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第百三話 悪魔


 俺たちは適当に辺りを散策した。


 しかし散策といっても、何を見つけようとしているのかわからなかった。


 そのため俺は神長原(かなばら)さんに尋ねる。


「何を見つけたらいいんですか?」


「何かぁ、重要そうなものぉ」


「なんていい加減なんだ……」


 彼女から帰ってきた言葉は、とてもいい加減なものだった。


 その間延びした話し方と相まって、俺は彼女がふざけているのではないかと思った。


 だが一応は雪先生と同じくシスト隊員であり、実力者である。


 言葉に表さないだけで、なにか目的を持っているのだろう。


 そう信じて、俺はその大雑把である重要なるものを探した。



「重要そうなものっていったい……」


 もちろんそんなことわかるはずもなく。


 ただ、青い液体が入った注射器が綺麗に棚に並べられていた。


「これの研究をしていたんだろうな……」


 俺はその棚の扉を開き、そのうちの一つを拝借して眺める。


 これを人間へと打ち込めば、それだけで膨大な魔力と強靭な肉体を得ることができる。


 本当に魔法のようなものであるが、それと同時に人間であることを失うのだろう。


 そんなことを感慨深く思い、そっと元に戻そうとした。だが戻す時、手が滑ってしまい誤って落としてしまった。



「っぶねぇ……!」



 落としはしたが、途中で下から支える形で拾い上げ、何とか割らずに済んだ。


「これ中身が出たら絶対まずいよな……」


 心拍数が急上昇しながらも、俺は落ち着くよう深呼吸して注射器をもとの場所へと戻した。


 そして扉を閉じ、もう触れることがないようにその場を離れる。


 近くに青い液体が入った注射器がないことを確認して、再び散策を始める。


「いろいろ探すとは言ったものの、ほかには研究資料とかしかないからなぁ……」


 内容を読んでもわからない、様々な専門用語に何かしらのグラフ。


 資料室にあったモノとは別のものなのだろうか。


 乱雑に置かれている資料をしり目に、俺は神長原さんを見る。


「神長原さんは何を探しているんだ……?」


 その本人は何をしているのかと見ると、なにやら本棚を探していた。


 一つ一つ本を取り出しては戻してを繰り返し、そして取り出した本の中身には目もくれていなかった。


 何か目的の本を探しているのだろうと、俺は別のところを探そうとする。


「つーか、ここ少し広いな……」


「翔夜君~、ちょっといいかなぁ」


「あ、はい」


 隅々まで探すとなると大変だなと、そう思っていると本棚を漁っていた神長原さんから呼ばれた。


「翔夜君はぁ、メンタル強い方ぉ?」


「えぇ、まぁ……」


 唐突に尋ねられたことに疑問を抱きはしたが、気にせず俺は答える。


 今までヤクザだのなんだのと、ひどい噂までいろいろと言われてきた手前、常人よりは強いと自負している。


 だがどうしてそのようなことを聞いてくるのだろうか。


「ちょっとこっち来てぇ」


「えっ、これは……」


 神長原さんは本棚にあった一つの本に指をかける。


 そして本を取り出そうとこちら側へ引くと、その本棚は音を立ててスライドし、奥に続く扉が現れた。


 これはいわゆる隠し扉というものだった。


 初めてそのようなワクワクするものを目の当たりにし、だが扉を開きその先を見ると、つい先ほどまで浮かれていた気持ちは鳴りを潜めた。


「ここの研究結果ぁ。そして私の目的のものぉ」


 その扉の先にあったそれは、ホルマリン漬けにされている人間や魔物など多種多様な生物がいた。


「これは……」


 なぜメンタルが強いのかと聞いてきたが、その答えがこれなのだろう。


 ホルマリン漬けにされているものの中には、その元の外見を保っていないほど酷く醜い姿になっている人間もいた。


 上半身と下半身に分かれているもの、内臓が飛び出ているものなど、本当に多種多様な状態であった。


