第百十一話 多分最初で最後のお願い
クソ女神がここへ来た理由もわかり、俺はある程度怒りではなく違うことへと考える冷静さを取り戻してきた。
「それで?」
「……えっと、なんでしょうか?」
そこで、俺はふと自分が置かれている状況を思い出し、今回のことを絡めてどうにかしようと行動を開始する。
「いや、俺たちにかけた迷惑に対して何かないのかなぁと」
「あの、謝罪だけじゃだめですか?」
「ダメです」
「酷いですね……」
俺の返答に落胆し、しかし俺なのだから仕方がないだろうと諦めているようだった。
別に普段であれば罵ったり貶したりとするわけで、頭ごなしに否定などしたりはしない。
だが今の俺の現状がなければの話なのだ。
『おい翔夜、女神さまにそんな罰当たりなこと言っていいのか?』
「すんごい今更だな」
俺には、少しでもこいつから得なければいけないものがあるのだ。
「それで、あんたから何かないの?」
「何かと申しますと?」
何を求めているのかわからないようだったので、俺はヒントという意味も込めて遠回しに答える。
「いやほら、俺って今テスト勉強でかなり苦労しているじゃん?」
「そう、ですね」
「その原因の一端、というよりその大元の原因はあんたにあるわけじゃん?」
「そうですね……」
すんごく嫌味らたしく答える俺に不信感を抱きつつ、それでも俺の言っていることに間違いはないためそのまま話を進める。
一応言っておくが、俺はクソ女神が相手ではなかったらこのような対応をすることは決してない。
寧ろクソ女神だからこそ、日頃の鬱憤も吐き出すためにこのように言っているのだ。
「そんで今回あんたの不始末のせいで俺は命を狙われたわけじゃん?」
「私ではなく、これのせいなんですけどね……。あとあなたは悪魔の攻撃程度では死にはしません」
「そんなことわかってる。結果論としてじゃなく命を狙われたという事実が問題なんだ」
『さらっとすごいこと言っている自覚あるのかな?』
お互いに殺しかけた同士なのだから、別段慌てるようなことはしない。
あとで瞭太にもクソ女神が嫌いになるように説明しておかないとな。
「あの、話が見えないんですけど?」
「つまりだな……」
そう言って俺は、これでもかというほどとても綺麗に、それでいて思い切り頭を下げた。
「次のテストの問題とか教えてくれませんか!?」
「えっと……」
「神ならそれくらいできませんか!?」
「あの……」
「俺次のテストで一教科でも沙耶に勝てないと死ぬんです!」
立て続けに俺は自分の現状とその危機的状況を簡略に説明する。
「まぁ神の使徒である翔夜さんの動向は少しだけですが知っているのでわかりますが、それでどうして私にお願いを?」
顔は見えないが、声から戸惑っていることがうかがえる。
普段から悪口を言って、そして殺そうとしている相手に頭を下げているのだ。そりゃあ誰だって戸惑うだろう。
「わかってる! 思い切り罵って殺そうとして、そんでもってたまに結奈と『どうやってクソ女神を殺すか』と議論していたりしたけど……!」
「そんなことしていたんですか!?」
クソ女神について話す機会がそもそも少ないため、あまり具体案など出せていないのだが、それでも発言したことに嘘偽りはなく、断られるかもしれないがこの際正直に話す。
「そんなことをしていたけれども、俺はあんたに頼み込んでまで次のテストで沙耶に勝たなければいけないんだ!」
『というかそもそもそれってカンニングなのでは……』
もっともな意見を瞭太より頂くが、前世大学生の俺にはそのように捉えはしなかった。
「先輩から過去問を教えてもらうようなもんだろ!」
『同じなのかなぁ……』
「うるせぇ異論は認めない! それだけ必死なんだよ!」
ぶっちゃけもしかしなくてもカンニングに当たるのでは、と一瞬だけ頭の片隅を過るが、死ぬよりかはマシということで考えることを放棄した。
『実力でどうにか———』
「それでどうにか出来たら神様はいらねぇんだよ!」
「酷くないですか!?」
存在を否定するかのような発言に涙目になって訴えかけてくる女神を尻目に、俺は瞭太を睨みつける。
沙耶は主席ではないものの、かなり上位に来るほどの実力を持っている文武両道才色兼備容姿端麗な俺の幼馴染なのだ。
こんな相手に真っ向から勝負して勝てるはずがないだろう。
