第百七十九話 臭いとり
俺は今、風呂に入っている。
本日二度目の風呂だ。
「くそったれ……」
魔物を倒してから、昼食を食べる時間が過ぎていた。
全員空腹になっているため、母さんが昼食を用意してくれた。
だが俺だけが昼食を食べずに
「翔夜、早く食べましょ」
「風呂で食べろと!?」
「さっさと洗って食べましょうって言っているのよ」
「今言ったら皆さん気分が悪くなりますが!?」
俺が何故風呂に入っているか。
魔物を倒したくらいで汗だくになったわけではない。
件のカメレオンの魔物の体液を、頭から思い切り浴びてしまったのだ。
「大丈夫よ、少し臭いくらいなんともないわ」
「そうか? じゃあ———」
母さんは気にしないといってくれた。
確かにここに帰ってきたときよりかは臭くなくなった。
もう大丈夫かなと思い、風呂場から出ようとした。
「あちょっと待ってもう少し入ってて」
「ちくしょー!!!」
まだ臭かったようだった。
脱衣所に出ることも叶わないのは悲しいな。
「あるじー、おかしたべたいー」
「ちょっと待っててくれな! 俺今臭いから!」
「あるじはくさくないよー?」
「おいおいシャンプーが目に入っちまったよ! 涙が出てくるわ!」
まさかそんな言葉を未桜から貰うとは思っていなかった。
シャンプーのせいだが、俺は前が見えなくなっちまったよ。
「私と一緒にお菓子を食べて翔夜を待ちましょう」
「未桜、母さんと一緒に先に食べていてくれ」
「……うん、わかった」
母さんは未桜を連れて脱衣所を後にした。
流石に臭くないと言われても、臭いことは事実であるため未桜には離れていてほしかったから、母さんには感謝しかない。
「臭い落ちろよくそったれ……」
「主様、少々よろしいですか?」
「なんだ?」
体中を思い切り洗っている俺に、脱衣所から今度は鈴が話しかけてくる。
「茅を呼んできましょうか?」
「……どうして茅なんだ?」
妹の、結衣の使い魔になった鈴の友人だ。
茅は結衣にずっとついているからあまり会うことはなかったが、何故今茅の名前が出たのだろうか?
「確か茅が臭い消しの能力を持っていたような……」
「待って、臭い消しの魔法ってあるの?」
「魔法と言いますか、特殊な能力といいますか……」
鈴が言うには、茅には魔法とは違った能力があり、それによって消臭を行うことができると。
「くっそ消臭の魔法なんてなかった。茅に頼むしかないか……」
俺は思い浮かんだ魔法を使うことができる。
だが逆に言えば思い浮かばなければ使うことができない。
消臭の魔法について思い浮かべようとしても。俺は思い浮かべられなかった。
「呼んでみましょう」
「どうやって……?」
呼ぶといっても、茅は結衣の使い魔である。
主でない鈴がどうやって呼ぶというのだろうか。
「茅」
「はーい、呼ばれてきましたよ!」
「……なんで?」
茅は鈴の使い魔ではない。当然俺が契約した使い魔でもない。
「結衣さん、今お勉強中なんですよ! 暇ですので鈴から呼ばれてやってきました!」
「理由になってないが……」
俺の使い魔ではないのに、どうして俺の下に召喚されたのか聞いているのだ。
「主様、我々使い魔は本来何処にでも行くことが可能です。そこに自分のことを知っている者が呼ぶことと、それに応じることが召喚の条件になります」
「つまり、鈴が呼んで、茅がそれに応じたと……」
「はい! 暇だった私には好都合でした!」
「なるほどなぁ」
使い魔が召喚される理由について知らなかったが、そういった要因があったのか。
一つ勉強になった。
「……ってそうじゃない! 茅、俺のこの臭いにおいを取ってくれ!」
俺は勢いよく扉をあけ、茅に頼み込む。
この臭いを取ってくれる存在に扉越しに話しかけるのは申し訳ないのと、今すぐにでも取ってほしかったため、俺は自分の格好について考えていなかった。
「……あ、あの、主様……その、前を、その……」
「ご立派ですね!」
「…………すまん」
俺は一度扉を閉め、腰にタオルを巻き、再度扉を開けた。
「さっきのは見なかったことにしてくれ」
「しょ、承知致しました……」
「わかりました! というか、確かにちょっと臭いますね!」
「茅、そんな嬉しそうにいうことじゃないですよ」
俺たちは先程のことはなかったことにして話を進める。
「では、取りますね~!」
そう言って茅は俺の腕に触れた。
「終わりました!」
数秒腕に触れただけで、茅は臭いをとったようだった。
「……マジ? 今ので取れたのか?」
「はい、取れました!」
「いつもの主様のにおいですね」
俺はガッツポーズをして、喜びをあらわにした。
まさか本当に、直ぐに臭いを消すことができるとは思っていなかった。
茅様様である。
「ありがとな!」
「いえいえ! 何かお困りのことがありましたら何なりと!」
「おう!」
「あ、この力については他言無用でお願いします!」
「……そうか、わかった」
魔法ではなく何らかの能力を持っている茅は、その力を俺に対して躊躇うことなく使ってくれた。
恐らくバレてはいけないようなことなのだろう。それを惜しげもなく使ってくれるというのは嬉しいものだな。
「じゃあ、みんなで昼食を食おうぜ! 茅もな!」
「やった、ご馳走になります!」
「こら茅、そんなはしゃがないのっ」
遅れてすみません!