第十一話 見えぬ天井
先生の魔力測例をする上での注意点などの話が終わり、クラスメイト達が出席番号順に魔力測定をしている。正直興味がなかったので、俺は怜と沙耶と自分に順番が回ってくるまで雑談していた。
先程は話していて怒られたが、声を大きくして話さなければ見逃してくれるようだ。なんて優しい先生なんだろうか……。
「次は剱持君だね」
「あ、はい」
俺たちが会話に花を咲かせていると、順番が回ってきたのか、怜が呼ばれた。そういえばこいつ、出席番号俺の前だったな。ということは、次は俺か。
「さっき話した通り、ただこの水晶を触っていれば測定は出来るよ。いいかい、何もしなくていいからね」
「わかりました」
怜の魔力量は興味があるというか、絶対俺と同じくらいなはずなので、しっかり確認しておくため沙耶と一緒に見ることにした。先生がどうするか怜に説明しているのだが、なんで先生はそんなに念押しするんだろう?過去に魔法を発動しようとした生徒でもいたんだろうか?
「では、水晶の上に手を置いてね」
先生の指示に従って怜が水晶に手を置いた。その瞬間、水晶がとても強い光を出した。
「うわっ、眩しいな!」
思わず目を覆いたくなるほどに、水晶が強く発光している。ここで滅びの呪文とか唱えたほうがいいかな?
「な、なんだこの魔力量は!?」
この光を見た先生がこれでもかというほど驚愕している。確かにさっきから他の生徒がやっていたが、これほど強い光は出ていなかったな。
怜が手をのせていた水晶が砕け散り、ようやく光が収まって水晶の上に数字が映し出された。すっごいなにあれ!?空中に数字が浮かび上がってる!いや、今注目すべきところは別のところなんだけど、俺はこれが今一番すごいと思ってしまっている。
「ま、魔力量が……十万オーバーだと……!?」
映し出された数字には、『九九九九九』と映し出されていた。割れたってことだから、あの水晶の許容量を超えた魔力量だったんだよな。う~ん、先生やほかの生徒がかなり驚いているようだけど、俺にはいまいちピンとこないな。こういう時こそ沙耶に聞いてみよう!
「沙耶、怜が出したあの魔力量ってすごいの?」
「すごいってもんじゃないよ。学生の平均が千とかそこらで、有名な魔法師でさえ魔力量が一万もいかないのに、剱持君はその十倍以上なんだから」
驚いた様子もあまりなく、淡々と言った様子で教えてくれた。そう考えるとかなり神の使徒っていうのはぶっ壊れているんだな。それよりも、聞いた限りだとすごいことなのに、沙耶は何でそんなに平然としていられるんだ?
「そう言っている割にはあまり驚いていないんだな」
「いやー、いままで翔夜を間近で見ていたから、水晶が割れたくらいじゃ驚かないというか、翔夜なら水晶を壊すくらいするって予想していたからー」
困った様子で笑いながら驚かない理由を教えてくれた。驚かない理由は俺のせいだと?全く、俺は普段からそんなぶっ壊れたことはしていないぞ?記憶喪失になる前はわからないが、俺は全然普通に過ごしてきた。
やってしまったことといっても、天候を操作したり、海をモーゼの如く割ったくらいだな。普通はこういうことは出来ないと言っていたけど、両親に話しても全然驚いてなかったぞ?
全く、基準が全然わからん……。
「と、とりあえず、水晶が壊れてしまったので、新しいものを持ってきます。それまで皆さん、少し待っていてください」
先生が割れてしまった水晶をもってどこかへ行ってしまった。先生が帰ってくるまで暇だし、沙耶と怜と話していようか。
「翔夜どうしよう……」
不安そうな顔をしてこちらへとやってきた。なんだなんだ、そんな情けない顔をして。みんな驚いた表情をしているけど、怖がっている人は見る限りいないから、安心しとけ。
「やっちゃったもんはしょうがないし、これから頑張っていこう」
ほんの気休めにしかならないが、一応慰めておく。
「あの水晶壊しちゃったから、弁償しなきゃいけないかな?」
「あ、そっちなのね」
みんなが怖がっていないか不安だったのではなく、あの水晶を弁償してしまうのかという不安に襲われていたんだな。
「大丈夫だろう、故意にやったわけじゃないし。それに、どうせ俺も壊すだろうし!」
とてもいい笑顔で怜に言ってやった。仲間がいれば怖くない精神で気楽に行こう!