 普通の人が見れば、動揺を禁じ得ないものばかりであった。


「意外と平気そうだねぇ」


「まぁ、一応は……」


 そうはいいつつも、俺も神の使徒である前に一人の人間である。


 正直なところあまり見ていていい気のものでもない。


 前世で医療に携わる仕事に就こうと思っていなかったら、顔を背けていたかもしれない。


 それほど悲惨な現状を、彼女は奥へと歩いていく。


「これはねぇ、人間と魔物を融合させるための実験なんだよぉ」


「融合?」


 そのゆったりと歩いていく彼女の後を追いかける。


「人魔融合っていうのかなぁ」


「えっと、人魔っていうか……」


「見た目がほとんど魔物だよねぇ」


 奥に進むにつれて、融合させようとして中途半端なものが目に入る。


 どうしてそんな非人道的行為ができるのか。


 普通の考えの域を出ない俺には全く共感できないことであった。


「でもぉ、翔夜君は見たことあるんじゃないのぉ?」


「俺がですか?」


 彼女は振り返らず尋ねる。


 しかし言われた俺は心当たりがなかった。


「あれぇ? ほらぁ、土岐兄妹とかぁ」


「あの二人が?」


 確かに彼らはこのアポストロ教にいた。


 だが彼らは今現在シスト隊員として、そして俺のクラスメイトとして人間として存在している。


「なんだぁ、てっきり知っているのかと思ったぁ」


 そこで振り返り、自身が知っていることを俺へと告げる。


「あの二人ねぇ、人間と魔物のハーフなんだよぉ」


「ハーフ?」


 言われたことを飲み込むことができずに、聞き返す。


「普通はぁ、人間と魔物の間に子供はできないんだけどぉ、どうにかして人間ベースで作ったんだってぇ」


 俺は誰からもあの兄弟について詳しく知らされていなかった。


 それはつまり、その事実は知る必要がないということ。


「そうだったんですか……」


「まぁ詳しいことはぁ、知らないんだけどねぇ」


 これでようやく、以前より気になっていたことが解消された。


 あの兄弟は目の色が魔物と同じく赤色をしていたのは、魔物と人間のハーフだったからなんだと。


「それでねぇ、それを聞いた翔夜君はぁ、あの子たちと友達でいれるぅ」


「……逆に気になるんですが、友達でいれない理由なんてあるですか?」


「愚問だったねぇ」


 それを知ったことで、俺が彼らを嫌いになる理由など全くない。


 周りに危害を加えないのであれば、それはもう普通の人間と何ら変わりない。


 つまりは、ずっと友達である。




「あったあった」


「これを探していたんですか?」


「そうそう」


 話が途切れて、そして一番奥へとやってきた彼女は口を開き、その目的のものへと駆け寄る。


 その駆け寄ったものは、ホルマリン漬けにされていた先程のものとは違い、青い液体が入った状態であった。


「魔物……というより、悪魔ですかね?」


「これが研究の完成形だよぉ」


 先程ホルマリン漬けにされているものより大きめのガラス性のタンクに入っている彼は、見た目はほとんど悪魔のような状態であった。


 体格は人間のそれであるにもかかわらず、体表は黒く、そして尻尾があり、何より羊のような角が生えてきた。


「それで、これはどうするんですか?」


「ん~とねぇ、とりあえずは魔力を抜こうかなぁ」


 ホルマリン漬けにされているわけではないため、彼はしっかりと生きているのだ。


 そのため暴れられないように、魔力を先程と同様に抜いておく必要があるのだろう。



「触れなくても大丈夫なんですか?」


「触れないとだめだよぉ?」


「じゃあ、どうやって……」


 魔力を抜くためには、直接触れなければいけないのだろう。


 だか彼は今青い液体が入っているガラスタンクの中である。


 これはもはや”とんち”の類なのではないかと思いはじめてきた。


 そしてそんな俺を見つめてくる彼女。




「……あ、俺がこれを割るんですね」


