第百六十三話 告白の夜
戦いを終えた俺たちは、全員で怜の別荘へと戻ってきていた。
幸い、吹き飛ばされた人で怪我をしている者もおらず、俺たちも結奈の精神的ダメージ以外は問題なかった。
そして、沙耶も無事だったということで俺は胸をなでおろした。
エリーの中にいた海神様は、今は離れることができており、最初に会った時と同じように少年の姿をしていた。
いろいろと苦言を呈されたが、最終的に無事でよかったという言葉をもらった。
しかし俺たち神の使徒や実際の神は兎も角、一般的な人間であるみんなは全員疲労困憊といった様子だった。
それもそのはずだろう、敵に加えて結奈とも少々戦ったのだから。
そういう理由により、体を癒すことも含めて俺たちは露天風呂へと行った。
だがしかし! 男女時間をずらしていたため、キャッキャウフフな展開は全くなかった!
「なんで、風呂時間が別なんだよ……」
「女性には準備することとかあるんだよ」
「なんてこった……」
愚痴を漏らすも、俺の隣にいる雪先生に聞かれた。
「それで、なんでシスト隊員がいるんだ?」
「働いた後の一杯はうまいだろうが」
「それはわかる」
現在俺たちは、シスト隊員を含めて大広間にいた。
任務遂行したということで、宴会を開いていたのだ。隣の女性はもうある程度でき上っていた。
「そうじゃなくて、男の身柄とか後始末だよ」
「あー、それなら大丈夫だ。表舞台に出ていない奴らって結構いてな……」
飲み干したビールをグラスへと再び注ぎ、エイヒレをつまみながら飲む。
「だから、全部丸投げしてきた」
「いいのかよ……」
仕事をすべてとは言わないだろうが、本来やるべきことを任せるっていうのは結構白い目で見られないだろうか。
社会ってそういうもんじゃないのか。
でも任された人たちも、強敵と戦ったということはわかっているだろうから、一応は納得してるんだろうな、たぶん。
「いいんだよ、アタシたちは戦いで負った傷を治すのに専念するさ」
「実際戦ったのは俺たちだけどな」
「うるせぇ、邪魔になりたくなかったアタシの傷をえぐるんじゃねぇ」
「あぁ、やっぱり気を使ってくれたんだな」
「そうだ、じゃなきゃこんな酒飲むわけないだろうが」
「いや知らんし……」
どうやらあの場にでても役に立たないことがわかっていたため、自ら吹き飛ばされて解決するまで待機していたのだろう。
それがかなりストレスとなり、こうして何杯も酒を飲んでいるようだった。
「そういうお前だって、全然役に立ってなかったじゃねぇか」
「う、うるせぇ!」
俺も酒ではないが、雪先生をならって強炭酸を一気に飲む。
雰囲気だけでも味わっておくことにした。
「それで、あの女神サマとはどうだったんだ?」
「見てたのか……」
敵を倒してくれたことと、とんでもない爆弾を置いていったことくらいだろうか。
だが詳しく話すのも面倒だし、どう説明したものか。
「どうだったかって……」
そこで俺は、チラッと結奈を見た。
「あ~、何となく察した」
そこには、普段の無表情とは違い、眉間にしわを寄せている結奈がいた。
クソ女神から豊胸の件が嘘だと言われ、返ってきてから物凄く不機嫌だった。
豊胸はともかく、約束事を違えたのだからクソ女神は死んでいいだろう。
あの様子だと、クソ女神に会ったら次は本当に命がないだろうな。
「しっかし、それに話しかける奴は大したもんだな」
「同感」
そんな結奈に話しかける人物が二人。
沙耶とエリーは、結奈が普段とは違ってもそのようなことを異に返さず、いつも通りに話しかけていた。
明らかに不機嫌であるにもかかわらず、接することができる女性陣は流石と言わざるを得ない。
「どう、楽しんでる?」
「おう怜、お前そっち側なんだな」
「一応僕の別荘だし、女将さんだけに働かせるわけにはいかないからね」
怜は俺たちと楽しんでおらず、女将と同じく働いていた。
「それにしても、ここの酒はうまいな!」
「えぇ、お客様に喜んでいただけるように高品質のものを取り寄せていますので」
つまみの枝豆を口に含み、今度は日本酒をあおる。
そんな一息に飲んで大丈夫なのだろうか。
「っあー! うまい!」
「見せつけるんじゃねぇよ……」
「……そういえばお前は未成年だったな~。あー、やっぱ酒はうまいな~」
「おいマジで見せびらかすんじゃねぇ、ぶっ殺すぞこの野郎!!!」
日本酒の入った徳利を片手に、俺に腕を組んでくる。
俺がいったいどれだけ酒を飲みたい衝動を耐えていると思っているんだ。
俺は前世は成人していたんだ。だから目の前で飲んでいるのが羨ましくてたまらない。
体は未成年だが中身は成人しているから、すんごく飲みたいんだよ!
