第百六十六話 鈍感と敏感
沙耶が険しい表情をしていても、寝起きということもあり考えることを放棄した。
あとで聞かれれば応えればいいかという、浅はかな考えでいた。
そんな俺に、朝から酔っ払いに絡まれた。
「そうだ、お前ら何処まで行ったんだ?」
「言うわけねぇだろ!」
朝からウーロンハイなんて飲みやがってと思ったが、それは普通の烏龍茶だった。
匂いが普通の烏龍茶だったため、マジでアルコールが入っていないのだろう。
えっ、朝っぱらから素でそんなオヤジくさい質問を投げかけてんの?
周りの反応見ろよ、みんな気まずそうにしてるだろ。アンタだけだよ楽しそうにしてんのは。
「さすがにキスまではいったか?」
「だから言うわけねぇだろうが!」
「チッ……」
何故舌打ちされなければならないんだ。
一応言っておくが、まだ本当に何もしていない。というか出来ていない。
だってキスした瞬間にゲロ吐いたら目も当てられないだろ。
「つーわけだから! ほら、帰る準備するぞ!」
朝食が全員終わったため、話を逸らすために帰り支度をしに自室へと戻ろうとする。
支度とっいっても、荷物は殆どインベントリに入れられるし、そもそもの量が少ないから直ぐに終わるだろう。
「えー、もう一泊とかしねぇの?」
「ダメですよ校長先生、仕事が残っているのですから」
「くっそ、現実を突きつけるんじゃねぇ!」
校長としての仕事やシスト隊員としての仕事もあるのだろう。
とても嫌々ながらも、雪先生は残っていた烏龍茶を飲み干し、観月先生とともに自室へと戻っていく。
そして他のみんなも、各々帰宅の準備を始めた。
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前日の内に帰宅の準備を終えていた沙耶は、とある部屋に一人でやってきていた。
「結奈、いるかな?」
「いるよ……」
おずおずといった様子で扉を開け、中で小さくなっている結奈に話しかける。
「えっと、その……」
「おめでとう」
なんと声をかければいいのか悩んでいると、結奈の方から祝福の言葉がかけられる。
「翔夜と付き合ったんでしょ?」
「うん……」
祝福されたが、沙耶は素直に喜ぶことができなかった。
それは、沙耶は結奈の気持ちに気が付いていたからだ。
結奈も結奈で、沙耶に勘づかれていることに薄々気が付いていた。
だからこそ、今この空間はお通夜のような雰囲気なのだ。
因みに、当の本人である翔夜は結奈の好意をマジで忘れていた。沙耶に告白された興奮で頭の中から抜け落ちていた。
「……何も言わないの?」
「僕が何か言うことある?」
「その、翔夜のこと……」
祝われて嬉しくないわけではない。
しかしそれでも、心優しい沙耶だからこそ結奈を傷つけてしまったのではないかと考えていた。
「やっぱり気が付いてたんだね」
「ごめん……」
「謝らないで。僕の中では吹っ切れたことだから」
一見大丈夫そうに装っているが、結奈は隠しきれていない。
それは、自分自身も理解している。
「いや、ごめん嘘。まだ吹っ切れたわけじゃない」
元々こうなるということは目に見えていた。
火を見るよりも明らかだったが、いざその時が来てしまうと中々立ち直ることができない。
「けど、妬ましいなんて思ってないし、寧ろ二人を祝福してるよ」
「うん、ありがと……」
言葉ではそう言っているが、本心は多少妬んでしまっている。それでも、祝福しているという気持ちに噓偽りはないことは事実。
大切な友人である沙耶には、幸せになってもらいたいと本気で思っている。
「その……ごめんね……」
だが、沙耶はそうは考えていない。
自分がいなければ、二人がくっついていたのかもしれない。
寧ろ自分より結奈といた方が二人にとって良かったのではないかと、そう思ってしまっている。
