第十二話 天井知らずの性
話しかけてきた人物は誰なのか、俺たち三人は声の聞こえたほうへと目を向けた。まぁ、声からして穏やかな雰囲気ではなかったので、友好的なことではないのだろうがな。
見てみると、如何にも自分優秀ですという感じの眼鏡君がいた。なんでこいつは初対面の相手にこんな強気の姿勢なんだ?俺の勘だが、なんだかこいつと関わったら絶対面倒ごとに巻き込まれる気がする。
「ん?えーっと、それって俺たちのことだよな?」
一応人違いという可能性があるから聞いてみる。しかし、初対面は大事というのは本当だったんだな。今こいつの評価は俺たち三人とも低いだろう。だが、これでも俺の中身は大学生なんだ。ここは余裕をもって意に介した様子もなく接してやる。
「他に誰がいるんだ。さっき水晶を壊したことで聞きたいことがある」
高圧的というか、こっちを下に見ているような言い方というか、なんか癪に障る言い方をするなこいつは。沙耶と怜も表情は変わらないが、不機嫌なのはひしひしと伝わってくる。
「なんだ?」
少々不機嫌な聞き方をしてしまった。あー、ここで人間性とか見られるのかな?もう少し自制心を鍛えなきゃいけないな。だが仕方のないことだ。これはムカついちゃうって。
相手は不機嫌に聞いたことを意に介した様子もなく、悪人を見るような目で聞いてきた。
「先ほどのやつは、いったいどんなズルをしたんだ?」
「……は?」
え、こいつはいったい何を言っているんだ?俺は驚きのあまり口をだらしなく開けてしまった。先程のというのは、恐らくこいつは俺と怜が水晶を壊したことを言っているのだろう。だが、ただ俺は水晶に手を乗せていただけなんだよ。そんなに信じられないもんなのかね?
「とぼけるな。あの水晶を一介の学生が壊せるはずがないんだ。あれは普通に攻撃魔法を当てても壊れない代物なんだぞ?それを魔力量だけで壊しただと?そんなことがあるはずがないだろう!」
あれってそんなに頑丈だったんだ……。てっきり取り扱いには気を付けてくれってくらいに割れやすいものだと思っていたよ。でも、俺や怜が魔法をぶっ放したら絶対壊れるだろうな!
それにしても、目の前で起きた事実なのに、なんで受け止めてくれないのかねこの眼鏡君は……?
「そんなこと言っても、実際に手を置いたら勝手に強く光って壊れたんだから、事実なんじゃ……」
怜があいつの現実を受け止め切れていない発言に、控えめに返してくれた。こういう相手はめんどくさいと前世で学んだんでな、俺はもうこいつと会話をすることを放棄しかけている。というか今すぐ放棄したい。
だって絶対穏便に話がまとまらないじゃん。こういう奴っていうのは大抵、なんだかんだ理由をつけて言ってくるって。
「だからどんなズルをしたんだと聞いているんだ!そのことを先生に言ってしまえば、お前たちは下手をすれば停学処分が下るだろう。そうでなくともお前たちの評価はだだ下がりだな!」
勝ち誇ったような顔で言ってきた。なんなんだこいつは?俺たちを貶めたいのか?事実を事実として受け止められない人間は面倒なことこの上ない。
「ちょっとひどいんじゃない!?翔夜と剱持君はズルなんてしてないよ!」
沙耶が俺たちのために怒ってくれた。不正していないと俺たちのことを信じてくれていて、俺は嬉しくて胸がいっぱいだよ。
それと同時に罪悪感が芽生えてしまった。そういえば俺たちは生まれながらのチートだったなと思い、申し訳なくなった。
「なんだお前は?口を出してくるな、女のくせに!」
「……おい、女のくせにとか、男女差別発言するんじゃねぇよ?餓鬼か何かかお前は?」
眼鏡野郎の発言にカチンと来てしまって、少々煽るように発言をしてしまった。だが、もういっそのことこいつを煽って、いくところまで行ってしまおうとも思った。
面倒ごとになるのは確実だが、こいつは俺の前で沙耶を馬鹿にした。それは許されることではない!なので、出来るだけこいつを馬鹿にしたいと思う。
「な、なに……?」
「お前みたいなプライドだけ高くて他を見下すしかできないやつは、事実を事実として受け止めることは出来ないんだろう?はぁ……」
相手を煽るようなことを言っては印象が悪くなってしまうんだろうなと思い、煽った後にため息が出てしまった。まぁでも、あそこで割り込まなかったら絶対沙耶とこいつが言い争うことになっていただろうし、言い方は別としていい判断だったと自分で思う。グッジョブ、俺!
