第百六十八話 常識の範疇にない両親
今朝から立入禁止区域でずっと魔物を狩っていた。
休憩を挟みつつではあるが、俺たちは魔物を日が暮れるまで狩り続け、大小合わせればその総数は数百を超えていた。
その度に魔石と呼ばれる、言わばドロップアイテムを剥ぎ取り回収していた。
臨時収入と考えて回収し、だが途中から狩りに夢中になってしまっていた。
「あの、なんて言うか……」
そしてその夢中になって周りが見えていなかったことが問題だった。
「うちの息子が大変ご迷惑をおかけしました!」
「すいまっせんしたぁ!」
バレた。
普通にバレた。
立入禁止区域に入って魔物を狩っていることがバレ、母親に連絡がいってしまった。
しかもだ、一般の方なら兎も角、魔法師と呼ばれる魔物を専門とする方々にバレてしまったのだ。
「流石、あなたのご子息ですね」
「いやぁ、あはは……」
母さんは魔法師として顔が知れているため、結構有名なのだろう。
その知名度がどの程度なのかは息子である俺は知らないんだけどな。
「どうしてそう何度も問題を起こすのよ……」
「申し訳ございません、私たちがわがままを言ったせいで……」
「ごめん……」
「大丈夫、二人とも悪くないわ。悪いのは全部翔夜」
「ん~、実だから反論できない……!」
ため息交じりに呆れ返ったが、使い魔の表情を見て全責任を俺に押し付けてくる。
だがしかし、狩りを望んだのは使い魔二人であっても、それを監督する立場である俺が終始ノリノリで魔物を狩っていた。
全面的に俺が悪いことに変わりはない。
「ホント、ごめんなさいね」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ここだけの話、彼らのおかげで我々の仕事が減ったので……」
「なら私謝らなくてもいいくらいよね? 寧ろ感謝されてもいいくらい?」
「すんごい手のひら返しですね!?」
二人が話し合っている間、応援に駆け付けた方々が未桜の食べかすの魔物を片づけている。
その様子を横目に、俺は気になったことを尋ねる。
「二人とも、なんだか仲いいね」
最初から気になっていた。
かなり仲睦まじく話しており、同じ魔法師というだけでは説明がつかないのだ。
「あー。だって、この人私の部下だし」
「……えっ、部下?」
「どうも、初めまして。上司であるご両親にいつもお世話になっております」
部下と聞いて、俺は目を見開いた。
「いつも両親が大変ご迷惑をおかけいたしまして……」
「ちょっと挨拶おかしくない?」
「いいや平日にあんなことしてるんだもん! 仕事放り出しているに決まってるじゃん!」
学生である俺は例外だが、社会人に夏休みはないのだ。
なのに俺と沙耶の付き合った記念パーティーを開こうとしているのだ。
絶対部下に仕事丸投げしているに決まってる。
「大丈夫よ、有給休暇だから」
「えっ、体調が優れないって———」
「私、有給使ったわよね?」
「あっ……はい、そういえば有給使ってました!」
今にもキスするんじゃないかというくらいに近づき、溢れ出る魔力を部下の方にぶつけていた。
もうそれ脅迫に近いじゃん。
「俺、パワハラ見るの初めて……」
「あれが俗にいうパワハラというものですか……」
「ぱわはら?」
俺、厳しくてもパワハラなんてする上司にはなるまいと思っていた。
それがまさかこんな近くにいるなんて思わなんだ。
でも部下さん顔赤らめてるし、心配しなくていいのかな? 父さんはキレそうだけど。
「では、私たちは帰りますね」
「えぇ、ここの後処理は任せてください」
軽い事情聴取だけで済み、俺たちは早々に解放された。
使い魔たちも厳罰はなく、俺としては一安心である。
「なんかホント、色々とすみません……」
「いいのよ謝らなくて。臨時収入が入った様なものなんだから」
「臨時収入……あぁ、魔石だっけ」
「そっ。結構お金になるのよ」
「恥ずかしながら……」
途中から魔石は残したままにしてあるため、それが臨時収入になるのだろう。
実際にどの程度のお金になるかはわからないが、魔物は強かったしいい金額になるだろうな。
