第百七十一話 与太話
「えっ、息子!?」
「どうも、息子の翔夜です」
剛力さんと呼ばれた方は、俺の頭のてっぺんから足のつま先までまじまじと見つめたあと、そして最後に顔を凝視してきた。
いや言いたいことはわかる。こんな顔だもん、全然似てねぇよな。
「そっか、息子……」
「こんなんでも息子なんです……」
「……そっかぁ。いや、疑っているわけじゃないんだけど、実際に見るのと聞くのじゃあ全然違うからさ」
「いや大丈夫です、俺も思いますもん」
成人したばかりかと思うような美男美女の両親である。
そんな二人からこんな反社会的勢力に所属しているような強面が生まれたんだぜ?
これ、世界のバグだろ。
お互いに気まずい雰囲気で挨拶を交わし、だがそんなことお構いなしに母さんが割り込んでくる。
「私の息子、可愛いでしょ?」
「いやどこが!?」
自分の子供が可愛く見えるのは一般的によく聞くし、母さんならば理解できなくもない。
だがしかし、よく俺の顔を見てほしい。関わりたいと思うような容姿ではないだろう。
少なくとも可愛いは間違っている。
あと欲を言えばカッコいいと言ってほしかった。
「ずっとこう聞かされてきたんだよ……」
「なるほど……」
確かに、ずっと可愛いと言われてきて、実際がこれだったら驚愕するわな。
可愛いとは正反対の位置にいるような奴なのだから。
「それで、こっちが娘!」
「「えっ!?」」
「……まぁそちらの方が似てますかね」
「いや何平気で嘘言ってんだよ!?」
沙耶は俺の両親の子だと言われれば、それは確かに納得できるのはわかる。だが息を吐くように嘘をつくんじゃない。
「そ、そうですよ! 私はまだ(・・)娘じゃないですよ!」
「まだ、ねぇ……」
「あっ……」
その発言の意図するところは、将来的に俺たちがくっつくと。
それと理解してしまった俺と沙耶は、顔を赤くしてお互いに目をそらす。
「初々しいね~」
「……あー、何となくわかりました」
そんな温かい目でこちらを見ないでほしい。恥ずかしさで実際に顔から火が吹き出そうだ。
「それはそうと———」
母さんは俺に詰め寄り、鼻先がくっつきそうなほど顔を近づけさせて問い詰めてくる。
「ねぇなんでご迷惑なの?」
「くっそスルーしてくれたのかと思ってたのに!」
俺に彼女ができたことで俺の両親は仕事を休んだのだ。
仕事を休むと、そのしわ寄せが部下の方々に来てしまうのだ。すんごい迷惑をかけてしまっただろうな。
「私、迷惑かけてないわよ?」
「いや絶対迷惑かけてるでしょ!? 俺が彼女できたからって———」
「翔夜、それは有給休暇よ?」
言論統制どころではない。口を無理やり押さえつけて発言できないようにしている。
というか母さん力強くない? メキメキって音が聞こえるんだけど? どんだけの力を込めてるの? 痛くはないんだけどそれが逆に怖いんだよ? やめてくださらない? あぁ、やめてくださらない……。
「あ、あの、お母様。そろそろ……」
「あーそうね、二人を案内しないとねっ」
「そうではないんですけど……」
「……はぁはぁ、骨格変わってない!? リンゴの芯みたいになってない!?」
俺は直ぐに顔に触れて顔の骨格が変わっていないか確認をした。
よかった、沙耶のおかげで俺は自身の骨格を変形させずにすんだようだった。
「ようこそ、『最後の砦』へ!」
「すんげぇ名前だな……」
「だって、正式名称は仰々しいから面倒なんだもん」
「……巷では『最後の砦』と呼ばれているけど、同業者からは『第一部隊』と呼ばれてるよ」
これは『最後の砦の方がかっこつくかな』とか思って言ったな。
というか巷ではそんな名前で呼ばれてるんだ。ちょっと中二くさくない?
