第百六十一話 冗談
クソ女神に一発食らわせるか、あわよくばぶっ殺してやろうと誓いあっていた結奈は、そのクソ女神に抱き込まれてしまった。
「いやちょっと待て、それだけで———」
「それだけ?」
「あ、いや……」
首を傾げ、鋭い視線が俺を貫く。
見られているだけで恐怖を感じてしまうほど、結奈は胸に執着しているのだろう。
「そうですよ、女性の胸の大きさは大事なアイデンティティなんですから」
「元はといえばお前のせいだろうがっ!」
そもそも、結奈のことをもっと女性らしくしておけば問題なかったのだ。
別にどことは言わないが、大きさは決めたのはクソ女神だろう。
俺だって前世から、このヤクザ顔というものを受け継いでしまったのだから。
もう周りが慣れているせいで忘れがちだが、ちょっと思い出してきてムカついたな。
殴ってやろうかしら。
「そうだ、俺の顔もどうにかしてく———」
「それはダメ」
「おっとどうして結奈に反対されなければならないんだ?」
結奈の胸をどうにかしてもらえるなら、俺の顔を親譲りの美青年へと変えることだって可能だろう。
そう考えてお願いしようとしたのだが、結奈に止められてしまった。
「翔夜はその顔だから翔夜なんだから、今更変わったら違和感しかない」
「おっとブーメランだな」
結奈だって、今までなかったものがあると違和感しかないぞ。
どことは言わないが。
「それに、急に顔が変わったら沙耶になんて言われるか……」
「カッコいいと言われる!」
「……それ、本気で言ってる?」
「本気で言っているが?」
結奈に驚いた顔をされ、そして深いため息をして俺を説得するように話す。
「いや、イケメンって……中身が伴っていないといけないんだよ?」
「ほう俺は中身が伴っていないと!?」
中身は成人した大学生だ。それなのに中身が伴っていないとは、結奈は冗談が好きなようだな。
俺は中身が伴っていないとは思っていないね!
「あの~」
「なんでしょう?」
怜は俺たちを無視して、クソ女神へと声をかける。
「敵は倒したん、ですよね?」
「えぇ、彼の体から『異物』を取り出したので、もう先程の力は出せませんよ」
「そうですか、よかったです」
そういえば忘れかけていたが、強敵がいたんだったな。
結奈でなければ相手にならないと思われる、偽物の神の使徒が。
「最初からクソ女神が手を下せばよかったじゃん」
「私にも身勝手に行動できない理由があるんですよ」
「理由?」
このようなチャランポランタンなクソ女神でも、自由に動くことができないという。
にわかには信じられず、俺は訝し気にクソ女神に尋ねる。
「ほら、世界って一つだけではないでしょう?」
「まぁ前世もあるし……そうだな」
「それで、世界っていうのは数えきれないほど何個も存在しているんですよ」
少々話の規模が大きくなってはいるが、クソ女神も神様だし、こういう話をされても大して驚きはしない。
正直なところ、剣と魔法の世界に転生したかったなという思いはある。あるにはあるが、この世界には沙耶がいるから、まぁ、いいか。
というか、俺転生してるやん。
「その中で私の管理している世界って意外と多くてですね」
クソ女神なのに、キャパオーバーしないのだろうか。
「それで~、その~、結構大変なんですよ……」
「それで?」
「他にも管理している神もいまして、あまり干渉はしないんですけど、偶に見に来るんですよ」
「……それで?」
「ほら、あなたたちはイレギュラーといいますか、私のせいで亡くなったわけじゃないですか」
「あ~、話が見えてきた」
「だな」
このクソ女神は、地上の男性同士の性交渉を眺めていて、『神の槍』というとんでもない武器を人間である俺たちに落としやがったのだ。
そして償いのために俺たちは使徒という特別待遇で転生させられたのだ。
つまり、そのような人間がいるということは、ほかに神にバレてしまっては困るということだ。
「本当にバレると怒られるので、色々と試行錯誤して隠しているんです!」
「自分勝手だと思わない?」
「思っているからこうしてやってきたんじゃないですか! これでも反省しているんですよ!?」
本当に反省しているかはさておき、一応は敵を倒してくれたため信じようとは思う。
それでも、俺たちも危険な目に遭っているのだ。もう少し早く来てくれてもよかったのではないかと考えてしまう。
「だったら最初から———」
「カップはどれくらいがいいですか?」
「Gくらいでお願いします!」
「あの結奈が、言いくるめられている……!」
結奈が苦言を言おうとしても、胸で説き伏せられてしまった。
あと、それくらいの大きさが結奈にとってはいいのか。
「高望みしないほうがいいぞ?」
「あのね、男にはわからないものがあるんだよ」
「そうなの?」
「ねぇなんで僕に聞いた? なんで男である僕に聞いたの? ねぇ?」
ふと気になり、ちょうど隣にいた怜に聞いてしまったのがいけなかった。
女顔ということに非常に敏感である怜は、先程の結奈と同じように鋭い眼光で俺を睨んでくる。
やはり人の触れてはいけないところはあるのだろう。
「では、私はバレる前に帰りますね」
「次会ったら殺す」
「ホント物騒な人ですね!」
今回は問題を解決してくれたため、殺さないでおくことにした。
だが次会った時が、お前の最後だ。
「ねぇ、僕の胸は?」
「あー……」
クソ女神は今思い出したかのような振る舞いをし、そして人差し指を唇へと持っていき……。
「リップサービスですっ」
そう言って、虚空へと姿を消した。
残された俺たちに、一時の静寂が訪れる。
「そっかぁ……」
そう、結奈はポツリと零す。
「翔夜……」
「な、なんだ?」
普段と変わりない口調。
しかし、結奈から途轍もない量の魔力が溢れ出てきている。その魔力の奔流に、俺たちは意識を失いそうになる。
「アイツは、次会った時に……僕が、息の根を止める!」
あの女神は、この世で一番怒らせてはいけない相手を怒らせてしまったようだ。