「もう……幸せの絶頂にいる沙耶が、そんな悲しそうな表情をしない」
「で、でも……」
「でもじゃない」
今まで悲しんでいた結奈は、自分より悲しそうな表情を浮かべている沙耶に呆れてしまった。
悲しそうというよりも、直ぐに泣きだしてしまいそうな表情をしていた沙耶に、肩をつかんで言い聞かせる。
「いい? 僕は沙耶のことを大切な友達だと思ってる」
目と目を合わせ、結奈は自身の思いをぶつける。
「だから、そんな顔してほしくないの」
好きな人がただかぶってしまって、そしてそれが自分を選ばなかった「だけ」のこと。
勿論「だけ」で片づけられるほど精神が成熟しているわけではない。
それでも友人が笑顔になっていない現状況では、自分が奮い立たなければいけなかった。
「元はといえば、翔夜を二人用意しなかった神が悪いんだから」
「そ、それは理不尽じゃないかな……」
結奈の理不尽な発言に困り笑顔をする沙耶だが、実はこれは的を得た発言だった。
そもそも、女神がこの世界へと三人を寄越さなければ問題なかった。
女神が三人を転生させなければ、このように結奈と沙耶が悲しむ必要はなかった。
たらればの話でしかないが、今はそう考えても罰は当たらないだろう。
「沙耶」
「なに……ふぇ!」
「笑いなさい」
「ちょ、ちょっと……頬を引っ張らないで!」
掴んでいた肩を離し、今度は頬をつねる。
つねるだけでは飽き足らず、軽くではあるが引っ張って見せた。
本来は自分が悲しいはずなのに、どうして幸せであるはずの沙耶が悲しい表情をしているのか。
そんなことは単純明快。自分が悲しんでいるからだ。
沙耶は優しい子。だからこそ、これは自分のせいだと思い込んでいる。
結奈にもそれが理解でき、だからこそ自分がどうにかしてあげたいと思えたのだ。
「喜びなさい。あんなんでも彼氏ができたんだから」
「……うんっ」
唐突に、沙耶は結奈に抱き着く。
「えっと……」
何故抱き着かれたのかわからないため、困惑した。
かなりキツイことを言ったかもしれないと思っていた直後のこれであった。
「もうっ……ありがとう」
だがそれは、杞憂だった。
「私たち、友達だよね?」
「当たり前」
沙耶は結奈が自分のためにそのようなことを言ってくれたことに、嬉しく思った。
本来は自分が辛いはずだっただろうに、それでも自分に気遣ってくれた。
それが、たまらなく嬉しかったのだ。
「ありがとう……!」
「こちらこそ」
二人は抱き合い、少し無言の時間が流れる。無言ではあるが、二人の間に先程のような暗い空気はなく、寧ろ暖かい空気が占めていた。
だがそんな二人の空気をぶち壊す人物がやってきた。
「おいっす、調子はどうだ?」
朝食時の沙耶の様子が気になり、二人がいる部屋へと翔夜がやってきた。
「あれ二人とも、目の周りが赤いぞ? どうかしたのか?」
二人を見て、泣いていたのではないかと多少焦りを感じた声色で尋ねた。
「翔夜、空気を読んで……」
「死ねばいいのに」
「唐突の暴言!」
心配して声をかけたのに、暴言を吐かれるとは思わなんだ。
だがそれもそのはず。敏感に察知した彼女の後に、鈍感になってしまった彼氏を見ると呆れてしまう。
それでも、鈍感でも鈍感なりに感じるものはあった。
「なんか、前より仲良くなってないか?」
「元から仲良しだよっ」
「そうだそうだ、僕たちは超仲良しだ」
「そ、そうか……」
二人はいつも以上にくっつき、先程までなかった笑顔がこぼれていた。
何があったか翔夜にはわからないが、それでも二人が笑顔であるため深く考えることはしなかった。
「翔夜」
「なんだ?」
「沙耶を泣かせたら、ちょん切るから」
「どこを!? というか、そんなことにならないから安心しろ!」