「後者のは全然大丈夫じゃない……」
余計に不安になってしまったようだ。表情が暗くなっていっているぞ。
「そうしたら、二人はこの高校の有名人だねっ」
沙耶は俺たちが有名になることを喜んでいた。いや、この表情はただ面白がっているだけだった……。
「沙~耶~、嬉しそうに言うんじゃないよ。俺はそんなことで有名になりたくないんだからよ~」
「ご、ごめんなひゃい」
沙耶の頬を左右から軽く引っ張ってやった。柔らかくて滑々していたから、この感触を楽しんでしまった。もっとこの状態を楽しんでいたいが、流石にやりすぎると怒られてしまうからやめることにした。
よくよく考えてみると、俺は女の子の頬に触っていたんだよな。これって結構すごいことだな!今までは女の子に触ろうものなら俺は怯えられていたからな。ひどい時には泣かれてしまったこともある。泣きたいのはこっちだっていうのに……。
「それにしても、僕って周りから注目されているよね?」
「お、自分はモテるって宣言しているのか?爆発しちまえこの野郎」
いきなり自分が注目しているなんて言い出すもんだから、からかい半分本心半分で言ってやった。美少年はいろいろとずるいと思います。
「違うって、話の流れで察してよ、まったく……。僕はクラスから怖がられているのかなってことだよ」
確かに周りからの視線はすごいな。みんなこっちを見てぼそぼそと何かを話していた。聞こえる限りだと、『魔力量が凄い』だの『魔力測定器が壊れちゃった』だのいろいろ聞こえてくるな。
怜はクラスメイトに怖がられているか不安に思っているだろうが、それは違うぞ。ただ俺が怖くてみんなが近寄ってこないんだよ……。
先程からこちらを、というか俺の方を見ている目線には、怯えというか恐怖の類が宿っているんだよ。だから怜よ、安心して俺のことをいい奴と売り込んでくれないかな?いやホント結構切実にマジで……。
「剱持君、それは違うよ。翔夜のことが怖くてみんな話しかけにくいんだよ」
「……沙耶、自分でもわかっているからさ、そんな確信をもっていい笑顔で言わないでくれ。言われると悲しくなってくるから……」
実際に言葉に表されると、結構傷つくものなのだ。ほんと俺を弄ってくるときの沙耶の笑顔は、生き生きしているよな~。俺のガラスのハートをこれ以上傷つけないでくれ……。
「翔夜、ドンマイ!」
「うるせぇ、埋めるぞ?」
先程の不安そうな顔は何処へといったのやら。この怜のいい笑顔にムカついたので、睨んでやった。
別に本当に埋めたとしても問題はないだろうから、冗談のつもりで言ったんだからな?だからさ、クラスメイト達よ、そんな怯えた表情でこちらを見ないでくれるかな?ホントにそんなことはしないから。
「大丈夫!だって私と剱持君は翔夜がいい人って知っているから!」
先ほどの水晶の光よりも、俺をからかっているときの笑顔よりも、眩しい笑顔がそこにはあった。これは写真に撮りたいな……。
「沙耶、ありがとう……」
なんかもう嬉しすぎて泣きそうになって目元を覆ってしまった。いつも思っていることだが、沙耶が幼馴染で本当に良かったと思うよ。
「すみません、お待たせしましたー」
俺たちが話していると先生はすぐに戻ってきた。手には先程と同じ水晶があったが、結構急いで来たのか落としそうで不安だ。
「では、次は纐纈君だね」
「はーい」
測定する準備が出来たのか、俺のことを呼んできた。俺は水晶をまた壊すんだろうな~と思いながら新しく持ってきた水晶を見た。……マジで弁償になったらどうしよう。
「では、先程と同じように手を水晶の上に乗せてください。間違っても魔法を使ったりしないでくださいね」
「あ、はい」
魔法を使わないように言うのは毎回なんだな。
俺は言われた通りに何も魔法を発動せずに水晶の上に手をのせた。すると、俺の予想通りに水晶はとても強い光を放ち、そして砕け散った。
「な、なんだと……!」
「あー、やっぱり……」
先生は先程と同じくらい驚いているのだが、俺はこうなることは予想していたので、全然驚きがない。それよりも、先生がまた新しいのを持ってくるのかと思うと、申し訳なくなる。
