第百十話 下位女神
当然といっては当然なのだが、使徒である俺が神に勝てるはずもなく。
「だから謝ったじゃないですか!」
「謝って済む問題か!」
俺の漆黒に染まったその拳を、難なく受け止めて見せた。
そしてクソ女神の手に触れた瞬間、その漆黒の魔力がどうしてか消え去ってしまった。
それを見て、俺は普通に攻撃しては効かないと悟り、とある魔法を試してみることにした。
「今日この日のために、俺は先日雪先生から伝授されている魔法があるんだよ……」
先日自分の目で確認し、そして簡単にではあるが教えてもらったその魔法。
「あなた、それって……」
「『疑似・神の槍』だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
投げた。
それはもう全力で。
雪先生が独自に作り出したその魔法は、かつて俺に二度ほど食らった神の槍である。
それを神の使徒である俺が全力で、このクソ女神へと投げた。
しかし、その神をも殺す可能性のあった魔法を、クソ女神は驚きつつ見えない壁に阻まれて弾き飛ばされた。
「私を殺す気ですか!?」
「殺す気なんだよ!」
クソ女神とはいえ、やはり神である存在を簡単に殺すことはできそうになかった。
そのため、このあとどうやってこいつを殺すか思考を巡らせる。
『なぁ、翔夜……』
「なんだ話はあとにしろ!」
熟考している俺へと話しかけてくる悪魔。
『いや、栂野さんが……』
「あ?」
俺は悪魔改め瞭太の見ている方向へと目をやる。
いつからだったのだろうか、そこにいる栂野さんが全く動いていなかった。
そしてよく見てみると、この部屋に立てかけてある時計の針も動いていなかった。
だがそんなことで俺が動じるはずがない。
「こいつが時間を止めているんだろう」
『えぇ驚かないの!?』
「前にもあったからな」
「前にもあったんだ……」
以前こいつが来たときにも同じようなことを体験しているため、いや今回以上のものを体験しているため、驚くようなことはなかった。
こいつが俺たちを転生させた神であると悪魔は信じ切れていないからだろうか、辺りを見渡して驚きを露わにしている。
「それで、なんでお前が来たんだ?」
「そんな熱い視線を送らないでくださいよぉ」
いつでもこいつを殴れるよう隙を伺いつつ訪ねる。
しかしクソ女神は体をくねくねさせて、明らかに挑発しているように感じられた。
「よし、お前の趣味を誇張して知り合いに吹聴してやる」
「地味な嫌がらせ止めてくれません!?」
腹が立ってしまったのだから仕方がない。
こいつは男同士がまぐわっている姿を観察するという、とてもではないが他人に言えない趣味を持っている。
それを交渉材料にすれば、難なくこいつを黙らせることができる。
そして恨めしそうにこちらを睨んだ後、嫌々ながらも話し出す。
「私が来たのはですね、そちらの悪魔についてなんですよ」
『お、俺?』
瞭太に目を向け、だがその瞳には申し訳なさが滲み出ていた。
「あなたはそこの纐纈翔夜さんと同じ世界から来てしまいました」
「そう、ですね」
世界を管理しているからこそ知っている事柄。
「ですが、あなたは本来この世界へとくる存在ではなかったんです」
「それって、どういうことですか?」
クソ女神がつらつらと述べていく中で、なぜか俺たちと話がかみ合っていない気がした。
「お前がこの世界へと連れてきたんじゃないのか?」
「私ではありません」
きっぱりと、クソ女神はそう答えた。
ずっと悪魔を召喚したのはこのクソ女神だと思っていた。
だがそれでは、彼がここへ来た理由がおかしい。
俺を殺すことを目的としているということは、自分が送り出した使徒を殺すこと。
「そもそも、悪魔の肉体を使うなんていう愚行は致しません」
「神の使徒を三人連れてきたのは愚行ではないのか……」
誤ってではあるが俺たちを殺してしまったこいつでも、流石に故意に俺たちを殺すために悪魔を仕向けるなんてことはしないだろう。
とんでもなく頭に問題のあるクソ女神だったとしても。
『じゃあ、俺を連れてきたのは誰なんですか?』
「それはですね……」
そう言ってクソ女神は虚空へと手を伸ばした。
何もないところへと手を入れ、そこから人の頭部が見えた。
「こいつのせいです」
「うぉっ……」
クソ女神が取り出したものは、彼女と同じ金髪の女性であった。
その女性の頭部を鷲掴みにして引っ張っていたため、涙目で痛がっていた。
「ちょ、痛いで———」
「ワザと痛くしているんです」
しかしクソ女神とは思えぬ迫力に有無を言わせず、それを機に女性は黙り込んでしまった。
「悪魔改め、宇賀神瞭太さん。本当に申し訳ございませんでした」
連れてきた女性に無理やり頭を下げさせ、そして自分も頭を下げる。
「本来であれば、あなたはあちらの世界の輪廻によって新たな生を受ける予定でした」
自分だけ頭を上げて説明を行うクソ女神は、だが金髪女性はそのままの状態だった。
「しかし、彼女があなたをその輪廻の渦から無理やり引っ張り出してしまったせいで、こうして悪魔となってしまっているんです」
説明するにつれて、瞭太が段々と落ち込んで言っていることが分かった。
そして俺は話していく中で気になることがあった。
「質問してもいいか?」
「翔夜さん、なんですか?」
いつになく真剣に話しているクソ女神に、俺は構えることを止めて質問する。
「まず、その女性は誰なんだ?」
「彼女は私の同じ女神です」
「えっ……」
同じ女神と言われて、俺は驚きを隠せなかった。
何せ、そこのクソ女神より美しさや神々しさといった女神さが劣っているのだから。
「ただ同じといっても、私よりも下位の存在であるので、所謂部下のようなものですが」
「えっ……!?」
その発言にまたしても驚くこととなった。
目の前のクソ女神に部下という存在がいたということに。
それを聞いて、どうしてか未だに頭を押さえつけられている彼女に同情してしまう。
「単純な力ならば、翔夜さんたちの方が強いですよ」
「マジかよ……」
俺ってその辺の神より強いというのは、簡単に受けい入れられないものである。
それだけ、目の前のクソ女神はすごいということなのだろう。
認めたくはないが。
「そして下位の女神ですから、人をゼロから生み出すのはできないんです。私のように人の子供として転生させることも権限としてありませんしね」
「だから器として悪魔の体を使ったと?」
「そうです」
ここでようやく話の辻褄があった気がした。
「しかも転生させた理由が、私の使徒を殺して一泡吹かせたかった、ですからねぇ」
「なんて身勝手な……」
つまりは、その部下の女神が上司に不満をもって俺たちを殺そうとしたのか。
本当に、なんて身勝手なことなんだろうか。
『じゃあ俺は、これからどうしたら……』
「あなたが望むのでしたら、今すぐに元の輪廻へと戻すことはできますよ」
『それってつまり……』
「死ぬってことだろうな」
女神は下位女神を掴んでいない方の手を瞭太へと向ける。恐らく直ぐにでも連れていくぞという意思表示なのだろう。
前世で彼は死んでしまったのだから、当たり前のことといえば当たり前のことである。
それを女神は強制することなく、第二の選択肢を提示する。
「それか、この世界で生きていけるようにすることも可能ですよ」
その発言を聞き、暗かった表情が一転し、自分の意思を伝える。
『俺は、この世界で生きてみたいです』
「わかりました」
それを了承すると、特に何かするわけでもなく、その手を下した。
その姿を見て、改めて俺は思ったことを口にした。
「すごい女神っぽい」
「私女神なんですけど!?」