第百四十八話 宿敵、再び
俺が水晶を壊すことで、解放されたクラーケンが姿を現した。
その数、なんと数百にも及ぶほどだった。
「こんな化け物がこんなにいるのかよ……」
殆ど口のようなものなのだが、そう零さずにはいられなかった。
俺の視界を埋め尽くすほどのクラーケンがいるのだ。恐怖といった感情よりも、億劫に思ってしまう。
『よう、破壊サンキューな!』
その声が聞こえ、俺は上を見上げる。
そこには、穴をふさぎながら降りてくるエリーの体を借りた海神様がいた。そして海底にたどり着き、空気が俺たちの周りだけになった。
やってきた海神様に開口一番、俺は尋ねた。
「なぁ、なんでこんなクラーケンがいるんだ?」
俺はクラーケンがいたとしても、百かそこらだと考えていた。
しかし魔力感知で感じる限り、千にも届きそうなほどの数がひしめき合っていた。
『かなり昔なんだが、俺を封印したやつがついでにクラーケンを封印したんだよ』
「数百もか?」
『いや、数匹だったんだがなぁ……』
「何か理由があるのか?」
『まぁ……俺の力を受けて増殖しちまったんだよ』
「……てめぇのせいじゃねぇか!」
元々はこれほど多くはなかったそうな。
それが、海神様の魔力の影響によるもので増殖してしまったようだ。
なんとはた迷惑な神様だろうか。
『いや俺は封印されていたんだから、どうしようもなかったんだよ!』
確かに封印されていれば、同行できるものではなかったということは理解できる。
だが目の前の光景を目にして、俺は怒りを隠すことができなかった。
『俺も手伝うからいいだろ!?』
「手伝うのは当たり前だ!」
全長が大体五十前後だろうか。それほどの大きさのものが一様にこちらへ敵意を露わにしているこの様は、なんと掲揚したらいいものか。
恐怖ではない。先程まで感じていた億劫という感情でもない。
ただただ、気持ち悪かった。
「力が戻ったなら、俺は帰ってもいいか?」
『何言ってんだよ、俺の力を受けて増殖したんだぜ?』
気持ち悪さから、俺は直ぐに転移して帰ろうかと考えた。
しかし、簡単に帰らせてくれる雰囲気ではない。
『そこに転がっている奴より強いに決まってんだろ!』
「つまり、俺も一緒に戦ってほしいってことか?」
『うむ、そういうことだ!』
「胸を張って言うんじゃねぇよ!」
胸を張り、自身が神であることに誇りを持っているようにふるまう。
だがその報告は嬉しくなかった。
手伝わざるを得ない状況にしたこの海神様をぶん殴ってやりたいと思ったが、エリーの体であるため堪えた。
「やるしかないのかぁ……」
ため息を出しつつ、先程からこちらへと攻撃を仕掛けてきているせいで残りの空気が少なくなっている。
躱しているため問題はないが、空気がなくなるのは問題だな。
さてそろそろ戦うかと覚悟を決め、その直後海神様から鼓舞を受ける。
『そういや、さっきお前の女が心配していたぞ』
「よし頑張ろう……って、べべべべ別に俺の女じゃねぇし!」
『面倒だな、お前……』
俺たちは普段通り何も変わらない会話を交わしながら、目の前でこちらへと攻撃を仕掛けているクラーケンを見据える。
『俺が戦いに集中したら、すぐ終わるから安心しろ』
「へい」
『あ、そうそう。空気を維持するの面倒だからよ、自分でどうにかしてくれ』
「このクソ野郎!」
それからは一方的な蹂躙だった。
俺は自身で頭部付近に空気を作り出し、そして水魔法を使い海中を縦横無尽に動き回りクラーケンを翻弄する。
俺を見失ったクラーケンから、最低限の動きでその命を水魔法を用いて刈り取っていく。
海神様は、エリーの体を使っているとは思えないほど素早い動きで頭部のみを破壊していく。
さらに体が少々海と同化しているのか、死角からの攻撃も全てすり抜けていた。
「それ、すごいな」
『まぁこれでも一応、海神なんでな。例えエレノアの体を使っていてもこれくらいはできるぜ』
蹂躙したといってもかなりの数がおり、そして先程のクラーケンと違いデカい。
これならば強力な魔法を数発叩き込めばいいだろうと考えた。
