第百四十一話 自己抑制
日も暮れ、そして話し合いも終わったということで、俺たちはみんなで夕飯をご馳走になった。
魚料理がメインの和食が今晩の夕食のようだった。
怜が呼んでくれていた料理人が、俺たちのためだけに作ってくれたそうだ。
「さっすが金持ち。金に物を言わせてこんなことをするなんてな」
「それ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
豪勢な食事内容に舌鼓を打ち、俺は料理を口の中へと頬張る。
普段の宮本さんが作ってくれる料理ももちろんおいしいのだが、やはりしっかりとした料理人が作ったモノは段違いにおいしいのだ。
そんな料理人を呼んでくれた怜には感謝しかない。
「ホントおいしいね。そのお金は怜の力じゃないからね~?」
「それくらいわかってるよ。というか金持ちへの偏見すごくない?」
「ソンナコトナイヨ」
「何故に片言……」
俺と同じく、結奈も料理を頬張りながら怜へと感謝を述べている。
だが俺とは違い、金持ちへの偏見から少々口の悪いことを言っている。
怜もそんな発言を軽く流して、俺たちのように食事を堪能しようじゃないか。
「翔夜」
「なんだ?」
結奈は俺の近くへとやってきて、小声で話しかけてくる。
いったい何の用なのだろうか。
「お酒恋しい……」
「わかる……」
前世で成人している俺たちからすれば、こういう食事内容には必ず酒が付いていた。だから、ものすんごく飲みたいのだ。
今は未成年だから我慢するしかないが。
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各々料理を堪能して、一息ついたところで、いよいよお待ちかねの風呂である。
「よっし風呂だ!」
待ってましたと言わんばかりに俺はテンションを上げている。
なぜならここは露天風呂なのである。
実は前世を含めて、露天風呂に入ったことがなかったため、結構楽しみにしていたのだ。
「翔夜、こっち来ないでね」
「行くわけないだろうが!」
入り口の暖簾から顔をのぞかせる結奈のからかう発言に俺は即座に否定する。
男子禁制の女子風呂に俺が行くわけがないだろう。そんなことをしたら沙耶に嫌われてしまう。
「来たらぶっ殺すからね?」
「だから行かねぇっつうの!」
「……ホントに来ないの?」
「おいそんなセリフを吐いても無駄だぞ! 俺は行かねぇからな!」
俺を犯罪者へと仕立て上げたいのか、どうしても俺を女子風呂へと誘おうとしてくる。
「来ないの?」
「……そういうセリフはな、まずその手に持っている鈍器を置いてから言うもんなんだぞ」
「チッ」
舌打ちをして、結奈はさっさと風呂へと入っていった。
「えぇ……」
俺を犯罪者に仕立て上げたいのかと思ったが、違ったようだ。俺を犯罪者に仕立て上げて、思う存分ぶん殴るつもりだったようだ。
アイツの手から禍々しい魔力を帯びた鈍器が見えたため、俺はそれをすぐに指摘した。
そのおかげで諦めてくれたようでよかった。これで心置きなく露天風呂を堪能できるというものだ。
「まったく、俺のことを何だと思っているんだか……」
「今までの素行の悪さが原因じゃない?」
「今まで女性にひどいことした覚えがないんだけど!?」
普段から警察のお世話になることはしばしばあるが、それでも女性関係で犯罪を犯したことは前世を含めて一切ないと断言できる。
まぁ、恐れられることはしょっちゅうだったが。
「まぁまぁ、いいじゃないか。存分にリラックスしよう!」
「そうだな」
陸の言葉に俺は同意し、脱衣所に入り風呂に入る準備をする。
そして俺は以前より気になっていたモノを見る。
「……というか、『ついて』いたんだな」
「なに? 女子風呂覗く前にぶっ殺されたい?」
「ごめんて! ……いや女子風呂覗かないからな!?」
「翔夜が言っているのは、線が細いからそう思われているのだろう? 綺麗にみられているということなのだから、それは誉め言葉ではないのか?」
「僕は本当はガタイのいい体になりたかったんだよ。だからその言葉は誉め言葉じゃないんだ……」
「そうなのか」
そういえば、俺と陸はどこから見ても高身長で骨格がしっかりしており、また筋肉も申し分なくついている。
所謂細マッチョという部類には入るのではないかと思っている。
そんな俺たちの肉体を眺める怜は一言ため息交じりに漏らす。
「君らの体が欲しいよ……」
「おっとちょっと怖い発言をしたな」
つまり魂を抜いて、その肉体に入り込むというスピリチュアルなモノを実施しようとしているというのか。
まぁ流石に冗談だろう。目は本気で狙っているような目つきだが、流石にしないだろう。
そんなこと、しないよな?
そんな話をしつつ風呂場へと続く扉を開いた。
すると小さいながらも、女性陣の話声が聞こえてきた。
『うっわみんな発育いい!』
『そ、そんなことないですよ』
『そうだよ、結奈だって細くてスタイルいいじゃん』
『羨ましい』
『はーそうやって僕のことを貶しますかーそうですかー』
竹で隔てられた向こう側から聞こえてくるのは、胸部に関する話題だった。
「……ここって、こんなに風呂だったんだ」
「そうだよ?」
「……すんごい丸聞こえじゃん」
「楽しそうで何よりだ!」
まずこの二人には覗きをしたいという下衆な考え方がないのだろう。
いや、俺だってしようとは思っていない。思ってはいないが、それでも意識はしてしまう。
「さて、こちらも体を洗うとしよう」
「そうだね」
あちらのことは考えないようにして、俺たちはシャワーを浴びて体の汚れを落とす。
『そういうことを言うやつはね……』
『きゃっ! ちょっとやめてよっ!』
『いいじゃん減るもんじゃないし。寧ろこれ以上大きくなるかもしれないし……』
『自分で言って落ち込まないでよ!』
『因みに、触り心地は?』
『すんごいよ』
『あの、ちゃんとお風呂に入りましょう?』
シャワーを浴びている途中にも、女性陣からの『胸』に関する話題……というよりもスキンシップが行われている。
そんなことは気にせず、俺たちもシャワーを浴びてそそくさと風呂の中へと入っていく。
しかし俺はしっかりと洗いたいので、二人が入ってもまだシャワーを浴びている。
『これが、持たざる者にはわからない柔らかさか……』
『だから揉みながら落ち込まないでよ!』
なんかシャワーがやけに熱く感じるな。温度調節でも間違えただろうか?
もう少し冷たくするか。
「ところで……」
風呂に浸かっている陸は、俺を指さしながら隣にいる怜に問いかける。
「あれはなんだ?」
「えっと……なんだろう?」
いったい二人は何を言っているのだろうか。
俺はただ身体を洗うためにシャワーを頭から浴びているだけなんだけどな。
「お湯ではなく、氷を生成して氷水を浴びているようだが……」
「あ、ほんとだ。翔夜、なんでそんなのを浴びているの?」
二人は俺の行動に少々引いているようだった。
確かにお湯が熱く感じられたから氷魔法と水魔法を合わせて、それを浴びていたが仕方のないことだったんだよ。
どう頑張っても女性陣の会話は聞こえてくるし、沙耶の艶めかしい声が俺の耳に残るし、もう俺の理性が崩壊しそうなんだよ。
話したところで二人にはわかるはずがないだろうがな、俺は一人戦っていたんだよ。
「うるせぇ! 俺のエクスカリバーがゲイ・ボルグしそうなんだよぉ!」
「何言ってんの……」
訳が分からないといった反応だった。
安心しろ、俺も何言っているかわからない。熱で頭がやられたようだ。