第百七話 何はともあれ
転移魔法で跳んだ先は、鈴と未桜たちがいる建物の丁度頭上である。
最初から目の前に颯爽と現れるというのも考えはしたが、それで敵や味方の攻撃を食らってしまっては目も当てられない。
そのため頭上から突っ込むという方法を考えた。
「よし、行くか」
戦いによってか、それとも地盤沈下によってかはわからないが、天井が抜けてしまっているので戦いの様子が見える。
丁度いいタイミングを見計らって、俺は敵を踏みつける形で降りた。
「助けに来たぞ」
踏みつけた敵を地面へとめり込ませ、俺は使い魔たちのそばへと寄る。
「主様!」
「あるじー」
「やっと来やがったか!」
「無事だったんですね。よかった」
戦っていた四人を見やって、その顔には疲弊している様子が見受けられた。
そのため俺という絶大な戦力が来たことで、その表情は多少余裕が出てきていた。
いや、よく見れば未桜は疲れているというより、飽きているといった様子か。
「遅いんだよ!」
「いや待って敵あっち!」
唐突に俺へと殴りかかってきて、すんでのところで躱す。
どうして俺へと殴りかかってくるのだろうか。
「うるせぇ、死ね!」
「ちょっと酷くない!?」
その殴ってくる顔は笑顔に溢れており、しかしその拳は俺へと確実にダメージを入れようといわんばかりに鋭いものであった。
「助けに来たのになんて横暴な態度なんだよ!」
俺には柊先生のその行動の意味は分からなかった。
「それで、あの三人はどうなったんだ?」
俺が来たことで戦況が変わったのか、敵が俺にも攻撃を仕掛けたことで一人にかかる負担が分散した。
そのためこのように柊先生が話しかけるほどには余裕があるのだろう。
「あぁ、あの三人なら神長原さんが倒してくれたよ」
「アイツがぁ?」
その名前を聞いて、眉間にしわを寄せて柊先生は敵たちを風魔法で吹っ飛ばした。
それと同時に俺は敵の首をつかんで壁の方へと投げ飛ばした。
「まぁアイツならあり得るが……」
「確かに神長原師匠なら、魔力をどれだけ持っていようとも関係ありませんもんね」
観月先生も納得しつつ、雷魔法で敵の動きを封じていく。
やってきて俺も含め、全員が敵を殺さない程度に手加減しつつ一人ずつ無力化していた。
ただ殲滅するだけならば簡単なのだが、手加減しつつ制圧していくというのはかなり骨の折れる作業だ。
「それで翔夜、今起こってるこの地響きが何かわかるか?」
「えっとですね、簡単に話しますと……」
なんと説明したものかと頭を悩ませる。
悪魔のことはあとで話すとして、長く話すことはできない。
わかりやすく、そして端的に説明する必要がある。
ならば、こう答えることが最適であろう。
「神長原さんが地盤沈下させました」
「あんの馬鹿がっ!」
「神長原師匠ならやりそうですね……」
今まで手加減していたのだが、その時だけ敵を思い切り殴ってしまっていた。
恐らく地響きで手元が狂って敵を思い切り殴ってしまったのだろう。
決して、怒りに任せて殴ったなんてことは流石にあの校長でもないだろう。
俺はそう信じる。
「あんなの師匠じゃねぇよ。ただの迷惑な引きこもりクソ野郎だよ」
「それはちょっと、言いすぎなんじゃあ……」
嘘は言っていないし事実を述べたので俺は間違っていない。
悪魔が出てきて、たまたま和解することができたこととかはあとで説明すればいいしね。
「お前アイツをかばうのか!?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……」
観月先生も流石にそれは言い過ぎだろうと、柊先生をなだめていた。
そして敵を痺れさせて行動不能にしていき、俺の近くへとやってくる。
「纐纈君、神長原師匠のようになってしまってはいけませんよ」
「観月先生も結構ひどいこと言いますね!」
ただそれを伝えるためだけに来たのだろう。
だが事の発端は俺のほうにあるから、神長原さんには申し訳ないと思ってしまう。
「主様、こいつら結構しぶといのですが、いかがいたしましょう?」
「地盤沈下も起きてるから、こいつらの相手はほどほどにして避難するぞ」
「承知しました」
そういえば、全員が普通に問題なく戦っていたから忘れそうになっていたけど、今地盤沈下が起きているんだよな。
ならば逃げることが最優先されることだろう。
「たべていい?」
「ばっちいからやめなさい」
未桜は確か竜だから、別に食べることはおかしいとは思わない。魔物でもあるわけだし。
だけどあいつらは、薬でドーピングしている奴らなわけだから食べて何かあったら嫌だからやめさせた。
あと未桜が人間食べている様子はちょっと見たくないですね。
「埒が明かないし、ちょっと思い切り吹っ飛ばしますかね」
「おいコラちょっと待て、お前がやると山が消し飛ぶだろうが」
「手加減しますよ」
いったいどれほど隠れていたのかと思うほど敵の数は多く、そして一人一人が強力な力を持っている。
ただ全員が全員、転移魔法を使ってくるわけではないということが救いだった。
そのため俺が全員吹き飛ばしてやろうと思ったのだが、それを柊先生が制止してくる。
