第百十三話 試験当日
昨日は試験前日ということで、授業もまずまずに終わらせて、みんな試験へと追い込みを行った。
俺も例外なく家に帰ってからは、沙耶に負けないよう勉強に励んだ。
毎度のこと雪先生に教えてもらうかと思ったのだが、あれでも校長であるため忙しいらしく、門前払いされてしまった。
だが応援はしてくれたので、その期待にこたえられるように頑張りたいと思う。俺がいい点数を取らないと、俺の母さんに何か言われるかもしれないしな。
そんなこんなで俺は前日もしっかりと満遍なく試験勉強を行い、万全を期して試験へと望むことができる状態を整えた。
そして迎えた試験当日。
「翔夜、おはようっ」
「あぁ、おはよう……」
「ど、どうしたの? 元気ないよ?」
万全を期して準備を整えたにもかかわらず、俺の表情はとても暗かった。
俺は別に夜更かしをしたわけではない。
前世であれば寝ないで学校に行くことなど普通であるが、今回はことが事なだけにしっかり睡眠はとった。
ではどうして朝からこんな体調の悪そうな顔をしているのか。
「いやな、朝母さんから『今日試験だよね。楽しみね』って言われてな……。表情がものすんごく怖かった……」
「あぁ……」
母さんは大体は笑顔なのだが、今日見た母さんの顔は、笑っているのに笑っていなかったのだ。
あんな恐ろしい表情を見せられてしまっては、元気もなくなるというもの。
家族から激励してもらっても、あの母さんの笑顔は恐ろしかった。
「私、一教科くらい点数低くしようか?」
「やめてくれ! その気持ちは嬉しいけど、そんなことしても俺の母さんは納得しないし、俺も納得しない!」
そんなに思い悩んでいるならと、沙耶が慰めるように提示してきたことを俺は拒否した。
今回ばかりは確かに何が何でも勝ちたい。けれども、そんなことをさせてまで勝ちたいわけではないのだ。
「やるなら正々堂々やらなきゃな!」
「ふふっ、翔夜らしいね」
ズルなどはよく行う。不正だってする。ルールや約束を破ることだってしょっちゅうだ。
けれども、こういった勝負事で俺はフェアでないことはしたくないのだ。
「俺だって勉強したんだから、簡単に俺に勝てると思わないほうがいいぞ!」
今まではずっとギリギリのラインで受かるような、赤点すれすれを狙っているかのような点数で頑張ってきた。
だが、今回沙耶に勝てなければ失いものが多すぎるという理由から、俺は本気で試験へと望んだのだ。
沙耶であっても、簡単に御せると思わないでいただきたいな。
「私も結構頑張ったもん、全教科満点を目指して頑張るよっ」
「えっ、全教科満点……?」
俺は相手の言葉をオウム返しよろしく聞き返してしまった。
「それって頑張りすぎじゃないですか?」
「そんなことないよ。クラスのみんなは私と同じ意気込みだと思うよ?」
「そんな馬鹿な……!」
俺は精々八割方取れていれば御の字だと考えていた。
だが今沙耶は全教科満点といった。
「翔夜、勉強したんだよね?」
「したけど、まさか全教科満点を目指しているとは……」
全員が満点を取る気でいるとは思いもよらなかった。
国内屈指の高校はこれほどまで優秀な生徒が集まっているのかと思うと、肝が冷える思いである。
「だ、大丈夫だよっ。だって翔夜頑張ってたもん!」
「そ、そうだよな。俺頑張ったもんな!」
膝が崩れ落ちそうになるも、沙耶はとてもいい笑顔で俺を励ましてくれた。
事実を知ったところで、俺のやることに変わりはなく、沙耶に一教科でも勝てればいいのだ。そう、たった一教科だ。
頑張れ、俺。
===============
「翔夜、意気込みはどう?」
「お前絶対俺のこと馬鹿にしてるだろ?」
学校につくや否や、挨拶もなしに結奈が俺のことを貶してきた。
「それで、実際のところ勝てそう?」
「沙耶に会うまでは勝てそうだと思ってた……」
「あー可哀そうにー」
「心がこもってねぇぞ」
まるで知っていたかのように、見透かしているように、さらに俺を貶してきた。
こいつには心配という言葉がないのだろうか。
「沙耶に勝てるといいね~」
「やっぱ俺のこと馬鹿にしてるだろ!」
こんなふざけた態度を示している結奈は、これでも主席入学者であるため余裕があるのだろう。
クラスのみんなは教科書で最後の悪足搔きとでもいうように、知識を頭に叩き込んでいる様子が窺える。
隣にいる怜やエリー、陸や奈那でさえ教科書や参考書を広げているにもかかわらず、結奈だけは試験の「し」の字もないほど普段通りに
今回は、勉強できる人はなんだか見ていて腹立たしい。
違った。結奈だから腹立たしいんだ。
「でも、翔夜さんが頑張っていたことはここにいる誰もが知っているわけですし、例え沙耶さんに勝てなくとも最善を尽くすのならば、結果として良いのではないでしょうか?」
「確かにエリーの言っていることは正しい。だけどな、俺には勝たなければいけない理由があるんだ……」
結果ではなくその頑張りを見るならば、今までで一番と思えるほど頑張ったと自負している。
勝てなければ沙耶に好きな人を教えたり、母さんに何されるかわからなかったりと、俺に降りかかるものが大きいから負けらないという理由で頑張っていた。