「だから、謝る必要はないの。感謝くらいしてほしいくらいなんだから」
「いやしかし、収入と面倒ごとを天秤にかけたら———」
「あーあー聞ーこーえーなーい」
「報酬がよくても面倒なことをしたくないときってあるよね……」
ただ魔石を回収するだけじゃなく、ゲームではないため死体は必ず残る。その処理も行わなければいけないのだ。
書類の作成も行わなければならないということは想像に難くない。
部下さんの労力に見合った報酬であることを祈っております。
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母さんに色々と苦言を呈されながら帰宅し、精神的に疲れているところ唐突にクラッカーが鳴らされた。
「二人とも、おめでとう!」
リビングで待ち構えていたのは、絢爛豪華な光景だった。
部屋はもちろんのこと、料理だったり服装だったり。全てがまるで高級料理店と思ってしまうほどだった。
「ありがとうございます!」
「あ、ありがとう……」
呆気にとられる中、俺だけが場違いなほどいつも通りのラフな服装でいた。
主役である沙耶はおしゃれに決めてきているにもかかわらず、もう一人の主役の俺だけが浮いていた。
いや聞かされてなかったし、誰も何も言わないから俺は堂々と過ごしてやる。
というか料理うまそうだな。食べよ。
「ほら二人とも、そんな硬くならないでっ」
「付き合ったばかりのカップルに無茶いうな! というか無理やりくっつけようとするな!」
俺の場合、精神的疲労からクるものもある。それなのに、なんなのだこの周りの異常なテンションは。
あと俺と沙耶の肩が触れるだろうが! 無理やり押すんじゃねぇよお節介両親!
「翔夜、一応パーティーをやるって聞いていたけど……すごいねっ」
「どうしてここまで張り切っているのか……」
「でもでも、祝ってくれるっていうのは、嬉しいねっ!」
「……そうだなっ」
沙耶も知ったのは今日なのだろう。
しかも俺が来るまで待って暮れていたことを考えると、なんだか申し訳なくなってくる。
それでも本人は喜んでくれているため、嬉しく思う。
あーいやでも顔赤いし緊張してるな。俺もいろんな意味で緊張する。
沙耶の顔より下に視線向けられないもん。見たら死ぬもん、出血死で。
ちょっとこれは持たないから話題を何か振ろう。そう思っていると、沙耶が徐に両親に尋ねる。
「あの、お母様とお父様、今日のお仕事は?」
「あぁ、今日二人は今日はズル———」
「二人のために有給を使ったのよ」
「さっき母さんの部下さんに会って、二人が———」
「俺たちは有給休暇を使った!」
「是が非でも認めないなこの両親!」
「そ、そうでしたか……」
そりゃあどこに息子のカップル成立記念にパーティーを開くという理由でズル休みをする奴がいるっていうんだよ。
俺はそんな人知らなかった。つい前日までだけどな。
あとそれは誤魔化せてないからな。沙耶気まずくなって料理を無言で食べてるじゃん。
あと何か話題振れってアイコンタクトするの辞めてくれませんお母様よ。
「あー沙耶、料理うまいか?」
「うん、おいしいっ」
「だよな。俺もいつも食べてるけど、今日のは格別においしいよ」
「ありがとうございます」
かなり豪華な食事で、俺たちは舌鼓を打つ。
朝から準備してたからなぁ。退院祝いに振舞われた以上の料理が出てきたことにはもう何も突っ込みません。
あと結婚式でしか見ないようなタワー型のケーキは俺の視界に入れないようにしてる。
「あるじ、おいしいね」
「お二方、この度はおめでとうございます」
「鈴ちゃんに未桜ちゃん。祝ってくれてありがとうっ」
「ありがとな~!」
「うあ~」
「あ、主様!?」
祝ってくれた二人の頭をなでた。
未桜は嬉しそうに、鈴は恥ずかしそうにするが、それでも手を払うようなことはしなかった。
そしてそれに乗じてか、未桜は俺の膝の上に乗って来る。なんてかわいい使い魔なんだろう。両手に華どころか辺り一面花畑だよ。
なんかもう、幸せ。
「その、二人とも、おめでとう」
