第百六話 味方
「おいおい、どうすんだよこれ!」
巨大地震でも起こったのかと思うほどの地響きがあり、立っていることもやっとな状況。
しかし地盤沈下を起こした本人は特に焦りもなく、寧ろ落ち着ていた。
「でもぉ、翔夜君は転移魔法あるからぁ、大丈夫だよねぇ?」
「問題は俺じゃなくて鈴と未桜のことなんですよ!」
「使い魔思いだねぇ」
別に俺は地盤沈下が起こったことに焦りを感じているわけではない。
地盤沈下が起こったことで、俺の使い魔に何かあったらと考えてしまっているからだ。
「神長原さんを放置して向かっていいですかね!?」
「焦りすぎだよぉ」
「そりゃあこんな大地震かと思うほどの地盤沈下が起こったらねぇ!」
この人を放置して助けに行くという考えがあったが、流石にそこまで人の心がないわけじゃない。
この人を担いで転移魔法で跳ぶということを考えはしたが、ぶっちゃけ邪魔である。
この人だけで逃げてほしい
『あの、逃げてもいいか?』
「俺らと逃げなかったら実験施設に送ってモルモットにしてやるぞ!」
『こっわ! 俺よりあんたのほうが悪魔じゃん!』
「うるせぇ! こちとら余裕がないんじゃあ!」
焦っているせいで、まともなことを考えられずにいる。
そのためか、少々悪魔な彼を殴ってしまいそうになる。
「鈴と未桜……あとついでに雪先生と観月先生も助けなきゃ……!」
今ここで最善の行動は何なのか、ない頭で懸命に思案する。
転移魔法で助けに行くか、その前にどこか安全な場所へと二人を送り届けるか、それ以前にここの人たちはどうするか。
敵ではあるが見捨ててしまってもいいのかと、俺の中にある善の心が叱咤する。
「あのですね、ここにいる人たちのことを考えなかったんですか!?」
「大丈夫だよぉ」
「そういうことは根拠をもって言ってください!」
大丈夫な要素が何一つないこの状況で、彼女は普段の俺以上にヘラヘラしていた。
正直年上で女性だけど、ぶん殴ってもいいかと思ってしまった。
「根拠ならあるよぉ?」
だが彼女なりに大丈夫といった根拠があるようで。
「なぜならぁ、あいつが何とかぁ、してくれてるはずだからぁ」
「あいつ?」
そういう彼女は壁を見つめていた。
アイツとはいったい誰なのかと疑問に思ったが、それはすぐに誰かわかった。
「ここかぁ!?」
「栂野さん?」
神長原さんが見つめていた壁をぶち破ってきた人物。
そこから出てきたのは、シストのメンバーである栂野圭一であった。
「わぁ、圭一だぁ。勝手に迷子になっちゃぁ、ダメなんだよぉ?」
「それお前ぇ!」
神長原さんへと掴み掛からんばかりに詰め寄り、その元より怖い顔がさらに物恐ろしくなっていた。
「つーか、悪魔いるじゃん!」
『あ、どうも……』
表情豊かな人だなと、自分よりも感情をあらわにしている人を見て落ち着きを取り戻してきた。
「えっと、こいつ敵意とかないんで大丈夫です」
「そう、なのか?」
「もし敵対してきたら無残に殺していいんで」
『ひどくない!? いや敵対しないけどさ、もう少し慈悲があってもいい気がするぞ!』
ちょっとした冗談を言えるほどには冷静になっているため、これからどうするか考える余裕が生まれる。
「あれ、翔夜じゃないか?」
「どうして、ここに?」
「おう陸と奈那じゃないか。説明はあとでするから、今すぐにこの場を離れよう」
クラスメイトに会えたことは嬉しいが、だがこんな状況であるためどうしても逃がさなければと思ってしまう。
自分が以前大学生をしていたことで、年下は守る対象と思っているんだろう。
「いったい何が……?」
なぜ地盤沈下が起こっているのかという問いに、俺ではなく神長原さん自ら答える。
「私がぁ、地盤沈下したのぉ」
