第百九話 女神の力
お母様からのありがたいお説教を心身で受け止めた次の日。
俺は今、ある場所へ向かっていた。
そこは雪先生に教えてもらい、そして許可をもらって初めて行くことができる場所だ。
「ここだな」
訪れた場所は、山奥の廃墟であった。
もちろんただ肝試しに来たのではなく、その建物の地下に用があるのだ。
中へと入り地下への入り口を見つけ、その螺旋状の階段を下りていく。
光学迷彩が施してあるのだろう、俺でさえも事前に場所を聞いていなかったら見つけることができなかった。それほどまでにしっかりと隠されている場所である。
そのまま隠されていた地下へと下っていくと、なにやら団背に二人の話声が聞こえてきた。
「よし、一旦休憩に入るか」
『うっす!』
扉越しに聞こえる声を聴いて、会いに来る相手を間違っていないことを確認し、そしてその扉を開く。
「久しぶりだな」
『おぉ、久しぶり!』
俺がやってきたこの場所は、先日この世界へと召喚された悪魔がいる所である。
「元気そうだな」
『そりゃあそうだろう! 俺この人たちにめっちゃよくされてんだもん!』
とてもその風貌からは考えられないほど楽しそうにしているその悪魔は、現在シスト隊員である栂野さんとともにここで魔法の訓練をしているのだ。
「魔法の訓練は順調か?」
『おうよ!』
そういって彼は手のひらに火の玉を出現させた。
以前であれば、ただ力任せに殴る蹴るしかできていなかった彼が、この短期間で魔法を使うことができているのは、偏に彼が悪魔だからなのだろうな。
『こんな感じでコントロールもできるようになったんだぜ!』
彼の言う通り、火の玉を手のひらから自由自在に移動させることができていた。
「以前は壁とか破壊しまくっていたもんな」
『ちょ、言わないでくださいよ!』
「あぁ、俺もよくやったなぁ……」
やはり初めての頃はそういった失敗もあるのだろう。
俺だってこの世界へと来て、未だにいろいろとやらかしているからな。
『何やったんだ?』
「いや、まぁ、その、だなぁ……」
恐らく自分と同じ境遇の、同じようなことをしてしまった仲間を欲しているのだろう。
だからそんな興味津々に聞いてきたのだろうが、俺が答えるわけがないだろう。
「山を消し飛ばしたりだよな」
「それ言わなくてもよくないっすか?」
残念ながら、隣にいる栂野さんに暴露されてしまった。
『お前、よくそんなことできるよな……』
「力の加減とか難しいし、好きな子を守るためだったんだから仕方ないだろう!」
そうは言ったものの、特に考えなしに動いてしまったことは否めない。
あと呆れた目で言っているが、悪魔と神の使徒では根底から力量が違うのだから仕方がないだろう。
『えっ、お前好きな子とかいるのか?』
だが彼は、俺が山を消したことよりも好きな子がいることに驚いていた。
「そりゃあ、俺にだって好きな子の一人くらいいるっての」
誰だって思春期男児であれば恋だってするものだろう。
神の使徒で前世の記憶を持っている俺でも例外ではない。
『そんな顔で?』
「おーなんだ喧嘩売ってるのか買ってやろうじゃねぇか表出ろや」
『冗談だって』
人を見た目で判断しては一番いけないということを理解していないのだろうか。
そんなことを言ったらこの中で一番怖いのは悪魔のお前なのだから。
『そうか、青春してるのか……』
「お前も青春とかしたいのか?」
『当たり前だろう!』
とても羨ましそうにしていたため、俺はある提案をする。
「じゃあ、人間に変身とか使えればいいのにな」
『そんな魔法あるのか?』
「あるんじゃないのか?」
一応自分でもできるのか頭で思い浮かべて、そして何となくやり方はわかったため、魔法として存在しているのだろう。
「ほら、こんな感じに……」
実演するべく、俺は目の前にいる栂野さんに変身してみることにした。
『すっげぇ、栂野さんが二人いる!』
他者から見ても、本物といっても遜色ないほどに似ているようで、
「よくできるなぁ、俺もそんな簡単にはできないぞ?」
「何となくですよ。コツをつかめば誰だってできます」
とはいえ、俺は神の使徒だからこそできている部分はあるため、人である栂野さんができるかはわからない。
ましてや悪魔は漸く火の玉を出現させることができただけで、ほとんど魔法を扱えているとは言い難い状態である。
『なぁ栂野さん、俺も変身することができたら学校通っていいですか!?』
「まぁ、そうだな。長時間変身出来るのであれば、だがな」
『よっしゃあ、絶対ものにしてやる!』
「その意気だぞー」
しかし本人がやる気になっているのだから、態々そのことを言う必要もないだろう。
それでできるようになれば、学園生活が楽しくなる可能性もあるのだし、期待して待っていよう。
『そういや、俺あんたの名前知らないな』
「自己紹介とかする暇なかったしなぁ」
会って早々に戦っていたのだ、自己紹介なんてする暇などあるはずがない。
『なんていうんだ?』
「俺は纐纈翔夜だ。お前の名前は?」
『俺は……前世では宇賀神瞭太っていうんだ。こっちでもそれで名乗ってる』
「そうか。よろしくな、瞭太」
『おう!』
そう言って熱い握手を交わしていると、ふいに俺の後ろから話しかけてくる声が聞こえた。
「いいですねぇ、男の友情みたいな感じで」
「まぁ、殆ど話したことはない……けど、な?」
声色は高く、女性のものであり、そして俺はその声の主を知っている。
忘れたくても忘れることができないその声の主。
「お久しぶりです、纐纈しょ———」
「死ねやクソ女神ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
俺はその声の主であるクソ女神へと、これでもかと魔力を込めた拳で殴りかかった。
「ちょ、会って早々に殴りかかってきます普通!?」
「うるせぇ! さっさとその命を差し出せぇ!」
「なんて理不尽な!」
難なく躱されてしまったため続けざまに拳と蹴りの連撃をお見舞いした。
『おいおい、ちょっと待てって!』
その連撃させも躱していたクソ女神と俺の間に、突如として現れたこいつに驚いていた悪魔が割り込んできた。
「おい、こいつを庇うのであれば、お前ごと殺してやるぞ!」
『さっきまで仲良くやっていたのに何その変貌!?』
止めに入ってきた彼ごと、俺は目の前のクソ女神を息の根を止めてやろうとした。
だが事情を知らないまま殺してしまうのは可哀そうであるため、一旦攻撃を中断した。
『こんな綺麗な人を、どうしてお前は殺そうとしているんだよ?』
「積年の恨みがあるんだよ!」
前世で俺を殺したこと。今世で俺を殺しかけたこと。そしてそれによって記憶喪失になったこと。顔が前世と変わっていないこと。
ほかにも様々な理由はあるが、大まかにはこれらがあげられる。
「そんな年月経っていませんけどね」
その言葉に、俺の堪忍袋の緒が切れてしまった。
それと同時に、俺の中のどす黒いものが現れてきた。
「俺の十五年間を返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
漆黒に染まったその右腕を振りかぶり、クソ女神の顔面へと殴りかかった。