!」
使い魔の二人からの声援を糧に、俺は嫌々ながらも覚悟を決めて立ち止まり、後ろを振り返ってしっかりとゴキブリを視界に入れた。
「うっ……『消滅!』」
気持ち悪くて顔を思い切りしかめてしまったが、しっかりとすべてのゴキブリを消滅させた。周りに生えていた木々にも被害はなかった。
「どうだ、見たかゴキブリども!」
とてもやり遂げたような気持ちになり、思わずガッツポーズをしてしまった。
「お見事です、主様。周りの木々を巻き込むことなくやるとは、魔力操作にたけている証拠です」
「あるじすごーい」
褒めてくれてうれしいのだが、今になって疲れがどっと来た。
「いやー、なんか疲れた!もうあんな奴とは二度と戦いたくない!」
肉体的には全く疲れはなかったのだが、精神的疲労がとても大きいよ。もう金輪際あいつとは関わりたくない!
「あのさ、このやまをほのーでもやしたの、まもののせいにすればよかったんじゃない?」
「しっ!未桜、そういう余計なことは言わなくていいんですよ」
「……聞こえているからな~?」
そうだな、そういう考え方があったな。でも俺はそれが思いつかなかったわけではなくて、自分の中の良心が許さなかっただけだからな?ホントだぞ?
「はぁ、まだお昼まで時間はあるし、もう少し魔物を狩っていくか」
俺たちはお昼になるまで魔物を狩り続けた。魔石だけでなく、価値のある奴だけ魔物の死体も俺のインベントリに入れて持ってきた。
それと、未桜の実力をまだ見ていなかったので、あの後見せてもらった。
基本的には、風魔法を使って惨殺する感じだった。結構跡形もなくなっていたから、魔核も採取できなかった。
どうしてもここにいる魔物は弱すぎるのか、未桜は手加減が出来ないでいた。だけど、俺の学んだことだと、ここにいる魔物は一人とか複数人で狩れるものじゃあないんだよな……。
手加減を頑張っている未桜を他所に、鈴は的確に相手の急所を狙って仕留めていた。強大な敵には人型ではなく本来の九尾の姿で戦うそうなのだが、この辺りはその必要はないな。
二人ともかなり強いので、ほとんど俺が出る幕がなかった。俺が倒したのといたら、あのゴキブリの集団だけだった……。
後で思い出したのだが、あの魔物は雑食で生命力が強いため、単独や新人魔法師では討伐することは困難なのだそうだ。
そういえばなにも気にしないで消滅魔法を使ってしまったが、あれを人前で使ってはいけなかったよなと思った。なので二人には、転移魔法を含めて誰にも言わないように固く言いつけておいた。
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お昼の時間になったので、俺たちは近くに人がいない場所に転移して帰ってきた。家には宮本さんしかいなく、他に誰もいないというのは今までなかったので、かなり新鮮な感じだった。
鈴と未桜も宮本さんが作った料理を食べたそうにしていたし、このまま四人で食べることにした。
家政婦さんである宮本さんも食べるのか?と思うだろうが、今回だけは俺がなんか落ち着かないと言って一緒に食事をとった。
なんだか変わった面子で食べていたが、意外と話は盛り上がった。それに俺以外が女性な時点で、もう食事が楽しいです。こんなことは今までなかったから嬉しいんだよ!
楽しい食事の時間が終わったら、俺たちはまた魔物狩りに出かけた。
なんでまた出かけたかというと、俺も魔物を狩ってみたいからだ!
ん?もう魔物は狩ったじゃないかって?俺はあれを狩ったとは認めない。狩ったのではなく消滅させたのだからな!
俺たちは今度は玄関先から空を飛んで、午前中とは違った場所に行った。一々千里眼で探してから転移するのも面倒だし、飛んでいくことにしたのだ。
だが、魔物が多くいる場所に飛んでいくところを見られてしまってはいけないので、しっかりと光学迷彩をして飛んだ。
本来は光学迷彩ではなく、鈴の能力の幻術を使って俺たちを見えなくしているんだ。こういう時に幻術って便利だよな~。
まぁその代わり、鈴は空を飛ぶことは出来ないということなので、俺が魔法で浮かせて飛んで行った。
それから俺たちは日が暮れるまで狩り続けた。なんだかインベントリの中が魔物で埋め尽くされそうだよ。結構な数を狩ったので、かなりいい経験にもなったしな。それに鈴と未桜ともこれまで以上に仲良くなれた気がした。
これから多くの魔物と対峙していくだろうから、予行練習になってよかったよ。今度は沙耶とかと一緒に戦ってみたいな。




