第百二十五話 ちょっと本気で集中
俺は他の何よりも沙耶を優先して動くだろう。
そういう意味では、俺は大勢の命の方を優先する。その中に沙耶が含まれているからな。
だけども、それは本当の意味で最後の手段だ。
目の前で自分が助けられる命があるのだ。それを助けない理由はないだろう。
しかもそれは俺の大切にしている使い魔だ。どちらかを選ぶなんてことは俺にはできない。
「チッ、どうするか……」
それでも、両方を救う方法を俺は思いつかない。
分身なんて忍法を使えるわけでもなく、そもそもあの攻撃を防ぐことができるかさえも怪しい。
そんなあやふやな状態のまま、俺が決定に決めあぐねていると。
「あるじ、ここはわたしがやるよー?」
「大丈夫なのか?」
「よゆー、だよ」
軽くストレッチをし、速度のないシャドウボクシングをかます未桜。
先程まで黙って聞いていただけの未桜が、いつものその無表情で、やる気のない表情で、相手を睨む。
「ここには君たちが戦った『薬を使った者』たちもいる。それを、たかが魔物が仲間を守りながら戦えるのかねぇ?」
「アイツらもいるのか……」
相手の男よりその発言を聞き、とても厄介だと組織へ乗り込んだ時を思い出す。
俺は実際に体験しているため、その強さがいかほどのものか把握している。
「わたしも、あるじみたいにほんきをだしたことないから」
だが未桜はその余裕の表情を崩さない。
その発言には、暗に本気を出せば問題なく片づけることができると、そう遠回り言っているようだった。
「でも、いまだけは、ほんきでやる」
今までに見せたことのない、やる気を今ここで発揮してくれる。
表情ではわからないが、未桜はそう言って自身の周りに風を発生させる。
「わかった、ここは任せる。鈴を頼んだぞ」
「まかされたよー」
普通の人が見れば全く分からないが、魔力量が異常なまでに高まっているのだ。
そしてよく見てみると、鈴と件の銀狐の周りにも風が発生しており、恐らくではあるが風の結界でも張ったのだろうと予測した。
だからそこ、俺は未桜に安心して任せることができるのだ。
「もし、危なくなったら俺を呼べよ!」
「はーい」
全幅の信頼を寄せるからこそ、俺は集中して『インドラの矢』なる攻撃へと対処することができる。
俺はそう言い残して、要塞の直下へと転移魔法で飛んだ。
「雲もなんか晴れてるし、地上から丸見えだな」
俺たちは太平洋を渡ってこの要塞へとやってきた。
直下には海が広がっていたはずだが、現在は日本の都市の真上へとやってきていた。地上では今パニックになっていなければいいが。
いや、ここは空気が薄い上空の彼方。そもそも見つけることさえ困難だろうか。
「さて、大見え切ってきたはいいものの……」
ここから見えるその要塞は、下部に大きく口を開いた発射口が見える。
ここへ来た際に見ていなかったが、そのほかにも
「どうやって防ごうか?」
魔力量が多いから、魔力干渉を受けなかったのだろう。
それならば、俺と最上位種である未桜が精神支配乃至洗脳にかからなかったことに納得がいく。
だが、結界をすり抜けた理由は本当にわからない。そういう系統の魔法だったのか、それとも何か俺の知らない穴があったのか。
兎にも角にも、俺はあの要塞から発射されるアレをどうにか対処しなければならない
「取り敢えず、超巨大な結界を五重に張って、それでもダメならば『カタストロフィ』をぶち込む」
要塞の面積より広い結界を五重に張り、それより少し離れてカタストロフィを放つ準備をする。
「それでもダメなら、なんか適当にいろんな魔法で対抗しよう」
カタストロフィでもダメなら、大抵のものがダメだと思われる。
それでも悪足搔き程度に、消滅魔法や四元素魔法を混合させたりなどを考えている。
あまり意味はないだろうが。
「もし仮に防ぐことができなかったら、海に逸らすか……」
最悪、斜めに結界を張ることで、どうにか海へと軌道を逸らそう。
最初に貼った結界で防ぐことができれば御の字なのだが、果たしてうまくいくだろうか。
「おっ、魔力が高まってきたか……」
要塞の下部に俺の知っているような形状をした、まるでそこからエネルギーの塊を発射するといわんばかりの、七本の柱が伸びていた。
そして準備が整ったのか、魔力量が最高潮に達し発射寸前といった様子でいた。
「さぁさぁ、来るなら来てみろや!」
正直なところ、町の住人の命を預かっていると考えると、不安感がかなり強い。
そのため自らを鼓舞するため、気丈に振る舞い声を大にして叫ぶ。
そして発射されるその膨大な魔力の暴力は、だが結界へとぶつかり拮抗する。
「よっしゃ、結界で防ぐことができるなっ!」
だがそれも束の間。
五重に貼った結界の、最初にぶつかった結界に亀裂が生じた。
「えっ、いや、ちょっ……!」
最初は防ぐことができていたが、亀裂が段々と大きくなり、そして一枚二枚と破れていく。
「くっ、カタストロフィ!」