「あの、香織さん。ちょっといいですか?」
「なに?」
「いくら強いといっても、単独で魔物を狩るくらいの力がないと受け入れるの難しくないですか?」
俺が名前について思いふけっていると、二人が何やら神妙な面持ちで話し始めた。
剛力さんは俺たちのためを思って言ってくれたのだろう。
だが心配ご無用。
「大丈夫よ、二人とも単独で魔物を狩れるだろうし。それに今回は、あまり過激な任務には当たらせないから」
「…………どう思う?」
「どうと言われても……」
これは絶対に当たらせに来るに決まってる。
沙耶は安全なところにいるだろうけど、俺は危険なところに行くのは確定事項なのだろうな。
「まぁそんなことは置いておいて」
「そんなことで片づけないでほしい……」
「ようこそ、『第一部隊』へ!」
「言い直したよ……!」
息子の危険をそんなことで片づけ、あまつさえ先程紹介した名称をなかったかのように振舞った。
俺からしても最後の砦はちょっと恥ずかしさがあるから、言い直してくれてちょっとありがたいんだけどね。
「さっきから部屋に入らないで何やってるんだ?」
「あ、父さんだ」
「ご無沙汰しております、お父様」
俺たちが部屋の前でずっと話していたため、中から父さんが様子を見に来たようだった。
「なぁ香織」
「わかるわよ、健一さん」
「なんか、こう……結衣とは違った良さがあるな」
「そうよね。息子があれだからかしら?」
「そうだな、それも要因の一つだろう」
「息子があれってなんだ? あれってなんだ!?」
本人たちはこそこそ話しているつもりだろうが、隠す気がないのかここにいる全員に聞こえている。
確かに沙耶には結衣とは違った良さがある。それはわかるが、引き合いに息子を出すのは間違っていると思う。
あとあれってなんだ? この顔のことか? だったら泣くぞ? あとクソ女神ぶっ殺すぞ?
「あのー、そろそろ部屋に入りません?」
「おっ、それもそうだな」
「そうね、入りましょ」
「漸く入室か……」
「なんだか長く感じたね……」
剛力さんが二人を直ぐに促してくれたおかげで立ち話をせずに済んだ。
漸く両親が仕事をしている部屋へと入り、隅々まで見渡して一つ気になったことがあった。
「いや思っていた以上に『部屋』だった!」
テーブルにイスに冷蔵庫にレンジにポット。しかも夏なのに部屋の真ん中にこたつは置いてある。
一応、事務作業をするためにパソコンは置いてある。隅の方に数台だけ。
「あの、取材受けたときはもっと魔法書や実験器具等があったとおもうんですけど……」
「あーあれね、取材用に用意したグッズよ」
「グッズ……」
本や器具をグッズっていっちゃったよこの母親。
沙耶もこの返答には困惑して言葉が出ないようだった。
「父さん、母さん」
「なんだ?」
「なに?」
俺は不安になり二人に尋ねる。
「……仕事してる?」
「失礼な奴だな。仕事をしているに決まっているだろう?」
「そうよ、これのどこが仕事していないように見えるのよ」
「どこからどう見ても、くつろぐための部屋にしか見えねぇよ!」
大学生が快適にしようとした結果みたいな部屋なのだ。
これを仕事部屋というのは少々無理があるのではないだろうか。
「確かに私たちは事務作業は嫌いよ。体を動かしている方が性に合ってるわ」
「そうだな。それに俺たちは外に駆り出される方が多い」
「だから、事務作業することが他の所より少ないなら部屋を快適にしようと思ったのよ!」
呆れてものも言えない。だが言いたいことはわかった。
外での魔物を狩る仕事の方が多いから事務作業をある程度免除ではないにしろ回されないようになっているのだろう。
その結果、この部屋と。
流石、最後の砦というだけはあるな。部屋だけに。
「一応だけど無理やり納得することにしたよ……というかちょっと待って、あれアイスクリームメーカーじゃねぇか!?」
「うん、夏暑いから経費で買ったのよ」
「マンガ喫茶かっ!!!」
俺も前世ではよくお世話になりました。美味しいよねあれ。
「部下の方々に批判されなかったのですか?」
「みんな大喜び」
「でしょうね!」
沙耶が心配していたようだが、大抵の人はアイスクリーム好きだろう。
批判なんて起きるはずがない。偏見だけどね。
「翔夜、使う?」
「母さん、俺たちは今曲がりなりにも実習中なんだよ? ありがたく使わせていただきます!」
「スプーンと器はその戸棚にはいってるから勝手に使って~」
「使っちゃうんだ……」
「いや~使っていいなら使わなきゃ損じゃん?」
「流石、お二人のご子息……」
実習中だということを忘れはしていないが、そんなことよりもと、俺は剛力さんの冷ややかな視線を無視してアイスクリームを作り出す。
そんな和やかな中、部屋に備え付けられている電話が鳴る。
「はいもしもし……わかりました、直ぐ向かいます」
「どうしたの?」
「任務です」
「わかったわ。ほら二人とも、行くわよ?」
「わかりましたっ」
剛力さんは任務としか言っていなかった。
だがそれを聞いて、両親は先程とは打って変わってふざけた雰囲気はなくなっていた。
仕事の時はしっかりと切り替えができているのだろう。
「えっ、アイスクリーム……」
だが俺は切り替えができていない。
だって作っちゃったんだよ、アイスクリーム。しかも結構高く作っちゃったんだよ。これどうしよう。
「……置いてきてね?」
「ちくしょー!」
持っていこうとしたら流石に怒られた。