第百八十八話 脱獄は看守を丸め込むことから
二人が去った後、外套を深々と被った女性と二人に気になった。
女性は俺を見下ろす形で監視しており、俺は壁に背を預けて座っている。
魔法が使えれば直ぐにでも逃げるのだが、生憎そうもいかない。
どうにか逃げる算段をつけるために彼女に話しかけないとな。
「アンタはどうしてここにいるんだ?」
「……命令されたから……」
「……あー、質問を変える。何故この組織に所属しているんだ?」
「……私はここで造られたから……」
「造られた?」
コミュニケーションをとることで、相手がどのような人物なのか知り、そこからここについても聞き出していこう。
「……私は人造人間……主人の命令を遂行するために造られた存在……」
「人体実験の産物ってわけか……」
先程見た牢屋の中に、明らかにおかしな魔物がいた。
魔物自体おかしな存在ではあるのだが、まるで人為的に組み合わされたような見た目をした魔物が多数いたのだ。
そのため、彼女がそういう実験の末に出来たものなのだろうと理解した。
「アイツらの目的ってなんだ?」
回りくどく質問することは俺には難しく出来ないと考えたため、目的について直球で尋ねた。
だが俺のこの質問には、彼女は全くの無反応だった。
「この質問には反応すらしてくれないのか」
言えることと言えないことは分かれているのだろうか。
「じゃあ、ここはどこなんだ?」
「……海底……」
「そうじゃなくて、具体的に何処に近いかとか、国はどこかとか……」
俺がそう質問し直すも、それから彼女は口を閉ざしてしまった。
「こういう質問は答えてくれないのか……」
俺がここまで来る間に話していた内容以上のことは教えてくれないようだ。
だがそれが分かっただけでもいいだろう。
「そうだな、じゃあ好きな食べ物はあるか?」
「……それを知って何になる……」
「いや、暇だから雑談だよ」
ぶっちゃけ他に聞きたいことがないというわけではない。
ただ、先程の質問で答えてくれないということがわかった。
ならば適当に質問を投げかけてコミュニケーションを取っていったほうがいいだろう。
そこから抜け道が見える可能性もあるかもしれないしな。
「……いちご……」
「いちご美味しいよな。そういえばこの間、いちご狩りに行ったな」
「……いちご狩りって、何……?」
「……いちご狩りっていうのは、決められた時間内にいっぱい好きなだけいちごを摘んで食べる事……じゃないかな?」
「……どうして疑問形……?」
「いや、俺も自分の知識に自信がなくなってしまってな……」
以前行ったいちご狩りは、名前のとおり『いちご』という魔物を狩るものだったのだ。
この世界にとってどちらが本来のものかわからなくなってしまったため、疑問形で返してしまったのだ。
「取り敢えず、いちごが食べ放題なんだよ」
「……一度は行ってみたい……」
「行けないのか?」
「……命令が無ければ、動けない……」
「……そうか」
人造人間ということで、彼女は命令でのみ行動を許されているのだろう。
敵ながら少々同情してしまった。
「逆らわないのか?」
「……逆らっても、どうにもできない……」
先程の平坦な声色で語るが、その発言からは反抗の意思があると捉えることができる。
俺の拡大解釈かもしれないが、一つの可能性が見えてきたかもしれない。
「俺と協力してくれれば、ここから逃げられるぞ。転移魔法があるからな」
「……逃げても、捕まる……」
「ここを潰せば捕まらないぞ。俺だけじゃあ無理だろうけど、仲間たちがいるからな」
ぶっちゃけ、施設を破壊するだけならば俺一人だけで事足りる。
だが組織という存在を潰すためには母さんたちの力が必要になってくるだろう。
だからこの場所を突き止めて乗り込んできてもらわないと。
「……逃げたとして、私の居場所がない……」
「……俺の知り合いに、人間と魔物のハーフがいるんだ。だから、もしかしたらアンタもそこで保護してもらえるかもしれない」
「……理想論を語られても、困る……」
「いいや、俺が掛け合ってやるから大丈夫なはずだ」
彼女が悪人であるかどうかなどの話はこの際置いておく。
今目の前にあるチャンスを逃してしまえば、今後逃げられなくなってしまいかねない。
どうにか彼女をこちらサイドに引き入れて、ここを脱獄しなければ。
「……嘘を、ついている……?」
「嘘はついていない。全て本当だ」
勿論嘘を言って彼女を騙しているわけではない。逃げた際にはある程度口添えはするつもりだ。
彼女は俺の発言を聞いて考え込むような素振りを見せ、そして座っている俺に目線を合わせて再び問うてくる。
「……じゃあ、証明して……?」
「証明って言っても、どうすれば……」
証明する方法なんて俺には持ち合わせていない。
こういう場合は契約書でも書けばいいのかな。そんで判子の代わりに血判にすればいいのかな。
色々と考えていると、彼女は左手を突き出し答える。
「……契約魔法がある……」
「契約魔法?」
「……手、出して……」
「こうか?」
言われた通り手を出すと、二人の手を重ねるようにして魔法が発動するのが分かった。
恐らく俺も使えるだろうが、今彼女が発言している言葉がわからないため使えるかどうか怪しい。
ボソボソと何を言っているのか聞き取れないため、いったい何を行っているのか尋ねる。
「おい、なんて言っているん———っ痛ぇなおい!」
「……これで、契約完了……」
痛みが走った手の甲を見てみると、何やら魔法陣のような幾何学模様が刻まれていた。
「刺青みてぇだな……」
その紋様を触りつつ感想を述べていると、彼女はこの契約について話し始める。
「……私の身の安全を保証すること。その対価にあなたをここから逃がすこと。これが契約内容……」
「わかりやすくてありがたい」
「……この契約が守られない場合、激痛が伴う。最悪死ぬ……」
「おっと契約を反故にした時のペナルティがデカいな!」
「……嘘でないなら、問題ない……」
「確かにそうだけど……」
「……敵同士なら、これくらいしないといけない……」
「まぁ、そうか……」
信用は簡単に得られるものではない。
だからこその契約なのだろうが、もし契約が遂行されなかった場合の反動がデカすぎる。
あまり納得のいくものではないが、してしまったものは仕方がないため気にしないようにしよう。
どうせ発動しても魔法の発動をキャンセルすることができるだろうから、今は逃げることだけを考えよう。
「そんじゃあ取り敢えず、ここから出るか」
「……転移魔法……」
「おう、見えるところなら何処でも行けるぞ」
牢屋を壊して出てもよかったが、破壊してバレてしまう可能性があるため転移して出ることにした。
「さて、じゃあ一緒に———」
「あらあら、どうやって丸め込んだのかしら?」
「チッ、最悪のタイミングだな……」
俺たちが転移魔法で逃げようとしたその直前、通路の奥から聞きたくない声が聞こえてきた。
「俺たちがお前たちを信用している訳ないだろう」
「俺たちを油断させるために、ワザとか……」
悠々と歩いてくるその二人は、まるで俺たちが共同して逃げることがわかっていたかのような口ぶりだった。
「監視カメラに盗聴器、発信器だって使っているのよ~?」
「気づかなかったな……」
考えられたことだ。
俺は常に逃げようとしていたわけだし、彼女も何も縛りなく命令に従っている様子だった。
「逃げる悪い子には、お仕置きが必要ね~」
そういって目の前まで来た女性は赤黒い球を取り出した。