第十八話 口は禍の門
「なんでこうなったのだろうか」
俺は今、午後の授業も何とか乗り越えて帰路についているのだが、帰っているメンツがおかしい。いや、別にメンツがおかしいのではなく、問題なのはなぜ一緒に帰っているかだ。
「僕が翔夜と一緒に帰りたいと思ったから」
「違う、そういうことじゃない。何でお前が俺の家へと向かっているのかだ」
そうなのだ、結奈は俺の家までついてくると言って一緒に帰っているのだ。なんで俺の家までついてくるんだか?
今まで俺は女を家に上げたことはないんだよ、沙耶以外。だからなんか不安というか、部屋を見られたくないというか……。
「ご両親に挨拶しておこうと思って」
「何の挨拶だ何の!」
私たち結婚しますってか!?それか若しくは私たち神の使徒なんですってか!?どっちもしないがな!
「というか、なんで四人で向かっているんだ?」
本当は転移して早々に帰りたかったのだが、沙耶に引き留められてしまって、仕方なく徒歩で変えることにしたのだ。
いや、沙耶と帰るのは全然嬉しいし、寧ろこっちからお願いしたいくらいだ。だがそれは、二人きりの時が望ましいんだ。
「僕も翔夜がどこに住んでいるとか気になったからついでに」
「私だって翔夜と帰りたいんだもん。昨日は初めてできた友達と帰ったから翔夜と帰れなかったんだもん」
怜も俺の家がどこにあるのか気になっていたようだ。神の使徒が集まるときは俺の家になりそうだな……。あと沙耶よ、忘れていたがそのせいで俺は帰れないかと思ったんだからな?友達出来て良かったねおめでとう!
あと、なんだろう。ここに核兵器が固まって歩いているような気分になる。実際は核兵器よりも危険なんだがな……。
「あと、さっきはごめんね、結奈ちゃん。翔夜が怖がらせちゃって」
「別に気にしてないよ。翔夜が怖いのが悪い」
「俺は悪くないよな?」
昼に考えていた俺の首を絞めていた理由は、俺の顔が怖くてびっくりして首を絞めてしまったということにした。そして屋上へ一緒に行った理由は、その件で謝ったということにした。
少々苦しい言い訳かと思ったが、これが一番無難だと思ったからこれで行くことにした。結果は思った以上に信じてくれて、一安心した。
だが沙耶よ、そんな俺が怖いのは当たり前みたいなことを平然と言われると傷つくよ……。
「えっと、初対面の印象が悪くなっちゃったけど、これからよろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
仲良くなった二人は、俺たちをほっといて話しているので、俺は怜と話すことにした。
「それにしても、織戸さんがもうひとりの神の使徒だったなんてねー」
帰るまえに、怜には結奈がもう一人の神の使徒だということは言っておいた。教えたときは、デジャヴかというくらいに俺と同じくらい驚いていたのは面白かったな。
そのせいでまた注目を集めてしまったのは結構恥ずかしかった。俺もあの時は混乱していたが、あんな状態だったのだろうな……。
「あんまり沙耶のいるところで言うなよ?」
結奈も神の使徒だということを誰にも言っていなかったので、俺たちの中で自分たちが神の使徒だということはお互いに黙っておくと決めた。それと、後で常識の範疇の魔法を三人で話し合うこととなった。
といっても、俺は教えてもらうだけで、何か意見を出せるとは思えなかったのだがな!
学生の内から悪目立ちしていると、いろんな変な輩に絡まれかねない。いやまぁ、俺らをどうにかできるなんて思っていないけどさ、用心する分にはいいかと思う。
それに、俺たちの相手をするなら、神様を持ってこないとできないからな!
「わかっているよ。だから声を絞って話しているんだよ」
確かに怜は声を小さくして話していた。なので俺も声を絞って話すことにした。これなら聞かれることもないだろう。
「そういう翔夜も気を付けてよ?」
「わかってるって、人前では神の使徒だとかあのクソ女神の話はしないよ」
そんな話をして、もしも聞かれたらシャレにならないからな。
「ちょっとあなた、今神様を冒涜しませんでしたか?」
「……え?」
前方のほうから勢いよく走ってきた女性にそう聞かれた。
……やばい、聞かれた!?うっそだろ!?走ってくる前は、あの人と俺の距離は十メートル以上も離れていたんだぞ!?一応小声で話していたのになんで聞こえたんだ!?地獄耳かよ!
「あ、いや、聞き違いじゃないですか?」
ここは誤魔化そう!なんかこの人やばそうだから今すぐに離れたかった。
「いいえ!私はこの耳でしかと聞きました!あなたはアポストロ教である私の前で神を冒涜しました!これは万死に値します!」
しかもあのイカれている集団のアポストロ教だったぁぁぁぁぁぁぁぁ!
やばいぞこれは!どうしようどうしよう!?気を付けようと言ったばかりじゃないか!なんでそう言った俺が聞かれているんだよ!
しかも今、万死に値するって言ったよ!?俺はまだ死にたくないよ!こうなったら、出来るところまで誤魔化そう!