「お前なぁ……」
その言葉を聞き、栂野さんは状況を把握する。
そして頭を抱えて、眉間にしわを寄せる。
「それは俺がここにいる奴らを外に出してなかったら、ホントに大変なことが起きてたぞ!?」
「別にぃ、その時はその時だよぉ」
「こいつっ……!」
恐らく先程の俺と同じような感情に見舞われているのだろう。
自身の拳を強く握りしめ、今にも殴ろうとしていた。
『あの、俺はどうしたら……』
そんな栂野さんへと、悪魔はおずおずといった様子で話しかける。
「あー……俺と一緒に来てくれ」
『あ、はい。わかりました』
どうするか決めあぐねていたが、しかしそのまま悪魔を放置するわけにもいかずにつれていくようだった。
殺気は感じられず、そしてこの物腰の低さから、連れて行っても大丈夫と判断したのだろう。
「二人とも、こいつが何か変な真似したら任せる」
「わかりました」
「わかり、ました」
もしものため、陸と奈那にこの悪魔のことを任せるようだった。
完全に安全というわけではないから、警戒を怠ることなく栂野さんは最善に行動している。
俺も見習わなければいけないと感じた。
「んで俺は、こいつを運ぶから」
「これは楽だなぁ」
「お前はこうでもしなきゃ歩かないだろうが!」
「私のことをぉ、わかってるねぇ」
神長原さんをおぶりやすくするために屈みこんで、そしていつも通りかのように彼女は乗った。
よく彼女の生態を理解してるのだろう。文句を言いつつもちゃんと落ちないように支えていた。
『俺信用されてないな……』
「まぁ、悪魔だしな」
俺は彼が前世の記憶を持っているということを知っているため、そして自分が神の使徒であるため警戒はほとんどしていない。
だが彼らは悪魔のことを、自分たちの知っている悪魔と同じように見ている。
連れて行ってくれただけでもありがたいものだろう。
「では、俺は使い魔を助けに行ってもいいんですか?」
「あぁ、行ってきて構わない」
「ありがとうございます。それでは、後はよろしくお願いします」
そういって俺は千里眼を発動する。
見つけるのに時間がかかってしまうので、味方がいる今のうちに探してしまう。
千里眼を発動している最中に動けないというのは、結構大きな問題だな。
「僕らはどうしましょうか?」
「俺と一緒にこの場所から逃げるぞ」
「わかりました」
陸がこれからどうするか聞くと、迷わず自分たちはこの場から逃げると発言した。
俺が転移魔法で逃がしてもいいと思ったが、そんな連発できるのかと思われたら面倒である。
それで探すことに時間がかかってしまって、手遅れになってしまたら目をも当てられない。
そのため、俺は転移魔法のことに対して進言しなかった。
「あと翔夜君、あとでここにいる理由を聞かせてもらうからね」
「あー、わかりました……」
俺がここにいても何も聞いてこなかったため、気にしていないのかと思っていた。
だが現状で聞くことはせずに後で聞くとは、状況判断ができているというのか、抜け目がないというのか。
ともかく、今は使い魔たちのことだけを考えておこう。
「さてと、どこにいるのかね?」
誰もいなくなったここで、俺はようやく千里眼で使い魔たちを見つける。
「あーいたいた、無事でよかった」
千里眼で見た先に、未だに敵と戦っている鈴と未桜の姿が見えた。
そして雪先生と観月先生も見つけ、だが彼らは負けるような状況ではないものの、それでも数が多いため苦戦していた。
「それじゃあ跳びますか」
いつここが崩落してもおかしい状況であるため、急いでいくことに越したことはないだろう。
今回は少々短くてすみません。
そのまま投降してしまうとキレが悪かったので……。
今後もよろしくお願いします。