第百四十六話 訪れ
現れた小学生ほどの子供は、エリーの名前を呼んだ。
それはつまり、エリーと関係があるということだろう。
「えっと、海神様?」
「ワダツミ?」
聞いたことのある名前だった。
だがどこで聞いたかド忘れしてしまった。何処で聞いたんだったっけなぁ。
「海の神様の名前だよ」
「あぁ、海の神様か。神様か~!?」
「おう、よろしくな」
どうしても思い出せない俺に、怜は隣から教えてくれた。
それと同時に、目の前の子供が神様なのかと驚きを露にした。
「なんというか、その……」
「軽い神様だね」
「んなことたぁねぇだろぉよぉ?」
「そんで口調は荒いな……」
訛っているといってもいいほど口調は荒々しく、その幼い見た目とは全く合わない話し方だった。
本当に神様なのかと疑いたくなるような見た目と言動だが、それでも目の前の子供から感じられる魔力は他の人間のものとは一線を画すほど異質なものだった。
クソ女神とはまた違ったものを、目の前の少年からは感じられたのだ。
「それで、海神様がいったいどのようなご用件でしょうか……?」
エリーが少年もとい海神様の前へと出て尋ねる。
「んだよ、愛しの使い魔がこうして会いに来てやったのによぉ~」
「使い魔?」
「神様を使い魔にしてるの?」
神様を使い魔にすることは聞いたことがないため、一応俺たち神の使徒も驚いている。
そしてその異常性を理解でき、且つ神の使徒というイレギュラーな存在ではない他の者たちは驚愕し押し黙ってしまった。
「一応、成り行きで……」
「それでもすごいだろ」
謙遜してエリーは言っているが、他の者たちの反応を見るに大それたことをしたんだろう。
いや待て、成り行きでも神様を使い魔にしたのだったら、あのクソ女神を使い魔にすることも出来るのだろうか。
……いや、いらねぇな。
「使い魔が神様だとしても、デメリットがあるんですよ……」
「そんなものがあるのか?」
神が使い魔というのなら、戦いにおいて負けることはまずないだろう。
しかしその力を得るために、代償のようなものがあるのだろう。簡単に力を得ることはできないということか。
「私が何の魔法を使っているかご存じでしょう……」
「確か水魔法……あっ」
「はい、水魔法です……」
目の前の神様はワダツミ、つまりは海の神様だ。
それでエリーの言わんとしていることが理解できた。
「私は海神様を使い魔にしてから、水魔法しか使えなくなってしまったんです……」
「そうなのか……」
ほかの魔法を使うことができないことは、かなり不便である。
汎用性に優れている俺だからこそわかる。一つの魔法を極めることは素晴らしいことだろう。しかしそれしか『使えなくなってしまった』ことは悲劇でしかない。
「しかも、私がお願いしても使い魔をやめてくれないんです……」
「うっわ最低」
「クソじゃん」
「疫病神かな?」
「おいおいそこの三人、俺のことをぼろくそに言うじゃねぇか」
まさか神がエリーの使い魔を止めたがらないために水魔法しか使えなくなってしまっているとは。
普通にエリーが可哀そうだろうと、俺たち三人は想いをぶつけた。
「事実だろうが」
「いや、まぁ、否定しずらいがな、一応水魔法は強力になったからいいじゃねぇか……俺も手伝うし……」
「……まぁ何かしら事情があるんだろうけどさ」
海神様を思い切り貶しはしたが、二人とも何か言いずらそうにしているため、俺はこの話題を終わらせるため適当に締めた。
そんな俺の考えを読んでか読まずか、海神様が俺へと視線を移して指摘してくる。
「つーか、アンタらいつまでイチャついてんだぁ?」
「「ん? うわっ!?!?」」
俺は先程海神様が現れたあたりから、沙耶を抱きしめていたのだ。
咄嗟のことだったとはいえ、流石にずっと抱きしめているのは攻めすぎていただろう。
バッと勢いよく俺たちは離れ、お互いに赤面する。
「はぁ~ん、そういうことかぁ~」
ニヤニヤしながら俺ら二人を交互に見て、そして何か納得したかのように俺に肩を回してくる。
