第百六十七話 斜め上な祝福
色々と、本当に色々と濃い旅行を終えて、俺たちは帰路に就いた。
魔物と戦って、クソ女神に会って、殺し損ねて、神の使徒と渡り合う敵と戦って、そんでもって好きな人に告白して!
俺の考えていた高校生とはかけ離れているが、彼女ができたという一点で言えば「青春」である。
それを少しだけでも満喫できたのだから、今回の旅行は疲労困憊ではあるものの素晴らしいものだろう。終わり良ければ総て良し、だ。
「あの、母さん?」
「今忙しいから後にしてもらえる?」
帰ってからは家族に旅行での話をした。
勿論話せないこともあるため、途中端折りながらではある。
「じゃあ、父さん?」
「すまんが今忙しいから後にしてくれ」
それでもみんな、俺の話を楽しそうに聞いてくれて俺自身もこんなにしっかり話を聞いてくれてすこぶる気分がよかった。
だが帰ってきたのが遅かったということもあり、大まかに話して詳しくは後日ということになった。
転移魔法で帰ってくれば直ぐだったのだが、若干一名が帰宅……というか仕事を拒否したため、遅くなってしまったのだ。
「あの、宮本さん……?」
「申し訳ございません。今手が離せませんのでもう少々お待ちください」
そして現在、起床してからずっとこの調子である。
俺は話し相手を探すため辺りを見渡している。
「結衣……?」
「なに?」
「……結衣!」
「ちょ、抱き着かないで!」
そこで漸く、俺に視線を向けてくれる存在が現れた。
嬉しくてつい抱きしめてしまった。
「だってみんなが俺のことのけ者にするんだよ!」
昨日はしっかりと聞いてくれていたのに、今日は誰も俺の話を聞いてくれていないのだ。
そこに先程起きてきた結衣が現れてくれたのだ。嬉しいに決まっているだろう。
「あー……忙しいからでしょ」
「いやあれを忙しいというのは無理があるんじゃないか!?」
確かに忙しそうにしている。
しているのだが、それはどう見ても忙しいだけで片づけ手はいけないものだった。
「あの飾りつけはいったい何なんだ!?」
そう、両親と家政婦の宮本さんは朝起きたときから部屋を飾りつけていたのだ。
まるでこれからパーティーでも始めるのではないかというほどだった。
「昨夜、兄さんが何言ったか覚えてる?」
「……旅行楽しかった報告?」
「そう」
「……で?」
「その中で、兄さんが一番重要なことを言ったでしょ」
「一番重要なこと……」
俺は昨夜家族に言ったことを思い出す。
海ではしゃいだこと。肝試ししたこと。料理おいしかったこと。魔物と戦ったこと。かなり強い敵と戦ったこと。そして……。
「沙耶に告白したことか?」
「そう、それ」
「確かにしたな」
夜も遅いということで、その件についてはあまり話さなかったが、少し話したな。
その時両親は嬉しそうに聞いていてくれたことを覚えている。
「だけど、どうしてそれがこうなる!?」
よく学生が飾る紙でできたものではなく、しっかりと金をかけて装飾を施しており、モダンな内装だが高級感漂うものへと作り変えられていっている。
部屋はそこまで広くはないが、確実にかなりの金額をつぎ込んでいることは想像に難くない。
これ、元の部屋に戻せるんだよな……?
