第百八十二話 水族館デート
お待たせいたしました。
『転生して神の使徒になりました』をよろしくお願いいたします。
潜入先だと言われて、俺はとある海岸の場所を千里眼で見るように言われた。
それは、転移魔法でそこに移動してほしいということだろう。
俺の魔法について限られた人間しか知らないとのことだったが、母さんの部下の方は知っているのか。
「付きましたけど、何処に行くんですか?」
ついて早々、俺は向かう先はどこか尋ねた。
まさか海の中ということはないだろうが。
俺の問いに、宇賀神さんは海岸近くの建物を指さした。
「あの施設が今回、私たちが赴く場所だ」
「えっ、あそこって……」
宇賀神さんが指さした建物は、入り口に海の生き物の絵柄が描かれている、如何にもな建物だった。
「水族館、だよね?」
「あぁ、水族館だ」
「もしかして俺たち観光に来てます?」
潜入といっていたので、どこかの積み荷に紛れ込んでとか、怪しい建物内に入りこんでとか、そういうことを想像していた。
それがなんだろうか、老若男女問わず多くの人がいる、とても活気あふれる水族館である。
「いや、来る場所は間違っていないぞ。観光ではなく潜入だ」
どんな危険な所に行くのかと思えば、みんないったことのある水族館である。
どおりで、先程危険性はあまりないと言っていたわけだ。
「因みに私は水族館は好きだ」
「その情報いります?」
「水族館が好きということは、潜入しているということがバレにくい行動ができるからな」
「……あの、質問いいですか?」
「なんだ?」
沙耶はおずおずといった様子で手を上げ、質問を投げかける。
「もしかして私たち、飼育員ではなく客として行くんですか?」
「そうだが?」
「観光じゃん……。観光じゃん!」
「ど、どうしたの翔夜……?」
潜入と言っていたのに、思っていたものと違うと感じ落胆した。
だが考えてみれば、これは実習中に正当な理由を持って沙耶とデートが出来るのだ。
「いや、デート出来るなと思ってな!」
「もうっ、実習で来ているんだからね?」
実習で来ているとわかっていても、
だが、沙耶は「でも……」と続ける。
「ちょっとくらいはいいと思う、よ……?」
「うむ、やはりカップルの二人を連れてきて正解だったな」
宇賀神さんは流石だと言わんばかりに、ニヤニヤではなく感心したようにこちらを眺める。
恥ずかしく話を変えようとしたとき、ついてきてずっと無口だった未桜が俺の裾を引っ張る。
「あるじ、眠くなってきた……」
目をこすり、今にも眠りそうな状態で俺に訴えかけてくる。
ご飯を食べて眠くなってしまったのだろう。
「態々来てくれてありがとな。また呼んだら来てくれるか?」
「うん……」
「では主様、私たちはここでお暇させていただきます」
「では私もこの辺りで!」
「おう、三人ともまたな」
俺たちについてきてくれていたが、ここで限界が来てしまったのだろう。
そして鈴も茅も、俺たちのやり取りを邪魔しないよう大人しくしていたようだった。
気を使わせてしまって申し訳なくなるな。あとで埋め合わせをしよう。
「さぁ行こうか」
俺たち三人は入り口に向かった。
入館のための料金は宇賀神さんが払ってくれた。俺たち二人分だけ。
「ここの水族館の年パス持ってるんだ……」
「本当に好きだったんだね……」
俺たちはチケットで入ったが、宇賀神さんは年パスで入館した。
本当に好きなんだな。
「そういえば、ここに来た一番の目的ってなんですか」
入って早々に、俺は気になっていたことを尋ねる。
「この水族館は、三つ首の者たちと関わりがある者が取引によく使っているらしいんだ」
「俺が捕まえた奴の情報ですか?」
「そうだ」
俺お手柄じゃん。すんごい有益な情報を手に入れたんじゃないのか。
なのにみんな酷い対応していたのはおかしいだろ。
家帰ったら俺の欲しいものリスト作ろう。そんでさり気なく両親の目に入るようにしよう。そんで買ってもらおう。それくらいは許してくれるはずだ。
「じゃ、私は水族館を楽しゲフンゲフン、必要な情報収集を行うから、二人はデートを楽しんできなさい」
「あの———」
「今日最後のイルカショーが始まる時間になったら、またここに来るように」
色々といいたいことは山ほどあったが、有無を言わせず宇賀神さんは捨て台詞のように言いたい事を言ってどこかに行ってしまった。
「……取り敢えず、歩こうか」
「そうだな……」