「こ、纐纈も十万オーバーだとぉ!?」
水晶の上に『九九九九九』という数字が浮かんでいた。それを見た先生が、先程よりも大きな声量で驚いていた。
この二次元上の数字を空中に映し出しているのはどうやっているんだ?いや、俺がこれをやろうと思えば多分できるんだろうけども。
「あの、先生、どうしましょうか?」
驚きの声を上げた後、ずっと何かをぶつぶつ呟いていた。正直怖かったので、これはどうしたらいいか先生に問うてみた。
「……あ、えっと、皆さん、また水晶が壊れてしまったので、新しいものをとってきます。それまで待っていてください」
正気を取り戻したのか、無理矢理穏やかな笑顔を装っている節はあるが、新しい水晶をとりに行った。
「仲間だね、翔夜」
「こういう意味で仲間にはなりたくない」
周りからの視線がちょっと嫌になったので、緩和させようと思い怜と沙耶のいるところに行ったのだが、怜にからかわれてしまった。仲間を見つけたようにいい笑顔で言われたのが、なんかムカつく。
「同じ穴の狢なんでしょ?」
「そういう意味で言ったわけじゃないっての」
先ほどの仕返しなのか、してやったりといった様子で言われてしまった。こいつ、いつか絶対に恥ずかしい思いをさせてやる。女装でもさせてやろうか?
「はぁ、マジで注目の的だな」
ため息が出てしまったが、それは仕方がないと思う。クラスメイト達が遠巻きに俺たちを見てくるのだ。それはもう気になって仕方がない。
「僕は注目されることより、あの水晶を弁償するかが気になるよ」
怜はこの嫌な視線より、壊してしまった水晶のほうが気になるらしい。こいつは神経が太いのか細いのかわからないな。
「あの水晶って高いのか?」
俺はそんなのを扱うなんて思っていなかったから、ああいう魔法具の相場なんて知るわけがない。
魔法具とは、文字通り魔法に関係する道具のことだ。百均で買えるお手軽なものから、一つで高級車や大きな家を買えてしまうものまで様々だ。俺が知っているものだと、常時結界を張っておくことのできる魔法具だな。いや、なんでこれを知っているかは察してくれ……。
これにもピンキリがあるそうなのだが、後で調べてみると相場は大体五十万から百万だった。お手頃なのかそうでないのかは全然わからないが、俺が不安になるには十分な材料だな。
「いや、わからないから怖いんだ。学校の備品を壊したらいくらかかるなんて普通知らないでしょ?」
「なるほど、確かにそうだな……」
確かに、学校の黒板とか机の値段とか普通知るわけないよな。窓ガラスは弁償するのに五千円するというのは知っているが。
……いや、別に俺が故意的に窓ガラスを割ったわけじゃないからな?高校の体育で野球をしているときに、ファールボールが丁度窓ガラスに当たって割っちゃったんだよ。なので、その時に自腹で払ったのを覚えている。それ以来俺は、野球をしていない……。
「二人とも、そんなに気を落とさないで。こんなに魔力量が多いんだから、有名どころからスカウトされるかもしれないし、それに魔力量が多いと大きな魔法とか使えて便利じゃん」
沙耶が落ち込んでいる俺たちを励まそうとしてくれた。そういえばここってスカウトとかってあるんだな。俺は就職先に沙耶がいるならどこだっていいや。
「……うん、確かにそうだね。こんなことを気にしていちゃ、これから気が持たないよね!」
怜は沙耶の言葉を受けて元気になった。その意気だぞ。ということで、俺も気にしないようにいきますかね。
「そうだな。これからもっと多くのものを壊していく予感がするから、水晶を壊したくらいで気にしていたら、これからが持たないもんな」
「これからも壊す気がするんだ……」
もうね、どうやっても壊さないのは無理なことって、今回のように絶対あると思うんだ。だから、今のうちに断言しておく。俺はこれからも意図せずに壊していくだろう!
「おいお前ら、ちょっといいか?」
俺たちが楽しく話していると、それを遮って話しかけてくる奴が来た。やっと俺たちに話しかけてくる物好きが来たようだ。
さてさて、どんな人物なんだろうか?