第百九十話 甘い人間
「あれ、スイッチが……」
女から奪ったはずのスイッチが手元にない。確かに奪い、俺の手元にあった感触もあった。
「残念、こっちだよ~」
俺が奪い取ったはずの爆破スイッチは、女性の手元に戻っていた。
そのスイッチを見せびらかすようにこちらに女性は嘲笑っていた。
「確かに奪ったはず……」
「魔法って素晴らしいわよね~?」
恐らくだが、幻覚やその類の魔法を使われたのだろう。
先程こちらに来る時から既に何か魔法を使っていることはわかっていた。
だが、まさかこのような事態になるとは思わなかった。魔法を発動して用途も対処できると慢心していたため、スイッチを奪い返されてしまった。
「何かしたら、こうなるのよ~」
「おい、よせ———」
時すでに遅し。
俺が魔法でもう一度奪おうとしたのだが、それよりスイッチを押す方が早かった。
「なんてことを……」
そのスイッチが本当に水族館を爆破したかなんて俺にはわからない。実際は爆破なんて全くのウソの可能性だってあるわけだ。
それに沙耶が行動を起こして、水族館内にいる人たちを避難をさせている可能性だってある。
「仕方ないわよね~、あなたがいうことを聞かないのだから」
だがどちらにしろ、俺を脅す者はもうなくなったわけだ。
今は都合のいいように考えて、逃げることだけを考えよう。
「あー、それとお前……」
男が女性に近づき、だが俺がその間に入る。
「何の真似だ?」
「一応逃がすっていう契約をしちまったんでね、こいつには手を出さないでくれないかね?」
「そいつは俺たちを裏切ったんだ、そこをどけ」
「断る!」
彼女はここで造られた存在だった。
だが俺の口車に乗っかり……もとい、自ら俺に味方してくれると言ってくれたのだ。
お互いに利用する関係だろうが、それでも契約してしまった以上守ることは必然である。
そのため一触即発の雰囲気を漂わせ、だがそれを破ったのは後ろにいる彼女だった。
「……私、外に行きたい……」
「……そうか、お前は俺たちを本当に裏切るんだな」
「言うことを聞いていた純粋なあなたは何処に行ってしまったのかしら?」
「自分の意思で動いて何が悪い。こいつは造られた存在かもしれないがな、あんたらの命令を聞く必要性は何一つとしてない」
勇気を振り絞って出した発言を、目の前の二人は嘲笑った。
俺はそれが少し腹が立ち、ぶっ飛ばすための魔法を発動しようとした。
「そう、本当に残念よ」
だが俺の魔法が発動する前に、後ろにいる彼女は倒れてしまった。
「こんなことをしなくてはいけないなんてね!」
「おい、いったいどうしたんだ?」
後ろで倒れた彼女を抱きかかえる。
彼女は呻き苦しんでおり、だがそれの原因がわからない。目の前の女性がしたことは明白だが、どんなことをしているのか皆目見当もつかない。
「あ~私も心が苦しいわね~」
「おい、こいつになにをした!?」
「何をしたのかは今は重要じゃないのよ~?」
「纐纈翔夜、お前がこちらの言う通りにするならば止める。従わなければ、そいつは死ぬ」
「この、下衆どもめ……!!!」
俺は今、魔法を無力化するための魔法を発動している。
しかしそれでも彼女が呻き苦しむ様子が改善されない。
ということは、今目の前で起こっていることが魔法によるものではないということだった。
「やっぱりどれほど力を持っていても子どもよね~」
俺はその言葉に怒り、そして同時に焦りを感じていた。
取り敢えず目の前の女性が何かしていることは明白であるため、魔法でぶっ飛ばそうと左手を突き出す。
だがそれは相手も承知のこと。
「あなたが魔法を放つが早いか、私がその子を殺す方が早いか、勝負しましょうか?」
「……チッ」
俺は直ぐにでも発動できる魔法を、躊躇いつつも解除した。
「言うことを聞いてくれる子は好きよっ」
「俺はお前が嫌いだがな」
「反抗期かしら?」
「くそったれ……」
「あぁそれと———」
そういって何処から取り出してのか、その手には首輪のようなものが握らていた。
「これを首につけて?」
「……俺にそんな趣味はないが?」
「これは魔法を使えなくする魔法具よ」
「豚箱にぶち込まれている奴らに使われているものより上質なものを用意した」
俺に見せてきたそれは、よくサスペンスものの作品で出てくるような、爆破機能を搭載していそうな太い金属でできた首輪だ。
それにとんでもなく気持ちの悪い魔力が感じられた。
「これをつけてくれれば、この子にもう手を出さないわよ?」
「口約束で俺が信じるとでも?」
「ほらほら、早くしないとこの子、本当に死んじゃうわよ?」
「……ほら、これでいいだろ!?」
俺は自らその首輪をつけた。
別に今日会ったばかりの奴のためにここまでする必要はないかもしれない。それに今すぐ転移魔法で逃げても良かっただろう。
だがしかし、それでは俺自身が公開するだろうことは目に見えている。
自己犠牲の精神なんて持ち合わせないほうがいいに決まっている。そんなものを持っているせいで俺はこんな気色の悪いものを身につけなければいけないんだからな。
「いい子いい子。じゃあ私たちについてきてくれるかしら?」
「ここで嫌だって断れないことをわかっていて質問してくるやつは、大抵性格悪い奴だと俺は思ってる……」
「今更だな」
「こっちよ~」
俺がここで逃げれば再び彼女に危害が及んでしまう。
俺は素直に従うことにしたが、いつでも逃げることができるよう好きを伺うことは忘れない。
その隙を伺いながら案内された部屋は、いたるところに何なのかわからない様々な機械が置かれた部屋だった。
「うわ~、ヤバさぷんぷん……」
そして部屋の中央には、いくつかの幾何学的模様の書かれた魔法陣があり、そのど真ん中に身体を固定できるイスが置いてある。
本当に俺は無事で逃げることができるのが本当に不安になってきてしまった。
「さぁ、これからがお楽しみよっ!」
両手を広げ、俺とは正反対にこの瞬間を楽しんでいるように嗤った。
「狂人めが……」