「お願いねぇ。これ魔法だと効かないんだよぉ」


「そうなんですか?」


 そういって風魔法で少し切り込みを入れようとした。


 しかし途中でそよ風となり、ガラスをなでた。


「ねぇ?」


「本当みたいですね」


 身体強化を施して自分ですればよかったのではないかと。


「自分で割らないんですか?」


「私力弱いからぁ」


「そうですか」


 人それぞれ得意なこと不得意なことと、別れている。


 そのため俺は気にせずガラスを割ろうと近づく。


「これ中身ぶちまけても大丈夫なんですか?」


「その液体はぁ、体の中に入れなければぁ、大丈夫だよぉ」


「そうなんっすか」


 青い液体がこぼれてもいいのかと思ったが、彼女が平然としていることから大丈夫なのだろう。


 先程気にしすぎて損してしまった。


「まぁ私がぁ、濡れたくなかっただけなんだけどねぇ……」


「今ボソッと言ったこと聞こえていますからね?」


 割ろうと力を入れたとき聞こえてしまったそれを、あまり気にすることなくガラスを割った。


 そして液体と共に流れ出てくる彼を受け止め、俺はいつの間にか後方に下がっていた彼女に渡す。


「ありがとぉ。それじゃあ魔力を抜いていくねぇ」


 彼の体へと触れ、そしてその膨大な魔力を抜いていく。


「しっかし、眠っているのにすごい魔力が漏れ出ていますね」


「多分この人はぁ、あの注射器の中の液体をぉ、かなり入れられたんだと思うんだぁ」


「よく死なずにいましたね」


「そこはほらぁ、研究でどうにかしたんじゃないかなぁ」


「なるほど」


 二人とも、その専門的な知識がないため何もわからないが、研究した結果として彼が生まれたのだろう。


 ならば、寝ていても魔力が膨大に出ていてもおかしくはない。


「あの、神長原さんが魔力を吸い終わったら、俺使い魔たちの救援に行きたいですけど、いいですかね?」


「いいよぉ。その代わりぃ、ちゃんとこの人運んでねぇ」


「うっす」


 これがこの人の目的であったなら、魔力を吸い終われば目的達成である。


 ならば俺は千里眼で事前に見つけておいた使い魔たちのところへ向かおうと思っていた。


 未だに決着がつかずに戦っている彼女たちに、労いの言葉をかけなければいけない。




「あっ」


 そうして魔力を吸っていると、不意に彼が起き上がり、そして神長原さんへと殴りかかってきた。


「いきなり攻撃とはな」


 その拳を受け止め、俺はその殴ってきた彼の拳をつかんで投げ飛ばす。


「下がっていてください。ここは俺が相手をしますので」


「お願いねぇ」


 先程の攻撃は予想外だったのか、彼女は目を丸くして驚いていた。


 まるで、起きていることが不思議であるかのように。


『ここは……』


「ここは研究所だよぉ」


 投げ飛ばされた彼は、辺りを見渡していた。


 俺たちに尋ねたものではないということは理解しているが、神長原さんは律義に答える。


『お前らは……』


「私たちはぁ、ここの研究所を破壊しに来た人ぉ」


 そんな俺らの言葉が届いているのかわからないが、そんな俺たちをしり目に腕を横へと払い、そしてそれだけでその延長線上にあったものが吹っ飛んだ。


『これが、俺の力か……』


 自分の手のひらをみて、開いたり閉じたりを幾度か繰り返す。


『最高だなぁ……!』


 そしてその拳を握り締め、三日月のように口が弧を描いて嗤う。


『聞くが、お前らは俺の敵か?』


 その赤い瞳が、ようやく俺たちを視界へと入れる。


「攻撃してくるならぁ、敵だよぉ?」


「攻撃してこないなら、敵じゃあないがな」


『そうか、なら……』


 その言葉を発した彼の行動を読んでいた俺はすぐさま行動へと移す。


『俺は敵だなぁ!』


 彼は俺たちへと不気味に嗤いながら、そして殺意をむき出しにして突っ込んできた。



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