第百三十二話 新しい使い魔
おにぎりを食べて和んでいるとき、ふと思い出した。
「そういえば、あの友達は?」
今この場には俺を含め三人しかいない。
だが助けた、鈴の友人であるあの銀狐はどこにいるのだろうか。
「ここにいるよ!」
「ぅおぃ! めっちゃびっくりした!」
大きな声量で、俺の後ろから声をかけられてビックリした。
少し飛びのいてしまった。まさか後ろにいるとは思いもしなかった。
「初めまして鈴の主さん! 私は茅と言います! 以後お見知りおきを!」
「あ、あぁ、よろしく……」
握手を求められてたので、俺はそれに応じる。
ただ、いつの間に俺の後ろにいたのかわからかった。
「ずっとタイミングを見計らっていました!」
「君、心を読めるのか?」
「勘です!」
「そっか。元気だね」
「はい!」
まるでそれだけが取り柄と言わんばかりに元気に答える。
同じ狐である鈴とは正反対な性格をしているが、それでも鈴の友人なのだ。丁重に扱わないとな。
「改めて、私を助けてきただき、ありがとうございます!」
「気にするな。礼は鈴に言ってくれ」
これは鈴のお願いで助けに行ったのだから、別に例など求めていない。
むしろ俺よりも未桜の方が働いてくれていたと思うほどだ。
「鈴、ありがとね!」
「どういたしまして」
「あと、迷惑かけちゃってごめんね!」
「気にしていませんよ」
茅は鈴に抱き着き、鈴はいつも通り冷静沈着にお姉さんのように対応していた。
口調は変わらないが、鈴は友人を助け出したのだから心なしか嬉しそうにしている。
いや、尻尾が結構揺れているから、かなり嬉しいのだろう。
「そうだ、鈴の主さん! そういえば私はこれからどうしたらいいですかね?」
「どうしたら、とは?」
唐突に抱き着くのを止め、こちらに向き直り問いかけてくる。
「私の今後についてですよ!」
「……好きにすればいいんじゃないか?」
俺は別に何か命令するわけでも何かしようとも思っていない。
なぜそのようなことを言うのだろうか。
「助けて貰ったのだから、何か恩返しなどがしたいのですけど?」
「別にそんなことしなくていいぞ? 俺は鈴のお願いをかなえただけだからな」
「それでもです! 私は私の意思で主さんに恩を返したいんですよ!」
「……はぁ、わかったよ。でも恩返しねぇ?」
一度は断るも、負けず自分の思いを伝えてくる。
根負けして俺は恩返しについて考える。
特に何かしてほしいなんてことはないため、俺は忘れていたおにぎりを頬張る。
「どうしたものか……」
「あ、私の身体とか興味あります?」
「ッ……ゴホッゴホッ!」
食べていたおにぎりを噴き出してしまいそうになり、むせてしまった。
今とんでもない言葉が聞こえた気がするが気のせいか? 絶対に気のせいじゃないを思う。気のせいであったほしいが、聞き間違いじゃないよな。
「ちょっと茅?」
「なにー?」
「私の主様に向かって何を言っているんですか?」
「ダメなの?」
「よくありません。礼節と節度というものをもって接してください」
「感謝ならしているよー? まったく、私に合わないうちに鈴も変わったよねぇ」
「わ、私は以前から変わっていません」
茅の発言が衝撃すぎて、俺は二人の会話に乗れずにいた。
「主の前だからいい子にしてるの?」
「いつもこの調子です!」
「よく言うよー。ねぇ鈴の主さん、鈴は昔———」
「待ちなさい! いったい何を言う気なんですか! 言わせませんよ!」
鈴は茅の口をふさぎ、言わせないよう努めていた。
「たのしそうだねー」
「そうだな」
未桜の言葉に、俺は同意を示す。
二人でお握値を食べながら眺め、そして友人と話す鈴をみて和んでいた。
というか未桜よ、それは何個目のおにぎりを食べているんだ。
「そうだ、こういうのはどう!?」
「まだ話は終わってません!」
「……なんだ?」
再び唐突に、茅はこちらに向き直り自身の考えを述べる。
