第百四話 ちぐはぐ
「おらぁ!」
俺へと突っ込んできた悪魔は、不気味な笑みを浮かべて殴りかかってきた。
「重っ」
後ろに神長原さんがおり、躱すことができなかったため右手で受け止める。
しかし自分が思っていた以上にその拳は重く、危うく自分が吹っ飛ばされそうになってしまった。
『よく受け止めたなぁ!』
「まぁな」
俺はその威力に驚きつつも、逃がすまいとそのこぶしを握り締める。
悪魔は握られていることなど気にせず、とても楽しそうに、しかし悪意をもって嗤っていた。
「逃げられると思うなよ?」
『逃げる? この俺が? ははっ、面白い冗談だ』
威力が今までの者たちとは違いとても強い悪魔に、俺は危機感を持たざるを得なかった。
先程の三人と同様に、動きを封じて魔力を吸収すればいいと考えていた。
それが先程の拳の威力で考えを改めなければいけないと感じたのだ。
神の使徒以外では初めてかもしれないと思うほどに、今目の前にいる相手は強者である。
これは勝負を早々に終わらせなければ被害が大きくなると感じ、これからどうするか考える。
「翔夜君~ちょっといいかなぁ」
「はい、なんですか?」
油断できない相手であると判断したため振り向くことはできないが、返事をすることはできる。
考え事をしていた俺へと声をかける神長原さんは俺の左隣に移動した。
そんな彼女の両手には魔力が寝られており、何か魔法を発動していようとしていた。
「ちょっとぉ、そいつの動きをぉ、止めててねぇ」
「えっと、その魔法は———」
俺が聞くより早く彼女は魔法を放ち、目の前の悪魔を神々しい光が包み込んだ。
振るってきた拳を未だに握っていたため悪魔は逃げることができず、また魔法の発動が速かったため魔法を防ぐことができなかった。
『あああああああああああ!!!』
光が包み込んだのは、ほんの数瞬だけであった。
しかしそれだけでも悪魔は雄たけびを上げ、その場で膝をついてしまった。
全身を火傷でもしたかのように爛れており、だがその光の間近にいた俺には温度は感じなかった。
「あの、今のは何ですか?」
「今放ったのはぁ、浄化魔法だよぉ」
「浄化魔法?」
「ほらぁ、悪魔なら効くかなって思ってぇ」
「あぁ、なるほど」
温度の変化も感じず、しかし相手を火傷させたのは浄化魔法であった。
ファンタジー物なら、よく僧侶や聖女といった聖職者が使っているイメージであるが、彼女のような聖職者然としていない者でも使用可能のようであった。
つまりは、俺にでもできるということだ。
『こんのクソ女ぁ!』
流石にこのままずっと掴んでいると俺が攻撃されるため、ある程度力を込めて壁のほうへと放り投げた。
「それじゃあぁ、効くこともわかったしぃ、ちょっと大きいの放つねぇ」
「俺でも多分浄化魔法は使えるんで、下がっていてください」
「私の見せ場をぉ、とらないでほしいなぁ」
「あ、はい。すみません……」
俺にも浄化魔法が使えることは何となくわかっていたため、俺自ら先程より大きなものを使おうとしていた。
だか彼女は強情にも自らがやるらしく、俺がやるといったときは少々怒っている様子だった。
『死ねぇぇぇ!』
「やらせるか」
放り投げた彼は一直線に俺へと向かってきたが、そんな単調すぎる攻撃が当たるわけもなく。
俺は源減の面影が少々残っているその顔面へと拳を叩きこみ、先程放り投げた方へと再び吹っ飛ばした。
「だからねぇ、それまで守ってくれるとぉ、嬉しいなぁ」
「言われなくても、ちゃんと守りますよ」
彼女が先程より強力な浄化魔法を行うということなら、俺のやることは彼女を守ることである。
改めてそう認識して、気合を入れる。
人を守りながら戦うというのは、意外と神経を使うため少々疲れる。
「お願いねぇ。結構集中するからぁ、周りの音とか聞こえなくなると思うんだぁ」
「それじゃあ、念のため結界魔法でもかけておきますね」
「ありがとぉ」
彼女が攻撃に気が付かず、また気が抜けたところを攻撃されたらたまったものではないため、俺は沙耶にも使ったことのある結界魔法を使用する。
