第百七十二話 女の敵
街中で魔物が出たという通報があったそうだ。
よくあること、というわけではないが、別段珍しいことというわけでもない。
だが今回は急を要するということで母さんたちへと任務が来たそうだ。
実習初日ではあったが、俺たちはその任務にあたるため街中へとやってきた。
「りきちゃん、敵は魔物だよね?」
「剛力です。敵は魔物です。あと出た場所は街中のど真ん中だそうです」
「わかったわ」
母さんは確認のために剛力さんに尋ねた。
しかし俺はその母さんの問いかけに疑問が残り、気になったため尋ねた。
「なぁ母さん、質問があるんだけど?」
「なに?」
「敵が魔物って聞いていたけど、他にもいるの?」
「そうね、敵が人間とかよくあるわよ」
「よくあるんだ……」
想像していなかったわけではないが、いざ言われると思うところがある。
「そういうのは警察の人の仕事だと思ってました」
「確かにそうなんだけど、最速で終わらせるために私たちのところに仕事が回ってくるのよ~」
「……流石に学生にやらせないよな?」
「やらせないわよ~」
人を相手にしたことがないわけじゃないけど、俺だって人を相手にするのは躊躇してしまう。
それでも沙耶が絡めば否応なしに手を出すかもしれないがな。
しかし母さんは、「でも」と続ける。
「自ら手を出すことに口は出さないから」
「人間相手は何もしないよ!?」
「沙耶ちゃんが危険にさらされ———」
「それはちょっと話が違うじゃん」
何度も言うが、俺は沙耶に危険が及ぶようなことがあれば迷わず手を出す。
「そもそも、俺が沙耶と一緒にいる限り危険な目に合わせないがな!」
「翔夜、恥ずかしい……」
「あっ……」
思ったことを口に出したが、沙耶に聞かれて思わず恥ずかしくなる。
「はいはい、そういうのは口元のアイスクリーム取ってから言ってね」
「ねぇなんでそういうこと言ってくれないの? 言わないことが優しさなの?」
「あっ、いました、あれです」
俺がアイスクリームをとっていると、剛力さんがビルの壁を指さした。
そこには、人間を丸のみできそうなほどの大きさをした茶褐色のカメレオンがいた。
「あれねぇ……」
「あれかぁ……」
「うわっ……」
全員嫌そうな表情を浮かべていた。
いったい何が何が嫌なのだろうか。
「なぁなぁ、みんなしてなんでそんな嫌そうな反応しているんだ?」
「……翔夜、ちょっと勉強不足じゃない?」
「母さん、半年くらい前まで記憶喪失だった奴にそんなこと言わないでほしい」
そもそも知識がないことは置いておいて、あれはいったい何なのだろうか。
「あの魔物はね、女性の敵なのよ」
「女性の敵?」
「そうなの!」
俺が聞き返すと、母さんは食い気味に言ってくる。
「姿は透明になるし、下を伸ばして捕食するし、臭いし、唾液でべとべとだし、臭いし、しかも狙うのは女性ばかりだし!」
「お、おう……」
「そしてなにより、狩るときに臭い体液をまき散らすの!」
「それは普通に男でも嫌だ」
色々と生理的に受け付けないことは理解した。
そしてかなり臭いがきついのだろうということも理解した。
見た目がカメレオンだが、擬態することと舌を伸ばすこと以外別の生き物なのだろうな。流石は魔物といったところだろうか。
しかし、何故あんな目立つ場所で冬目にならないのだろう。
「あいつ透明になれるのに、姿さらしたまま」
「女性を品定めしているんだと思う」
「最低かよ」
品定めしている間は集中しているから透明になれないのだろうか。
最低なうえに馬鹿じゃん。
「でも、一般市民は避難させたから、女性はここに二人しかいないけどな」
「あぁ、だからさっきからこっち見てるのか」
「あれ、なんか、私を見てるような……」
「ほう? 無残にぶち殺してやろうか?」
確かに先程からこちらを見ているなと思っていたが、沙耶を品定めしていたようだった。
流石にそれは気持ち悪くムカついたため、俺は透明になる前に行動に移す。
「沙耶を狙うやつは瞬殺してやろうじゃあないか!」
即座に転移魔法でその魔物の背後へと回り、頭部に拳を叩き込む。
できるだけ建物への被害を少なくするために、道路のど真ん中を狙って殴り飛ばした。
体液をまき散らしながら吹き飛んで行ったが、臭いということは事前に聞いていたため当たらないよう配慮した。
沙耶に臭いとか言われたら辛いから。
「翔夜、ありがと……」
「えっ、あれ……なんでみんな俺から距離をとってるの?」
沙耶から礼を言われたが、何故か距離をとり微妙な顔をしていた。
まるで苦虫を噛み潰したような表情に、俺は困惑するしかなかった。
「その、言い忘れてたんだけど、その魔物は触れるだけでも強烈な臭いを放つのよ……」
「えっ、それって……」
「つまり翔夜、殴ったその手は今すごく臭いんだ」
「……くっそ魔物めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
恨みを晴らすかのように、俺はもう絶命している魔物を怒りの炎で燃やした。街中で火柱が上がってしまったが知ったことではない。
沙耶に微妙な顔をされながらありがとうなんて言われたくなかったよ。
そんな悲壮感むき出しの俺に、残酷な知らせがあった。
「あの翔夜君、残念な知らせがあるんだけど……」
その知らせを持ってきたのは剛力さんだった。
「こいつ、まだいるんだ」
「……俺は学生なので、帰ってもいいですか?」
遠距離攻撃をしなかった俺のせいかもしれないが、俺はすぐにシャワーを浴びたかった。少なくとも石鹸とか使って臭いを落としたかった。
水魔法で手を洗っているのだが、今かなり臭いがきついのだ。カメムシかよ、マジで悲しくなってくる。
そんな思いもあり、そそくさと帰ろうかと踵を返した。
「それだと、沙耶ちゃんが被害を被っちゃうけど?」
「ん~ちょっと頑張っちゃおうかな~!」
母さんは俺をやる気にさせる方法を心得ているようだ。
沙耶があんな臭い目にあうのは俺が許さない。
「因みに、目に見えている奴らだけだよね?」
「いや、隠れる奴もいるからね?」
確かに目に見えなくとも気配を感じ取れるため、かなりの数がいることが分かった。
そんな多くいるならば、やることは一つしかないと考えた。
「ここで大爆発って……」
「ダメよ?」
「デスヨネー」