五枚目が割られた瞬間、俺は準備していたカタストロフィを発動させる。
重力魔法に消滅魔法と、混合させた魔法であるためここで対抗するには一番適した魔法だろう。
だがその反面、誤ってその延長線上にある要塞ごと消し飛ばさぬよう、細心の注意を払いつつ発動しているためかなりの集中力が必要になる。
「嘘だろ!? 核をも凌ぐほどの防御力を誇る俺の結界だぞ!?」
集中はしているものの、先程張った結界は別に手加減をしたわけではない。
本気を出したかといえば微妙だが、それでも神の使徒が張った結界をこうもあっさりと破られたことに驚きを禁じ得ない。
「待て待て待て待て! おんどりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
結界のことで気が動転してしまった。
そのことで集中力が欠け、押し負けてしまいそうになる。
これは気を抜くとやられてしまうと考え、再び集中する。
「これじゃあ未桜の助けに行けそうにないな! 無事だといいんだが!」
危機に陥れば助けを呼べとは言ったものの、この状態では助けに行くことも出来ないため、自身の使い魔に申し訳なく思ってしまう。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、最悪な現実が叩き付けられる。
「いや嘘だろ!? あのゴーレムも出てくるのかよ!」
なんと、この要塞で見たゴーレムが排出されている。
通気口のようなものだと思っていた穴から、次から次へと例のゴーレムがかなりの数出てきた。
そして、そのゴーレムは背中より蝙蝠の如き翼を出現させ、飛翔する。
「おいおい、どうしてこっちに来るんだよ!?」
そのゴーレムのすべてが、俺の方へと飛翔してくる。
それは、明らかに攻撃を意思を含んだものだと考えられる。
「くそったれ! 消滅魔法で消し飛ばしてやる!」
カタストロフィを連続して発動している中、消滅魔法を範囲など大まかに発動させ、複数体のゴーレムを一気に消し飛ばす。
「っだーくそ! 数が多すぎるっ!」
それでも数が多いため、俺への攻撃がやむ気配が一向にしない。
幸い、魔力量はなくなるなんてことはないが、今もまさにインドラの矢とカタストロフィが拮抗している状態だ。
先に集中力がなくなってしまいそうで早々に片を付けなければと考える。
「まぁそれでも! ビームを放ってこないだけ幸いか!」
腕が翼の役割を果たさないのかというツッコミができないほどには俺は集中している。
だがしかしだ、本当に光線なんてものを使うゴーレムがいなくて心の底から安心している。
そんなものが出てきてしまえば、この拮抗している状態がいつ崩壊するかわかったものではない。
「ん? ちょっと待て、なんか黒いの出てきたぞ!?」
先程は土気色のゴーレムが出てきたのだが、今現在出てきているのは黒く染まったゴーレムだった。
それは先程と同じように蝙蝠のような翼を出現させ、飛翔してこちらへと向かってくる。
だがその黒いゴーレムの顔面には、まるで銃でも撃つかのようなロングバレルが装着されていた。
「おいおい、嘘だろ!?」
俺の知っている様相とは違うものの、それが意味するところを理解してしまったため咄嗟に身を翻す。
「ビームとかするんじゃあねぇよ!」
そのロングバレルから射出されたものは、光魔法の類だろうと思われる。
間一髪のところで躱すことができたそれは、俺が先程までいた場所を貫いており、躱していなかったと思うと考えたくもない。
「あぁくっそ! ちょっと気を抜くとアレが地上に撃たれちまう!」
躱したことで意識がそれてしまい、拮抗していたそれが危うく押し切られそうになってしまった。
なんとか立て直しつつ、早急に黒いゴーレムを優先して消し飛ばす必要があった。
そこからは一心不乱に黒いゴーレムを先にして消し飛ばし、尚且つカタストロフィに集中して行うという今まで見せたことのない集中力で対抗した。
そしてついに終わりが見えた。
「よしっ! 防ぎ切った!」
拮抗していた力は、漸くその威力がなくなり防ぎきることができた。
その時間は長く感じられはしたがとても短いものだった。
それでも俺の集中力はかなり削られ、もう一度同じ芸当をしろと言われたら無理と突きつけるほど消耗してしまった。
「あとはゴーレムを消し飛ばせば……」
あたりに散らばる、光線を出さないゴーレムを目視でとらえ、だがその直後。
「第二射なんて聞いてねぇぞ!? インターバルはどうした!?」
再び要塞は魔力を溜め込み、発射する準備を整えていた。
「未桜ごめん、これは本当に助けに行けそうにない!」
俺の同郷の男は、インターバルがあるといっていた。
だがあれを見れば、フェイクだったのだろうと考えざるを得ない。
「神長原さん早くしてくれ!」
墜落させると言って俺らと別行動をとったシスト隊員兼引きこもりの神長原さんへと思いをはせる。
墜落させてくれることを、結構本気で切望する。