「結衣ちゃんもありがとうっ」
「ありがとっ!」
「ちょっ、と……!」
「ごめんごめん」
こちらも頭をなでる。がしかし、直ぐに振り払われてしまった。
思春期真っ盛りだから、恥ずかしいのだろうな。申し訳ないことをしたな。
「いやぁ、二人はずっと仲がいいと思っていたけど、まさか付き合うなんてなぁ」
「傍から見てれば当たり前じゃない? ホント、羨むくらいの青春よねぇ」
「それで、どっちから告白したんだ? どんな風に告白したんだ? どこまでいった———」
「おいそれ以上はいかんぞ!? 父さんでも言っていいことと悪いことぐらいあるだろう!」
酒が入っているせいか、いつも以上にグイグイくる。
これは流石にそろそろ止めたほうがいいんじゃないだろうか。
「俺たちは俺たちのスピードで進んでいくから! だから父さんが気にすることじゃない!」
「いやでもキスくらい———」
「健一さん?」
「えっ、ちょ、あの、ギブ……!」
流石にこれは沙耶が気分を害してしまうと考えたのだろう。
母さんは父さんにチョークスリーパーを決めていた。
「そういえば、二人は実習はどこに行くの?」
「あーそのまま話が進むんだ」
父さんなどいないかのようにそのまま話が進んでいくことに多少引いてしまった。
父さんの顔、滅茶苦茶苦しそうだが気にしないで行こう。流石に大丈夫だと信じて。
「というか実習?」
「あれ、まだだったかな?」
「翔夜、夏休み明けにあるよ……」
実習があることを本当に忘れていた。
忘れていたと言うか、記憶にないため思い出すことができない。夏休み前に貰った資料に目を通しておくか。
「マジか。俺告白のことしか考えていなかったから聞いてなかった」
「もうっ」
「ほらほら、親の前でイチャイチャしないの」
「子の前でイチャイチャしてる親に言われたくないな」
「これを……イチャイチャ、してると……本気で思ってるのか……!」
未だにチョークスリーパーが外れないため、父さんは目の前で苦しんでいる。
それでも話は進んでいく。
「私たちが行く実習は、魔法師の仕事を間近で見ることで、実際に行われていることを知り、その多様性を学んで関心を深めることが大切である……って先生が言ってたよ」
「お触り程度の体験実習ってことか」
「一年生だしね」
確かに考えてみれば、この早い時期に魔法師という職業に触れておくことで、実際に自分が将来どのような魔法師になりたいか考えることができるもんな。
いい機会だし、俺もその魔法師の仕事を見てみたいな。
「その初々しい一年生が魔物を狩って怒られてたんだよね……」
「俺に初々しさなんてものはない」
「じ、実際に……魔物を……か、狩るだけが、仕事じゃない、からな……!」
「そりゃそうか……もうそろそろ解放してあげたら?」
先程の魔法師の方だって、魔物を狩ることはせず事後処理をしただけだったもんな。
地味な内容って、どの職業でも表に出てくることは少ないだろうし、そういったものを知るのは楽しみだな。
あと父さんの顔が赤から青に変わってきたから、もういいんじゃないかな?
「それでさ~、私たちのところも一応候補に入ってるわけなの」
「よ、漸く解放された……!」
「二人が良ければ、私たちから推薦しようと思うけど、どうかしら?」
「えっ、いいんですか!?」
この話に、以外にも食いつきがよかったのは沙耶だった。
「いいよ~。二人とも強いのはわかってるから」
「でしたら、よろしくお願いします!」
「俺も両親の職場は気になってたし、行ってみたいな」
「やったぁ、二人と働くの楽しみだな~」
両親がかなり凄い魔法師ということは知っていた。だが本人たちからは特に何も聞いていない。
どれほど両親が凄いのか客観的に見るためにはいい機会だろう。
あと父さん、みんなから無視されて拗ねちゃってるじゃん。今にも泣きそうじゃん。誰かフォローしてあげなよ。俺はしたくないけど。
「それに翔夜がいれば楽できそうだし……」
「おい母さんよ本音が漏れてるぞ」
やる前から早々に不穏なセリフが聞こえてしまった。
これ絶対、体験実習じゃあ済まなそうだな。