第百五話 新たな転生者
攻撃を一時中断して、目の前の悪魔へと尋ねるそれは、可能性としては十二分にあることであった。
あのクソ女神の被害者ということで、この世界へと転生してしまったのだと。
『俺と同郷って……この国で生まれればそうだろう?』
しかし目の前の悪魔は、いったい何を言っているのだと、そう言いたげな目でこちらを見てきた。
「馬鹿かお前」
『俺は馬鹿じゃねぇ!』
「そんなことで殺しにかかるなって」
つい本音が出てしまった。
そのため怒りに任せて彼は殴りかかってくるが、難なく躱しその腕をつかんだ。
そして再び元いた位置に投げ飛ばし、再度質問をわかりやすく投げかける。
「だから、お前は魔法のない世界の記憶があるかってことだ」
『……魔法のない世界の記憶?』
「あれっ、悪魔になる前の記憶はないのか?」
俺は魔法を使ったときの反応、そして先程の不慣れな戦い方。
それらを見て、もしかして今まで戦ったことがない世界から来たのかと考えた。
だが、つい先ほど生まれた悪魔が、何も知らない状態で来たという可能性も考えられる。
もし後者であるならば、情報を少し与えてしまったため必ず浄化しなくてはいけなくなる。
『いや、あるけど……』
「あるんかいっ!」
あるならば最初からそう言ってほしいものである。
「じゃあそれは、女神によって転生させられたってことか?」
『あぁ、そうだけど……』
悪魔が召喚されたという可能性も考慮して質問したが、杞憂であった。
彼は紛れもなくあのクソ女神によって転生させられた、俺たちと同じ存在出るということだ。
しかしどうしてか、彼の答えは歯入れが悪い。
どうしてか尋ねようとすると、彼は訝し気に俺へと尋ねてくる。
『なんで、お前がそれを知っているんだ?』
「訪ねたときに同郷かと聞いたはずなんだけど……」
「あ、そういえばそうだったな!」
俺が彼へと最初に尋ねたことを忘れていたらしく、俺が本当に前世の記憶を持って転生させられたのかと疑っていたようだ。
鳥なのかと思うほど記憶力が乏しいのか、それとも単純に俺以上に馬鹿なのか。
どちらにしても、会話していて結構疲れてしまう。
そして俺が転生者であるということを理解した彼は、それが嬉しかったのか嬉々として奇妙なことを尋ねてくる。
『じゃあお前も『使命』のためにいるのか!?』
「使命? なんじゃそりゃ?」
俺はあのクソ女神から使命なんてものを聞いていない。
むしろ好きに過ごしてくれていいといっていた。
『あれ? 出会った女神に『この世界を破壊するのです』とか言われて来たんだけど……?』
「マジでなんだよそれ……」
何かお願いすることはあっても、命令することは流石にあのクソ女神でもないだろう。
ではどうしてそんなことを彼は言われてしまったのか、新たに謎が出てきてしまった。
「俺はこの世界で好きに生きていいって言われたぞ?」
『なんだそれ……』
俺は神の使徒として、人間で転生されてきた。
しかし彼は悪魔として転生させられた。
そこにどんな違いがあるのか、ただの紙の気まぐれなのか。
「あの女神そんなこと言ったのか?」
『そう言われて、たった今来たんだけど……』
「あんのクソ女神、そこまで腐り果てたか」
恐らくは、一時の気まぐれによってそのようなことを言ったのだろう。
目の前の彼が嘘を言っているようには見えないし、嘘を付けるようなタイプではないだろう。馬鹿だから。
『く、クソ女神は言いすぎなんじゃあ……』
「あれはダメだ。見た目だけの中身はクソなんだから」
そう、俺が一番といっていいほど、あのクソ女神のことを理解している。
傍観主義の神のほうがまだいいと思うほど、あのクソ女神は余計なことしかしないのだ。
余計というよりも、害悪なことしなしないとっていい。
「気まぐれでそんなことを言い出してもおかしくないはず……」
