第百話 過去最強かもしれない敵
俺と雪先生は以前のように、いつも通りに接することができている。
ぎこちなさから敵に不意を突かれてしまってはいけないため、今の状態はとても良い。
「さて、これだけ集まってきたのは僥倖だな」
「災難の間違いだろ」
そのため俺たちは余裕綽々といった様子で、集まってくる敵を全体的に観察することができていた。
「どうせ侵入したことはもうバレてんだから、逆に敵から来てくれたほうがこちらとしてはありがたいんだよ」
そうは言っているが、先生はもちろん警戒している。
俺たちを囲んでいる敵は、全身黒ずくめで体格などは判断しづらいうえに、何を隠し持っているかわからないためだ。
しかし俺たちは余裕を崩さず、相手に隙を見せないようにしていた。
俺たちの後方にて眠らされているこの男のようなものが現れるかもしれないため。
「誰かさんがいなければ、こんなことにはならなかったかもしれないがな」
チラッと俺を見て、まるで元凶が俺であるかのような発言をした。
「その誰かさんはお前か?」
「うっし敵を倒す前にお前から相手してやるよ」
「上等だクソババア」
敵に囲まれているとは思えないほど、いつも通りのやり取りをする俺たち。
隙を作って攻撃をさせようと考えてのことだが、しかし相手もこちらを警戒して攻撃を仕掛けてこない。
「奴は確保された」
黒ずくめの一人が発したその言葉に、俺と先生は喧嘩を止めて警戒を強める。
「情報が露呈してしまう」
「ならば……」
一人が何かを取り出したため、俺たちは構える。
いったい何をしようとしているのか観察していると、その者が取り出したものは何かのスイッチであった。
そしてそれを躊躇わずに押した。
「処理完了」
その言葉が意味するところとは。
俺たちの後方より小さな爆発音がしたため振り返ってみれば……。
「「なっ……!?」」
眠らされていた男の頭部が、無くなっていた。
「情報漏洩は防がなければならない」
その爆発音は、彼の頭部が破裂した音。
そしてあのスイッチは、彼の頭部を爆発させるものだった。
「あいつら、仲間を……」
見方を殺してでも情報を外へは出したくはないのだろう。
だがその考えに俺は納得できず、敵ながらに隠密に長けていた彼に同情してしまう。
「いや、こういう組織に仲間意識みたいなものは存在しないだろ」
そんな俺とは対照的に先生は落ち着いた様子でおり、警戒を怠っていなかった。
やはりシスト隊員であるためか、それとも先程のことを鑑みてか、表情に出さないようにしていた。
「元々が宗教団体みたいなもんだ。そんな奴らにアタシたちの常識なんて通用しない」
俺はもちろん動揺していたが、先生も平静を装っているが内心動揺していたのだろう。
しかしそれがいけなかった。
「総員、注入」
俺たちを囲んでいる黒ずくめの者たちは両手に青色の液体の入った注射器を持ち、そしてそれを自らの首へと躊躇いなく刺した。
「お、おい……あいつら二本とも刺しやがった」
普通は一本でもあれほどの状態へと変化させるものを、もう一本使用していた。
「あれは一本でも劇薬なんだ。なのに二本なんて刺したら自殺することと同じみたいなもんだぞ?」
先生の言葉が真実であると決定づけるように、俺たちを囲んでいた者たちは続々と苦しみだした。
ある者は奇声を上げ、またある者は転げまわり、そして全員が悶え苦しんでいた。
その者たちの殆どが倒れ、その倒れた者たちは体中から血液を噴き出してその活動を停止した。
それは出血多量によるものか、はたまた何か違う要因があるのか。なんにしても、彼らがもう起き上がってくることがないということは俺も先生も理解できた。
『残存数は、三人』
俺たちを囲んでいた者たちはその殆どが死に、生き残ったのはたったの三人であった。
「これは、やばいな……」
「あぁ、やばいな……。俺でもあんな膨大な魔力は今まで感じたことがない……」
神の使徒は膨大な魔力を秘めてはいるものの、それが体からあふれ出ているわけではない。
そのためそのような膨大な魔力を直に感じたのは、俺も先生も初めてであった。
「……ちょっと悪いニュースがあるんだけど、聞く?」