しかもなんか俺の好きな人を教えてもらうって言って普段以上に頑張っているらしいしな。
『さっきまで殺そうとしていたのに、プラ———』
「おっとプライドとかいう言うんじゃあねぇぞ? こんな奴に頭を下げてまでお願いしているんだ、俺の心情を察しろ」
「私の心情も察してほしいんですけど!?」
殺したいほど憎んでいる相手に、頭を下げてお願いしているんだ。
身を引き裂くような思いをしているに決まっているだろう。
それまでしてでも今回のテストは、というよりも母さんは本気なんだよ。んでもって怖いんだよ。
そんな俺の心情とは裏腹にクソ女神はため息を一つつき、そして今まで空気になっていた下位女神の前へと立つ。
「じゃあ、あなた」
「は、はい!」
呼ばれた下位女神は背筋を伸ばして正座をし、クソ女神の言葉を待つ。
クソ女神はクソ女神で何か考え込み、そしてどうするかまとまったのかゆっくりと答える。
「あなたの神としての権限を制限させていただきます」
クソ女神がまたもや女神然とした対応をしているため、口を出さずに終わるまで待つことにした。
これでも、一応は女神なのだなとしみじみ思う。
「そして、その権限の一部を翔夜さんのへと譲渡します」
「ん?」
途中、聞き流してはいけないだろう発言が聞かれた。
「私にできることはこれくらいになります。あとは自力で頑張ってください」
「権限って、なんだ?」
勝手に話が進んでいくが、全然話が見えてこない。
俺に何かしら神の力を付与してくれるということは理解できる。
だが、それでいったい何が変わるというのかがわからなかった。
「簡単に言えば、魔法と能力を使うことができるといったところでしょうかね」
「その二つは何か違うのか?」
そのような力がなかった世界から来たため、全然俺にはわからなかった。
というより、考えることを少々放棄していた。
「簡単に説明しますと、この世界の人たちが使っているものが魔法で、私たち神が使っているものが能力になります」
「……つまり?」
「魔力関係なく能力発動できます」
考えることを放棄していた俺に、わかりやすく説明してくれたのだろう。
だがそれでも俺はピンと来ず、再びクソ女神へと質問を返す。
「それはメリットになるのか?」
その能力を得ることで、いったいどんな変化や利点があるのだろうか。
「魔法ではないので、周りに気づかれずテスト中にカンニングし放題ですよ?」
「そんなことで点数を取りたくない!」
「あれぇ、さっきといっていること違いません!?」
確かに先程もカンニングにあたるのではないかと思いはしたが、それとこれとでは話が変わってくる。
俺は他人の答案用紙を盗み見るのではなく、ただテストへ向けて効率的に高得点を取りたいだけなんだ。
「うるせぇ、そんな堂々とカンニングしたら沙耶に顔向けできないだろうが!」
「えぇ……」
『ちょっとその理論は俺もよくわからない……』
理解を示してくれる女神や悪魔はこの場にいなかった。
俺も内心は無茶苦茶なことを言っているのではないかと自覚はある。
それでも、俺は正々堂々とまではいかないが沙耶とある程度は対等にテストで点数を競いたいのだ。
いや、勝ちたいのだ。
それで、母親からの何かしらの罰を受けずにすむのだ。
「まぁ多少記憶力も上がっていると思うので、頑張ってください」
「それは素直に嬉しい。寧ろそっちの方が嬉しい!」
付加価値としてなのだろうが、俺としてはテストへ向けて記憶力が向上してくれることはクソ女神とはいえ心の底から感謝する。
「な、の、で!」
俺を指さし、力強く言い放つ。
「今後私に攻撃してこないでくださいね?」
「善処するよう気持ちを切り替えていく所存であります」
「うっわ信じられませんね」
そういって身構える仕草をして、だがそれも少しして警戒を解き、下位女神を引き連れて空間に穴をあけその中へ歩みを進める。
「では、また会いましょう」
「じゃあな」
振り返り、女神然としたその表情や声色に瞭太は魅了されているようだったが、俺がその化けの皮を最後まで剥がそうと考える。
そう内心で思い、とてもいい笑顔で送り出す。
「今度は結奈と一緒にな」
「殺す気満々じゃないですか!」
そう言い残して、クソ女神たちは空間に開けた穴へと消えていった。