どうしたものかと茫然としてしまったが、取り敢えずは歩いて水族館を回ることとした。
「そういえば記憶喪失になってから来るの初めてだな」
水族館は前世に友人といったのが最後になる。
野郎だけでなんだよと思っていたが、行ってみれば意外と楽しかったのを覚えている。
記憶をなくす前は沙耶とも来ていたということは考えられるが、何せ高校入学前の記憶が殆どないんだもんなぁ。
「翔夜……」
「なんだ?」
「実習中だけど、思い出を作っていこうねっ」
今は実習中、つまりは場所は変わっても勉強する姿勢を忘れてはならない。
それでも真面目な沙耶が思い出を作ろうと言ってくれたのは、俺に配慮してのことだろう。
その気持ちに俺は胸が熱くなる思いだった。
「あぁ、二人の思い出をな!」
「うんっ」
俺はとてもいい女性を彼女にしたようだ。
「……どうして顔を隠してるの?」
「その、恥ずかしい事を言ったなと……」
沙耶を彼女にできたことを嬉しく思うことはさておき、普通に恥ずかしいセリフを行ってしまったと思い、俺は両手で顔を覆う。
「私ももう少し、人前でも素直になれるように頑張るねっ」
「……おうっ」
周りの視線が痛いっすね。
でももう慣れたよ。これがカップルの宿命ってやつなんだな。知らんけど。
そんな調子で俺たちは水族館を進んでいく。
「おぉ、すげぇ……」
「そんな珍しい?」
「珍しいっていうか、存在自体は知っていたけど……」
俺たちの視線の先には、光に照らされて虹色に輝く鮫がいた。
実際にこの目で見ると、圧巻の一言だった。
「写真で見るのと実際に見るのとでは違うなぁ……」
魔力の影響とは言われているが、実際に何故そのような状態になったかという理由については解明できていないそうな。
「獰猛なんだって」
「ホントだ、説明書に獰猛ってデカく書いてあるじゃん」
この目の前にいる鮫だけではない。他にも前世で見たもの以外に不可思議な生き物が多数飼育されていた。
これは思っていた以上に楽しめそうだった。俺、ワクワクすっぞ。
「なんだか、楽しそうだね」
「そんな母親が息子を見るような目で見るなよ……」
誰だって感動を覚えたら食い入るように見るだろ。
しかも今まで見たことのない、俺からしたら魔法や魔物と同じような幻想上の類と同じなのだ。
そんな俺に沙耶は優しく微笑み、そしてクスッと笑う。
「だって、水族館で目を輝かせているんだもん、こっちまで楽しい気持ちになるよっ」
なんだろうか。この胸から湧き上がる、言葉に言い表すことが出来ない感情は。
「そうか……」
その一言を言うだけで精一杯だった。
あぁ、これが幸せなんだな。
先程受けたひどい仕打ちが帳消しになるくらい、俺にとってはこの水族館デートはとても有意義なものだった。
愛されるって、こんなにも幸せなことなんだな。
俺たちは潜入でここにきているということを忘れそうなくらい、普通に水族館を楽しんだ。
「おー、クラゲが星の形してるぞ」
「ヒトデに擬態してるって言われてるらしいよ?」
「ヒトデって……全然擬態出来てねぇじゃん」
「翔夜、となり……」
「なんだ……って、透明なヒトデいるのかよっ。ちゃんと擬態できてるじゃん」
「でも、同じ地域にいないらしいよ?」
「はぁ? 生き物ってわけわからない進化するよなぁ」
一つ一つ海の生き物を見て回り、二人の時間を存分に過ごしている。
思っていた以上に、俺たちは水族館を満喫していた。
だが楽しんでいると、ふと強い匂いが漂っていることに気が付いた。
「どうしたの翔夜?」
「いや、さっき微かに香水の匂いが……」
俺が三つ首の男と対峙したとき、人質にされていた女性の、強い香水の匂いだ。
「女の人……?」
「そんな怖い表情すんなって。例え峰〇二子のような女性が現れても見向きもしないから」
「ならいいけど……」
「俺が好きなのは沙耶だけだから、安心しろって」
「もう……」
ここはあまり人気がなく、疎らにしか人はいなかった。
つまり、人目をそれほど気にしなくてもいい場所だった。
そんな場所にいれば、例え初心なカップルでも多少は大胆に慣れるという話を聞いたことがある。
「手、つなごっか……?」
そういえば、今までちゃんと恋人つなぎをしたことなかったなと、そんなことを思いつつ返答する。
「お、おう……」
ぎこちなくなってしまったが、俺たちは手をつなぎ、再び水族館を回る。
その握られた手は、とても温かく柔らかかった。