「本当なら聞きたくはないんだが……なんだ?」
俺はこのような状態であっても魔法を発動することに問題はない。
それはつまり、俺は今まさに彼らを無力化するべく魔法を発動したのだ。
それも普段使用しているより強力に。
だが……。
「アイツらにいくら睡眠魔法をかけても眠る様子がない」
いくら魔力を多く込めて発動しても、どうしてか魔法が効かなかった。
「お前神の使徒だよな?」
「そのはずなんだけどなぁ」
恐らくは、根本的な問題として『睡眠を必要としない』か『眠ることができない』か、そのどちらからだろう。
そもそも原因を考えたところで俺が眠らせることができないという事実は変わらない。ねむることができない
「なぁ翔夜、正直に言ってアタシはどうしたらいい?」
先程まで笑いすら浮かべていた先生は神妙な面持ちで俺へと尋ねてきた。
「さっきの戦いから判断していいのか?」
「構わない」
相手は三人ではあるものの、その体から漏れ出ている魔力は校長以上のものである。
それは、自分が足手まといになってしまうと判断して、神の使徒である俺に戦いへの参加の判断を委ねたのだろう。
本人の瞳には闘志が感じられたが、それでも恩師を危険にさらしたくはない。
「ぶっちゃけ、ここから離れてほしいっすね」
「……っ」
言外に足手まといだと言っているようなものだが、そこはしっかり伝えなければいけない。
何せ相手は、あの液体を日本も注射した文字通りの化け物なのだから。
そんな相手に、生身の人間を戦わせるわけにはいかない。
「一人で問題ないのか?」
「雪センセ、俺のことを誰だと思ってんだよ」
悔しそうにしながらも、それでも先生であるからだろうか。
俺のことを心配してくれていた。
しかしそれは杞憂であるというものだ。
「あの槍を降らした持ち主の使徒だぞ?」
「それもそうだな」
あの、クソ女神の槍の一撃を耐えきった身体だ。
そんじょそこらの攻撃では傷一つつかないだろう。
「この戦いが終わったら結婚するか?」
「こんな状況で何を……って、俺に死ねと!?」
「冗談だ」
いきなり求婚されたのかと思ったが、この状況で考えられることは死亡フラグであった。
まぁこれくらいの冗談を言えるくらいには緊張していないのだろうから、良しとしよう。
「東雲沙耶とのデートが待っているんだから、死ねないだろ?」
「そりゃあ死ねねぇな」
そういえばと、先生は俺が死ねない理由をしっかりと作ってくれた。
先駆者より伝授されるデート法を俺は実践しなければいけないのだから、死ぬわけにはいかないな。
「それじゃあアタシは、りほのところに戻って加勢してくる」
「あいよ」
俺へと背を向けて、先程来た道へと向かう。
「死ぬなよ」
「うっす」
一言だけ、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で発したその言葉に対して、こちらも相手には聞こえないほどの声量で返した。
しかし観月先生たちの加勢に向かう雪先生を、黒ずくめの三人が逃すはずがない。
一人が出口へと先回りし、その進行を妨害しようとする。
妨害というよりも、確実に先生の息の根を止めにかかっていた。
「チッ!」
その攻撃に足を止めざるを得ない先生は、相手の鋭い手刀をすんでのところでバックステップにて躱し続け、中央へと戻されてしまう。
だがもちろんそんなこと俺がずっと許すはずがない。
「おっと、お前たちの相手は俺だぜ?」
側方より腰を入れた蹴りは、その首を刈り取る勢いで蹴ったにもかかわらず吹っ飛ばす程度になった。
「助かる!」
その吹っ飛ばされた隙に、先生は元来た道へと戻っていく。
そしてそれを残った二人が追おうとするも、俺が行く手を阻む。
「この俺が少し本気で相手してやる。かかってこい!」
神の使徒である俺が、初めて本気を出してみようと思った。
なんと私の作品も百話目を迎えることができました。
これもひとえに私の作品を読んで頂いている皆様がいたから成しえたことだと思っています。
これからも精進していきますので、『転生して神の使徒になりました』をよろしくお願いします!