第百二十四話 徹底的な対策
彼は、作り上げてしまったのだ。
あの兵器を。
「でも、発射するときに生じる地響きはどうにかしたいもんだよ」
目の前の男はそう嘆く。
まさか現実世界で……いや、異世界でロストテクノロジーと出会うことなどとは思いもしなかった。
新しく作られたからロストではないが、今はそんなことどうでもいい。
「主様と同郷というと……」
「あー、詳しくは聞かないでくれるとありがたい」
「はい、わかりました……」
鈴や未桜がいることを忘れて発言してしまったため、シリアスな雰囲気に乗じて適当に誤魔化す。
「それでさぁ、君に聞きたいんだけど……」
「なんだ?」
核以上の兵器を所持しているとは思えないようなふざけた調子で、男が問う。
「君はさ、命に順番ってあると思う?」
「……そりゃあ、あるだろうな」
元々は医療従事者の卵。救えない命より救える可能性のある命を優先することはあるだろう。
「自分の周りの人間と、無関係な大勢の町の人、どっちが大切かなぁ?」
「……お前はさっきから何が言いたいんだ?」
「あーごめんねぇ、回りくどく言っちゃうのは僕の癖なんだ」
頭を掻き、照れくさそうにする。
それでも気を緩めることなく警戒し続ける。
「つまりはね、こういうことなんだ!」
手を前へと掲げ、次いで魔力の波が俺たちに襲ってきた。
咄嗟に結界魔法を前方に展開したものの、その結界をすり抜けて俺たちに直撃してしまった。
「なんだ、今の魔法……」
結界に引っかからなかったことも気がかりであるが、この際置いておく。
先程の魔力の波がいったい俺たちにどのような影響を与えるのかわからなかったため、そちらの方へ意識が向く。
「やっぱり効かないかぁ」
「お前、今何をした?」
男は予想していたのか、残念というよりも当たり前という様子だった。
効いていないということで焦燥感は少々拭えたものの、
「今ね、洗脳の魔法を使ったんだよ」
「洗脳魔法……」
雪先生から忠告されていた洗脳魔法。
大丈夫だと大言壮語を言ってしまっていたが、いざ目の前で防ぐことができずに食らってしまったそれは、だが神の使徒だからだろうか、全く洗脳された感じはしなかった。
「俺には洗脳は効かないぞ」
虚勢を張り、相手の戦意を削ぐように働きかける。
とはいっても、あまり意味はないようではあるが。
「僕も予想してたよ。だけど、後ろの二人はどうかな?」
「なっ……!?」
その言葉で俺は直ぐに後ろを振り返り、二人の無事を確認する。
「おい鈴、未桜。大丈夫か!?」
神の使徒ということで、俺は大丈夫だった。
だが使い魔である二人は違う。魔物に影響を与える可能性だってある。
ほかにも何らかの要因で洗脳を受けてしまう事も考えられた。
「だいじょうぶー」
「未桜は大丈夫か……。鈴は!?」
しかし、未桜はいつもの調子で返事をしてくれた。
それを確認して一安心し、だが鈴はどうなのかと向き直る。
「鈴……?」
とても落ち着いた様子で、それでいてその瞳からは明確な殺意が見えた。
こちらを見据え、そして異空間より取り出した大太刀を振りかぶる。
「おいおい、嘘だろ……」
「彼女は洗脳に成功したようだね」
「くっそ!」
振り切られる前に、俺は未桜を抱きかかえ少し距離をとりつつ回避した。
「だがそんなこと、お前をぶっ倒せばいい話だろ!」
「残念だけど、それは難しいんだよねぇ」
「なんだと!?」
洗脳をしているのならば、その術者を倒してしまえばその魔法は解ける。
そのため足に力を込めて、思い切りぶん殴ろうとする。
「今の僕のこの身体は……いや、正確にはこの男も僕の洗脳で精神支配を行っている人間なんだよ」
その発言を聞き、俺は殴ることを中断する。
「つまり本当の僕は、安全圏から高みの見物をしているって訳なんだよ~」
「チッ」
ここで目の前の男を殴り飛ばしたところで、何も変わらない。
「あと君は先程、時間を止める魔法を行使したね?」
「だからなんだ」
余裕を見せるためにもと、先程時間停止を行った。
それは相手も理解しており、しっかりと警戒してくれているようだった。
「常人には行使できない魔法なんだけど、その主な理由として魔力量が圧倒的に足りないから」
だが警戒しているからこそ、その魔法の特性を理解している。
「つまりは、君はそう簡単に時止めはできないんじゃないか?」
理解しているからこそ、その魔法を連発することができないと男は読んだ。
しかしこの男の言っていることは、半分正解で半分間違いである。
確かに俺は時間停止を連続して長時間も使用することができない。
魔力が足らないのではなく、未来予知のように集中力が持たないのだ。
「何も答えないのなら肯定と受け取るよ~」
正しいわけではないのだが、連発できないことに変わりないはないため何も言えなかった。
「いやぁ、よかったよかった」
「なにがだ?」
「ここには様々な魔物が存在している。そしてそれらは、僕の支配下に置かれているんだ」
この男は再び笑顔を浮かべ、愉快に語りだす。
「今から、ここにいる魔物すべてでそこの彼女に攻撃を仕掛ける」
洗脳ないし精神支配して、反撃しないようにするつもりだろう。
「そして、この要塞で町を攻撃しようと思う」
この要塞は空を飛んでいる。
今、街へと向かているのだろう。
「さてここで、君に問おう」
手を大きく広げ、自分を天秤としてあらわしているかのような表現をする。
「そこの使い魔の彼女と、君の幼馴染を含めた町の人間、どちらが大切かな?」
「てめぇ!」
先程見せた、この要塞の核以上の攻撃。そして鈴を洗脳させたこと。
この男は、俺がどちらを選ぶのかを見て楽しんでいるのだ。
「あー言っておくけど、君の使い魔を連れて脱出されないように、意識あるなしにかかわらず、そんなことをしたら自害させるから」
「クソ野郎が……!」
今までテロリストなどと対峙してきたが、ここまで残忍な人間は初めて出会った。
それだけに、今すぐぶっ殺して槍たちという思いから悪態がこぼれる。
「それと、洗脳を解除することもお勧めしないよ」
「なんだと?」
「そんなことしたら、僕悲しくてこの要塞を爆破しちゃいそうだよ。助けに来たそれと、君のお仲間ごと~」
全部知っているということだ。
牢に捕らわれている銀色の九尾を助けに来たことも、神長原さんが潜入していることも。
「お前の目的は、いったい何なんだ?」
「僕の目的かい?」
この要塞の爆発力は、恐らく核以上であるということはわかる。
そのため、そんなことまでしてでも俺に命の選択をさせた理由が知りたかった。
「僕は新たに得たこの命と『才能』で、面白おかしく生きることかな」
「は?」
こいつはいったい何を言っているのだと、会話のキャッチボールができていないのかと。
男の言っていることが理解できなかった。
「だから今回のこれも、ただのゲームなんだよ~」
「狂っていやがる……」
人の命を天秤にかける行為が、ただのゲームだという。
愉快犯とでもいうべきものだろうか。人の命など、この男にしてみれば楽しむための道具でしかないのだ。
「強いといっても、所詮は人間でしかないんだ。神には程遠いんだよ~」
つまりこいつは、強者が苦悩の中で後悔して生きていく様を見ることを望んでいるのあろう。
「さぁ、君は目の前の大切な命と町の大勢の命、どちらを助ける?」