「距離も離れていたようですし、人違いの可能性もありますよ?」
「そんなはずはありません!あなたは確かに『あのクソ女神』と発言しました!」
「変なのに絡まれちゃったね……」
「あほ」
沙耶と結奈が俺たちの近くまでやってきた。結奈よ、来て早々俺のことを馬鹿にするんじゃない。
「『洗脳』」
結奈がそう呟いた途端に、目の前のアポストロ教の女性が静かになった。いや、静かになったというよりは、目が虚ろでまるで死んでいるかのような状態だった。
「は?」
俺は何が起こったかわかってしまったから、間抜けな声を出してしまった。いや洗脳とか怖すぎるだろ!なに危ない魔法をこんな公の場で使っているんだよ!
「今のうちに早く行こう」
一応ここから離れることにした。周りの人からは変な目で見られていただろうが、仕方がない。
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「ねぇ結奈ちゃん、さっき不吉な単語が聞こえたんだけど?」
先程のところから少し離れたところで、結奈が言っていた洗脳という言葉について沙耶が聞いてきた。やっぱり普通の一般人が聞いても不吉なものだと思っているんだから、使っちゃいけないんじゃないのか?
「あんまり使える人は限られているんだけど、洗脳魔法を使ったんだよ」
「え、洗脳魔法を使えるなんてすごいね……。でもあれって許可なく使っちゃいけないんじゃなかったっけ?」
何でもないように結奈は言ったが、やっぱ使っちゃいけないものだった……。もう少し考えればもっと他にも選択肢があったんじゃないのか?
「あれは仕方がなかった。直ぐにその場を離れて、尚且つあの人が追ってこない方法があれしか思いつかなかったんだ」
「……まぁ、そうだな。確かにどこかの邪神も言っていたな。バレなきゃ犯罪じゃないんですよってな!」
そうだな、まぁ最善を尽くしたということで気にしないようにしておこう。もうあの事は忘れて帰ろう!
「翔夜は反省するべき」
「はい、すみません……」
忘れようとしていたが、やっぱり俺が悪いんだよな……。気を付けて話していたとはいえ、聞かれてしまったことに変わりはないんだから。これからは人前で話すことがないようにしないとな。
「そもそもなんで翔夜は神様を冒涜したの?」
沙耶が不思議そうに聞いてきたのだが、俺たちは神の使徒だということは内緒にしているから、なんて言い訳しよう?
「いや、そのー、あれだ!俺の顔がイケメンじゃなかったから神を呪ったんだ」
……なんだろう、嘘もつかずに結構いい感じの言い訳をしたつもりなのに、涙が出てきそうだよ……。
「あー、そっか。でも、翔夜はそのままでもかっこいいよ……」
「……お、おう……」
いきなり褒められて、どう返していいかわからない。なんだなんだ、俺はどうしたらいいんだ!?ここは沙耶も可愛いよとか返したほうがいいのか!?いやいや、そんな気障なセリフ俺が言えるわけがない!どうしよう、どうしよう!
「お熱いね~。火傷しちゃうよ~」
「ち、ちがう!そういう意味で言ったんじゃないの!」
なんて返したらいいか俺が悩んでいると、結奈がからかってきた。どうしたらいいか悩んでいたから、この時だけはからかってくれてありがとうと言いたい!でも、あんまりからかうのは了承しないぞ!
「え~何が違うの~……いたっ」
「おい、あんまりいじめんな」
後頭部目がけて軽くチョップをしてやった。この力加減では常人からしたら結構痛いんだろうが、神の使徒だということで普通よりも少し強くしてある。
それから俺たちはからかい、からかわれながらも、楽しく?俺の家へと向かった。今日はいったい何があったとか忘れそうなくらいには賑やかに帰った。
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「くそっ、なんで僕がこんな目に合わなければいけないんだ……!」
僕は夕暮れ時にオフィス街が立ち並ぶところに来ていた。今日はすぐに家へと帰らずに遠回りをして帰っていた。
模擬戦でカッとなってあの魔法を使ってしまったものだから、謹慎処分になってしまったのだ。そのことはもう家に連絡がいってしまっているので、帰ったらこっぴどく怒られてしまうだろう。
入学して二日目にして謹慎処分など、自分でも笑えてきてしまう。
それもこれも、あの男のせいだ!あの男さえいなければ、僕は華々しく高校デビューが出来て、尚且つあの魔力量がとても多かった女の子とも付き合うことが出来ただろうに!
「くそ……」
そう力なく唸っていると、前から黒い外套を羽織ってやってくる人物がいた。しかもフードを被っており、明らかに不審な人物だった。その人物は僕の前まで来て、立ち止まった。
「……おい、誰だお前は?ぼくになんか用でもあるのか?」
「君は模擬戦で戦った相手、纐纈翔夜のことが憎いかい?」
僕が聞いたことのある声で聞いてきた。なぜこいつがこのようなことを聞いてくるのか疑問には思うが、それでも答えることは決まっている。
「……あぁ、憎いね!」
「なら、僕の話に乗る気はないかい?」
外套の人物は不気味な笑みを浮かべた。怪しいと普段なら思って断るだろうが、結構あの男に対して憎悪があるため、一応話を聞くことにした。