第百二話 力の使い方
神長原さんがつぶやいた雪先生への言葉を耳に、警戒を怠ることなく俺たちは三人へと近づく。
未だに地面へと重力により押しつぶれている彼らは、何も抵抗することができずに俺たちの接近を許す。
「えっとぉ、このままじゃあ近づけないからぁ、どうにかしてほしいなぁ」
「わかりました」
間延びしている声が伝えるそれは、俺への重力魔法の解除。
彼女が右手を彼らの一人へと伸ばしたのだが、重力魔法がかかっているため触れられなかったようだ。
そのため、俺は再び彼らの体を凍らせ、重力魔法を解除した。
「ありがとぉ。口も塞いでいるのはぁ、点数高いよぉ」
「ど、どうもっす」
もし触れたときに噛まれでもしたら大変だと思い、ついでに口元も凍らせておいたのだ。
それが彼女の中で喜ばしいことだったのか、こちらを見ずに親指を突き立てた。
「魔力量多いねぇ」
「えっと、何をしているんですか?」
頭へと触れて、少し時間がたつ。
触れていったい何をしているのかわからなかっため質問するが、彼女が答えてくれるのと同時くらいにその変化に気が付いた。
「これはねぇ、魔力を吸収してるのぉ」
彼らが纏っていた膨大な魔力が、段々とその量を減らしていっていた。
だがそんな魔法は聞いたことがない。
「魔力を吸収?」
「あれぇ、聞いてないのぉ?」
彼女はいったんその手を放して、こちらへと振り返る。
「私はぁ、魔力を吸収できる特異体質なんだよぉ?」
「初耳ですね……」
俺の手を触れながらそう答えた彼女は、それを証明するかのように俺の魔力をものすごい勢いで吸っていく。
「もしかして、最初俺にしがみ付いてきたのって……」
「そうだよぉ、戦い前に魔力を補充しておこうかと思ってぇ」
確かに俺は魔力が無尽蔵にあるため、多少吸われたとしても問題はない。
だが、それならそうと事前に説明してほしかったものである。
「魔力が強大って知っていたからねぇ」
未だに吸っており、まだ戦う可能性があるためあまり吸わないでほしいと思い、その手を優しく引きはがす。
「まぁそんなわけでぇ、私は他人の魔力を吸収できるんだよぉ」
二人目の敵の頭をつかんで、再び魔力を吸収し始める。
「それは魔法ではないのですか?」
「さっきも言ったけどぉ、特異体質だから魔法じゃないんだよねぇ」
「そうなんですか。なんというか……」
魔力を擦っているそれは魔法ではなく、体質という。
そちらも今まで聞いたことがなかったが、事実今起こっているのだから信じざるを得ない。
しかし俺は、そこで思い至ったことがあった。
「今までかなり苦労したのではないのですか?」
「……初めてそんなこと言われたよぉ」
普段半開きな目を見開いて、こちらを見つめてくる。
「どうしてそんなこと思ったの?」
目を見開いたのはその一瞬で、また元に戻ってしまった。
そして視線も敵へと戻し、吸収に集中する。
「体質っていうなら、常時魔力を吸収できるっていう状態でしょう?」
吸収している彼女に語るように、思っている事をつらつらと話していく。
「だから、吸う気がなくても勝手に吸っていたんじゃないかなって」
これは想像でしかないし、そもそも余計なおせっかいかもしれない。
それでも、生まれ持ったもので人から忌み嫌われるということは知っていたため、黙っていることができなかった。
「あの女も気が付かなかったことにぃ、よく気が付いたねぇ」
ただ、自分と少々重なる部分があったのだ。
「この体質はねぇ、魔力を持っているなら誰だって奪うんだよぉ」
自分にその自覚がなくとも、周りに被害をもたらしてしまう。
そして周りから人は離れていき、そしてあらぬ言いがかりをつけられてしまう。
本人は何も悪くないのに、だ。
「昔は近くにいても奪っていたからぁ、結構いじめられたっけなぁ」
「それは……」
そう言って彼女は二人目から三人目へと移動して、三度魔力を吸い始める。
「でもねぇ、今は制御できているから大丈夫だよぉ?」
大丈夫だといったその言葉とは裏腹に、彼女は憂いを帯びた瞳をしていた。
そんな彼女へと俺は何も声をかけられなかった。
苦労したのは同じだが、俺は別にいじめられたわけではない。
友人もいたし、特に不自由という不自由はなかった。
「あー気にしなくていいよぉ。気まずい雰囲気にしちゃってごめんねぇ」
彼女はその憂いを感じさせない伸びた声色で、気にするなと伝えてくる。
言外に心配も無用と言っているように感じ、余計に言葉が見つからなくなってしまった。
いったい何と声を掛けたらいいのかと悩んでいると……。
「あーそうだぁ、このことはあの女には内緒ねぇ?」
そんなくらい雰囲気を払拭するかのように、彼女は敵の頭をつかんでいるのとは違う方の手で、口の前に人差し指を添えた。
「あいつのことだからぁ、絶対私を馬鹿にしてくると思うんだぁ」
「いやぁ、流石にあの人でも馬鹿にはしないんじゃあ……」
たとえ態度がでかく傍若無人で人を戦地へと連れてくるような勝手極まりない女性であるが、それでも一応は先生であり常識人である。