この海神サマ、小さいから俺がしゃがまなければいけないんだよな。
「お前、そこの女に惚れてんだろ?」
「べべべべべ別にそういうやつじゃねぇし!」
「うっわわっかりやすっ」
「「わかる」」
海神様の発言に、神の使徒二人も同意する。
俺ってそんなにわかりやすいかな。自覚ないんだけどなぁ。
「それよりも、海神様」
「なんだぁ?」
俺たちの話に割り込むように、エリーは海神様に話しかける。
「先程の幽霊、あれは海神様の仕業ですね?」
「おう、そうだ! エレノアの恐怖するところが見たくってなぁ!」
屈託のない笑みを浮かべ、サムズアップしていた。
しかしそれとは反対に、エリーの眉間にはしわが寄っていっている。
「ほんっと怖かったんですからね!? ああいうことは今後一切やめてください!」
「お、おう……すまなかった」
「私以前も言いましたよね!?」
小学生ほどの海神様にエリーは詰め寄り、説教を始めた。
全員二人へと釘付けとなり、暗い森の中、エリーの説教だけが響き渡る。
しかしずっとそのままというわけにもいかず、俺は止めに入る。
「エリー、説教は後回しにしてもらってもいいか?」
「……仕方がありません。今日はこの程度にしておきましょう」
「神に対して説教をするとか、普通じゃねぇ……」
「海神様、ホントに神様なんすか?」
「これでも海の神様だ」
エリーの説教にウンザリといった様子で、エリーから離れていく。
そして俺の前まで来て、俺の胸を拳で軽く小突く。
「アンタんとこの竜と同じだよ」
「未桜と……?」
「存在は似たようなもんだ」
確か未桜は魔物を差別化した際、最上位種と呼ばれる存在であった。
それならば神と肩を並べているといっても過言ではないのだろう。
あれ、思った以上に未桜は凄かったのか。
「まぁ神様っつっても土地神みてぇなもんだし、アンタほど力はねぇよ」
「いやいや流石に神様以上の力はないですよ」
「いーや、さっきの攻撃を食らってたら俺は死んでたね」
先程俺が放とうとしていたのは魔法ではない。
それを理解してそのようなことを言っているのか。それとも神の使徒ということがバレてしまっているのかわからない。
「翔夜……」
「何か言いたげだな結奈」
考え事をしている俺に、結奈はボソッと発言する。
「化け物」
「その化け物より強いお前はなんだ?」
「可愛い女の子」
普段の俺であれば、ここで鼻で笑って馬鹿にしていた。だが最近はこいつを怒らせると本当に怖いことを知ったのだ。
だから、無難な答えをすることが適切であると判断した。
「……ウン、ソウダネ」
「なんで片言なの?」
仕方がないだろう。思ってもいないことを言えるほど俺は器用な人間ではない。
「女の子はみんな可愛いんだよ?」
「それを自分で言うのはちょっと違う気がする……」
「……例外的に怜も入れる?」
「んー喧嘩売ってる?」
怜は確かに結奈よりも可愛いという部類に入っていると思われる。言いはしないが。
そして可愛いと認めさせようとしている結奈に、流石に呆れた俺は何も考えずに普段通りに接した。
「いやいや、お前どっちかって言うと綺麗系だろう。可愛いではない」
「えっ……」
適当に、本当に何も考えずに続けて言う。
「可愛いっていうのはなぁ……ふぅ」
「……ほー誰なの~誰なの~」
「うるせぇこの野郎!」
危ない危ない。沙耶のことだと言いかけてしまって焦った。
俺が本心から可愛いと思っているのは沙耶のことなのだ。
当たり前のことなのだがな。口で言うのはなんか恥ずかしい。
「なんか、翔夜って翔夜だよね」
「それは馬鹿にしているのか?」
「いや全然」
怜は何か言いたげだったが、俺は気にせずにいた。
「海神様、だったか?」
「おう、なんだ?」
俺たちが言い争っていると、陸が海神様に話しかける。
「どうして今ここに現れたんだ?」
「あーそうだそうだ。言いたかったことがあったんだ」
ふと思い出したように、海神様は俺たち全員に真面目な表情で伝える。
「明日さ、またこの場所に来てくれねぇか?」