第百四十九話 最強の敵
「そうだ、君たちってショートケーキが出たときに、イチゴは最後まで残す人? それとも残さない人?」
唐突に何を言うのかと思えば、わけのわからないことを言った。
『何言ってやがんだ?』
全く関係のないことを尋ねてくる。その意図がわからないため、態々それに律義に答える必要はない。
「いや~、僕っておいしいものを最後に残す人なんだよね~」
俺たちのことは無視して、男は話を続ける。
「だからさ———」
『グダグダと五月蠅ぇなぁ……とっととくたばれ!』
だが男の話を最後まで聞くことなく、海神様はその話を遮って男へと急接近する。
こぶしを握り締めて、男を殴ろうとしていた。
「血気盛んだね~」
拳は周りの海水を巻き込み、水流を生み出していた。
それでも男は身動きすることなく、その背後に控えている魔物が海神様を襲う。
『あ? こんのバケモンが……舐めんなよぉ?』
対象を男から魔物に変え、再び殴りにかかる。
エリーの体ということも忘れているのか、その恐ろしいほどの鋭い牙に臆することなく攻撃を加える。
「エリーの体傷つけるんじゃねえぞ!」
『んなことくらいわかってる!』
そう言いつつ、先程のクラーケンとは違い殴りにかかっているあたり、かなり頭に血がの持っているのだろう。
本当にわかっているのか甚だ疑問である。
「後ろががら空きだよ~」
「てめぇもな!」
エリーの背後をとったつもりだろうが、俺も男の背後をとっていた。
「君なら来ると踏んでたよ」
「なに?」
その直後、男は懐よりナイフを取り出して刺してくる。
最初から狙いは俺だったようだ。
「っぶねぇ!」
咄嗟に天使の使っていた『光剣』を発動し、その攻撃を間一髪のところで防ぐ。
知っておいてよかったと心の底から思った。
『俺の助けがいるか?』
「いらねぇな!」
ニヤニヤしてこちらを見つめてくる。
恐らくは食らっても問題ないだろうが、何があるかわからないため極力食らわないようにしなくてはいけない。
「君は一人で戦うの?」
「さぁどうだろうな!」
一人で戦うつもりでいるが、海上にいるほかのみんなが助けに来てくれればその限りじゃない。
「あ、そうだそうだ。言いたかったことがあるんだ」
そういえばと、男はふと思い出したように懐を漁る。
そして取り出したものは、何か文字の書かれた札だった。
海中であるにもかかわらず形の保っているおかしな札を持ち、男は不気味な笑みを浮かべる。
「これ、なんだと思う?」
「さぁな」
その札から嫌な魔力を感じ、即刻消し飛ばしたほうがいいと考えて、俺は消滅魔法を発動する。
「おっと、それはしないようがいいよ~?」
俺に消滅させる前に、男は自らその札を破ろうとする。
なぜそのようなことをしているのか訝し気に観察する。
「これって~、東雲沙耶ちゃんと精神を同期させているんだ~」
「精神を同期?」
何を言っているかわからず、思わず尋ねてしまう。
「精神を同期……つまりはこの札を破ることで、彼女の精神を破壊できるんだ~」
「なんだと……!?」
その言葉通りならば、その札を傷つけることは、沙耶自身を傷つけることになってしまう。
最悪、沙耶を殺してしまうことに繋がる。
「お前の目的は何だ……!」
「そんな怖い顔せず、ちょっと僕に協力してもらえればいいから」
俺は今にも目の前の男を殺してしまいそうなほどの怒りを露にしていた。
「チッ!」
ここで感情に任せて行動しても問題しかないため、どうにか理性だけは保っていた。
勿論その話自体が嘘だという可能性だってある。結奈や怜もいる中、そんなことができたとは到底思えない。
しかし万が一、男の言っていることが本当だった場合のリスクがデカすぎる。
「協力って、具体的に何をするんだ」
「ん~、今ここでは話せないかな~」
協力するか否かはさておき、取り敢えずはこの男が何をしようとしているのか聞き出そうと考えた。
シスト隊員からの救援を望むことができない
「くそったれが……!」
思わず本音をこぼしてしまう。
だがそんな状況に、一人助けてくれる人物がいた。
『おいおい、二人だけで何楽しんでんだぁ?』
「海神様!」
『ハッハッハ、所詮は魔物だな! 知能が低くて簡単に仕留められたぜ!』
そういえば、先程までたたっていた魔物はどうしたんだろうか。
そう思ってあたりを見てみると、海神様の背後には、岩礁にぶつかって息絶えている件の魔物がいた。
「あれは僕の傑作だったのに……」
「そういう顔には見えねえけどな」
全く表情を変えずに、只々楽しそうに眺めていた。
「ほれっ」
「あ、ありがとうございます!」
いつの間に盗んだのか、男が持っていた札を渡してくる。
渡された札を手に取り、俺は男に盗まれぬよう、そして傷つけぬようポケットにしまった。
『何はともあれ、これで二対一だな!』
嘘か真かわからないが、俺の中の不安要素がなくなったことで、俺は全力で戦うことができるようになった。
「さ~て、お前の手札は何もなくなっちまったなぁ!」
『最上位種とバケモンの二人に勝てると思ってはいねぇよなぁオイ?』
「誰がバケモンだ」
軽口を叩けるほど、心に余裕が出てきていた。
ついさっきまで怒り心頭だった者だとは到底思えない切り替えぶりである。
これは自画自賛です。
「あーあ、僕どうしようかなぁ」
ずっと楽しそうに考えているようで、本当に不気味だった。
「どうもこうも、さっさと行くべきところに行けよ」
『あれだろ、豚箱ってやつ』
「エリーの体でそんな言葉使うなよ!」
「すんげぇ今更だな……」
正直、もう策は何もないのだと考えていた。
だからそここれほど余裕でいられた。
「お、結奈じゃん。どうしたん……」
声をかけるも、返答がなかった。
「おいお前、結奈に何した?」
これは、この男が何かしたと考えた。
「別に何もしてないよ~」
「ほんのちょ~っと精神的に弱いところをついて、感情を逆なでして洗脳しただけだよ~」
『それはちょっとの範囲じゃねぇ!』
普段であれば俺がツッコむところだが、俺はそれでころじゃなかった。
「おい結奈、聞こえてるか?」
どうにかして気づいてもらわないと大変なことになる。
「無駄だよ。僕は綿密な計画を立てて今日に臨んでいるんだから」
俺の声など聞こえていないのだろう。焦点のあっていない目でこちらを向き、魔力が集まっていく。
「おいおい、マジで勘弁してくれ」
『どうするんだよ?』
俺たちは焦り始める。
それはそうだろう。相手は俺たちよりも強いとわかっている相手なのだ。
勝てる見込みなどほとんどない。
「決まってる……」
であれば、やることは決まっている。
「全力で逃げるぞ!」