「前科持ちを信用できるか。アタシにやらせろ」
「人を犯罪者みたいに言うな!」
確かに一度山を吹き飛ばしてしまったが、しかし今回は魔物ではなく化け物じみているが人間である。
ちゃんと手加減の術を覚えたんだから吹き飛ばさないでできるって。
「実は柊師匠が鬱憤を晴らしたいだけなのでは……」
「おいりほ、あとで乳揉まれたいか?」
「私は何も言っていません」
「よろしい」
こいつ自分の都合が悪くなったら弟子を脅しやがった。
なんてひどい師匠兼上司なんだろうか。俺が代わりに文句を言ってやろう。
「生徒の前で何堂々とセクハラしてんだよ。公的機関へ通報してやろうか」
「お前がりほの乳を揉んだって東雲沙耶に言って———」
「私は何も聞いておりません!」
「よろしい」
まぁね、人には何か事情というものがあるわけだし。
それにもしかしたら何か考えてそのような行動をとっている可能性もあるわけだし。
つまりな、大きな力の前では、例え神の使徒であろうとも無力なんだよ。
「さぁて、よくもまぁ手こずらせてくれやがったなぁ……」
指をポキポキと鳴らして、不敵な笑みを浮かべて敵へと右手を掲げる。
左手を添えて、そしてその右手には幾重にも魔方陣が広がり、学があまりない俺でも強力な魔法を放つということが理解できた。
「てめぇら全員吹っ飛べ……」
魔法を発動するのに時間がかかるのか、それまで俺と他三人で柊先生を守る。
鈴が狐火で燃やし、未桜が風の魔法で吹き飛ばし、観月先生が雷の魔法で痺れさせる。
三者三様に敵を無力化していき、そして俺は持ち前の力で只々ぶん殴る。
「お前ら全員離れてろ!」
魔法が発動し、そのまばゆい光が迸る中で俺はその魔法を目にして驚きを露にする。
「『疑似・神の槍』」
「えっ!?」
その魔法の名前を聞いて確信できた。
その魔法にて形成されたその白い槍は、紛れもなくあの神の槍であった。
そしてその白い槍は、止まることを知らず、真っすぐに、辺りを巻き込んで、敵もろとも山をえぐり取って見せた。
「おい、今の技……!」
「あぁ、アイツのあれを私なりにアレンジして魔法に仕上げてみたんだ」
山をえぐったことなどこの際置いておいて、俺はその魔法が件の神の槍であるのか確認をとった。
それに対しとても得意げに答える柊先生は、しかし表情と声色が一致しておらず、憎しみを抱きつつ喜んでいるようだった。
「どうして、そんなことを……」
神と同等とはいかないまでも、かなりの威力を発揮していることは目の前の惨状を見れば確かだ。
だがそれは、あいつと同じことをしているのと同義ではないのか。
いったいどうしてそんな魔法を作ってしまったのか、柊先生はその答えを口にする。
「アイツを殺すためだ」
「後で教えてください」
「いいだろう」
神の槍に近づけたということは、それはつまりアイツを殺せる可能性があるということだ。
ならば、ここで教えを請わないわけにはいかないだろう。
「ちょ、なに山を吹き飛ばしているんですか!」
そんな俺たちのやり取りに介入してくる観月先生は正常だった。
「違うんだよ、思ったより力が入ってしまっただけなんだ」
「言い訳になっていません!」
俺も神の槍のせいで忘れていたけど、俺がやっても大して結果は変わらなかった来たする。
「あのようにしていいのなら、私にも可能でしたのに……」
「わたしもできたよー?」
「二人は環境破壊をしないでくれな……?」
あれは反面教師というものだ。
自ら過ちを犯すことで、それがいけないことだと周りに教えてくれているんだよ。多分。
「それじゃあ気を取り直して、さっさとここから逃げ———」
「あっ」
逃げようかと、柊先生が声をかけてきたのだが、地盤がもう限界だったのだろう。
地面が崩落していき全員が生き埋めになってしまう未来が見えた。
だがしかし、それは魔法を使わなかった時に限る。
俺たちは風魔法で空を飛び、その崩落に巻き込まれることはなかった。
「あ、あの、主様……!」
「いやぁ、間一髪だったな」
俺は鈴をお姫様抱っこしながら、下で崩落していく様子を眺めた。
「その、重くありませんか?」
「全く重くないな。むしろ軽い」
真っ先に鈴を助けたのは、この中で風魔法を使えなかった気がしたためだ。
多分自分でなんとかできそうとは思いつつ、だがもし飛べなかった時のことを考えて助けたのだ。
「わたしもあるじにだっこしてほしい」
「未桜は飛べるだろ、我慢してくれ」
「むー」
正直なところ、これって訴えられないよなとか、変態とか罵られたりしないよなとか、いろいろと考えてしまっている。
あと未桜は竜なのだから、飛べると確信していたので本人に任せた。
「おい、師匠を真っ先に助けろよ」
「あんたは自分で飛べるだろうが」
自分を助けなかったことが不服なのだろうか、俺を恨めしく睨みつけてきた。
だが柊先生は自ら飛ぶことができるのだから、俺が助ける必要はないだろうに。
どうしてそんな怒っているのか甚だ疑問である。
「とりあえず、他の隊員と合流しましょう」
そう観月先生が俺たちの言い争いを諫め、合流地点であろう場所へと向かった。