「お子様にはまだ早いな~」
「この野郎……!!!」
こいつは俺の前世を知っている。だからこそこうやって煽っているのだろう。
面倒なオヤジに絡まれてしまったと思い、こういう人と飲む酒はおいしくないと自分に言い聞かせ、目の前にあるジュースで我慢した。
うん、甘くておいしい。
「それで、いつやるんだ?」
「何を……あぁ、あれか」
いつになく真剣な面持ちで言うため、何のことだと考えてしまった。
色々なことがあり忘れかけていたが、俺はこの旅行中に沙耶に告白するのだった。
「今日の夜にやるつもりだ」
「おーおー、お前も男を見せる時が来たか」
「この宴会が終わったら、浜辺に行ってくる」
「そうかそうか」
「……絶対についてくるんじゃねぇぞ?」
「そんな野暮なことするわけないだろ」
沙耶告白計画は以前よりずっと綿密に計画してきたことだ。その計画を話しているときも、こいつはずっと見たいと話していたためその都度拒否していた。
一世一代の大舞台を、誰にも見られたくないのだ。
だが雪先生はその気持ちを汲んでくれたのか、ついては来ないようだった。
「アタシは酒飲んで結果待ってるよ」
「それならいいが……」
覗く気満々だと思っていたが、あっさりと引き下がったので拍子抜けしてしまった。
普段の雪先生とは思えないため、かなり訝し気に見てしまった。
一応分別が付いているのだろうと納得し、俺は俺で宴会を楽しんだ。
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宴会も終わり、各々部屋へと戻っていった。
「行ったな」
翔夜がいなくなったところで、二階の窓から外を眺めていた。
そこから、翔夜と沙耶が出ていく姿が見えた。
「はぁ、翔夜がついに告白かぁ」
「幸せをつかむんだよぉ?」
知ってはいたことだ。相談もされて、ノリノリで相談に乗った。
うまくいくために多くの人間を使って考えた。
「わかってはいたが、キッツいなぁ……」
「幸せを喜ばないとねぇ?」
しかし、どうしても納得することができなかった。
「さっきからうるせぇ、ぶっ殺すぞ」
「こわいねぇ、翔夜君みたいなこと言ってぇ」
「……チッ」
自分一人だけかと思っていたが、思わぬ来客があった。
だがその闖入者に構うことなく、酒をあおる。
「いいのぉ、邪魔するなら今だよぉ?」
「馬鹿か、教え子の幸せを奪う分けねぇだろうが」
「へぇ、そこはちゃんとしてるんだねぇ」
闖入者は雪先生の隣に座り、同じく窓の外を眺める。
「まぁ、今日は酒付き合うよぉ」
「お子様はどっか行ってろ」
「お子様じゃないんだけどぉ?」
どこから持ってきたのか、氷の入ったグラスを片手に二人だけで宴会の延長戦を行った。
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宴会後、別室にて。
翔夜が沙耶とともにいなくなる光景を眺めるものが、雪先生たち以外にもいた。
「僕って、惨めだね」
「別にそんなことはないと思うよ?」
好きと知られてしまって、だがそれでも翔夜の心は変わらなかった。
今までは怒りに任せていたため落ち込まずにいたが、こうも静寂に包まれた場であると込み上げてくるものがあるのだろう。
「翔夜がちょっと鈍感すぎたっていうのもあるし、好みの問題もあるから」
実際のところ、怜は結奈を励ますためだけにここにいる。
自分に何ができるのか考え、その結果このように慣れないことをしているのだ。
「翔夜って、記憶がなくなって初めて会ったのが沙耶ちゃんだったわけだから、ひとめぼれだったのもあると思う」
「つまり、運がなかったと……」
「それだけじゃないけど、翔夜が好きになった要因の一つだと思う」
「そっか……」
納得できなかった。それでも、翔夜と沙耶のことを思えば納得せざるを得ない。
理解はできていても、感情は別である。
「ちょっと誰か来ないか見張ってて」
「見に行かなくていいの?」
結奈は膝を抱え、小さく丸くなっていた。
「見に行っても、ちゃんと見えないから……」
「そっか……」
誰にとっても、今日の夜は長くなりそうだった。