だがしかし、俺は試験が終わった夏季休暇にて、超が付くほどのビックイベントが控えているのだ。
「それって、翔夜の好きな人を教えてもらうってやつだったな」
「でも、バレても問題ないと、私は思う」
「違うんだよ! 言えないけど、今回の試験は勝たなければいけないんだ!」
このことは相談として雪先生にも話しており、それについて試験勉強の合間を縫って多少は話し合うことができた。
まだ俺と雪先生しか知らないため、誰にも知られるわけにはいかないんだ。
「……まっ、どんな理由かは知らないけど、試験の一つだけは沙耶に勝てるんじゃない?」
「そんな簡単に言うんじゃないよ……」
沙耶は優秀なうえ努力を怠らない子なんだよ。
そんな相手に、こんな勉強嫌いなポンコツが勝てるとお思いですか。
「あれ、翔夜知らないの?」
「何が……?」
キョトンとした様子の結奈に、俺は何か失念していることでもあるのかと思い訪ねた。
「魔法の実技試験があるんだよ?」
「……マジで?」
「マジマジ」
周りを見渡して、そして確信した。
「っしゃああああああああああああああ!!!」
まさか、俺の得意分野である実技試験があるとは思いもしなかった。
「でもそれって、試験の点数には入らない、いわば赤点回避のための先生方の恩情だった気がする……」
「えっ……?」
これならば勝てる。
そう確信したが、現実はそう甘くはなかった。
「よかったね、翔夜にピッタリだよ」
「お前、最初から理解していたな?」
さやは
「何のことかわからないなぁ」
こいつに、どことは言わないが将来的に大きくならない呪いでもかけてやろうか。
「今酷いこと考えていなかった?」
「なんで考えが読めたんだよ! こっわ!」
こいつは胸に関しては、鋭敏に殺意を向けてくるからな。
たとえ心の中とはいえ、こいつの前ではあまり考えないようにしよう。
「皆さん、席についてください」
そうこうしているうちに、観月先生が教室へと入ってきた。
「チッ」
そして毎日の恒例ともいえる舌打ちが、俺の左隣から聞こえてきた。
「もう観月先生に殺意向けるのやめたら?」
「向けてないし」
「妬み嫉みは見苦しいぞ」
「嫉妬していないし」
「小さくても別によくないか?」
「……殺すよ?」
「怖っ! えっ、こっわ!!」
もう隠しすらしなくなった純粋な殺意は、もう恐ろしいの一言である。
確かに俺がとても失礼で余計なことを言ってしまった自覚はある。
だけども、そんな真顔で殺すだなんて、恐怖でしかないだろう。
「静かにしてください」
「ごめんなさい」
先生に怒られ、素直に謝罪を述べる。
結奈から自然に観月先生へと視線を移し、そして何とは言わないが観察してみる。
確かに右に出るものはいないといわしめるほど大きいな。
しかし大きければいいというわけではなく、好きな人のものだからこそいいと俺は思うだが、世の中の女性の考えは違うのだろうか。
女心はわからんな。
「本日は試験となります。えー、事前に話しているとは思いますが、念のためにもう一度説明しますね」
「あれ、どうしてこっちを見ているんだろう?」
「ちゃんと聞けってことでしょ」
事前に説明されていたことはちゃんと聞いていましたよ先生。
それくらいはちゃんとしているので、信じてくださいよ。
ただ覚えていなかっただけですから。
「本試験は全部で十教科あります」
「これを多いと捉えるか、少ないと捉えるか……」
前世でこれより多かったときあったし、一年生ということも加味してこれくらいのものなんだろうか。
「それを四日にかけて行われます」
「四日あってよかった。それが半分とかだったら死ぬ」
「それは翔夜だけじゃない?」
昨日が月曜日だったから、ちょうど金曜日が試験最終日になるってことだな。
四日もあってよかった。
「そのうち魔法学だけは範囲が広いということから、最終日に一教科だけ行い、ほかの九教科は明日からの三日で行います」
「大学みたいに一コマ挟んで、みたいな感じがよかった」
「わかる」
午前中で終わるということを聞いていたから、休憩時間十分で連続して試験を行うのだろう。
正直、悪足搔きをする時間が欲しいのだ。
「そしてこれが重要なのですが、魔法学が終わった後に魔法の技術試験を行います」
「結奈が言っていたのはこれか」
俺は、というか俺たちは実技に関しては優秀そのものであるため問題ないだろう。
実戦経験もあるし、クラスというより学校でもトップクラスでいい成績の残せそうである。
「この試験は皆さんの現在の技術をチェックするためですので、試験の点数には反映されません。それは覚えていてください」
「どうして先生は俺のことを見るんだろうか」
「先生は翔夜のことを理解してるね」
「どういうことだコラ」
俺が実技試験だけは沙耶に勝てると喜んでいたことを言っているのだろう。
そうだとも、喜んでいたよ。これならば勝てると。
それにしても、先生までも俺のことを理解してきているようで、なんだか悲しいです。
「中間試験がない代わりに期末試験だけとなりますので、一発で合格してくださいね」
「だからどうしてこっちを見るんだろう?」
「不安なんでしょ」
合格はしますから、そんな可哀そうな子を見る目で見ないでください先生。