第百五十三話 一つの可能性
「取り敢えず怜は後で始末するとして……」
「あぁ、僕死ぬんだ……」
空を仰ぎ、怜は諦観していた。
悲痛な表情を浮かべていると思ったが、それとは裏腹に今まで見た中でとても穏やかな表情をしていた。
「マジ、ごめん……」
俺は謝罪することくらいしかできないが、万が一の時は弁護するから安心してくれ。
「あっ」
「なんだ?」
突然結奈は空を見上げて何かを見つけたようだ。
俺も同じく空を見上げるも、何も見えなかった。
「上から私に対する攻撃が来る」
「おっ、そうか」
海神様がシスト隊員を呼んできてくれたのだろう。
そして彼らが結奈に対して何かしらの攻撃を仕掛けようとしていると考えられる。
「じゃあ俺たちは逃げないと———」
「逃げたら僕が反撃しちゃう」
「……反撃したら、どうなるの?」
巻き添えにならないように転移しようかとしたが、結奈が何やら不穏な発言をした。
「攻撃してきた人は普通に人間だから、確実に死ぬ」
「急いで防御しないと!」
とてもいい援軍だと思われたが、残念なことに俺たちからしたら守る対象が増えてしまった。
怜は急いで結界を展開し、上空からの攻撃に備える。
そんな怜の背後に忍び寄る影が一つ。
「おい怜、結奈に背中を見せるな!」
「翔夜、僕の相手頑張って」
「ならどうにかしてくれ!」
「頑張る」
俺は怜に攻撃を仕掛けた結奈を全力で蹴り飛ばした。
結奈は自我はあるものの体の自由が殆ど聞かない。現在できていることは、ただ手加減をすることだけである。
さて、こんな化け物相手にどうしたものかと再三悩んでいると、結奈からまた声をかけられる。
「翔夜、土岐兄妹が数秒後に僕の背後から攻撃してくる」
「土岐兄妹が?」
その直後、結奈の言う通り土岐兄妹が背後から速度のある雷の魔法攻撃を仕掛けた。
だが勿論攻撃が効くはずもなく。
全力で攻撃したのだろうが、結奈はそれを軽々と躱し、土岐兄妹へと右手を突き出す。
「まずっ……!」
俺は急いで二人の首根っこを掴み転移する。
その直後、二人がいた場所が炎に包まれる。
「あっぶねぇ!」
何をするかということまではわからなかったが、何かしらの魔法を放つことは目に見えていたので全力で二人を助けた。
ある程度距離を保っているが、直ぐにでも戦いが再開されるだろう。
「翔夜、すまない」
「ごめん……」
「気にすんな」
申し訳なさそうに謝ってくるが、どちらかといえば結奈に感謝したほうがいいだろう。
「結奈が操られてから隙を伺っていたのだが、まさかバレていたとは……」
「隙ができたと思ったけど、ワザとだった」
「仕方がない、結奈が相手だからな」
俺は結奈に集中しすぎて二人がいることすらわからなかった。
それを結奈は最初から気が付いて、ずっと気にかけていたのだろう。
だからこそ、俺に二人を守らせたのだ。自分のせいで傷つけてしまうことのないように。
「それと、上にいるのはシスト隊員か?」
「あぁ、結奈が操られた直後から救援信号を出していた」
「だから、直ぐに来てくれた」
結奈が操られた直後ということは、海神様に呼びに行かせてしまったことは無意味になってしまったということ。
海神様、呼びに行かせてごめん。
でもそれは、あなたとエリーを守るためなんです。大目に見てください。
「また、隙を伺う」
「そうだな、諦めてしまってはいけないな!」
「……いや、あいつは俺と怜じゃなければ相手できない」
二人は再び攻撃を加えようとその姿が朧気になっていく。だが俺はそれを制止させる。
相手は神の使徒であり、また俺たちの中で一番の力を有しているのだ。半分人間を止めているからといって、二人が勝てるわけがない。
「だから、シスト隊員の下に行っていてくれ」
「……悪いが翔夜、それは断らせてもらう」
「何故?」
「私たち、友達だから。足手まといでも、友達のために行動したい」
はっきり言ってしまうと、二人は邪魔だ。
だがその思いを俺は否定することができなかった。
「……危なくなったら勝手に別荘に飛ばすからな?」
「ありがとう!」
「ありがと」
友達のために行動するということを、俺はこの時尊いと思ってしまった。
俺たちでは考え付くことのできない発想などが生まれる可能性だってある。そう無理やり理由を付けて、行動を共にすることを許可した。
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「しっかし、決定打に欠けるなぁ」
「そうだね」
怜は俺と土岐兄妹がやり取りをしている間に、シスト隊員と話してきて攻撃を中断させてくれた。
また攻撃をされてしまっては、余計なことを考えて戦わなくてはいけなくなってしまうからな。
あと、土岐兄妹はやっぱり危なっかしかったので、説得してきた怜と入れ替わるようにシスト隊員のところに届けてきました。
悲しんでいたが、こればっかりは仕方がない。
「それは僕が手加減しているからだからね」
「そういう割に、僕に対しての攻撃がなんか強い気がするんだけど?」
「気のせい」
「いいや気のせいじゃない! 絶対翔夜にばらしたこと怒ってるでしょ」
「ソンナコトナイヨ」
普段の会話と何ら遜色ない様子で話しているが、今でも一進一退の攻防を繰り広げている。
いや前言撤回。防戦一方な戦いを強いられています。マジでダメージを与えることが全くといっていいほどできていない。
どうすればいいんだろうか。
「よう、問題児ども」
「どうも、校長先生」
あらゆる魔法を試していっている最中、上空から雪先生が下りてきた。
「どうにか僕を止める方法でも思いつきましたか?」
「あぁ、一応な……」
上空でシスト隊員が結奈の操っている魔法を解除する方法や無力化することを考えていた。
それが今、可能性の話だろうが画策してきたのだろう。
「翔夜」
「なんだ?」
俺の方を向き、真剣な面持ちで肩をつかんでくる。
その気迫に俺は生唾を飲んだ。
「お前、一回死ね」
今こいつは何と言ったのだろうか。
俺はその言葉を飲み込むことができなかった。
「…………はっ?」