神の使徒の攻撃でさえも数時間は防ぐ代物である。如何に相手が強かろうとも、神長原さんへは指一本触れることはできないだろう。
『何度も邪魔しやがってぇ……!』
壁へと激突してそのがれきに埋もれていた悪魔は、そのがれきを吹き飛ばして出てきた。
「俺を倒さなければ、後ろの人の魔法を防ぐことはできないぞ?」
『別におまえを倒さなくても———!?』
少しは学習したのか、回り込んで今度は神長原さんを攻撃する。
しかしつい先ほど張った結界に阻まれて、驚きを隠すことができていなかった。
「その結界魔法は特別でな、そんな簡単には壊れない仕組みなんだよ」
「チッ……。じゃあお前をすぐにでも殺してやるよ!」
「そんな簡単にいくわけないだろ」
こっちは神の使徒なのだから。
その言葉を飲み込み、悪魔の攻撃をかわす。
そして俺は、確実に標的が俺へと向くように仕向ける。
「殺せなければ、逃げてもいいぞ?」
少々わかりやすく、目の前の悪魔を煽る。
「なんだと……?」
「ほら、俺に勝てないんだからそれは仕方がないだろ?」
『はぁ? てめぇなんてすぐ殺してやらぁ!』
こういう手合いは挑発されると乗ってくると判断してのことだ。
我慢が出来ない者というのは、感情的になりやすく直ぐ攻撃してくる。
「食らえやぁ!」
「そんな単調な———っぶねぇなこの野郎!」
また単調な攻撃かと、殴りかかってくるその拳をすんでのところで躱そうとした。
しかしその拳には魔力が宿っており、攻撃する直前に燃え上がったのだ。
俺は大きく距離をとり、どうにかその炎を食らうことはなかった。
『これが魔法か……』
「お前、何言ってんだ?」
大きく体制を崩して次の攻撃を待ち構えるが、当の本人は魔法を使ったことに驚いている様子だった。
『いいねぇ、殺し合いは楽しいな!』
「人を殺そうとして楽しいとか、頭いかれてんじゃねぇのか?」
手を開いたり握ったりしていたが、それを数回繰り返し、そして俺のほうへとその邪悪とも呼べる笑みで振り向く。
『おらぁ、防がねぇと燃えちまうぞ!』
「服が燃えるじゃねぇかよ!」
『ぐっふ!』
俺へと迫ってきて再び殴る蹴るの攻撃を行ってくるが、しかし先程のように炎を纏い俺へと迫ってきた。
だが服が燃えることが嫌だったため、俺は素早くみぞおちへとこぶしを叩き込んだ。
「魔法を使うときに無防備なのは、素人もいいところだぞ?」
『よくもやってくれたなぁ……』
魔法を使うことに意識しすぎているのだろうか。
相手の攻撃へと対処が遅れているように伺える。
「なんというか、初めから思っていたことなんだが……」
「うっ……!」
お腹を抱えて転がっている悪魔を、俺は同情なく蹴り飛ばす。
「動きがとても素人なんだよなぁ」
「がはっ!」
吹っ飛ばされて再び瓦礫へと突っ込んでいった悪魔へと向けて、俺は自身で作り上げた石を威力を落として投げつけた。
まるでいじめているような状態であったが、しかしあれほどの魔法を使うものならば躱すか防ぐかするのが当然といってもよかった。
しかしその攻撃は当たってしまった。
「例えるなら、初めて魔法を使った子どものような感じか?」
戦っているうちに段々と違和感のようなものがあったが、それをようやく言葉で表すことができた。
俺は相手がはい出てこないことを確認して、しかし警戒は怠らず振り返る。
「まだ時間かかりそうですか?」
未だに魔力を練っている神長原さんへと声をかけるが、しかし返答がない。
「あ、集中して聞こえないって言ってたっけ」
振り向いた先には、目をつむり膨大な魔力を収束して練り上げている神長原さんの姿があった。
つまりは、まだ浄化魔法は完成はしていないのだろう。
『てめぇ、マジで殺してやる……!』
「まずは攻撃を当ててからな」
起き上がってきた彼へと視線を向け、そして考える。
どうして悪魔はそんな初めて魔法を使うような感じであるのかと。
「なんか、体は悪魔だけど、精神が魔法を使ったことがない奴っていうか……!?」
そこで俺は一つの可能性へと思い至る。
「もしかしてお前、俺と同郷か?」