「『あの』兄さんが彼女作ったって聞いたら、普通にお祝いムードでしょ」
「あのってなんだ、あのって!」
確かにこの顔のせいで彼女は今までできたことはない。前世も含めて。
それでもこれほどのお祝いは嬉しく思う。嬉しく思うのだが、退院したとき以上のものであるため、驚きよりも困惑が勝ってしまう。
俺が生きていたときの喜びより、彼女ができたことの喜びが強いなんて……。
「雪が何も言ってくれなかったからねぇ……。まぁ、今回は仕方がないけど……」
「全く、我が息子ながら罪作りな奴だな!」
「恐らく、遺伝かと」
「えっ、私以外に女の影が?」
「おっとちょっと待ってくれ誤解だ! 俺は母さん以外には興味がない!」
「……そう?」
「そうだとも! 愛してるよ、香織……」
「健一さん……」
お祝いムードから一変、両親の甘々な空間が形成されていく。
「いったい俺たちは何を見せられているんだろうか……」
「いつものことでしょ」
「……仲睦まじい夫婦なのはいいことだな!」
「見せつけていないで、早くセッティングしますよ」
母さんの発言が少々気になったが、二人のやり取りに砂糖を吐きそうになり考えることを止めた。
「あれちょっと待って、俺を祝うの?」
そういえばと、俺は気になったことを結衣に尋ねる。
「正確には、兄さんと沙耶さんだね」
「当事者の俺が何も知らされていないんだけど……」
そう、俺は全くこのパーティーについて知らされていないのだ。
気が付いたらこのようなことが起こっていたのだから、知るはずもないのだが。
「サプライズだからじゃない?」
「俺知っちゃったけど!?」
「兄さんだし、いいんじゃない?」
「あれぇもしかしてみんな、俺のこと単純な馬鹿だと思ってる!?」
これほど雑な扱いを受けたのは初めてではないが、家族からこれほどの扱いをされたのは初めてだ。
ちょっと悲しくなってしまいそうだった。これほどひどい扱いを受けるなんて思いもしなかった。
そして……。
「マジで誰か反応してくれよ!!!」
全員各々の準備に戻ってしまい、結衣も持ち場があるのかそちらに行ってしまい、本当に誰にも反応されなくなってしまった。
本日の主役であるはずなのに。
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「俺、祝われてるのか貶されてるのかわからなくなってきたよ……」
「あるじー、げんきだしてー」
「捉えようによっては、主様は接しやすいのだと思いますよ?」
「二人とも、慰めてくれてありがとな……」
俺はマジで悲しくなり、使い魔二人を召喚して近くの山へとやってきていた。
「彼女が出来た途端、あれだもんなぁ」
今まで俺に彼女なんてできるなんて考えもしていなかった。
俺自身でさえも今更ながら驚きのことだったのだ。周りからしたら俺以上の衝撃だったことだろう。
「あるじー、かのじょってなにー?」
「いいですか未桜。彼女というのは、これから伴侶となる相手を見極める時期だと覚えておきなさい」
「そうなんだー」
「間違ってはいないけど、なんか違う気がする……」
鈴が得意げに説明するが、それだと語弊が生まれてしまいそうだ。
だが訂正するの面倒であるため、流すことにした。
「主様はご自宅にいなくても大丈夫なのでしょうか」
「準備は夜までには終わらせるって言ってたから、その頃に戻れば大丈夫だよ」
あれだけの準備をたった一日で終わらせるのは素直に尊敬する。
それが、俺が彼女できた記念のお祝いパーティーじゃなければの話だが。
「じゃあ、そのじかんまであそぼー?」
「こら未桜、主様はお疲れなのですから」
「別にいいぞ。最近は二人に全然構えてなかったからな」
俺は不意に二人の頭をなでる。
なんだろう、使い魔であるはずなのに浮気をしているような感覚に襲われる。
でも可愛いから仕方がない。
この可愛いは女の子可愛いの可愛いじゃなくて動物可愛いの可愛いだから、断じて浮気ではない。
「さて、何するかな?」
「まものかりたい」
「いい運動になりそうですね」
「……これが普通の遊びなのかな?」
疑問に思いつつ、しかし二人がそうしたいのであれば応えるのが主の務めというものだろう。
そう考え、魔物が多く出没する立入禁止区域に行くことにした。
「今更だけど、バレませんように……!」
そう願い、だが隠密なんてことはせず、俺たちは自由気ままに魔物を狩り始めた。