しかし海神様はともかく、エリーの体にもしものことがあってはいけないため、俺は周りに被害のない方法で戦っていた。
「一つ聞きたいことがあるんだが」
『なんだ?』
戦っている最中ではあるが、気になっていたことを聞いた。
「その身体で戦っても大丈夫なのか?」
海神様は今、エリーの体を使って戦っている。無理をして傷を付けてしまってはいけないだろう。
エリーにまた怒られることになるぞ。傷を負ったら俺は治せるけどさ。
『大丈夫だ、そこには細心の注意を払っているからな』
そういえば先程から、俺とは違いある一定の距離を保って戦っていた。
そして自分自身も海と同化させて攻撃を無力化していた。
『最悪な事態でも、こいつの顔は死守して戦うから』
「そこはちゃんと考えているんだな」
『当たり前だ! あとが怖ぇからな!』
知らぬところで傷が増えていたら、そりゃあ誰だって怒るだろうよ。
「だけどよ、自分自身で戦った方がやりやすいんじゃねぇのか?」
『それは俺も最初はそう考えたんだよ』
今まで視界を埋め尽くすほどだったクラーケンは、海底に沈みほどんど倒すことができた。
そしてたった今、海神様が最後のクラーケンを倒し、俺たちは考えに耽る。
『出来なかったんだ』
「出来なかった?」
『理由はわからねぇ。力は確かに解放されたはずなんだがなぁ……』
自身の手を、閉じたり開いたりして不思議そうに眺めていた。
「何か、ほかに理由がありそうだな」
『……多分だが、全盛期ほどの力が残っていなかったのかもな~』
「あー、クラーケンに使われたってことか」
それならば納得することができる。
「ん? おいおい、なんか馬鹿デカいのがこっちに来るぞ?」
もうすべて狩り終わったかと思われたが、今度はまたクラーケンとは違った魔物が現れた。
見た目は鮫と蛇を足して二で割ったような、魔物ではなく普通の生物としていそうな姿だった。だがそいつは、世界最大のクジラよりも二回り以上も大きかった。
そしてそいつは俺たちを丸吞みにしようと突進してくる。
「あれくらいならば問題ないな」
俺たちは危なげなく躱し、その怪物の動きを注視した。
だがその怪物の陰から姿を現した者がいた。
「やっぱり無理だったか~」
『誰だ?』
怪物を見ている俺たちは、現れた男へと注目する。
見た目は全く特徴のない成人男性だった。だがその男は、人間であるにもかかわらず、俺のように空気を常に作っておらず、水中で呼吸をしていた。
「初めまして海神サマ。僕は只の一般人だよ~」
『んなわけあるか。ただの人間が海底で生存できるわけねぇだろうが』
それには俺も同意する。
ここは人間が生身で生存できる環境ではないため、すでに人間を止めているとしか考えられなかった。
俺はとっくに人間を止めている。
ふと、唐突に俺はその男のことを思い出した。
「お前、もしかして……!」
「翔夜くん久しぶりだね~」
見た目では判断できなかったが、話し方が以前俺を嵌めようとした男と同じだった。
天空で魔物と戦ったり、機械兵士と戦ったり、隕石を破壊したりと、とんでもなく迷惑をかけてきた男である。
『つーか、なんだあのバカでけぇ化け物は?』
「化け物だなんてひどいなぁ。あれは僕の自信作なんだよ?」
不気味な笑みを浮かべて、海神様を指さす。
「海神サマの封印されていた魔力を使って、初めて完成したんだから~」
『だからか! 俺の力がやけに少ないと思ったわけだ!』
「因みに~、事前に魔方陣を組んでいたんだけど、その時に君はその少女から離れられないように小細工もしておいたよ~」
『なんてムカつく野郎だ……!』
本来の姿に戻ってもいいはずだったが、戻ることができない理由はそこにあった。
この男が小細工していたため、エリーの体から元に戻ろうとしても戻ることができなかったんだ。
「これで守りながら戦わなくちゃいけなくなったね~」
「くそったれ……!」
何故そのような面倒なことをするのか。答えは単純だ。
俺の意識を削ぐ目的があるのだろう。
どんなことであろうとも、俺の全力を出させないために様々な策を講じているはずだ。
今まで以上に気を引き締めなければ。