なんというか、自由な子で鈴は振り回されてばかりなんだろうなぁと感じた。
「私が使い魔になろうか!」
「俺の使い魔か」
「そう!」
とても妙案だと言わんばかりに、俺に寄ってきて言った。
「それならいつでも役に立てるよ!」
「なるほど?」
確かに使い魔が増えれば、今回のことが起こっても未桜や鈴の負担を軽減させることができる。
ならば、この申し出は受け入れるべきだろうか。
「やだ」
「えっ、未桜?」
だがその申し出に、まさかの未桜が拒否の姿勢だった。
「あるじはわたしの」
「いや寧ろ俺の未桜って感じなんだけど……」
「私の主様でもあるんですけど……」
何故このような発言をしたのか、これは本当に理解できなかった。
ほとんどのことに否定などしない未桜が、まさかこのようなことで否定をするとは思いもよらなかった。
俺がとられるとでも思っているのだろうか。やだ可愛いかよ。
「私、何か嫌われるようなことしちゃいましたかね?」
「そういうお年頃なのだろう。気にしないでくれ」
「わかりました! 認めて頂けるよう頑張ります!」
この中で恐らく一番年上だろうが、やはり幾つになっても気に入らないことの一つや二つはあるのだろう。
「みとめてないわけじゃない」
しかし未桜はそう言って茅におにぎりを差し出した。
「ただ、つかいまがおおくなると、わたしにかまってくれないかのうせいがある」
「そんなことはないぞ?」
別に俺は平等に鈴と未桜に構っているつもりだ。
優劣をつけるなんてことはないし、構ってほしかったらいつでもかまってあげようじゃないか。大事な使い魔なのだから。
あと、おにぎりはいったい何個持っているんだ?
「わー、可愛い! おにぎりありがとう!」
「じゃま」
「あ、ごめんねぇ! でも可愛いなぁ!」
急に抱き着き、しかし未桜は嫌がり茅は直ぐに離れる。
反応が可愛らしくてその衝動が抑えられなかったのだろう。茅よ、その気持ちはわかるぞ。
「どうにか一緒にいることはできないでしょうか?」
「そうだなぁ」
先程は俺への恩返しのために使い魔になりたいといっていた。
しかし今は未桜が可愛いから一緒にいたいと思っているのだろう。
だってずっと未桜のこと見てるし。
さてこの自由人をどうしたものかと頭を悩ませていると、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「兄さん、お父さんとお母さんどこ行ったの?」
「あ、結衣か。両親は二人でどこかへ『お話』をしに行ったぞ」
「そう」
両親が家から出ていってしまったから、それを尋ねてきたのだろう。
だが俺はそれについて詳しく答えられない。すまんな結衣よ。
結衣も察してか、話題を変えてきた。
「その狐さんはお客さん?」
「あぁ、そうだ」
俺と使い魔以外の奴がいても全然驚かない胆力はすごいな。母さんに似たのかな。両親の話題はやめよう。
今の問題は両親ではなく茅をどうするかだ。
「妹さん可愛いですね! 使い魔になってもいいですか?」
「見境なしかお前は」
「男よりは女の子の方がいいに決まってます!」
「なんて身勝手なことを」
「使い魔? 私の?」
なんと自由な魔物なのだろうか。
まぁこんな強面の男よりは、可愛い女のことの方がいいのはわかるが。
「こいつがなりたいんだと」
「いいですか!?」
一応、確認のために尋ねてみる。
許可するかしないかは結衣に決定権があるため、俺にはどうしようもない。
頭を下げて茅はお願いするが、果たして許可してくれるか。
「えっと……」
急展開に何が何だかわからないといった様子の結衣だった。
だが決めたのか、意を決して結衣は発言する。
「お断りしてもよろしいでしょうか?」
「えっ……」
その瞬間、なんとも言えない空気が辺りを包み込んだ。
当の本人である茅は笑顔のまま固まってしまっていた。
「初対面だし、そりゃそうだろうな」