『そ、そうかぁ?』
「そうだ」
断言しよう。クソ女神は害悪の何者でもないと。
『そ、それよりも!』
あのクソ女神のおかしなことについて、今後どう対策をとっていくか考えていると、彼は少々焦りながら俺へと訴えかけてくる。
『あの人止めてくれない!?』
「あー、そういえばそうだな」
今俺が張った結界の中で、神長原さんが浄化魔法の強化版みたいなものを発動しようとしている。
それを横目に見て、しかし彼は俺にしがみつかんとする勢いで訴える。
『とりあえずお前の話は聞くし、それに争いはしないから! 頼むよ!』
「お、おう。わかった」
これには俺も頷かずにはいられなく、止めてもらうように神長原さんの下へと行く。
しかし俺と話しても意味がないと思い、彼女とも話してくれるのか尋ねる。
「この人とも話すよな?」
『その人とも話し合いするから! 早く止めてくれっ!』
もう今なら何でも要求をのみそうな勢いであるが、それほど神長原さんが放とうとしている魔法は魔力がかなり凝縮されている。
先程奪った三人の魔力を使っているのだろうから、当然といえば当然である。
「結界を解除して……」
もちろん他からの攻撃がないとは言えないため、しっかりと警戒したうえで解除した。
そして集中しているところではあるが、肩をたたいて意識をこちらへと戻す。
「あのー神長原さん、ちょっといいですか?」
「今はちょっとぉ、集中しているからぁ、後にしてほしいなぁ」
振り向かずに、しかしこちらの問いには答えてくれた。
「いやですね、そのぉ、魔法を解除してほしいんですけど……」
「解除してほしいぃ?」
そこでようやくこちらを振り向き、そのトロンとした目でこちらを見つめる。
しかし額に汗をにじませているため、集中して疲れているということは理解できた。
それほどのものをこれから彼へと放とうとしているのだ。
同郷ということで多少親近感がわいたということもあるため、これは止めなければいけない。
「そのですね、今そこの悪魔と話して、敵意がないということが分かったんですよ」
「話し合いにぃ、応じるのぉ?」
『はい、話し合いに応じます!』
見た目が悪魔ではあるが、それでもやはりその魔法を放たれることが嫌なのだろう。
悪魔は必死に神長原さんへとお願いしていた。それはもう土下座をしそうな勢いで頭を下げて。
「翔夜君はぁ、信じるのぉ?」
「一応は信じようと思います。もし何かあっても、抑えられることができると思うので」
戦いになれていなくて、魔法についてもまだよく理解をしていないのだ。
ならば数か月だけではあるものの、俺の方にかなり分がある。
もし抑えつけることができなかったとしても、俺より魔法の扱いに長けた結奈がいるのだから問題ないだろう。
「翔夜君がそういうならぁ、この魔法は違うことにぃ、使うことにするよぉ」
「違うこと?」
少し考えて、そして浄化魔法を取りやめてくれるようだった。
しかしその魔力はなくならず、性質が変化した。
浄化魔法ではなく、違う魔法として発動したようだった。
「えっ、あの……」
発動はしたが、しかし目に見えて何かが起こった様子は何もなかった。
いったい今何を発動したのだろうか。
「この組織をぉ、浄化したよぉ」
「……えっとつまり?」
何を言いたいのか理解できなかったが、とても嫌な予感だけはする。
「簡単に言うとねぇ、地盤を圧縮したのぉ」
「地盤を、圧縮?」
その発言の後、地響きが起こり地面が不自然に傾きだした。
地盤を圧縮されて起こる現象なんて一つしかない。
というか、広範囲にそれを行ったというならば、今ここにいる俺たちも確実にヤバい。
「地盤沈下っていうやつだねぇ」
「なぁにやってくれてんですかっ!?」
先程言っていた『この組織を浄化』するという意味は、それはつまり非人道的行為といってもいいほどの楽して破壊であった。