「な、なんだとぉ!?」
「それに沸点も低いときたか。少々忍耐力が足らないんじゃないか?それとも感情抑制も出来ないほどにお前の精神年齢は低いのか?それなら先程の発言は仕方がないか。こんな餓鬼と言い争うのは面倒だし、早く先生来ないかな~?」
もう俺はここまで相手を馬鹿にしたことがないだろう。もう引き下がれないところまで馬鹿にしてしまった。これじゃあまるで、俺が悪役になっているみたいじゃん。だが、後悔はしていない!
「ちょ、ちょっと翔夜。言いすぎなんじゃないの?」
沙耶が心配そうにこちらを見てきた。だってこいつムカつくんだもん。これくらい言ってもいいはずだと思う!
「しょうがない」
「しょうがなくないと思うんだけど……」
さっきから頬をピクピクさせている眼鏡君。おぉ、この短時間に我慢することを覚えたんだな。成長出来て良かったな!
「よ、よくもこの僕を馬鹿にしてくれたな……!」
あ、我慢していたわけじゃなくて、怒りで顔の筋肉が震えていたんだな。というか、このってなんだよ。そんなにお前はえらいのか?
「このって言われても、俺お前のこと知らないんだが……」
頬を掻きながらこいつに身に覚えがないか記憶を探した。だが、俺はこいつを見たこともない。本当に誰なんだ?
「翔夜、知らないの?クラスメイトの名前くらい覚えておこうよ~」
「知らないもんはしょうがない」
沙耶よ、俺がクラスメイト全員を覚えているとでも思ったのか?入学して二日目なのに覚えているわけないだろう。それに俺は昨日自己紹介をしている間は寝ていたんだから、聞いているはずもないんだよな~。
「僕も知らないなー」
ほれ、怜も知らないそうだぞ?こいつのことを知っているのは沙耶だけなんじゃないか?
「僕はあの『細沼忠臣』の息子である細沼大海だぞ!」
「いや、ホントに誰だよ?」
胸を張って眼鏡君は父親の名前と一緒に教えてくれた。あれか、虎の威を借りる狐かな?こういう親の肩書だけの奴はやっぱどこにもいるんだな。俺にはそうとしか思えなかった。
「なんだと!?お前は僕の父、細沼忠臣を知らないのか!?」
とても驚いているようなんだが、マジで聞いたことすらないぞ?テレビでも見たことないし、新聞でも目にしたこともない。いったい何をした人なんだ?
「知らん。沙耶と怜は知ってる?」
多分知らないだろうと思いながらも、俺は沙耶と怜に聞いてみた。
「う~ん、僕は知らないかな~」
「私も父親の名前までは知らないな~」
ほれ見てみろ、沙耶と怜も知らなかったぞ。というか沙耶よ、こいつはクラスメイトの父親ということで言ったんじゃないと思うぞ?たぶん何かすごいことをしたんじゃないかな?
「本気で言ってるのかお前ら!あのグリフォンを単独で討伐した僕の父を!」
……うん?えーっと、それはすごいことなのか?まずグリフォンを見たことがないから、どのくらいすごい奴なのかわからないんだが……。
クラスメイト達がひそひそと話しているのだが、『あのグリフォンを』だの『すごい』だのとそこかしこから聞こえてくる。そんなにこいつの父親は有名なのか?それともグリフォンがすごいのか?
