第百七十六話 人助け
「えっと、どなたですか?」
声をかけてきた男を不審に思いつつ、聞き返した。
魔物を倒した俺に声をかけてくるなんて普通はしないだろう。みんな逃げている中残っているのもおかしいしな。
「これを見せればわかるか?」
そう言うと、男は自身の袖をまくって腕を見せつけてきた。
「それって……!」
見せてきた腕にあったのは、三つ首の刺青だった。
先程母さんたちと見た写真に写っていたモノと同じものだ。
「おっと、別に何かしようってわけじゃねぇんだ。俺だって忙しいしな~」
「忙しそうには見えないがな」
「おっ、ひでぇ。こう見えても俺は忙しいんだぜ?」
飄々とした態度で両手を挙げ、まるでこちらをからかっているような行動をする。
俺も目の前の男の一挙手一投足に注視し、そして周りの人たちに危害が及ばぬよう考える。
「例えば、街中に魔物を召喚したりな」
「やっぱり、お前たちがやったのか」
「お前たちって言うか、俺一人で召喚したけどな」
「お前が……」
魔物が現れたのは人為的だと言っていた。それが目の前の男は自らがやったと言った。
「取り敢えず、捕まえるか」
「おいおい、物騒だぞ?」
自供した相手をみすみす逃がすわけがない。
ここで捕まえなければ沙耶とのデートが邪魔されかねないからな。
「止まらないと、どうなるかわかるよな?」
「……それは?」
「おいおい、魔法師だろ? これを知らないのか?」
男がポケットから取り出したのは、ピンポン玉サイズの黒い球だった。
「んなもん、奪っちまえば意味ないだろう!」
「なっ!?」
俺は相手が動くよりも早く風魔法で奪い取った。
「これは、あとで父さんに渡しとこう」
これがいったいどういう物かはわからない。
けれども、何故か嫌な魔力が感じられるため、早々にインベントリへと入れた。
「俺が対処できないなんてなぁ」
「俺だって日々成長してるんだよ!」
「でも、お前みたいな魔法師がいれば覚えてるはずなんだけどなぁ」
「こんな顔で悪かったな!」
「いや、俺は魔法の方を言ったんだが……」
俺は学生であるから魔法師として知らないのは当たり前だ。
そもそもこんな強面の魔法師がいたら印象的で覚えているだろうからな。
あれ、涙が……。
「兎も角、お前みたいない危ない奴を逃すことはできないな」
「チッ!」
強面のことはさておき、目の前の男は危険であると判断したため、気を引き締めて捕まえることにした。
だが男は何を考えたか、目の前を通りかかった女性に刃物を突きつける。
「おい、動いたらどうなるかわかってんだろうな!?」
「きゃっ……!」
「なんてベタな展開!」
逃がすことのないよう一挙手一投足に目をやっていたが、まさか女性が通りかかるなんて思わなかった。
というか、女性の接近に気が付かなかったのは迂闊だった。
「おいやめろって、そういうことやって逃げ切ったやつ知らないから!」
「うるせぇ、ここには俺たちしかいねぇだろ!」
「くそっ、魔物が出たせいでほとんど人がいねぇ!」
一般人を危険にさらしてしまって、これでは後で母さんに怒られてしまう。
それだけは避けなければいけない。
「ほら、大人しく見逃せよ!」
バレないように魔法を発動させようか。
「おいおい、バレないと思ってるんじゃあないだろうな?」
「はて、なんのことやら?」
「魔法を使おうと視点のバレバレだっての」
これ以上刺激するのはまずいと考えて、俺は素直に両手を上げて何もしていないとアピールする。
「魔力量が多いって大変だなぁ!」
「あぁ、ホントにな……」
まさか魔力が多いことが仇になるとは思わなかった。
魔物を召喚していたし、そんじょそこらの人間ではないのだろうな。
俺だって未だにあまりわからない、魔力の動きを見ることができるわけだし。
「ほら、そのまま回れ右して帰れ」
「まぁ俺にできることはないしな……」
そう言って俺は回れ右をした。
だが帰るなんて一言も言っていない。
「鈴、未桜!」
「はい!」
「きたよー」
俺は使い魔二人を召喚した。