第百四十二話 闖入者
シャワーを浴びている俺はもう立ち上がることができない。
しかも、氷水で全身を冷やしているにもかかわらず、何故か反対に体は熱くなっていく一方だ。
「くっそぉ……!」
まさかここまで沙耶のことで興ふゲフンゲフン体調が悪化するとは思っていなかった。
椅子に座ったまま、ずっと魔法で氷水を生成して浴び続けている。
この発熱も収まればいいのだが。
「というか、翔夜、血が流れているぞ?」
「えっちょ、翔夜大丈……夫そうだね」
俺は血を流していた。
そのため俺はこれ以上流血させないため、鼻をしっかりと抑えて患部を冷やした。
どうにかこっちも収まってほしい。
「あー問題ない。ただ……」
「ただ?」
上もうえで問題だが、もっと深刻なのは下の方だ。
俺のエクスカリバーがゲイ・ボルグして戦闘状態に入った。
「俺、ちょっと立ち上がることができない……」
そう言うと、怜は夜空を見上げた。
「満天の星空、綺麗だね~」
「おい無視すんじゃねぇよ一大事だよ!」
俺は収まらないとそっちに行って温泉に浸かることができないんだぞ。
しかし女性陣に効かれてはいけないため、ある程度声量は抑えている。
「翔夜も立派な思春期真っ盛りの男なのだ、仕方あるまい!」
「思春期真っ盛りね~」
「そんな目で俺を見るな!」
まるで子供が初めて恋を知った時に、大人が見せるその優しい表情。
俺は悲しくなるぞ!
『沙耶だけじゃなくて、エリーと奈那も柔らかそうだね~』
『あの、その獲物を狩るような目は何でしょうか……』
『……えっち』
『もう、私のを触るのやめてよ~』
あちらでは、野獣の如く同性に対しセクハラ紛いなことをしている声が聞こえてくる。
その声のせいで、俺はかなり危ない状況だった。
「こういう時は……円周率だ!」
「また古典的な……」
なんと言われようとも、何も関係のないことを考えていれば自ずと落ち着きを取り戻すだろう。
というわけで、俺は円周率を数えることにした。
「π=沙耶の……じゃなくて、数字だ数字! えっと、柔らかい……じゃなくて!」
あちらからの声が耳に残り、円周率を思い出すことができなくなっていた。
「円周率って、なんだっけ……!」
「ここまで馬鹿だったとは……」
「そんな憐れむような目で見るんじゃねぇ!」
実際、三以降の数字がわからなくなるほど俺は興奮状態にあった。
鼻血も全く止まる様子などなく、俺の足元を血で染め上げていった。
「なぁ……」
「今度は何?」
この状況は流石にまずいと思い、俺は呆れ顔でにこちらを見ている怜に尋ねる。
「ちょっと血圧抑制剤なんて持ってません?」
「いや持っている方がおかしいから」
わかってはいたが、もう薬に頼るしかないなと考え俺は尋ねたのだ。
もちろん持っているはずがないことはわかっていたが、さてどうしたものか。
「それなら俺が持っているぞ?」
「えぇ……なんで?」
残念に思っていると、なんと陸が持っているらしかった。
「俺と奈那は半分は魔物だからな。もしもの時のために持たされているんだよ」
「そうだったのか」
そう言って陸は脱衣室へと向かい、直ぐに手のひらサイズの透明なケースを持ってきた。
「ただこれは、人に使うモノより強力だが、翔夜に使っても大丈夫だろうか?」
「おう、強力なものの方が俺としては嬉しい!」
「まぁ翔夜だし、大丈夫だよ」
俺は普通の人間ではない、神の使徒である。
そのため致死性の毒であっても死ぬことはないだろうと考えている。
常人なら身体が消し飛んでいるであろう状況で俺は生きていたわけだし、これくらいならば問題ないだろう。
「錠剤なのか」
手渡された薬は錠剤で、俺は魔法で水を生成して躊躇いなく飲んだ。
神の使徒だから、もしかしたら聞かない可能性もあったため、俺は効いてくれることを願った。
「即効性のものだが、体調に問題ないか?」
「……あー、落ち着いてきた」
「そういう割には鼻血止まってないけどね……」
怜の言う通り鼻血は止まっていないが、それでも下半身の方は鎮まってくれたため俺としては満足である。
俺は立ち上がり、鼻に適当に詰め物をして出血を抑えて温泉に浸かった。
「おぉ~、あったけぇ……!」
「そりゃ氷水を浴びていたらねー」
今まで興奮を抑えるためずっと氷水を浴びていたせいか、体が冷え切っていた。
そこでこの温泉である。
身にしみてとても気持ちがいい。
「鼻に詰めても大丈夫なのか?」
「俺なら心配いらないぞ~」
陸が心配してくれているが、俺は神の使徒であるため大丈夫だろうと楽観視している。
そしてすんごく極楽であるためどうでもよくなっていた。
「夜空、綺麗だな~」
「これが露天風呂だよ~」
「俺も初めてだったが、いいものだな!」
気持ちよく露天風呂を満喫して談笑していると、隣の女子風呂から声がかかった。
『翔夜~』
「なんだ!」
結奈の声に俺は何か危機感を覚え、声を大にして叫んだ。
『沙耶のおっぱい、想像しているでしょ?』
『ちょ、やめてよ!』
女子風呂から結奈と沙耶の声が聞こえてきており、先程の俺であれば鼻血を大量に流していただろう。
「翔夜なら、菩薩になりそうだよ」
『どういう状況なのでしょう……』
無の境地というものだ。
そのような声程度で、俺の心を動かすことなどできはしないのだよ。
「薬を過剰摂取してはいけないぞ?」
「使わなきゃ死ぬ!!!」
「大袈裟……でもないのかな?」
無の境地とはいったが、ただ俺は薬を過剰摂取しただけだ。
また心配されてしまったが、そうでもしないと俺は出血多量で死んでしまう。
見逃してくれ。
そんな学生たちの団欒の中、闖入者が現れた。
『なんか楽しそうだな!』
「なっ、ク……雪先生!」
『今クソババアっていいかけたな?』
「いいえそんなことあるはずないじゃないですかやだー」
なんと、現れたのは俺の学校の校長である雪先生だった。
「でもどうして先生がここに?」
『お前たちだけ遊んでいてずるいぞ! 私も混ぜろ!』
『ということで、無理やり連れてこられました……』
「観月先生もいるんですか。えっと、ご愁傷様です?」
なんと俺たちが楽しんでることを妬んでやってきたそうだ。
行動力だけはある人だな。
『仕事が残っているのに連れてこられたんですよ!?』
『あの、落ち着いてください先生……』
『温泉ですし、ゆっくり浸りましょう?』
女子たちが観月先生を宥めつつ、温泉へ浸かるよう促している。
『しけた顔してんじゃねぇぞ? 遊ぶんだから思い切り羽を伸ばさないとな!』
『学生の模範とならないといけない教師が、その学生の前で思い切り羽を伸ばすことなんてできますか!』
『別にいいじゃねぇかよ~』
見えていないため声で判断するしかないが、確実に観月先生は怒っていらっしゃる。
対し雪先生はすでに温泉に浸かってくつろいでいる様子が目に浮かぶ。
『メロン……死ね』
俺たち三人は呪詛が聞こえた気がするが、三人とも聞かなかったことにした。
誰とは言わないが、大きい人に恨みを持っているような声だった。
「なんか、興奮が収まったわ」
「すんごく失礼だね。それ本人には黙っててね、面倒だから」
そう言っている怜も失礼なことを言っているのではないだろうか。
まぁ俺が一番失礼なんだけどな。