人の真に嫌がるようなことはしないだろう。
「……よぉしぃ、これで全員の魔力を奪ったよぉ」
今まであった荒ぶる魔力が消え果て、彼らからは微量の魔力しか感じなくなっていた。
「でもぉ、段々とだけど魔力が増えていってるねぇ」
「えっ」
「多分数分くらいしたらぁ、また元通りになっちゃうかもぉ」
「マジか……」
ある程度時間をかけて吸った魔力ではあるが、俺の目で見ても確かに増えていっている。
このままでは振出しに戻ってしまうため、どうしたらいいか頭を悩ませる。
「こいつらどうします?」
「う~んとねぇ……」
もう放置か殺害の究極の二択しか思いつかなかった俺は、隣で懐をあさっている彼女に尋ねる。
「ぱんぱかぱぁん」
「それは?」
すると漁っていた彼女が取り出したそれは、まるで首輪のようなものであった。
「魔力霧散装置の軽量版だよぉ」
「それってどこかで……」
俺たちがテロリストと対峙したときに似たようなものがあった気がする。
それと同系統のものだろうと察したが、いったいどうして彼女がそのようなものを持っているのだろうか。
「どこかでしていた研究をぉ、こっちで改造したんだよぉ」
「組織独自ってことですか?」
「そういうことぉ。あの保育士のヤクザ君なんだけどぉ、彼が作ったんだよぉ」
「えっ、あの人が?」
「凄いよねぇ」
ほんとうにそう思っているのか怪しいが、それでも彼女はその性能を信じているのだろう。
何もためらうことなく、三人全員にその首輪らしき装置をつけた。
「でも、最初からそれを付ければよかったのでは?」
ふと、不思議に思ってしまった疑問をぶつけてみた。
最初からつければ手間を省けたのではないかと。
「魔力を奪っておくとぉ、後々便利なんだよぉ」
「そう、なんですか……」
少々疑問には思いつつも、本人がそう言うのだからそうなのだろう。
魔力を奪うということで、魔法を以前よりも発動することができるなど、汎用性があるかもしれないしな。
「じゃあぁ、行こうかぁ」
「えっと、どこへ?」
その三人を放置して、彼女は歩き出した。
「もう一つのぉ、魔力が集まっている場所ぉ」
「あぁ、なるほど。ではすぐに向かいましょう」
魔力の集まっている場所。
それは即ち、俺の使い魔たちがいる場所であろう。
先生方もいることだし、そこに手助けをしに行くのだろう。
そう思って彼女とともに歩き出したのだが……。
「あの、質問があります」
「何かなぁ?」
何を思ったのか、風魔法で三人を持ち上げ、そしてこの基地がある場所の外へと吹っ飛ばした。
「今彼らを放り投げま———」
「放り投げてないよぉ? ただ邪魔になるからぁ、どっか邪魔にならないところに飛ばしたんだよぉ」
「同じ意味では……」
魔力を使えない彼らは、そのまま地面へと激突しているのではないだろうか。そしてそれは大けがを負っている可能性をはらんでいる。
敵ながら安否を気にしてしまうので、そこまで雑にする必要はないのではと思った。
「それじゃあぁ行くよぉ?」
「あ、はい」
彼らのことを気にしつつ俺は、走り出した彼女の後ろにつく形で同じスピードで駆けた。
だが……。
「あの、走るの速くないっすか?」
「魔力をもらったからぁ、結構無駄遣いできるのぉ」
「それにしても、普通ここまでの速さで走る人いなくないですか!?」
「それについてくるぅ、翔夜君も翔夜君だけどねぇ」
俺たちは、それはもうスポーツカーで走っているのではないかというスピードで走っていた。
外を走っているので敵には出くわすが、その都度睡眠魔法で眠らせている。
下手に殴ってしまって死なれても困るためだ。
「器用だねぇ」
===============
「ついたよぉ」
そうこうしているうちに、どうやら目的に場所へと着いたようだった。
その場所は、先程あった倉庫よりも頑丈そうな建物で、その開け放たれている扉はとても重厚な作りになっていた。
「……あの、ここは?」
てっきり鈴や未桜が戦っている場所へと向かうのだと思っていたが、どうやら違っていたようだった。
「ここはぁ、例の薬を作っている場所ぉ」
「薬を……?」
その開け放たれている扉を進み、辺りを見やる。
そこには様々な薬品が置かれている。
そしてその中で、例の青い液体が入った注射器が入ったケースを見つけた。
つまりここは、この基地の中で恐らく一番大事な場所なのだろう。
「あの、一ついいですか?」
「なぁにぃ?」
建物内へと入り、しかしそこで唐突に気になったことを尋ねる。
「はぐれてしまった仲間を探すというのは……」
もとはといえば、この人は仲間とはぐれてしまっているのだ。自分勝手な行動で。
ならば、普通は合流することを再優勢に考えると思うのだが、しかし彼女の答えは俺の予想を上回った。
「いろいろと探してみようかぁ」
「そんなあからさまな話の逸らし方あります!?」
そこは触れてほしくないのか、目を合わそうとせずどんどん奥へと進んでいった。