「なぁなぁ、グリフォンを単独で討伐ってすごいことなのか?」
近くにいた沙耶に聞いてみることにした。沙耶なら知っていそうだしな。
「うーん、私もグリフォンを間近で見たことはないから、すごいことなのかわからないけど。それなら、翔夜の両親のほうがすごいよ?」
「え、俺の両親なにしたの?」
沙耶が俺の両親を引き合いに出したのだが、今まで両親が何をしていたのか聞いてこなかったから、両親の偉業を知らないんだよな。いったい何をしたんだろう?
「確かね、グリフォンの大群を二人で討伐したって聞いたよっ」
まるで自分のことのように嬉しそうに話してくれた。まぁそれもすごいのかはあまり理解できないけど、少なくともこの眼鏡君の父親よりはすごいんだな。
「あー、うん、そっか。それなら俺も有名って理屈になっちゃうな……」
有名になった覚えは一切ないがな。寧ろ避けられている節さえあるぞ!
「なんかごめんな、眼鏡君」
さっきまでの怒りはどこへやら。すごい父親の自慢をしたかったのだろうが、俺の父親のほうがすごかったのだからほんと申し訳なくなってしまった。マジでゴメンな、眼鏡君。
「細沼大海だ!」
しっかり名前を呼んでほしかったのか。ごめんなー、俺もう君に対して興味をなくしてしまっていて、忘れてしまっていたよ。
「こんな屈辱を受けたのは初めてだ!」
この程度で屈辱とか言っていたら、これからの人生を生きていけないんじゃないか?もう少し忍耐力というか、自制心を鍛えたらどうだろうか?
「決闘だ!」
「……は?」
俺のことを指さして堂々と宣言してきた。いきなり突飛なことを言うもんだから、また口をだらしなく開けちゃったじゃん。
「決闘って、一対一で戦うやつだよな?」
「そうだ!お前は僕を侮辱しすぎた!」
え、俺だけなの?沙耶と怜も例外じゃないと思うんだけど~?
「だから、僕と決闘してもらう。そこで君の化けの皮をはがしてやる!」
俺だけなんですね。はいわかりましたよ、さっきから煽ってたの俺だけだったからな。仕方がないか。
あと、俺の化けの皮をはがすと神の使徒だからな?間違ってもはがそうとするんじゃないぞ?
「やーだ、決闘なんてしたくない」
だが、俺は一言も決闘をするなんて言っていない。
「な、なんだと?なぜ僕と決闘しない!?」
驚いているところ申し訳ないが、俺はまだ力の加減というか、この高校での平均を知らないから、下手に行いたくないんだよ。
「いや、なんで決闘することが当たり前だと思っているんだよ。やだよ、俺決闘するメリットとかないし、それにめんどくさいし」
理由としては後者のほうがとても強いんだがな。
「き、貴様……!どこまで僕を侮辱すれば気が済むんだ……!」
眼鏡君は俯いてプルプル震えている。別に後半は全然侮辱していないと思うんだけど……。というか、自爆したんだし、もうこいつの言いがかりだよな。
「お待たせしてしまってすみません。予備がなかなか見つからなくて時間がかかってしまいました」
先生が先程よりも急いで水晶を持ってきた。すみませんね、俺と怜が水晶を壊してしまって。
「くっ……この話の続きはまた後でしよう。逃げるんじゃないぞ?」
そう言い残すと、俺たちから離れていった。なんだこいつ、まだ俺たちと話したいのかよ。あと、先生がいたら不味い話でもないだろうに、なんで強制的に終わらせたんだ?わからん……。そしてめんどくさい。
「早退していいかな?」
ぶっちゃけあいつに合わせる必要もないし、めんどくさいから今すぐに帰りたかった。
「流石に早退はダメだよ。授業が始まる初日に早退とか先生に怒られちゃうし、それに印象がより悪くなっちゃうよ?」
「うっ、くそっ。それは勘弁したいな」
これ以上俺の評価が下がるのはいやだから仕方がないので、残念ながら早退するのはあきらめることにした。
「あー、めんどくさいけどまた話し合うかー」
頭を掻きながら本当に面倒だということを隠そうともせずに眼鏡君を見た。お、目が合ったな。あ、睨まれたあとに逸らされちゃった。本当にめんどくさそうで嫌になっちゃうよ……。